一瞬の夏~My Momentary Lover~

clumsy uncle

文字の大きさ
上 下
8 / 27
第2章 ありがとうを言いたくて

記憶を辿って

しおりを挟む
 奈緒と別れ、やりきれなさと喪失感が残る中、健太郎は車を飛ばして家に帰ると、健太郎の家の入口には、真っ黒い灰や、焦げて炭のようになった薪が残っていた。
 そういえば、今日でお盆は終わりだった。
 送り火が終わると、今年のお盆も終わり、町の人達はまた日常の生活に戻る。
 奈緒との楽しい日々が終わり、お盆が終わり、来週からは仕事も始まる。
 健太郎は、胸にぽっかりと大きな穴が開いたような感じがした。

 翌日、健太郎は幸次郎と共に、先祖の眠る墓の掃除に向かった。
 掃除道具とバケツを手にした二人は、墓地へと続く石垣の塀で囲まれた小径の前にさしかかった。
 その時、健太郎は、奈緒のことが頭をよぎった。
 彼女は、どうやってここから帰っていったのだろうか?
 奈緒は、とうとう最後まで、自分の家を健太郎に案内することは無かった。

「奈緒さん、いつもここで別れたんだよな。そして、そのまま小径を歩いて、どこかへ消えてしまうんだ」
「ふーん」
「この小径を真っすぐ行ったら、家が見えてくるかな?そこが、彼女の家だと思うんだけど」

 二人は小径をしばらく歩き続けると、道路は山に阻まれ、行き止まりになっていた。

「あれ?ここでおしまい?」

「そうみたいだね。というかここ、墓じゃね?今日、点検して行く墓地の1つだよ」

「ええ?ぼ、墓地?」
 行き止まりとなった小径の両側には、古いお墓がずらりと並んでいた。
 その周りには、民家らしきものもなく、墓地しか見当たらなかった。

「どうなってんの?彼女は確かに、こっちに向かって歩いていったんだけど」

「兄貴、本当にこっちなのか?俺の知る範囲でも、この辺には民家はないぞ。この小径も、墓地につながる連絡路みたいだし」

 諦めきれない健太郎は、墓石を1つ1つ見て回った。
 彼女につながる手掛かりがあるのでは、と思い、墓石に書かれた名前を確認した。

「彼女の名前、何ていうんだっけ?」
 見るに見かねた幸次郎も、一緒に墓石の確認を始めた。

「たしか、坪倉……奈緒だったと思う」
「坪倉さんねえ……この辺にそんな洒落た苗字の人、いないと思うけど?」

 蝉の声がけたたましく響き渡る中、蒸し暑い墓地で、汗だくになりながら、二人は墓石を1つ1つ確認した。

「だめだ、だめだ!坪倉なんてお墓は、どこにもないよ」
 健太郎は、ため息をついて、へたり込んだ。

「兄貴、きっとさ、キツネか狸だったりするんじゃねえか?このあたりでも、目撃情報あるしさ。たぶん、化けて出てきたんだよ」
「そんなわけないだろ?マンガじゃないんだから、そんなの現実にあるわけないじゃないか?」
「というか、今兄貴が俺に話していることも、マンガみたいだぞ。数日間だけ、墓から人がよみがえって、この世に出てきただなんて、どこのマンガだよって感じ」
「まあ、そう言われたらそうかもしれないけどさ」
「とにかく、墓地の点検は終わったし、今日は帰ろうぜ。暑いし、腹減ったしさ」

 健太郎は幸次郎に肩をポンポンと叩かれると、がっくりと肩を落としながらもうなずき、小径を再び歩き出した。

「なあ、幸次郎。近くのコンビニでさ、若い女の子が夜に立ち尽くしてたの、見たことあるかい?」
「知らないな。彼氏との待ち合わせとかでコンビニの前に立ってる子達とかなら、何度も見たことはあるけど」
「こう、髪が長くてさ、色白で、背が高くてさ」
「う~ん……ないなあ」

 地元から出たことのない幸次郎の記憶にないのであれば、ほかを当たるしかない。
 実家に帰ると、健太郎は、今は物置にされている自室へと向かった。
 ここなら、中学や高校時代のアルバムとかも残っている。
 健太郎は、片っ端からページをめくり、1つ1つの写真を確認した。
 そして、最後のページに掲載されている、同級生の住所一覧もくまかく確認した。

「ないなあ。奈緒なんて名前の子、いないよな。」

 小学校、中学校、そして最後に、高校の卒業アルバムをめくったその時、健太郎は1枚だけ、気になる写真を見つけた。
 気になったのは、健太郎の所属していた合唱部の集合写真であった。
 集合写真には、3年生だけでなく、1年生や2年生も一緒に写真に入るのが合唱部の伝統である。

「あれ?この子、奈緒に似てるなあ。長身で、髪が長いし、肌の色も白いし」
 健太郎の真後ろに立つ、1年生の女子生徒の列に、その子の写真があったのだ。
 健太郎は、幸次郎の元へと走った。

「幸次郎、この子見覚えあるか?」
「ないなあ。あれ、この子って、兄貴の成人式の日にこの家に来て「健太郎さん、いますか?」って言ってた子に、似てるな」
「はあ!?」

 すぐさま健太郎は、合唱部のOBに連絡をとった。
 合唱部の1年後輩で、唯一健太郎と今でも付き合いがあり、東京でラーメン店を経営している、篠原和希に連絡した。
 アルバムの写真を撮り、LINEで和希に送信した。
 その後10分足らずで、着信音があり、確認すると、和希からの返信だった。

『この子、佐藤さんかな。佐藤奈緒。俺の1年後輩ですよ』

『やっぱり、合唱部の子だったんだ』

『大人しくて目立たない子でしたからね。一緒に1年半活動したといえ、俺もあまり記憶がないんですよ。後輩の女の子に聞いてみますか?』
 
LINEを通してではあるが、和希から嬉しい答えが返ってきた。

『頼むわ。それと、俺からその子に直接連絡してもいいか、聞いてみて』

 しばらくすると、再びLINEの着信音が鳴った。

「後輩の岡田みゆきって知ってますか?先輩が3年の時、1年生ながら部の会計やってた子です。彼女が佐藤さんの同級生で、色々知ってるみたいなんで、彼女のLINEアドレス教えますね」

 健太郎は、早速、和希から教えてもらったみゆきのLINEアドレスに、メッセージを送信した。

『お久しぶりです。テナーやってた藤田健太郎です。元気ですか?みゆきさん、突然ですみませんが、同級生で同じ合唱部だった、佐藤奈緒さんのこと、知ってますか?』

 メッセージを送ってしばらくは返信がなかったが、昼食を食べ終えた頃になってようやく、着信音が鳴った。

『お久しぶりです。岡田です。お元気ですか?奈緒ちゃんとは3年間、一緒のクラスで、合唱も一緒でしたよ』

『奈緒さんは今、どうしてるか、知ってますか?』

『もう、亡くなりました。ちょうど20歳の時かな』

『ええ?そうだったんだ。じゃあ、中川町には家族だけが住んでるのかな』

『いや、彼女が高校卒業する頃にお父さんが病死し、奈緒ちゃんはお母さんと一緒に、東京に出て行ったんです』

『そうなんだ。じゃあ、ご家族はお母さんだけ残されたんだね』

『奈緒ちゃんのお葬式にはお母さんが出ていたんですけど、その後のことはわかりません』

『そうなんだ。わかりました』

『ところで先輩、何で急に、奈緒ちゃんのことを?』

『いや、知り合いが、どうしてるか知ってる?って、俺に聞いてきたんで』

『そうですか。奈緒ちゃんはもう亡くなってだいぶ経ちますし、余計な詮索はしない方がいいかもしれませんよ』

『わかりました。ありがとう。また何かあれば連絡しますね』

 健太郎は、スマートフォンをポケットに仕舞うと、再び、小径の奥にある墓場へと走っていった。
 最初は、奈緒の苗字である「坪倉家」だけを意識して墓石を調べたが、今度は「佐藤家」の墓石があるかどうか調べた。
 しかし、佐藤姓はこの辺では多い苗字なので、佐藤家と刻まれた墓石は4、5か所もあった。

「う~ん‥確か、墓の横に、戒名とか刻まれてるんだっけ?」

 健太郎は、佐藤家と刻まれた墓石の、それぞれ横側を確認した。
 そしてついに、1か所だけ、奈緒の名前が刻まれていた墓石を確認した。

「坪倉奈緒 二十才 平成二十一年三月二十六日 没」
 
 ああ……やっぱり奈緒は、既に10年も前に死んでいたのだ。
 健太郎が見たのは、お盆の迎え火に迎えられてやってきた、奈緒の亡霊だったに違いない。
 彼女が、昨日までしかいられない、と言っていたのは、昨日が盆の最後の日で、送り火に見送られ、「元の世界」へと帰っていかなければならなかったからに違いない。

 奈緒の脇には、亡くなって一緒に埋葬された親族の名前が刻まれていた。
 祖父母、そして病死したという父。
 この墓に埋葬された親族のうち、奈緒だけが「坪倉」姓であった。
 おそらく、父の死後この町を離れた時に、母方の姓に改姓したのだろう。

 健太郎は、うすうす感じてはいたものの、奈緒が故人であったという事実を知り、すっかり落ち込んでしまった。
 折角出会った彼女が、まさか亡霊だったなんて。
 これでは周りに、付き合っている彼女がいます!だなんて、堂々と言えるわけがない。そして、年齢が彼女のいない期間であるという不名誉な記録は、またしても更新されてしまった。

 やがて、目の前に、奈緒と出会ったコンビニが見えてきた。
 その時健太郎は、入り口付近に不思議なものを見かけた。
 路側帯に置かれた、百合の花束と線香、その近くには昨日焚いたと思われる、送り火の跡が残っていた。
 一体誰が、この場所に?
 そもそも、奈緒はなぜいつも、墓地へと続く小径ではなく、この場所から出現したのか。
 健太郎は、コンビニの店主なら、奈緒のことを色々知っているのではないかと思い、店内に入り、店主への面会をお願いした。

「いらっしゃいませ。」
 いつもレジに立っている、初老の男性……おそらく、このコンビニの店長だろう。

「すみません、つかぬことをお聞きしますが、この人、知りませんか?」
 健太郎は、スマートフォンに収めてあった奈緒の写真を見せた。

「ああ、この子ね。知ってますよ」
 店長らしき男性は、躊躇なくサラリと答えた。

「この子って、いつもこのお店の辺りで、うろうろしてませんでしたか?」
「そうですね」
 またしても、サラリと答えた。

「すみません、お店の皆さんなら、この子のこと、ひょっとしたら、何か知ってるんじゃないかなと思いまして」

 すると、男性は少し考え込んだ後、
「ちょっと待ってもらっていいですか。お客さん来てるんで。そのあと、お話しますから、店の奥の控室へどうぞ」

 そう言うと、健太郎は男性にレジカウンターの後ろにある控室へと案内され、ここで待っているよう伝えられた。
 この男性、奈緒について、ほかの誰もが知らない何かを知っているに違いない。そう思い、しばらく待ち続けることにした。
 4、5分ぐらいして、男性が控室に入ってきた。

「待たせてすみませんね。レジは妻にお願いしてきたんで、ご心配なく」

 そういうと、男性はドアを閉め、しっかりと施錠した。
 そして、健太郎の正面に腰を下ろし、うつろな目でみつめた。
 この町で奈緒をよく知る人は、この人しかいない。
 健太郎は健太郎はそう確信し、緊張の面持ちで、男性の顔を見上げると、一礼した。

「藤田健太郎と言います。よろしくお願いします」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

真面目な部下に開発されました

佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。 ※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。 救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。 日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。 ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

一陣茜の短編集

一陣茜
ライト文芸
短い物語を少しずつ、ずっと増やしていきます。 気になったタイトルから、好きな順番で、自由に。 どこからでも。お好きなように。お読みください。 感想も受け付けております。 お気に入り登録、いいね、をしてくださった読者様。 また、通りすがりにページをめくってくださった読者様。 直接言えないのが、とても悔やまれます。 「私と出会ってくれて、ありがとう」 一陣 茜 *本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

処理中です...