一瞬の夏~My Momentary Lover~

clumsy uncle

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第3章 ふたたび、一瞬の夏

君の残り香

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 二つの体が一つに繋がったまま、枕の上、健太郎はぐったりした表情であおむけになった。
 その隣で、奈緒が自分の顔を健太郎の肩のあたりにちょこんと乗せた。

「疲れた……でも、気持ち良かった。」
「私もだよ。お互い初めてで、ぎこちなかったけど、気持ち良かった」
「奈緒、ごめんな。痛かったんじゃないか?」
「ううん。痛かったけど、全然。だって、大好きな人と一緒になれたんだもん」

 そういうと、奈緒は健太郎の体に覆いかぶさった。

「健太郎くんの体、温かいね」
「奈緒の体もね」

 奈緒はクスっと笑うと、健太郎の手に自分の手を絡め、もう片方の手で健太郎の手をゆっくりと撫で上げた。

「あ、そろそろ、日付が変わりそうかな?奈緒、帰ろうか」
「うん。あと残り3時間だもんね」

 奈緒は、布団をめくり、立ち上がると

「ねえ、健太郎くん。一緒にシャワー浴びようか?」
「え?一緒にシャワー?」

 奈緒は健太郎の手を引くと、健太郎は大きな体を起こし、二人並んでベッドからシャワールームへと向かった。
 蛇口をひねると、少し生温かい水が滝のように二人に降り注いだ。
 二人はお互いの体を洗い、泡を流し終わると、やがて抱きしめあい、ずぶぬれになりながらキスを交わした。
 奈緒の髪が水の重さで顔にかかると、健太郎は手でそっと髪をかき上げた。

「奈緒、嬉しそうな顔してるな?」
「健太郎くんも、目がニヤけてるよ。あれ、私が付けたキスマーク、消えちゃったね?」
「え?ホント?」
「何で消しちゃったのよ!折角付けたのに~。健太郎くんは本当にドジなんだから!」
「ご、ごめん……確かにドジだよな、俺」

 そう言うと、二人とも大声で笑い合った。
 
 健太郎と奈緒は、精算を済ませると、手を繋いだままホテルの外へと出た。
 あれほど降っていた雨が上がり、夜空には星が沢山輝いていた。

「何だよ、今頃晴れるだなんて。今日、海で泳ぎたかったなあ」
 健太郎は、悔しそうな表情で近くにあった石を蹴った。

「でもさ、カラオケ出来たし、こうして一緒になることができたから、私は満足してるよ」
 奈緒は、笑顔で夜空を見上げながらつぶやいた。

 車に乗ると、車内の時計表示は既に十時になろうとしていた。
 いよいよ、奈緒と一緒に過ごせるのは、残り二時間弱である。
 しかし、あまりにもギリギリまで引き延ばすと、奈緒が衰弱して来るので、のんびりとはしていられない。
 やがて、中川町の中心部が近づき、いつも二人が出会うコンビニも見えてきた。
 店の外では、店長の金子が送り火を焚いていた。
 暗闇の中燃え盛る送り火は、幻想的にゆらめいていた。
 しかし、この火が消え去るころには、奈緒もこの世からいなくなってしまう。

「ねえ、ここで一度、降ろして」
 奈緒はそういうと、健太郎はハンドルを回し、コンビニの駐車場に停車した。
 奈緒は、駆け足でコンビニ前で送り火を焚く金子の方へと走っていった。

「おじさん!こんばんは」
「奈緒、どうしたんだ?こんな夜中に。」
「お別れを言いに来たの。おじさんにはすごくお世話になったから」
「そうか、お盆も終わりだし、元の世界に戻っていくのか?」
「うん」
「じゃあな。元気でな」
 金子は奈緒の背中を軽く抱きしめると、奈緒はちょっと涙ぐみ、手を振って健太郎の元へと戻ってきた。

 車は県道から逸れて、暗い田舎道を進んだ。
 あちこちの家で送り火が焚かれ、その灯りはまるで行先への目印であるかのように、行き先を照らしていた。
 そして、車は墓場へと通じる小径の所に停まった。

「奈緒、今年もありがとう。俺、また会えるのを楽しみにしてるよ。俺、今年で33になるんだけど、奈緒といつか結ばれると思って、来年の夏もここでずっと待ってるからね」

 すると奈緒は、しばらく黙り込んだ後、軽く首を振り、笑顔で健太郎の方を向いた。

「健太郎くん、ごめんね。私は、もうこの世には帰ってこないつもりなんだ」
「はあ?ど、どういうこと?」

 健太郎は、後ろから殴られたかのような衝撃の一言に、思わず声を上げて驚いた。

「今までは、この世に色々未練とか心残りなことがあって、この時期になると迎え火を目指してこの世に下りてきた。でも、もう今の私には思い残すことが無いからね」
 そう言うと、奈緒は、バッグから一通の手紙を取り出すと、健太郎に手渡した。

「私から、健太郎くんへの『ラブレター』。どうぞ受け取って」
「俺に?」
「そうだよ。時間がなくて慌てて書いたから、字が汚いかもね。読みづらかったらごめんね。家に帰ってから読んでね」

 可愛らしい動物のイラスト柄の便箋に入れられた一通の手紙を、奈緒は健太郎の手の上にポンと渡した。

「奈緒、ありがとう。ラブレター凄く嬉しいよ。でもさ、俺はまだ諦めきれないよ。というか、ついさっき結ばれたばかりじゃないか?頼む!また来年、ここに戻ってきて!な!?」

 健太郎は、両手を伸ばし、奈緒の背中を思い切り抱きしめた。
 奈緒は、しばらく無言だったが、少し安堵した表情で、腕を健太郎の背中に回した。

「健太郎くんの気持ち、凄く嬉しい。ずっと忘れないよ。去年の夏、今年の夏、そして健太郎くんのことを。健太郎くんは、私にとっては、最初で最後の、ただ1人の彼氏なんだから」

 奈緒の言葉を聞くと、健太郎は肩を落とし、涙を流し嗚咽し始めた。

「奈緒とまた一緒に釣りしたかった。海に泳ぎに行きたかった。カラオケに行きたかった。ウソだろ?もう戻らないなんて。信じろと言われても、信じられないよ!」

 泣き崩れる健太郎を見て、奈緒はしばらく背中をさすり、なだめようとした。
 その後、何を思い立ったのか、奈緒は健太郎からそっと腕を離すと、バッグからコスメ用のポーチを出し、その中から真っ赤な口紅を取り出した。
 ポーチに入っていた鏡を覗き込みながら何度も何度も口紅を塗りたくると、ニコッと笑って、健太郎の肩に手を置き、頬にブチュッと音を立てて口づけた。

「な、奈緒!?」
 その瞬間、健太郎の頬には、口紅の香りとねっとりした感触が残った。
 奈緒はいたずらっぽく笑うと、健太郎のもう片方の頬にも口づけた。
 その後おでこ、鼻、あご、首筋にもキスし、最後に、唇を覆いつくすように口づけした。

「奈緒…ん…ん」

 息もできないほどの強烈な口づけ……奈緒はありったけの力を込めて、健太郎に口づけした。

「あははは。口の周り、オバケのQ太郎みたいになっちゃったね」

 健太郎は、奈緒の鏡に映った自分の顔を見ると、真っ赤な口紅が顔中に付き、口の周りがまるでナポリタンを食べた後のように、真っ赤に染まっていたことに驚いた。

「奈緒、気持ちは凄く嬉しいけど……俺、これじゃ恥ずかしくて家に帰れないじゃん!」

 健太郎が恥ずかしそうに顔を押さえながら叫ぶと、奈緒は大笑いした。

「さっき私が付けたキスマーク消したからだよ。今度は、簡単に消せない位思い切りたっくさんキスマーク付けちゃった。あ、これ、返さなくていいから。顔を洗うのに使ってね」

 そう言うと奈緒は、ハンカチを取り出し、健太郎に渡すと、

「この世に下りてきて、私、すごく楽しかった。そして幸せだった。全部、健太郎くんのお蔭だよ。ありがとう」

 と言い残し、笑顔で手を振り、少しずつ健太郎の元から離れて行った。
 そして、小径の入り口に差し掛かったところで

「健太郎くん、大好き!心から大好き!全部ぜーんぶ大好き!」

 と大声で叫び、投げキッスをすると、足早に小径を走り去っていった。
 その姿は、去年、フラフラになって涙ながらに去っていったのとは違い、終始笑顔で、足取りもしっかりしていた。
 やがて、奈緒の影は、闇にまぎれて全く見えなくなってしまった。

 ひとり取り残された健太郎の顔中には、無数に残された奈緒の口紅の跡と化粧の香り、そして奈緒のコロンの香りが体中を包み込んでいた。
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