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第2章 ありがとうを言いたくて
忠告
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金子から聞かされた奈緒の辛い生い立ちに、健太郎はしばらくの間言葉が出て来なかった。
金子は呆然としている健太郎を尻目に、奈緒についての話を続けた。
「本人は遺書を残していてね、お父さんのお墓に埋めてほしいと書いてあった。だから、奈緒ちゃんのお墓はこの町にあるんだ。この町にあった実家は、剛が亡くなって奥さんと奈緒ちゃんが東京に出て行った時に、壊しちゃったんだよね。だから、お墓だけが、彼女が生きていた証なんだ」
「お墓だけが、彼女の、この町に残る証なんですか?」
「そうなんだよ。寂しいけどね。あ、そうそう、奈緒ちゃんが亡くなった時に、遺書を私も読ませてもらってね。そこには、『もっとめいっぱい遊びたかった』って。『めいっぱいおしゃれをしたかった』って。そして、『恋をしたかった』って。後悔めいたことが、いっぱい書いてあったよ」
金子は、半分泣きじゃくりながら、窓の前でうつむき加減につぶやいた。
健太郎は涙が止まらなかった。ただひたすら、悔しかった。
彼女が1年生の時、もっと気を遣ってあげればよかった、彼女の家庭のことを聞いて、守ってあげればよかった……そうすれば、遺書に書いてあった彼女の願望がすべて、現実になっただろうに。
今はただ、後悔の念で一杯だった。
「今も、彼女のために、お盆には迎え火や送り火を焚いてるんだ。お盆の時には現世に降りてきて、生きてる間にできなかった好きなこと、やり残したことをやってほしいって思ってね。奈緒ちゃんは、大親友だった剛の大事な一人娘だし、私にできることがないかな?と思って、彼女が亡くなってからずっと迎え火や送り火を続けてるんだけど、その甲斐があってか、お盆の時には、彼女の姿らしきものを感じることがあるんだよ」
「店長さん……奈緒さんは、本当にここに来てたんですよ。僕は、このお盆の間、毎日ここで、彼女に会っていましたから。たまたまこのコンビニで出会い、最後には必ず、彼女のお墓のある場所へ帰っていったんです」
「お、おお、そうだったのか!あなたは、この世に戻ってきた奈緒ちゃんと会えたんだね。で、奈緒ちゃん、元気だったかい?」
金子は、まさかという表情で、健太郎の方を振り向いた。
「はい、一緒に釣りしたり、海に行ったり、花火を見たり……ただ、最後はすごくやつれて、かわいそうでしたが」
「たぶん、私が送り火を焚いたからじゃないのかな。迎え火で迎えられた御霊は、送り火に見送られて再びこの世を去っていかなければならないからな」
健太郎は、奈緒と付き合えたのがわずかな日数だったという理由が、金子の説明に聞き入るうちに、徐々に分かってきた。
「健太郎さんと言ったね。これからも……お盆の時だけでいいから、奈緒ちゃんをよろしくお願いしたい。きっと、あなたと過ごした4日間は、楽しかったに違いない。私は、あなたが奈緒ちゃんの過去を、興味本位で聞きこみに来たのかな?と思っていた。でもそうじゃなく、奈緒ちゃんがやりたかったことを、あなたは一緒にかなえてくれたんだね。心から、礼を言いたい」
金子は、窓際からこちらへ歩み寄ると、健太郎の前で一礼した。
「こちらこそ、色々奈緒さんについて教えて下さって、ありがとうございました。僕は今、東京に居るんですが、また来年、奈緒さんに会いに戻ってくる予定です。あ、そうそう、奈緒ちゃんのお母さんって、どちらに住んでるかご存知ですか?」
「知らんな。あんな女。顔も合わせたくないな。何だね、会いに行くのかね?」
金子の穏やかな表情が豹変し、眉間にしわを寄せ、何故だと言わんばかりの表情で健太郎に問いかけた。
「奈緒さんの本当の気持ちを伝え、そして奈緒さんに出会ったことの感謝を伝えてこようと思いまして」
「やめたまえ。時間の無駄だぞ。これはあなたへの「忠告」だ。あの女は、本当に我が強くて、私たちの話なんてこれっぽっちも耳を貸さない。いかにも鼻持ちならない、都会のエリートって感じの女だ」
金子は、健太郎を睨みつけるような表情で見つめ、たしなめるかのような口調でまくしたてた。
しかし、健太郎は、奈緒を育てたもう一人の親であり、奈緒の自殺の原因だと思われる母親に会いたかった。
そして、霊となり蘇った奈緒のこと、生き生きした表情で健太郎と過ごした日々のことを伝え、母親に奈緒の本当の気持ちを分かってもらいたい、と思った。
その時、ドアを叩く音がして、ドアの外から、金子を呼ぶ声がした。
金子はドアを開錠すると、レジにいた金子の妻らしき女性がドアの外に立っていた。店内が混雑してきたらしく、金子にレジの応援をするよう話しかけてきた。
「悪いが、そろそろ私も仕事なんで、これで失礼する。ただ、母親の所にいくつもりなら、悪いことは言わんからやめた方がいいぞ」
そう言うと、健太郎に背中を向け、レジへと戻っていった。
健太郎は、金子に一礼し、店の外へと足早に歩き去っていった。
店の外に出ると、真っ青な夏空に徐々に夕焼けがかかりはじめていた。
そして店先の歩道には、送り火を燃やした跡と、金子が奈緒に手向けたであろう、百合の花束と線香が残されていた。
金子は呆然としている健太郎を尻目に、奈緒についての話を続けた。
「本人は遺書を残していてね、お父さんのお墓に埋めてほしいと書いてあった。だから、奈緒ちゃんのお墓はこの町にあるんだ。この町にあった実家は、剛が亡くなって奥さんと奈緒ちゃんが東京に出て行った時に、壊しちゃったんだよね。だから、お墓だけが、彼女が生きていた証なんだ」
「お墓だけが、彼女の、この町に残る証なんですか?」
「そうなんだよ。寂しいけどね。あ、そうそう、奈緒ちゃんが亡くなった時に、遺書を私も読ませてもらってね。そこには、『もっとめいっぱい遊びたかった』って。『めいっぱいおしゃれをしたかった』って。そして、『恋をしたかった』って。後悔めいたことが、いっぱい書いてあったよ」
金子は、半分泣きじゃくりながら、窓の前でうつむき加減につぶやいた。
健太郎は涙が止まらなかった。ただひたすら、悔しかった。
彼女が1年生の時、もっと気を遣ってあげればよかった、彼女の家庭のことを聞いて、守ってあげればよかった……そうすれば、遺書に書いてあった彼女の願望がすべて、現実になっただろうに。
今はただ、後悔の念で一杯だった。
「今も、彼女のために、お盆には迎え火や送り火を焚いてるんだ。お盆の時には現世に降りてきて、生きてる間にできなかった好きなこと、やり残したことをやってほしいって思ってね。奈緒ちゃんは、大親友だった剛の大事な一人娘だし、私にできることがないかな?と思って、彼女が亡くなってからずっと迎え火や送り火を続けてるんだけど、その甲斐があってか、お盆の時には、彼女の姿らしきものを感じることがあるんだよ」
「店長さん……奈緒さんは、本当にここに来てたんですよ。僕は、このお盆の間、毎日ここで、彼女に会っていましたから。たまたまこのコンビニで出会い、最後には必ず、彼女のお墓のある場所へ帰っていったんです」
「お、おお、そうだったのか!あなたは、この世に戻ってきた奈緒ちゃんと会えたんだね。で、奈緒ちゃん、元気だったかい?」
金子は、まさかという表情で、健太郎の方を振り向いた。
「はい、一緒に釣りしたり、海に行ったり、花火を見たり……ただ、最後はすごくやつれて、かわいそうでしたが」
「たぶん、私が送り火を焚いたからじゃないのかな。迎え火で迎えられた御霊は、送り火に見送られて再びこの世を去っていかなければならないからな」
健太郎は、奈緒と付き合えたのがわずかな日数だったという理由が、金子の説明に聞き入るうちに、徐々に分かってきた。
「健太郎さんと言ったね。これからも……お盆の時だけでいいから、奈緒ちゃんをよろしくお願いしたい。きっと、あなたと過ごした4日間は、楽しかったに違いない。私は、あなたが奈緒ちゃんの過去を、興味本位で聞きこみに来たのかな?と思っていた。でもそうじゃなく、奈緒ちゃんがやりたかったことを、あなたは一緒にかなえてくれたんだね。心から、礼を言いたい」
金子は、窓際からこちらへ歩み寄ると、健太郎の前で一礼した。
「こちらこそ、色々奈緒さんについて教えて下さって、ありがとうございました。僕は今、東京に居るんですが、また来年、奈緒さんに会いに戻ってくる予定です。あ、そうそう、奈緒ちゃんのお母さんって、どちらに住んでるかご存知ですか?」
「知らんな。あんな女。顔も合わせたくないな。何だね、会いに行くのかね?」
金子の穏やかな表情が豹変し、眉間にしわを寄せ、何故だと言わんばかりの表情で健太郎に問いかけた。
「奈緒さんの本当の気持ちを伝え、そして奈緒さんに出会ったことの感謝を伝えてこようと思いまして」
「やめたまえ。時間の無駄だぞ。これはあなたへの「忠告」だ。あの女は、本当に我が強くて、私たちの話なんてこれっぽっちも耳を貸さない。いかにも鼻持ちならない、都会のエリートって感じの女だ」
金子は、健太郎を睨みつけるような表情で見つめ、たしなめるかのような口調でまくしたてた。
しかし、健太郎は、奈緒を育てたもう一人の親であり、奈緒の自殺の原因だと思われる母親に会いたかった。
そして、霊となり蘇った奈緒のこと、生き生きした表情で健太郎と過ごした日々のことを伝え、母親に奈緒の本当の気持ちを分かってもらいたい、と思った。
その時、ドアを叩く音がして、ドアの外から、金子を呼ぶ声がした。
金子はドアを開錠すると、レジにいた金子の妻らしき女性がドアの外に立っていた。店内が混雑してきたらしく、金子にレジの応援をするよう話しかけてきた。
「悪いが、そろそろ私も仕事なんで、これで失礼する。ただ、母親の所にいくつもりなら、悪いことは言わんからやめた方がいいぞ」
そう言うと、健太郎に背中を向け、レジへと戻っていった。
健太郎は、金子に一礼し、店の外へと足早に歩き去っていった。
店の外に出ると、真っ青な夏空に徐々に夕焼けがかかりはじめていた。
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