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第三話:という夢を見た。

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という夢を見た。
 
「…………」

 まったく、もう十六歳になるのになんて夢を見ているんだ、私は。十六歳は大人ではないがこどもでもないというのに。
 
 私はベッドから飛び出ると、音を立ててカーテンを開けた。
 朝日が眩しい。現実的な光が、夜の色を帯びたままの私の意識を明るく照らす。

 夢だとしても夢の見すぎだ。

 私はため息を吐く。顔が熱い。
 歳不相応ともいえるほど幼稚な夢を見た羞恥心に依るもの。
 ではないことは私が一番理解していた。
 
私は高揚しているのだ。心臓がは早鐘を打つ。左手で顔を覆うとひんやりと気持ち良い。
 
 あるわけないじゃないか。そもそも人なんて、生物なんてただの有機物の一つ。草木とだってなんら変わりない。その有機物が別の有機物を吸収しできた脳に私の意識という情報が書き込まれているだけであって、魂だとか前世などというのは人が寂しくなったり不安になったりした時のいわば”よすが”のようなものだからたとえ母にロマンチックさに欠けるなんて言われてもそれは私の生き連ねたぴったり十六年という人生の中で悟ったことなのだから突き詰めれば責任者はそう育てた母になるわけでなにが言いたいかというとこんなウダウダ苦悩している暇があったら早い話夢にあったように左手を見ればいいじゃないか! 私は信じてなんかいなけれど! 

 ばっと左手を突き出す.。ひだまりがその手を撫でる。私は慎重に薄目でその指を見つめる。

「……まさか」

 ぼやけた視界の中で、うっすらと伸びる赤い筋。
 
 私は刮目した。
 赤く細く、鱗粉のような粒子を放つ糸。夢で見た男が私に結んだ一縷の絆。
 
「まさか本当に、夢じゃなかったの?」

 そう自覚した瞬間だった。

「――!」
 
 私の感覚を覆うように、情報が奔流となって襲ってくる。なんだこれは。

――これは記憶だ。前世の、私の記憶。

 
 私はベッドに倒れこむ。そのまま沈んでいくような感覚に陥る。記憶の洪水に飲まれていく。
 
 布団に顔を埋めているのに視界は明滅する。それだけじゃない。聞こえてもの、触ったもの、嗅いだもの、味わったものが押し寄せてくる。否、それだけじゃない。それらで味わった感情までもがインプットされていく。前世での経験が脳内で実行されていく。それも、高速で。

「う、ぅううう」

 ようやくその奔流が終わったころには私は息も絶え絶えで汗がびっしょりとパジャマを湿らせていた。休みだからって調子乗って寝すぎたときのように倦怠感と頭痛がする。
 というかそれ以上に……。

「まさか、本当に」

 体を仰向けにして左手を掲げる。赤い糸はやはりしっかりと私の指から伸びていた。
 私はかつてここの世界とは別の世界の住人で、死に際、グリアンくんによってこの赤い糸を結ばれ、そして死んだ。
 糸の先には彼がいて、私を待っている。そして、その記憶を取り戻した。

 あるいは急性中二病を発症した可能性はある。そっちの方がはるかに現実的だ。

 だがそうではない。断言
 だれかに言われたとか、情景を見たとか、ましてや妄想の出来事とかそんな次元の感覚ではない。

 こどもの頃遊んだおもちゃを見つけその頃の記憶が蘇る感覚。体験として、それを想起したのだ。
 
 幼少期の記憶を誰が嘘と疑うのだろうか。その記憶を信じるのに、誰が根拠を求めるだろうか。
  
 あまりの夢物語も、信じられる。信じざるを得ない。
 
 だがそれを理解して「なるほど」と納得して気持ちを整理できるほど私は賢くなかった。

 そんな私がこのあととるべき行動は。

「……とりあえず、学校しかないと」




 朝日が差し込む車窓に身を預けながら、私は呆然と外を眺めていた。
 
 どうやら前世から記憶を引き継いだとはいえ価値観や基準までかわるということではないようだ。
 さっき記憶を取り戻したとはいえ、好きな人と15年間あっていなかったのだ。前世の私ならいてもたってもいられなくて糸の先へ駆け出してしまいそうなものだけれど、今の私はそういった情動はない。学生なのだから学業が優先だ。

 見つけたおもちゃ幼少期の記憶を掘り起こして懐かしむことはあっても、だからといってそのころのように奔放になる人はいないだろう。

 とはいえ彼に対する気持ちが薄れたわけではない。昨日まで知らなかった恋心を、私は知っている。それも、昨日よりずっと前の記憶として。
 
 電車がトンネルに入り、窓に苦虫を噛んだような私の顔が映る。

 今の私と前世の私はまだ交わいきることなくお互いに私の心で共存している。
 整理つかないこの自意識を、彼はどう思うだろうか。
 
 もはや前世の私じゃないことに失望するだろうか。それでもいいと許してくれるだろうか。意外と前世より落ち着いた私を喜んでくれたりして。
 
 折り合いがつかない自意識の中でそれでも不安と期待は同時に膨らみ。
「ではこ感情の所在は何処か」なんていう問いかけすら飲み込んで。

 私は今はただ、電車に揺られるのであった。
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