一瞬の夏~My Momentary Lover~

clumsy uncle

文字の大きさ
上 下
7 / 27
第1章 恋は迎え火とともに

別れの時は突然に

しおりを挟む
 西の空が徐々に夕焼けに染まり始めた頃、健太郎と奈緒は美根海岸を出発した。
 弟の幸次郎から借りたスカイラインで爆音を立て駐車場を出発すると、周りの海水浴客は、どんな怖い人達が乗っているんだろうという表情で、車を見つめていた。

「幸次郎、ちょっと車の趣味悪すぎだな」
 健太郎は、アクセルをふかしながら、思わず不満を口にしてしまった。

「幸次郎って誰?」
 助手席の奈緒は、健太郎がつい口に出した、聞いたことのない名前に反応した。

「ああ、ごめん。俺の弟なんだ」
「ええ?じゃあ、これって、健太郎さんの弟さんの車?」

 しまった!ついうっかり、弟の名前を。
 健太郎は、手で口を押えながら、しかめ面で頷いた。

「じゃあ、健太郎さんって、自分の車は無いの?」
「だって俺、東京に住んでるし、あっちじゃ車に乗る機会も無いし、駐車場代もバカ高いし」

 健太郎は下を向きながらつぶやき、ワンクッション置いて、

「でも、もし自分で買うなら、こんな爆音が出るようなヤンキーっぽい車、選ばないけどね」

 健太郎は申し訳なさそうな顔で、ハンドルを握りつつ、奈緒に向かって頭を下げた。すると、奈緒はリスのように口を押えてクスクス笑い始めた。

「あははは……何だか健太郎さんらしくない車だなあって思ってた。正直、車の趣味、悪いなあって思ってたけど、違うんだね。それ聞いて、ホッとしたよ」

 奈緒は大声で笑い出した。

 気が付けば、窓の外は徐々に夜の闇がせまっていた。
 しかし、この日は遅い時間になっても海岸通りは混雑し、車の流れも悪かった。

「何だろう?こんな遅い時間まで海水浴って混雑するのかな?」
「ううん、海水浴じゃないと思う。ほら、あれじゃない?」

 奈緒は、窓の外を指さした。
 道路沿いに、立て看板が等距離に立てられており、その脇を、大勢の通行人が横切っていた。

「『美根浜納涼花火大会 会場入り口』?」

 どうやら、海水浴場の近くの港で、花火大会が行われるようだ。
 しかし、美根浜は駐車場が少なく、駐車場を探す車が海岸通りに集中し、渋滞を引き起こしている様子だった。
 健太郎は幼い頃からこの町に何度も海水浴に来ており、抜け道は良く分かっていた。しかし、奈緒とこのまま思い出も作らず別れてしまうのが、すごく惜しく感じていた。

「どうする?抜け道は知ってるんだけど、花火、見て行こうか?」
 健太郎は、奈緒に問いかけた。

「うん。見に行きたい!」
 奈緒は、目を輝かせて頷いた。

「けどさ、駐車場がどこも無くてさ。どうしよう?」

「大丈夫!そんなの関係ねえ!ハイ、オッパッピー!」
 奈緒は、拳を握って何度も振り下ろし、腕を横に開き、ニコッと笑いかけた。
 まさか、この場面でこのギャグを言うか?と苦笑いしつつも、健太郎は目を凝らし、通り沿いの駐車場の空き具合を見計らった。

 その時、1台の車が、すぐ近くの駐車場から出車し、通りに出てきた。
 そして、その車が駐車していたスペースに空きが生じていた。
 あまりにもラッキーな出来事に驚きつつ、健太郎は急いでハンドルを切り、駐車場の空いたスペースに車を入れた。

「うわあ。やったあ!無事駐車できたよ。これって、奈緒のおまじないのおかげかな?」
「あははは、たぶん、そうかもよ」
 奈緒はおどけながら笑い、車から降りた。

 花火大会の会場である埠頭は、駐車場から歩いて2、3分の場所にあった。
 健太郎と奈緒のすぐ真上には、次々と大輪の花火が打ちあがり、夏の夜空を彩っていた。

「すごい!きれ~い。まさか、最後に花火を見れるなんて、思いもしなかった」
 奈緒は瞳を潤ませながら、次々と上がる花火に目を凝らした。

「俺、何年ぶりに見たかな?昔はよく両親と見に行ったんだけどね。最近はここまで来るのがおっくうだし」

 やがて、会場内では軽快なBGMがかかり、曲調に合わせて大小の花火がポンポンと上がり続けた。
 曲が変わり、ピアノの伴奏のイントロが流れると、奈緒は歓声を上げた。

「わあ!『手紙~拝啓・15の君に』だあ!まさか、ここで聴けるなんて」
 以前、奈緒が好きだと言っていた曲である。

 この日の花火大会のBGMは、まるでここに奈緒が来ているのを知っているかのように、10年ほど前のヒット曲が次々と流れていた。
 大好きな曲たちに乗って、次々と夜空を焦がすカラフルな花火を見上げ、奈緒はう満足げな表情であった。
 そして、いつの間にか健太郎の肩に顔を載せ、健太郎の顔に頬寄せしていた。
 今すぐキスしようと思ったら、できそうな位間近な所に、奈緒の顔があった。

「この瞬間が、ずっと、ずっと続くと良いのにな」
 奈緒は、目を潤ませながらつぶやいた。

「俺も、続いてほしいな。このまま、奈緒さんと離れたくないよ」
「私も……離れたくない」
 奈緒は、健太郎の手を取ると、強く握り、そのまま離そうとしなかった。

 最後に、夜空全体を覆うかのように大輪のスターマインが夜空に上がると、場内からは割れんばかりの歓声が上がった。

 『これを持ちまして、美根浜納涼花火大会を終わります。お気をつけてお帰り下さい』
 花火大会の終わりを告げるアナウンスが流れると、来場者は続々と立ち上がり、道路沿いの駐車場へと向かって歩き始めた。

「終わっちゃったね。何だか、寂しいよな」
「うん。でも、帰らなくちゃね」

 健太郎は奈緒の手を取ると、奈緒は手を離し、白い腕をそっと健太郎の腕に絡ませた。

「奈緒さん!?」
「大好き」
「え?今何て言った?」
「大好き。健太郎さん、大好きだよ」

 そう言うと、奈緒は健太郎の頬に、そっと唇を押し当てた。
 大勢の帰宅客が目の前を横切っていく中、奈緒は、腕を絡め、健太郎の頬から唇を離さなかった。

「嬉しいよ、すごく嬉しいよ。でも……こんなに人がいるところでやらなくても、良いんじゃない?」

 その言葉を聞いて、奈緒は慌てて唇を離した。

「やだ、私……何やってるんだろ?」

 奈緒は、両手で口を覆い、慌てふためいた。
 しかし、辺りはある程度灯りがあるとはいえ、すっかり日が暮れ真っ暗だし、帰りの道路が混み始め、渋滞に巻き込まれないように皆急ぎ足で帰宅しているので、奈緒が健太郎にキスしている所を終始見ていた人は、1人いるかいないか?位であると思われる。
 健太郎は、奈緒の手を取ると、急ぎ足で駐車場へと戻った。

「だいぶ遅くなっちゃったね。早く帰らなくちゃね」
「そうね。あ、いけない、あと、3時間で今日が終わっちゃうじゃん!ごめん、急いで運転してくれる?」
奈緒は携帯電話の時計を見て、慌てふためき、煽り口調で健太郎に急いで帰るよう伝えた。

「う、うん。ここから2時間くらいかかるけど、何とか着くと思う」

 しかし、海岸通りは花火大会から帰る車が詰めかけて渋滞し、いつもの半分程度の速度しか出せない。

「うわあ、どうしよう?無事……たどり着けるかな?」

 ふと助手席の奈緒に語り掛けた時、奈緒の顔が、心なしか青白くなっているように感じた。
 目も、朝方より覇気が無く、窓を見つめたまま何も語ろうとしなかった。

「だ、大丈夫か?熱でもあるのか?」
「ううん、大丈夫よ。それより早く……走って!」

 健太郎は悩んだ挙句、一か八かの思いでハンドルを回し、細い横道へと入り込んだ。
 記憶をたどると、海岸通りから中川町へつながる県道への抜け道が何本かあったことを思い出したからだ。
 この道で合っているかどうか?憔悴しながら、細い道を5分程度進むと、やがて、県道へと出ることができた。
 標識を見ると、矢印の先には「中川」の標記があった。
 ホッと胸をなでおろし、再び奈緒の顔を覗くと、さっきよりも顔色が悪くなり、奈緒の身体から生気が吸い取られているような雰囲気がした。

「奈緒さん、ガンバレ!俺、がんばって、運転するから。少しでも早く着くように、急ぐから」

 そう言うと、アクセルをふかし、速度をグングン上げた。
 山間を縫うように抜ける道路だけあって、カーブが多く、スピードを上げたままだとハンドルが取られそうになり、ヒヤヒヤする場面も何度かあった。
 それでも、今の健太郎には、奈緒を早く送り届ける責務がある。
 山道を頑張って運転した甲斐もあり、通常よりも30分早く到着した。
 時計を見ると、11時20分。
いつものスピードで走っていたら、ギリギリか、間に合わなかったかもしれない。

「奈緒さん、奈緒さん……着いたよ。いつも俺たち、この石垣の所で別れたよね。ここでいいんだろ?」

 奈緒は、顔が青白くげっそりとし、瞳もほとんど開くことが出来ず、身体は震え、ふらついていた。

「奈緒さん、俺、家まで送るよ。俺の肩につかまって家まで歩こうか」

すると奈緒は、首を横に振り、助手席のドアを何とか自分で開け、車外へと降り立った。

「健太郎さん……ごめんね。本当にごめんね。こんな私、見せたくなかった。でも、これが私の、運命なの。」

「奈緒さん!どうしてこんなにやつれて……」
 奈緒の手を触ると、冷たく、生気が全く感じられなかった。

「私‥もう少ししたら、この世からいなくなっちゃうの。ごめんね。折角、仲良くなれたのに、健太郎さんのこと、好きになったのに。たくさん楽しい思い出作ったのに」

 奈緒のわずかに開いた瞳から、涙が一滴こぼれ落ちた。

「奈緒さん。俺たち、また逢えるよ。俺、信じてる。また、ここで逢えるって。だから最後に1つ、我が儘言わせてほしい。奈緒さんの携帯電話の番号、教えてほしい。俺、時々掛けてみるけど、奈緒さんも、また逢える時には電話してほしい」

「良いの?たぶんかけても……つながらないと思うけど。」
「良いんだよ。それでも」
「わかった。じゃあ待って」

 奈緒は、小さく震えた声で、自分の携帯電話の番号を読み上げた。
 健太郎は、その番号を即座に自分のスマートフォンの電話帳に記録した。

「じゃあな。元気でな……そして、また逢おうな!」

 そういうと、健太郎は奈緒の手を握りしめた。
 奈緒は、か弱い手で健太郎の手を握りしめ返した。
 奈緒の目からは、涙がとめどなく流れ出ていた。
 健太郎は、健気にふるまおうとしたが、奈緒の涙をみつめるうちに、次第に涙があふれてきた。

「健太郎さん、大好き。私、健太郎さんと過ごしたこの4日間のこと……ずっと忘れないからね」

 そういうと、奈緒は手を振り、ふらつきながら、石垣に囲まれた小径を奥へ、奥へと歩き去っていった。
 そして、その姿は闇にまぎれ、最後には、全く見えなくなってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

真面目な部下に開発されました

佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。 ※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。 救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。 日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。 ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

一陣茜の短編集

一陣茜
ライト文芸
短い物語を少しずつ、ずっと増やしていきます。 気になったタイトルから、好きな順番で、自由に。 どこからでも。お好きなように。お読みください。 感想も受け付けております。 お気に入り登録、いいね、をしてくださった読者様。 また、通りすがりにページをめくってくださった読者様。 直接言えないのが、とても悔やまれます。 「私と出会ってくれて、ありがとう」 一陣 茜 *本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

処理中です...