一瞬の夏~My Momentary Lover~

clumsy uncle

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第4章 彼女の形見

ラブレター

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 奈緒と別れ、家に帰った健太郎は、早速家族から爆笑された。
 奈緒に付けられたキスマークは、ハンカチで拭いても簡単には落ちなかった。
 弟の幸次郎から早速つけられたあだ名は、『健太郎』をもじって『Q太郎』、そして『キューちゃん』だった。
 風呂に入った時に、そのほとんどは何とか洗い流したが、内心では、出来ればいつまでも消したくないとも思った。
 奈緒から愛された証が、全て消え去ってしまうかのように感じたからだ。

 翌日、健太郎は幸次郎と、町内の墓地の掃除を行った。
 先日の雨で、供物が濡れてビチャビチャになってしまった墓が多かった。
 あまり汚れがひどいと、カラスなどの標的にされるので、しっかり清掃し、片づけた。
 奈緒が埋葬された「佐藤家」の墓には、食べ物などの供物はないものの、色とりどりの花がたくさん供えられていた。

「キューちゃん……奈緒さんの墓に、こんなに花が置かれてる。いつもはあまり来る人もなく、寂しい墓地なんだけどな、ここは」
「キューちゃんって言うのやめろよ。しかし、誰なんだろう。こんなに沢山の花が」

 既に佐藤家の関係者はこの町には誰も残っていない。
 となると、花を手向けたのは、誰だろう?実の母親の美江か、同級生のみゆき辺りか?
 謎を残したまま、健太郎は手を合わせ、しばらく祈り続けた。
 奈緒が、あの世に戻って、幸せでいられるように。

 帰ってから、健太郎は、別れ際に奈緒から渡された「ラブレター」を読んだ。
 かわいらしい便箋にしたためられた何枚かの手紙……そこには、走り書きながら、女性らしい丁寧で可愛らしい文字で書かれてあった。

『 ~拝啓、健太郎くん~
 奈緒です。突然のお手紙でごめんなさい。
 私から健太郎くんに向けて、書き慣れない「ラブレター」を書いてみました。
 ほんの短い間のお付き合いだったけど、健太郎くんと一緒にいる時間は、ホントに楽しかった。
 釣りやったり、盆踊りに行ったり、海に行ったり。この世で生きてる間は受験勉強に追われてやりたくてもやれなかったことを、いっぱい出来たのがとてもうれしかった。
 そして何より、健太郎くんというステキな彼氏に出会えたことが、何よりも一番の思い出だった。しかも健太郎くんが高校時代私が好きだった人だなんて、神様のイタズラにしては、出来すぎだと思いません?
 私は、出来ることならこれからもずっと健太郎くんと一緒に居たいし、来年もまた会いたいって思う。
 けど、ちょっと考えてしまったの。
 このまま毎年夏、それもお盆の間だけ会って、健太郎くんが果たしてシアワセなのかな?って。
 私はずっと二十歳のままだけど、健太郎くんは、これからどんどんおじさんになっていく。何十年後には、おじいちゃんになった健太郎くんとデートすることになるかもしれない。
 私は毎年好きな人と会えてうれしいけど、これが本当にいいことなのかなあって。
 そして、健太郎くんが、これからも私のことを待ってて結婚しないことも、本当にいいことなのかなあって思ったの。
 健太郎くんには、この世でちゃんとステキな奥さんを見つけて、結婚してほしいと思ってる。健太郎くんには、まだまだこれから長い人生があるんだから、私のことは気にせず、ちゃんと結婚して、幸せになってほしいの。
 それが私にとって、一番うれしいことだから。(ホントは、私が死なないで、健太郎くんと出会える日までめげずに生き続けていればなあ……と、今すごく後悔してるんだけどね)
 私は、健太郎くんと出会ってから、生きてる間にやりたくても出来なかったことが全部実現できたから、この世にもう思い残すことはありません。
 健太郎くんがこれから幸せに生きていくことを、遠い世界からずっと、ずっと願っています。
 あ、最後に一言だけ。ありがとう&だーいすき💛 奈緒 より』

 読み終えた健太郎は、手紙を握りしめ、とめどなく流れ落ちてくる涙をこらえきれなかった。
 自分のことより、健太郎の行く末を心配し、もう会わないと決断した奈緒の気持ちは、健太郎には重く、辛く、悲しいものであった。

「奈緒、こんな俺のことなんかどうだって良いんだよ。それより、奈緒がこの世に帰ってきた時、俺と一緒に楽しい時間を過ごしてくれれば、俺はそれで充分なのに」
 健太郎は手紙を放り投げると、部屋の畳を何度も拳でなぐり、部屋中に響き渡る声で嗚咽した。

「どうしたんだ、キューちゃん?何わめいてるんだ?」
 健太郎の泣きわめく声に気づいた幸次郎が、慌てて部屋の中に入ってきた。

「うるっせえな!何がキューちゃんだ?俺は健太郎だよ。俺の前で二度とキューちゃんって言うんじゃねえぞ!」
 そう言うと、健太郎はクシャクシャにした奈緒からの手紙を投げつけ、幸次郎の頭にぶつけた。

「いてえな!昨日の兄貴の顔が面白かったから、キューちゃんって言っただけだろう?じゃあ、Q太郎ならば良いのか?」
 そう言うと、手紙を拾い上げ、くしゃくしゃにした紙を広げ、読み始めた。

「ば、バカ野郎!勝手に読むんじゃねえよ」
 健太郎は慌てて幸次郎の手を押さえて、手紙を読むのを止めさせようとした。
 しかし、幸次郎はその手をひょいとかわして、手紙をじっと読んだ。

「キューちゃん、奈緒さんに振られたんだ。あーあ」
「おい、こら!返せ!」
「でもさ、奈緒さんすごく幸せそうじゃん。キューちゃんが本当に好きだったんだろうな。奈緒さんがもし今も生きていたら、キューちゃんと結婚したかもしれねえな」
「まあな。彼女だって内心はそう思ってたと思うよ……」
「でもキューちゃんさ、奈緒さんの手紙の言う通りだと思うよ。ジイさんになったキューちゃんと二十歳のままの奈緒さんのカップルなんて、傍から見たらロリコン趣味だし、不倫カップルみたいだし。どこかで決断しなきゃいけないと思ってたんだろうな」
「それ言うなよ。俺は何歳になっても奈緒に会いたかったよ」
「だーかーらー、それがいけないんだって、彼女は分かってたんだよ。このままじゃキューちゃんが本当に結婚できなくなるって所もね」
「うるさい!黙れ。どうせ今のままじゃまともに結婚できねえよ、俺は」

 とことんまで落ち込み、肘を畳に押し付け、うつむいたままの健太郎を見て、

「まあ、そのうち良い人が出てくるんじゃない?奈緒さんなんて眼中に無くなるくらいのさ。それまではがんばって男を磨けよ、キューちゃん」
「うるさい、キューちゃんじゃねえ!早く部屋から出ていけ!」

 健太郎は突然立ち上がり、鬼のような形相で幸次郎を睨みつけた。

「あーはいはい、わかりましたよ。というか、いつまでも結婚しねえと、うちのおふくろもいい加減しびれ切らすと思うぞ。今だってかなり気を揉んでるし、一度は諦めた商工会長の娘のさつきとの縁談の話も、まだ諦めちゃいないみたいだからな」

 そう言い残すと、幸次郎は勢いよく障子を閉め、表に出て行ってしまった。
 健太郎は再び畳に突っ伏すと、こらえきれない涙がとめどなくあふれ出てきた。
 奈緒は本当にあの世に戻ってしまったという事実、高校の頃に奈緒の気持ちに気づき、奈緒を救ってあげられなかったという後悔、そして、生きていたら今頃はきっと結婚していただろうという妄想。
 すべてが入り混じって、ただ泣き崩れた。
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