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序章 先の見えない練習
第1話 前世
しおりを挟む俺は前世の自分の名前や親族の名前、交友関係を全く覚えていない。
だが、自分がどういう人生を歩んできたのかは結構記憶に残っている。
ただ、人の名前を思い出そうとしてもモヤモヤする事なく思い出せる気がしないし、記憶にある人達は全部モザイクがかかってる様にわからない。
「これは一体どういう事なんですかねぇ」
俺は今、誰もいない市民球場の様な所のマウンドに1人でポツンと立っている。
見渡す限り誰もいないし、なんか体が若返ってる気がするし、そしてなにより。
「俺、車と思いっ切りクラッシュしたはずなんだよなぁ」
あれは死んだよ、間違いなく。すんごい音鳴ったし、頭から落ちて体の感覚がなくなったもの。
「死後の世界で野球? 確かに未練はあったけども。閻魔様は野球好きですかぁ? 信じてないけどな」
俺は中学時代、それなりに将来を期待されたサウスポーのピッチャーだった。
身長180cmの長い腕で、サイドスロー気味のスリークォーターから投げるMAX135キロのストレートとまぁまぁ使えるナックルカーブにチェンジアップと中学レベルでは無双していた。
だが、中学2年の時に左手の指を死球で骨折。
最初は、大した事ないと思っていたが、完治してからピッチングしてみても以前の状態に戻らなかった。
なんていうか、ボールを投げる時の切る感覚が無くなっていて、ストレートはスピンが掛からず棒球になるし、ナックルカーブとチェンジアップはすっぽ抜ける。
当時はそれなりに荒れたが、結局野球を辞めた。
ピッチングと比べて、バッティングにはあまり興味を持てなかった。
俺は、三振を奪うのが好きなのだ。
見逃し三振の時のバッターのやってしまったという様な顔。
空振り三振の時の屈辱に塗れた様な顔。
そんな顔を見る度に、やる気がみなぎってくるし、ゾクゾクと征服した気になれる。
まぁ、打たれたら俺がそんな顔する訳だが。
とにかく、野球を辞めてからはダラダラ過ごしてた様に思う。
幸い頭の出来は良かったので、進学校から一流大学に進学して、そこそこの企業に就職。
おっと。記憶にある限り、女性とお付き合い経験は豊富だったが結婚はしていなかったみたいだ。
やはり、理想が高過ぎたのか。
オタク趣味に理解のある、長身の美人で巨乳ギャルというのは高望みし過ぎた。
まあ、そんなこんなで、30代も後半になった頃に赤信号を無視した車とぶつかって、あっさり死んだ筈なのだ。
「いや、本当になにこれ? ここで野球すればいいの?練習用のユニフォーム着てるし。でも、1人? せめて、キャッチャーがいないとピッチングの練習すら出来ないんだが?」
すると、誰もいなかった感じなのに、キャッチャーボックスにロボットみないな奴が防具を付けて座っていた。
「おぉ? キャッチャーが急に出てきたぞ?え?本当に練習するの?えー、じゃあ俺のグローブとボールもお願いしまーす」
またもや急に、グローブとボールがピッチャープレート上に置かれていた。
なんか練習する感じになってるけど、まぁいいか。
現状を理解しようとしても無駄っぽいし、何より俺がソワソワしてる。
中学時代のボールが投げれそうな気がするのだ。
死後の世界だからなのか、なんなのかは分からないけれど、指の感覚が戻ってる気がする。
「すみませーん、キャッチャーさん。まずはキャッチボールからお願いしまーす」
俺はソワソワした気持ちを抑えつつ、ウォーミングアップを始めるのだった。
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