赤い糸を結んでくれたあなたがキモオタになっているなんて思いもしなかった

中敷き裏の砂利

文字の大きさ
上 下
4 / 5

第三話:という夢を見た。

しおりを挟む
という夢を見た。
 
「…………」

 まったく、もう十六歳になるのになんて夢を見ているんだ、私は。十六歳は大人ではないがこどもでもないというのに。
 
 私はベッドから飛び出ると、音を立ててカーテンを開けた。
 朝日が眩しい。現実的な光が、夜の色を帯びたままの私の意識を明るく照らす。

 夢だとしても夢の見すぎだ。

 私はため息を吐く。顔が熱い。
 歳不相応ともいえるほど幼稚な夢を見た羞恥心に依るもの。
 ではないことは私が一番理解していた。
 
私は高揚しているのだ。心臓がは早鐘を打つ。左手で顔を覆うとひんやりと気持ち良い。
 
 あるわけないじゃないか。そもそも人なんて、生物なんてただの有機物の一つ。草木とだってなんら変わりない。その有機物が別の有機物を吸収しできた脳に私の意識という情報が書き込まれているだけであって、魂だとか前世などというのは人が寂しくなったり不安になったりした時のいわば”よすが”のようなものだからたとえ母にロマンチックさに欠けるなんて言われてもそれは私の生き連ねたぴったり十六年という人生の中で悟ったことなのだから突き詰めれば責任者はそう育てた母になるわけでなにが言いたいかというとこんなウダウダ苦悩している暇があったら早い話夢にあったように左手を見ればいいじゃないか! 私は信じてなんかいなけれど! 

 ばっと左手を突き出す.。ひだまりがその手を撫でる。私は慎重に薄目でその指を見つめる。

「……まさか」

 ぼやけた視界の中で、うっすらと伸びる赤い筋。
 
 私は刮目した。
 赤く細く、鱗粉のような粒子を放つ糸。夢で見た男が私に結んだ一縷の絆。
 
「まさか本当に、夢じゃなかったの?」

 そう自覚した瞬間だった。

「――!」
 
 私の感覚を覆うように、情報が奔流となって襲ってくる。なんだこれは。

――これは記憶だ。前世の、私の記憶。

 
 私はベッドに倒れこむ。そのまま沈んでいくような感覚に陥る。記憶の洪水に飲まれていく。
 
 布団に顔を埋めているのに視界は明滅する。それだけじゃない。聞こえてもの、触ったもの、嗅いだもの、味わったものが押し寄せてくる。否、それだけじゃない。それらで味わった感情までもがインプットされていく。前世での経験が脳内で実行されていく。それも、高速で。

「う、ぅううう」

 ようやくその奔流が終わったころには私は息も絶え絶えで汗がびっしょりとパジャマを湿らせていた。休みだからって調子乗って寝すぎたときのように倦怠感と頭痛がする。
 というかそれ以上に……。

「まさか、本当に」

 体を仰向けにして左手を掲げる。赤い糸はやはりしっかりと私の指から伸びていた。
 私はかつてここの世界とは別の世界の住人で、死に際、グリアンくんによってこの赤い糸を結ばれ、そして死んだ。
 糸の先には彼がいて、私を待っている。そして、その記憶を取り戻した。

 あるいは急性中二病を発症した可能性はある。そっちの方がはるかに現実的だ。

 だがそうではない。断言
 だれかに言われたとか、情景を見たとか、ましてや妄想の出来事とかそんな次元の感覚ではない。

 こどもの頃遊んだおもちゃを見つけその頃の記憶が蘇る感覚。体験として、それを想起したのだ。
 
 幼少期の記憶を誰が嘘と疑うのだろうか。その記憶を信じるのに、誰が根拠を求めるだろうか。
  
 あまりの夢物語も、信じられる。信じざるを得ない。
 
 だがそれを理解して「なるほど」と納得して気持ちを整理できるほど私は賢くなかった。

 そんな私がこのあととるべき行動は。

「……とりあえず、学校しかないと」




 朝日が差し込む車窓に身を預けながら、私は呆然と外を眺めていた。
 
 どうやら前世から記憶を引き継いだとはいえ価値観や基準までかわるということではないようだ。
 さっき記憶を取り戻したとはいえ、好きな人と15年間あっていなかったのだ。前世の私ならいてもたってもいられなくて糸の先へ駆け出してしまいそうなものだけれど、今の私はそういった情動はない。学生なのだから学業が優先だ。

 見つけたおもちゃ幼少期の記憶を掘り起こして懐かしむことはあっても、だからといってそのころのように奔放になる人はいないだろう。

 とはいえ彼に対する気持ちが薄れたわけではない。昨日まで知らなかった恋心を、私は知っている。それも、昨日よりずっと前の記憶として。
 
 電車がトンネルに入り、窓に苦虫を噛んだような私の顔が映る。

 今の私と前世の私はまだ交わいきることなくお互いに私の心で共存している。
 整理つかないこの自意識を、彼はどう思うだろうか。
 
 もはや前世の私じゃないことに失望するだろうか。それでもいいと許してくれるだろうか。意外と前世より落ち着いた私を喜んでくれたりして。
 
 折り合いがつかない自意識の中でそれでも不安と期待は同時に膨らみ。
「ではこ感情の所在は何処か」なんていう問いかけすら飲み込んで。

 私は今はただ、電車に揺られるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...