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第2章 ありがとうを言いたくて

彼女の想い

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 コンビニエンスストアの店主と思しき男性は、健太郎の対面に腰かけ、けだるそうな表情でポケットから名刺を1枚取り出し、手渡した。

「この店の店長の金子和明と言います。この場所でかれこれ、20年近くこの店を経営していますが、あなたは?ここに来ていた女の子のことを知っているといったけど、どうしてあなたがそんなこと、知ってるんだね?」

「いや、僕は……」

 金子が、健太郎を見つめるまなざしが次第に鋭くなってきた。

「どういう目的で、その子のことを知りたいんだね?」

「いや、そんな、変な目的があるわけじゃないんです。僕、その子と、知り合って仲良くなり、4日間だけですけど、お付き合いをしていました。けど、別れた後、彼女がどうして4日間だけで消えてしまったのか、気になってしまって」

 健太郎の話を聞くと、金子は突然、両手で机を思い切り叩いた。

「ふざけるな!付き合っていただと?それで、その子のことが気になって、この私から色々聞き出そうとしているのか?」
「だ、だって不思議だと思いませんか?彼女、僕に会うときはいつもこのコンビニの陰から出てきたんですよ」
「だからこの私に聞けばわかると思ったのか?それで、聞きだしてどうするつもりなんだ?」

 金子は興奮し、息を切らしながらも、健太郎を睨みつけ、怒鳴り散らした。

「別に、聞きだしたからどうする、というわけじゃありません。彼女に、感謝の言葉を言いたい、ただそれだけなんです。僕は生まれてこの方、彼女がいたことがないんです。そんな僕を、たった4日間だけど、好きになってくれて、たくさんの思い出を一緒に作ってくれた。それが凄く嬉しかったんです!」

 金子は、相変わらず怒りに満ちた表情であったが、その後は怒鳴り声を上げず、何か言いたげな顔はしているものの、グッと黙り込んだ様子だった。

「お願いです。奈緒さんについて分かることがあれば、出来る範囲で良いです。教えてもらえませんか?」

 金子は立ち上がり、窓際へと歩き出した、そして、窓ごしに外を流れる川をしばらく無言のまま、ボーっと見つめた。

「ここで、これから私が話すことを、ほかの誰にも言わないと、約束してくれるならば、な」
「は、はい、この場で、約束いたします」

 金子は、咳払いをし、ポツリポツリと、つぶやくように語り始めた。

「私の同級生なんだが、佐藤剛という男がいてね。幼馴染で、子どもの頃はずっと一緒に遊んでいたんだ。彼は釣りが好きでね。暇さえあれば、私とあっちこっちの川に出かけて行ったんだ」
「佐藤?まさか、佐藤って。奈緒さんのお父さん?」
「ああ、そうだよ。剛は昔から頭が良くてな。高校卒業と同時に、東京の一流大学に入って、大手の情報通信会社に勤めていたんだ。私は高校出て地元で仕事していたんで、都会で活躍している剛を羨ましく思ってた。けど、あいつは律儀にお盆と正月には必ず帰ってきて、私と釣りを楽しんでいった。そして剛は、実家の親の病気が重くなったので、30過ぎた時に、この町に帰ってきたんだ。奥さんと、まだ小さな子どもを連れてね」
「それが……奈緒さん?」
「まあな。奈緒ちゃんがまだ幼稚園に入るか入らないかの頃だったな。私は子どもが居なかったから、奈緒ちゃんが遊びに来た時は、自分の子どものように、めいっぱい可愛がって、遊んであげたんだ。奈緒ちゃんは、本当に可愛かった。人懐っこいし、遊ぶときは目をキラキラ輝かせて、とことんまで遊ぶし」
「はい。僕と一緒の時も、そんな感じでした。そんな彼女が、とてもいとおしく感じましたね」
「けどな、家に帰ったら、毎日勉強ばっかりやってたみたいでな。奥さんは剛の学生時代の同級生なんだが、親が中央官庁勤めで厳しい家に育ったせいか、奈緒ちゃんに対しても勉強をきっちりやらせてたみたいなんだ。それが奈緒ちゃんには窮屈だったみたいで、剛も奥さんのやり方に反発したようだけど、奥さんは頑として聞き入れなかったみたい」
「え?でも、お父さんと、よく釣りに連れてきてもらったって聞きましたが」
「ああ、奥さんが出かけた隙を狙って、二人でこっそり釣りに行ってたみたいだね」
 金子は、笑いながら話したが、話してはまずいと思ったのか、ちょっと咳払いをした。

「店長さん、僕、奈緒さんとはどっかであった気がしたんですよ。それで、高校の時のアルバムを見たら、奈緒さんは、僕の2年後輩で同じ合唱部にいたみたいです」
 健太郎は、当時のことを思い出しながら、伏し目がちに話した。

「そういえば…家に帰ってしっかり勉強することを条件に、部活動やるのを許してもらった、って聞いたことがあるな!」
 金子は、目を見開き、驚きの表情を見せた。

「たしか奈緒ちゃんが高校を卒業するちょっと前くらいかな、剛が病気で急死してしまったんだ。当時、もう剛の両親とも亡くなっていたから、この町で身寄りが無くなった奥さんは、奈緒ちゃんを連れて東京の実家に帰っちゃったんだよね」

 金子は立ち上がり、窓の方に歩みを進め、窓の外を見ると、少しため息をつきながら話した。

「それでな、卒業から2年くらいたった頃かな。奈緒ちゃんが突然、大きなリュックを担いで、店の前に立っていたんだよ。お前、どうしてここにいるんだ!って聞いたら、『家出してきました』って、笑いながら言ってた。奈緒ちゃんは奥さんの勧める超一流大学になかなか受からなくてな……当時は二浪中だった。東京の家に居たら毎日勉強漬けで、母親監視の下で生活しなくちゃいけなくて、窮屈で、嫌でしかなかったって」
「それじゃ、店長さんが、奈緒さんを匿っていたっていうことですか?」
「そうだ。私の家でしばらく一緒に暮らしていたんだ。時々、お店を手伝ってもらったり、店番の無い日は釣りだのドライブだの、あっちこっち連れてったな。あの時奈緒ちゃんは確か、20歳くらいだったけど、とにかく、遊びたい盛りだったんじゃないかな。ここにいた間は、受験の参考書なんて見向きもしなかったぞ」
「お母さんは、奈緒さんを探しには来なかったんですか?」
「奈緒ちゃんは何ヶ月かここに居たんだけど、その後奥さんが警察に相談して、連れ戻しにきたんだ。見つけた時、私のことは隠避罪で訴えるとか言い出しやがって。私は善意でやったことだから、徹底的に戦うつもりだったけど、奥さんからの圧力がしつこくて、最終的には折れてしまった。けど、あの時なぜ全力で阻止しなかったのか、それが、今でも悔やんでならないんだ」
 金子は、大きなため息をつき、壁に手をつけると、身体を震わせながら嗚咽した。

「奈緒ちゃんは翌年の受験も失敗したらしく、その直後、精神的に参ってしまって、自殺しちまったんだ。本当にバカだった、あの嫁に奈緒ちゃんを任せるなんて、悪魔に魂を売るのと同然だった」

「な、なんてことだ……」
健太郎は、金子の言葉を聞き、思わず言葉を失ってしまった。
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