「実は」シリーズ短篇集

辰巳劫生

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彼はいつも私の為の嘘をつく

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 一学年下に、「嘘つき」と呼ばれるちょっと変わった子が居るらしい。虚言癖があるみたいだから気になって、かれについて友達が話すのをこっそり聞いてみた。するとどういう訳か、嫌われていない、もっと言うと好かれているまであるようで、尚更私の興味をひいた。なんでも彼の嘘は全て相手の為になる良い嘘なんだそうだ。欺きに良いも悪いもあるかよ、最初はそう思った。





 ある日昼下がりの校庭、調子に乗った一年生が、サッカーボールを高いフェンスの上に蹴りあげてしまった。迫る体育教師。その場はまさに戦慄だった。するとそいつと同級の彼が先生につまみあげられる。私は不思議でならなかった。
 コミュニケーションは苦手だけど、先輩っていう利を行使して蹴りあげた男の子に聞いてみた。

「なんであの子が連れていかれたの?蹴ったのは君だよね?」
「あ、いや、あ、あいつが勝手に名乗り出たんです。」
「なんて?」
「お、、おれがフェンスの上にボールを蹴りあげましたって。」
「どういうこと?」
「あいつはいつも俺らを助けるために嘘ついて身代わりになってくれるんです。」

どうも普通に人間とは思えない程の正義感。でもどこか私に似通ったところがあるかも、なんて思った。彼ほど立派じゃないけど。
 下校中、弓道部の私が活動する簡易的な弓道場の横を雑巾がけしていたのは彼だった。鬼の形相で見つめる体育教師、青春の一幕にしてはちょっと酷な現場を見て、可笑しくて少し笑ってしまった。
 体育教師の先生は、女の人にはフランクで優しいものの、男には厳しい視線を向ける。その特性を利用すれば、女の私は先生に呑気に声をかけられるから、時として男の子を助ける事だってできる。あの、なんだっけ名前、あの、あれあれ、、誰だっけ。あ!そう!滋賀先生だ!
 私は昔から記憶だけは苦手で、小学生の頃の友達が街中で声をかけてきても分からない事がほとんど。どうにか治したい。

「滋賀先生ちょっといいですか。」
「おお、なんだ。」

呑気に声をかけられるとは言っても、やっぱり容姿に圧倒されてしまった私は勇気を振り絞って声をかける。

「私校庭で見てたんですけど、フェンスの上にボール蹴ったの彼じゃないです。」
「そ、そうなのか?」
「確かに見てました。でも彼は正義感が強いので、友達の為に嘘をついたみたいなんです。」
「それは。彼には申し訳ない事をしたな。教えてくれてありがとう。」

再び体育教師に集合をかけられた彼の驚いた顔、私は先輩だから、嘘じゃなくて本当の事を喋って人を助けられた!ちょっとした高揚感が私を包んだ。

 翌日、律儀に私の教室まで来てお礼を言いに来た彼の頬は緊張してたのか赤かった。こんな事ばっかしてると人生疲れそうなもんだよな。何を原動力にして動いてるんだろう。

「先輩、昨日はありがとうございました。さすが先輩は凄い!」

これ以上煽てられたら舞い上がっちゃうから、頬を赤らめた彼を自然な流れで早々に自分の教室へと引き返させた。
 それからというもの、来る日も来る日も彼は嘘をついていた。人の為を想った嘘、生半可な覚悟では出来ない所業を平然とやってのける彼への興味はいずれ好意へと変わった。
 私が人を好きになる事滅多にない。強いて言えば小学生の時に別の学校の子が気になってたような気もする。あんまり覚えてないけど。


「先輩の連絡先、友達から聞きました。よかったら話しましょ!」

夜中に連絡が来た。私が連絡先を交換する相手なんて数人しかいない。誰だろう。

「いいよ、その言葉の中に嘘はないんだよね?」

ついつい彼と関わると、自分に気を遣って嘘をついてくれているんじゃないか、なんて思ってしまう。

「私には嘘をつかなくていいからね。」

彼には絶対に休息が必要だ。自分がそのオアシスとなるべきだと思った。

「それはわかんないです笑」

なんでそんなに人を助ける嘘をつくのか。私には少しわかるような気がする。世にはばかる人助けの快感の中で頂点に立つのは、「身代わり」だと思う。分かる、分かるけど、だからといってあそこまでは出来ないよね、普通。

 自惚れかもしれないけど、彼は毎日私に会うために私の教室に来た。他愛もない会話、誰にも相手にされない私は面白いほどに彼に惹かれていった。
 言葉巧みに嘘をついて周りを助けては私のクラスに来て話す。なんで私の所にこんなに通いつめるんだろう。彼は本当に不思議だ。


 またある日、私と彼が付き合っているという噂が立った。
「先輩と嘘つき付き合ってんじゃない?さすがにあれは。」
なんて声もチラホラ。私は満更でもなかったが、聞いた話によると彼は強く否定したらしい。「僕は彼女を好きではありません。」なんて言ったみたい。分かっていた、分かってたけど、どこかでこの流れに乗って付き合う世界線を想像していたから悲しい気持ちがどっと押し寄せた。


 彼と交友があるらしい親友に相談した。連絡先を渡したのもこの子だったんだろう。親友は、「やめときな。いつろくでもない嘘つかれるか分からないよ。」と、彼との接触を避けた方がいいと言われた。確かにそうなのかもしれない。


 気まずくなって彼とは暫く会えないかな、なんて考えたのも束の間。彼はまた教室に来た。
「おはようございます先輩!」
好きでもない癖に思わせぶりな態度をとられている、私は少し探りを入れてみた。
「なんか噂立ってるみたいだね。」
彼はこういうのには慣れてないようで、またどこかで見た赤面を見せた。下を向いてモジモジするから何言い出すのかと思ったら、
「先輩は僕の事好きなんですか?」
びっくりした。私は変化球を投げて様子を見たつもりだったのに、返ってきたのは直球ストレート。私は咄嗟に、
「好きじゃないよ。」
と言った。これ以上グズグズしてたら彼のためにもならない。私の本能がそう判断した。

 その事を親友に話した。親友はほっとしたような顔をした。



 彼はそれでもまだ、毎日私のもとに来た。私と話して何が得られる訳でもないのに。何故か彼は必死だった。
 彼の事を好きな人が彼に想いを伝えたらしい。「他に好きな人が居るのでごめんなさい。」彼らしい答えは嘘だったと思う。彼の重ねた嘘で何人の人が助けられたかは分からない。でも、恋愛となると話は別だった。良かれと思ってついた嘘のどこで相手が傷つくか分からない。繊細な恋愛感情に対すれば彼はただの嘘つきになっていたように感じた。
 初夏、ジメジメした暑さに身を締め付けられる。彼はよりによって、今日は近くの東屋で話そうと言った。断る理由として「暑いから」は彼を好く人間でしてあまりに軽率だから仕方なく行く事にした。
 その時は突然来た。

「ある人に背中を押されたのでこの際言います。急になんですけど、僕実は先輩の事が好きでして。」

いや、急すぎるでしょ。分かんない分かんない。何が起きてるの。

「ど、どういうこと?」
「だから、先輩の事が好きなんですって。恥ずかしいから何回も言わせないでくださいよ。」

なんだか、慣れている気がする。告白はどこかで経験済みなのか?混乱する中私はこいつが嘘つきである事を思い出した。

「嘘、なの?」
「これは嘘じゃないです。」

彼の目はまっすぐだ。

「僕、自分なりに頑張ったつもりだったんですけど。」
「い、いや、私も好きだったんだけど。」
「え?」

私の顔が赤くなる。彼の目からはなぜだか涙がこぼれた。

「なんで私の事好きになったの。私なんかよりもっと素敵な人居たでしょ。」

そう言うと彼は、

「本当に忘れてるんですね。」

と言った。いくら忘れっぽい私でも、彼との記憶は鮮明に残ってるつもりだ。

「何を?」
「一目惚れだったんです。」

彼は止まらない涙を拭いながら話し始めた。

「昔僕は先輩に一目惚れしました。一人で公園で遊ぶ先輩のもとに行って、よく一緒に遊んだんです。あの頃の先輩はいっぱい笑ってたような印象があります。僕はその時先輩にプロポーズしたんです。小学生でありがちなあれです。そしたら先輩なんて言ったと思います?」

少し思い出した。私にもそのくらいの頃好きだった男の子が居た。確かその子も一個下で遊具で遊んでて。

「先輩僕にこういったんです。人のために嘘も付けるような優しい人と結婚したい。って。」
「それって。」
「僕の嘘、何が原動力なのか気になりますよね。キモイかもしれないんですけど、小学生の時に先輩が言ったその言葉なんです。先輩は覚えてないかもしれないけど、僕はその時からずっと先輩の影を追っていました。小中学校は別々、それでも高校の入学式で先輩を見かけた時はひと目でわかりました。」

私は驚きと嬉しさ、彼の私への想いに涙が溢れた。ジトっと暑い東屋の下、男女二人が号泣するその状況は傍から見ればカオスそのものだっただろう。

「改めて先輩、ずっと好きでした。付き合ってください。」
「ずっと私の事を忘れないでいてくれてありがとう。私もずっと好きだったみたい。ごめんね、長い事待たせちゃった。」
「待ってなんかないですよ。先輩の事を想っていたこの約十年は、楽しくて、切なくて、僕には短く感じました。」

彼のこの言葉が本当か嘘かなんてもうどうでもいい。でもこれからは、わがままかもしれないけど、私にだけは本当の事を言って欲しい。彼と過ごせなかったこの嘘だらけの十年間を少しずつ、確実に埋めていきたいから。

「そういえば私の事好きじゃないとか言ってたらしいじゃん。なんでなの。」
「そんなこと一言も言ってないですよ。」
「また嘘?」
「これはホント。」
「じゃああの話は。」

近くの木陰では、一人で静かに涙を流す人影があった。
「おめでとう。親友として心から幸せを願ってる。」
辛く悲しく、切ない嘘だった。
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