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1巻

1-2

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 これまでの出来事が、走馬灯そうまとうのようによみがえる。
 あの後、エーコはそそくさと図書館を退職し、王都へ向かう準備をした。
 女一人での長旅は危険だし、これから男として生活するのだからと、エーコは最初から男装をして旅立つことにした。
 茶色のまっすぐな髪も、襟足えりあしが見えるくらいバッサリ切った。女らしさが表れるのどから胸、腰回りにかけては服で隠しつつ、魔法も使ってごまかす。そしてシクアと合流すべく、生まれ育った町を出た。
 行き先は王都――エーコの住む国の首都であり、この国最大の都市だ。
 道沿いに立ち並ぶ家々は、ほとんどが三階建て以上だ。そして、人がとにかく多い。世の中にはこんなにもたくさん人間がいたのかと驚いてしまった。
 大通りは四車線で、両端の車線には馬車が通っている。そして中央の二車線には、近頃主流になりつつある自動車が走っているというのは、王都ならではだな、とエーコは感激した。
 この国では、魔法と科学の両方がバランスよく発展している。
 魔法は、魔力の強さや属性、それをあやつる技術によってできることが変わってくるし、女性には使えない。
 けれど、科学の力なら誰でも同じように使うことができるので、この国は魔法を使えない人間にとっても暮らしやすい場所だ。
 ただ、エーコの住んでいた町は辺境だったせいか、魔法も科学も遅れており、いまだに自動車は一台も走っていない。
 この王都に来るのだって、乗り合いの馬車を使ったほどだ。
 田舎いなかから出てきました感丸出しで王都にやってきたエーコは、シクアに指定された宿までなんとかたどり着いた。都会に不慣れなエーコのため、シクアが王都を案内してくれるというので、ここで彼と合流するはずだった。
 はずだった……というのは、合流できなかったからだ。
 エーコは宿の部屋に入るなり、いきなりベッドに押し倒された。
 当然、相手はシクアではない。

(これは一体……)

 目の前にいるのは、しっかりと身体をきたえているであろう屈強そうな男だ。年の頃は二十代なかばくらいだろうか。黒い髪に鋭いまなざしの、精悍せいかんな顔つきをした男が、エーコをにらみつけていた。

「フロラシアはどこだ――」

 男が低い声で問い詰める。

(フロラシア?)

 エーコには聞き覚えのない名前だ。

「へ、部屋をお間違いでは……?」

 そう問いかけると、男は身体を起こして膝立ちになり、一枚の紙をエーコに突きつけた。

「そこのテーブルにあった。この紙に書いてあるのはお前の名前か?」
「え――?」

 突きつけられた紙の文面をエーコは読んでいく。
 それは、非常に……非常に、ハタ迷惑な内容だった。

『エーコへ。予定よりちょっと早めに駆け落ちします。魔法省には一人で行ってね! シクア』
(シーークーーアーーーー!?)

 エーコは絶叫しそうになったが、なんとかのどの奥に呑み込んだ。

「フロラシアと駆け落ちしたのが、このシクアという男なのはわかった。お前はこの男とどういう関係だ?」
「い、従弟いとこですぅ……あ、あなたは……?」
「俺はフロラシアの……」

 男は逡巡しゅんじゅんするように言いよどんだが、すぐに口を開く。

「フロラシアを必要とする者だ……」
(シーーークーーーーアーーーーーーーー!?)

 この真剣で、どこか切羽詰せっぱつまった表情。きっと彼は、フロラシアの恋人だろう。
 エーコは男の姿をもう一度よく見てみる。
 着ているのは、どこかの制服のようだった。青いコートを羽織はおり、右手には黒い指抜きのグローブをしている。そのグローブに描かれていた紋章を見て、エーコはハッとした。
 特徴的なその形は、魔法省の紋章だ。

(え、待って、元彼さんって魔法省の人なの!?)

 よりにもよって、勤め先の先輩の恋人を奪ってしまったのでは、駆け落ちもやむなしだろう。あのときは国民登録コードを変更してきたという暴挙に驚いて、理由を聞きそびれていたが、駆け落ちというからには逃げる事情があったのだ。

「この二人がどこに行ったか、お前の魔法で突き止めろ」
「えっ!?」
「それくらいの魔法なら使えるだろう? さあ、起きろ」

 そううながされ、のろのろと起き上がる。男は、エーコが男性だと信じて疑わない。そうでなければ、魔法を使えなどとは言わないだろう。

(ま、まさか、男装してきたことが、こんな事態を招くなんて――!)

 身長もそれなりにあるので、鏡で男装した自分を見たとき、『あ、これなら男でいけるわ!』と自画自賛したほどだ。
 不本意ながら、髪がまっすぐであること以外は、従弟いとこのシクアとそっくり。隣に並べば兄弟に間違われそうなくらい、自分の男装は堂にっていた。

「フロラシアには追跡を妨害する魔法がほどこされているようだ。このシクアという男の魔法だろう。俺では跡を追えないが、お前なら奴を追跡できるだろう?」

 魔法による人物の探索自体は、どんな属性でもできるし、そんなに難しいものでもない。ただ、対象者を知っていたり、血縁関係があったりすると、精度が高くなる。先ほど従弟いとこだと白状したことが裏目に出てしまった。

「それはできますけど、でも――」
「やれ」

 有無うむを言わさぬ気迫に押され、エーコは背中に冷や汗をかく。

(シクア……元彼さん、めちゃくちゃ怒ってるよぉぉぉぉ)

 このままシクアのもとに連れて行ったら血を見るのではないかと思ったが、ここで断ったらエーコのほうも無事ではすまない。

「わ、わかりました」

 エーコは青ざめた顔でうなずくと、覚悟を決めた。

(シクア、私だって自分の身は可愛いのよ……! 彼のことは、アンタがなんとかして!)

 男装して魔法省に入ることは承諾しょうだくしたが、駆け落ちの後始末まで引き受けた覚えはない。
 彼らを追うべく、簡単に身支度を整えて、シクアの手紙を手に取る。

「この紙だけで、見つけられるかなあ……」

 人探しの魔法は、対象の人物が身につけていた物を使って発動させる。だからこの紙だけでは心許こころもとないのだが、それでもやるしかないだろう。
 エーコは大きく深呼吸してから、男を見た。

「ええと……」

 なんと呼べばいいのか迷っていると、彼はそれを察したのか、みずから名乗った。

「俺は魔法省特魔課とくまかのビークル・ボットだ」
(とくま課……?)

 魔法省にある部署はいくつか知っているが、まったく耳にしたことのない名称だなと思った。ただ、今それを言っては、余計に彼の機嫌をそこねるだろうと思い、黙っておく。

「ぼ、僕はエーコ・アルスベクです……」
「そうか」

 いかにも気のない返事だ。ビークルにとってはエーコの名前など、どうでもいいのだろう。彼が知りたいのは、フロラシアの行方ゆくえだけなのだから。

「……ビークルさん、できなくても文句言わないでくださいね」

 エーコは恐る恐るそう言うと、手紙を机の上に置いてその前に立つ。それからもう一度深呼吸した。
 魔法を発動するには、『かた』が必要になる。手でいんのようなものを結ぶのだ。そうすることで、魔力を手の中に集中し、魔法を発動させる。

(私の『かた』って変じゃないよね……?)

 魔法学校に通っていないエーコは、『かた』が人によって違うということしか知らない。図書館の書物にも『かた』の種類や系統を詳しくまとめたものはなく、町中まちなかで魔法を使う人たちを見ても様々だ。シクアに聞いてみたこともあったが、『まあ、人によって違うよね』という話だった。
 そしてエーコにも、独自の『かた』がある。他の人のものに比べて随分シンプルな気はするけれど、それでも魔法が使えるのだから、間違ってはいないだろう。
 両手を胸の前でかまえると、その間に丸い球体があるようなイメージで、見えない球を優しくでていく。
 おにぎりか泥団子でも作っているかのようだが、エーコは昔からこうやって魔法を使ってきた。
 手の中にパアッと淡い光が集まる。いで、手紙の上に金色の砂がサラサラと現れ、光とともにエーコの手の中に吸い込まれていった。
 それらが球体を形作っていく。

(うわ……!)

 エーコは思わず声をあげそうになったが、すんでのところでこらえた。
 集まってくる光の量がいつもよりずっと多い。手の中の球体が急激に大きくなっていくので、エーコはそれに合わせて両手の間隔を広げていく。
 子どもの頭ぐらいの大きさまで広げると、今度は金色の砂が、光の球体の中でぐにゃぐにゃと形を変えた。やがて固まって粘土ねんどになったそれは、球体の中で急速に何かを形作っていく。

(え? なんでこんなに速いの?)

 普段と同じように魔法を使ったのに、いつも以上に強く発動している。集まってくる光の量も、形作られていくスピードも精度も、桁違けたちがいだった。
 それほど魔力を使っていないはずなのに、エーコの手の中で仕上がっていく何かは膨大ぼうだいな魔力を内包している。

(王都って、何か特別な力でも働いているの?)

 そんなこと、シクアは一言も言っていなかった。
 ビークルのほうに視線を移すと、彼も少し驚いた顔でエーコを見ている。
 やがて、手の中でこねられた土のかたまりは、一際ひときわ強く発光して――

「えっ……うそ……」

 できあがったものを見て、エーコは思わず声を漏らしてしまった。
 現れたのは、土でできたはとだった。はとはエーコの手から飛び立つと、パタパタと舞い上がる。
 魔法で作られた生き人形。さしずめゴーレムといったところか。
 何度かこういうものを作ったことはあったが、それとは比べものにならないほどリアルな、本物そっくりのはとだった。
 土色のはとは、エーコの手の平にふわりと戻り、クルックと小さく鳴いた。そして大きく羽を広げると、今度は部屋中をバサバサと音を立てて飛び回る。

「え、何。これ、どうすれば……」

 戸惑うエーコとは違い、「なるほど……」と感心したのはビークルだ。

「え、ビークルさん、どうすればいいかわかるんですか?」
「ついて来いってことなんだろう。そのためには、俺の力が必要というわけだ」

 そう言ったかと思うと、ビークルは間合いを瞬時に詰めてきた。

「ふぇ?」

 突然のことに、エーコは思わず間抜けな声を出してしまう。
 驚きながらビークルを見上げると、すぐそこに彼の顔があり、その距離の近さに戸惑った。
 こんな至近距離まで近づいた異性など、従弟いとこのシクアしかいない。挙動不審きょどうふしんになるエーコに、頭上から声が降ってくる。

「気が散るから動くな」
「は、はいっ!」

 エーコがピシッと姿勢をただすと、ビークルは身体の向きを変え、両手を前に突き出す。そしてすぐに、手を動かし始めた。両手がまるで踊っているかのように、複雑に動く。

(うわあ……)

 それが魔法の『かた』だということは、すぐにわかった。エーコの『かた』とはまったく違う。けれどエーコがやったときと同じように、魔力が『かた』の中心に集まってくる。その魔力は大きく、集まってくるスピードも速かった。

(これ、風魔法だ……)

 ビークルが作る『かた』の中心から、さわやかな風が吹いてくる。その心地よさにふっと肩の力が抜けたとき、ビークルが口を開いた。

「お前……」

 彼はそうつぶやくと、驚いた顔をしてまじまじとエーコを見た。

「はい?」

 意味がわからずきょとんとするエーコ。ビークルは何か言いたげだったが、こらえるようにグッと口をつぐんで、エーコを片手に抱きかかえる。

「しっかり捕まっていろ!」

 ビークルの声と同時に、部屋の窓が勝手にバンッと開いた。おそらく彼が魔法で何かしたのだろう。
 その窓から、エーコの作ったはとが飛び出していく。

「あっ!」

 エーコが思わず声をあげた瞬間、エーコとビークルの身体が強い光に包まれる。かと思うと、ふわりと浮き上がった。

「ひゃっ!」
「お前、驚きすぎだろう」

 ビークルがそう言って笑ったが、エーコはそれどころではない。

「ふ、浮遊魔法……!」

 風で身体を浮かせる浮遊魔法は、非常に難しいと言われている。一人だけならまだしも、二人まとめてなど聞いたこともない。
 驚きと不安で混乱するエーコをよそに、ビークルは何かを確かめるように周りを見回す。

「なるほどな……」

 彼が意味深につぶやいた直後、身体がさらに上昇した。たとえようのない浮遊感に包まれる。
 ぐんっと風が強くなり、二人の身体が窓から飛び出した。

「ひぃやああああああああああ!」

 言葉にならない。悲鳴しか出てこない。
 エーコたちがいた部屋は三階だ。落ちればただでは済まないだろう。
 エーコの作ったはとが、案内するかのように空高く舞い上がる。それを追って、ビークルは勢いよく上昇していった。
 エーコは怖くてビークルの首にガッシリとしがみつく。


「おおおお、落ちる! 死ぬうぅぅぅぅぅぅ!」
「落ちるわけがないだろう。俺がそんな下手うつと思うか?」
「いや、知り合ったばかりだし!」
「これでも魔法省の魔導士だ。魔法に関してはエキスパートだぞ」

 そう言われて、少しは信用できるかも、と思ったエーコだが……

「まあ、俺も二人で飛ぶのは初めてだけどな」
「っ!? いやあああああ、おろしてえええええええ!」

 ビークルの首にしがみつきながら半泣きで叫ぶエーコに、彼は暢気のんきな笑い声をあげる。

「ははは、女のような悲鳴だな」
(女だし!)

 見た目や身体つきを男らしく変えていても、こんな状況でのリアクションまでは変えられない。

「死ぬ! 無理無理!」

 ビークルの首元に顔をうずめてぎゅっと目を閉じていると、彼がなだめるように肩を抱き寄せてくれる。

「は、離さないでくださいね!」
「安心しろ」

 低くて静かな声が胸に響く。知り合ったばかりだというのに、ビークルの声はエーコの心を不思議と落ち着かせた。
 少し余裕ができて目を開けると、そこには絶景が広がっていた。

「わあ……」

 緑豊かな山々や湖などの美しい風景が目に飛び込んでくる。
 エーコたちは、すでに王都の上空を離れていた。地上を馬車や自動車で行くのに比べると、信じられないくらい速い。どんどん遠くなっていく王都を、エーコはまるで鳥になったかのような気持ちで見下ろした。
 かなりの速度で移動しているので、風圧がすさまじいはずなのに、顔に当たる風は柔らかい。ビークルが魔法でやわらげてくれているのだろう。
 土属性のエーコには、このように自力で空を飛ぶことは難しい。これは風属性ならではの魔法だ。
 それにしても、先ほどからずっとエーコを抱えたまま飛んでいるビークルの魔力には、驚かざるを得ない。さすが魔法省の魔導士だと感心してしまう。

(シクア……こんな人の恋人を奪ったの……!?)

 エーコが呆れていると、ビークルが口を開いた。

「このまま行けば、もうすぐ隣国との国境だな」

 その言葉にエーコは驚く。王都から国境までは、自動車を使っても半日はかかると聞いたことがある。それが、ビークルの魔法ならばこんなに早く着くとは。
 やがて、隣国との間にもうけられた関所が見えてきた。エーコの作ったはとが、その建物のほうに向かって降下していく。

「フロラシアたちは出国審査中だろう」

 ビークルの言葉に、エーコも納得する。
 もしシクアたちが隣国へ行こうとしているならば、ここにいる可能性は高い。

(どうか修羅場にはなりませんように――!)

 エーコが心底そう願っていると、ビークルが「着いたぞ!」と言った。
 土のはとは、エーコたちを導くように関所の中に入っていく。やはり、ここにシクアがいるということだろう。
 ビークルとエーコは関所の入口にふわりと舞い降りた。
 それを見て、国境を守る警備官たちが駆け寄ってくる。

「魔法省特魔課のビークル・ボットだ。捜査の都合でここに来た」

 ビークルはそう言って、右手の黒いグローブを見せる。その甲に刺繍ししゅうされた金色の紋章を確認すると、警備官たちはすぐさま敬礼して道をけてくれた。

「すごい。それを見せるだけで通してくれるんですね」
「ああ。魔法省の魔導士は、よほどのことがない限りどこでも自由に出入りできる」
「そうなんですか」

 エーコは思わず目を丸くした。どの部署に配属されるのかはわからないが、自分もその一員になると思うと、なんとなくこそばゆい。

(まあ……何事もなく配属されたらだけど……)

 この場でシクアが捕まれば、エーコの転職もおじゃんになる可能性が高い。だが、ここまで来てしまっては、もう後の祭りだ。なるようになれ……とあきらめた。
 それにビークルも、それほど悪い人には見えない。いきなりナイフを突きつけてきたときはびっくりしたが、今は話せば通じると思えるくらいには態度が軟化している。
 きちんと話し合えば、シクアとも和解できるのではないか。そんな期待を胸に、ビークルに呼びかける。

「あ、あの……っ!」

 関所の中に入ろうとしていたビークルは、立ち止まってエーコのほうを見た。

「なんだ?」
「その、従弟いとこのことなのですが……何か行き違いがあったかもしれないので、どうか怒らないで話を聞いてあげてください……」

 エーコがそう言うと、ビークルは少しだけ気まずそうな顔になる。それから、エーコの頭をポンと叩いて謝った。

「エーコ、すまなかったな。こちらの都合で振り回して」
「い、いえっ……! 僕も関係者の一人ですからっ……」
(この人、本当は優しい人なのかもしれない……)

 最初の印象とはまるで違うビークルを見て、エーコはそう感じた。

「まあ、お前のことは俺がなんとかするから」
「え――?」
(それはどういう意味……?)

 エーコが問いかける前に、ビークルは関所の中に入ってしまう。その後を追って、エーコも扉をくぐった。

「こんなところで捕まってたまるかああああああああああーー!!」

 いきなり男の絶叫が聞こえた。
 一瞬、シクアかと思ったが、彼はもっと可愛い声だ。

「きゃあああっ……!」

 続いて、女性の悲鳴も聞こえてくる。
 吹き抜けの広々したホールの奥に、出国手続きの受付らしきカウンターが見える。普段は手続きに来た人でにぎわっているであろうその場所には、たくさんの警備官がいて、ものものしい空気がただよっていた。

「この女の命が惜しければ、今すぐ開門しろ!」

 中年の男が女性を人質にとり、彼女の首元にナイフを突きつけていた。男の目はせわしなく左右を行き来していて、見るからに冷静さを欠いている。
 警備官たちが男を取り囲むが、彼は叫んで威嚇いかくした。

「それ以上近づいたら、この女を殺すぞ! グダグダ言わずにとっとと隣国への門を開けろ!」

 国境の門は魔法で封鎖されており、きちんと手続きをしなければ出国できない。
 この男は手続きなしで隣国へ行くために人質を取っておどしているようだが、それにしては様子がおかしい。人質の女性と何かを言い争っている。

「くそったれ! せっかく金になる仕事だと思ったのに!」
「いやあ、さすがに禁書を他国に密輸するのはまずいでしょ。魔法関連の本は、輸出禁止だって知ってますよね?」
「うるせえ、女! お前が気づかなきゃバレなかったんだよっ!」
「バレなきゃやっていいってことでもないでしょー」
「このクソが、ほんとに殺すぞ!」

 男にナイフを突きつけられているというのに、人質の女性は暢気のんきに受け答えしている。
 栗色の巻き髪を持つ可愛らしい女性だ。年の頃は二十歳くらいで、化粧っ気のない顔にちょんちょんと散ったそばかすが愛らしい。
 そんな見た目に反して、妙にきもわっている。
 そして、他人とは思えないほど、男装していないときのエーコに似ていた。つまり――

(うわぁ……)

 声には出さなかったが、できれば見たくなかった姿だ。
 ドン引きしているエーコの横で、ビークルが口を開く。

「水魔法か……」

 男の周りには水たまりができていた。ただの水たまりでないことは、その水が男を中心に不自然に波打ち続けていることからわかる。
 おそらく男の魔法だろう。不用意に近づけば、反撃されるのは目に見えている。これも、警備官たちが手を出せない理由の一つらしかった。
 そして、ビークルも魔法を使うのをためらっているのがエーコにはわかった。
 風魔法は攻撃にも使えるが、あのように犯人と密着していては、人質にまで危害を加えてしまう恐れがある。

「ええと、ビークルさん……」

 エーコはくいくいっとビークルの服のすそを引っ張った。彼はエーコのほうを見て、ハッとした顔をする。

「そうか、土魔法なら……」

 シクアを探すときに魔法を使ったので、エーコが土属性であることをビークルは知っている。彼はエーコの言いたいことも正しく理解してくれた。
 土魔法は攻撃には向かないが、この状況では役に立つ。

「しかし、人質がいるぞ……?」
「ははは、そうですねぇ。なんで、人質になってるんですかねぇ……」
「……?」

 ビークルはエーコの言葉に首をかしげる。だが、エーコは人質の正体がわかった時点で、すでに決着はついたようなものだと思っていた。

「クルックー、ポー」

 エーコの作ったゴーレムのはとが、間抜けな声をあげながら、男と人質の周りを飛ぶ。

「な、なんだ、このはと!?」
「エーコ!?」

 男ははとに驚いて動揺し、人質は入口に立つエーコに気づいて目を丸くした。

「シクア! なんとかしてねっ!」

 エーコはそう叫ぶと、手の中で素早く泥団子をこねるように『かた』を作る。
 エーコの『かた』はシンプルだ。ゆえに、魔法発動までの時間も短い。

「えええ、ちょっと待って、エーコ、早まるな!」

 オタオタしながら何かをわめいている人質――女装しているが、あれはシクアだ。
 彼相手に、エーコが遠慮するわけがない。

「えいっ!」

 手の中に込めた魔力を、そのまま地面に叩きつける。すると、ドドドドとすさまじい地響きとともに、タイル張りの床を裂いて木がえてきた。

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