上 下
72 / 82
6章、北の大地

7、真夜中の会合

しおりを挟む
 秘密裏に別室へと案内される。
 辺りは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。あれだけ派手にやり合えば当然だろう。俺の存在に関しては、まだ伏せておこうという結論に至った。
 建物内への侵入罪、器物破損、要人の暗殺未遂疑惑までかけられている。場所が場所だけに、不味いことになってしまった。
 

 
 「ソフィア。もう一度言ってくれないか?」

 「ええ、いいわ。私たちが今いるこの場所は、窪地の山の上に建造されたファラウブム城。正確には、その敷地内にある離宮の中だけど。
 王国の最重要拠点。もっとも警備の厳重な、難攻不落の要塞よ」

 「ファラウブム城は、これまでの歴史上、外部からの侵入を一度たりとも許したことがない。一度もだ!
 それをエドワーズ、お前は……お前というヤツは……」

 「おいおいフレア。あまり持ち上げ過ぎるなよ。照れるじゃないか」

 「この大馬鹿者め!今の私は怒っているのだ。褒めてなどいないッ!!」

 

 室内にいるのは俺、ソフィア、フレアの三人。施錠された扉の向こう側には、見張り役の女騎士が数名いる。
 館内には、こうした客間がいくつもあるらしい。雪国のため、暖炉は当然備えられている。おかげで部屋の中はとても暖かかった。
 俺が座っている長椅子の隣。先ほどから、ソフィアがずっと腰かけている。出会った時と変わらず距離が近い。彼女が、駆けつけてきた護衛たちに向かって指示を出したのだ。



 「二人とも仲が良いのね。私も一緒に混ぜてもらおうかしら」

 「ソフィア様、それは流石に近すぎます!もう少しだけ、エドワーズから離れていただかないと――」

 「あら、どうして?」

 「彼の緩みきった顔を見てください。きっとよからぬことを考えているに違いありません!」

 「フレアはこう言っているけど。実際はどうなのかしら?
 ――ねぇ?エドワーズ?」

 「アババババババ……!」



 ずっと弄ばれている感じがする。女の子の体というものは、どうしてこうも柔らかいのだろう?
 俺の胸元をツーっと擦る、細い指先。フッと吹き掛けられる吐息が艶かしい。フレアの口元が「ぐぬぬっ!」と歪む。
 

 ソフィアはわざとやっているのだ。そして俺たちの反応を伺いながら面白がっている。
 やられっぱなしは性に合わない。『蜜蜂の酒場』で働いている、サーシャやステラのことを思い浮かべた。あの二人。顔はいいが、言ってしまえばそれだけである。相手の性格を知っていれば、案外普通に接することができるものだと教えてくれた。ソフィアのことは「可愛い妹分」とでも考えておけばいい。



 「こうして私の肌に直接触れた男性はね、お父様を除くとあなたが初めてなのよ?エドワーズ」

 「それは光栄だ」

 「へぇ……?結構強引に攻めていたつもりだったけど。頭の切り替えが早いのね。
 それでこそ相手にとって不足はないわ。簡単に落ちられてもつまらないもの」

 

 ソフィアが静かに立ち上がる。自らの寝間着の裾を持ち上げた。そして一礼。よく身に付けられた所作だと分かる。気品溢れる佇まい。まるで別人のように大人びた表情。
 その変わり身の早さに呆気に取られた。可愛い妹分?それは違う。ソフィアが見せたもう一つの顔。明かされた正体について、疑いようもなく納得させられるものだった。
 
 
 
 「オストレリア王国元第一王女、ソフィア・イーヴァ・オストレリアよ。今は相談役として、国内の政治業務に携わっているわ」

 「……あのさ。俺、もしかして不敬罪で捕まえられたりしちゃう?」

 「それはないわね。当事者の私がなんとも思っていないもの。これまで通り、気楽に接してくれると嬉しいわ」

 「ダメだ!ダメだぞ?エドワーズ。ソフィア様がなんと言われようと、そのような無礼は決して許される筈がない――」

 「その方が俺も助かる。こっちに来て早々に、ソフィアと出会うことができてラッキーだったよ」

 「フフッ!嬉しいことを言ってくれるのね」

 「このぉ……!人の話くらい聞けぇッー!!」



 ――コンコン。



 部屋の入り口にある扉が叩かれた。対応したフレアと言葉を交わす女騎士。報告を受けたフレアが苦虫を噛み潰したような顔をする。
 先ほどの騒ぎを聞きつけたのだろう。国の高官たちが、大挙して中庭の方に押し寄せてきているという。中にはソフィアへの面会を求める声が多数出ているらしい。直接安否を確かめなければ気が済まないそうだ。


 「大した人気ね」――当の本人は、まるで他人事のように口にする。
 この若さで『元皇族』というからには、「厄介な立場に追い込まれているのでは?」と考えていた。どうやらそんなことはないらしい。



 「出番よ。騎士団長」

 「で……ですがソフィア様!そうなると、今この場はエドワーズと二人きりになってしまうのでは?」

 「何も問題はないじゃない。あなたが報告をしてくれたのよ?彼のことは信頼できる、己の命を預けるに値する人物だと。それは間違いだったのかしら?」

 「あっ、いや、それは!……申し訳ありません。ですがソフィア様。その話は、彼の前で言わない約束では?」

 

 俺の両肩の上に置かれた手。フレアが化け物じみた握力で握り締めてくる。笑顔を浮かべていたが、目が笑っていない。あと、ほんの少しだけ顔が赤くなっている。

 

 「ほほう?」

 「……クッ!」

 「ほうほうほう!」

 「なんだ!言いたいことがあるのなら早く言えっ!」

 「まさかフレアが、俺のことをそこまで評価してくれてるなんてな」

 「そんな目で私を見るな!――クソッ!お前だけには、絶対に知られたくなかったのに……」



 気まずそうに俯くフレア。その後、やって来た女騎士たちに引きずられていった。
 ――フレア団長。ほら早く、行きますよ!



 「フレアが……騎士団長だって?」

 「私が直々に任命したの。王国最強のリエーナ騎士団。信じられないかもしれないけど適任よ。本当によく務めてくれているわ」



 あのフレアが、現騎士団のトップに就いているという事実。そのうち仕事ぶりを覗きに行ってやろう。短い時間でも、直接手合わせをしたので分かる。
 フレアなら、俺が懸念していた計画の穴を埋める存在になり得るかもしれない。
 


 「あの子、いつも周囲の人間にあなたのことを話していたのよ。騎士団のメンバーなら誰でも知ってるわ。
 もう一人、確かリーゼと言ったかしら?彼女も一緒に連れてきているのでしょう?」
 
 「もちろん。今はローレンさんが所有していた屋敷にいるよ」

 「なるほど……開かずの屋敷のことね。このような騒ぎを起こしてまで、城の内部に侵入してきたということは、ローレン様は既にもう――」

 「ああ。多分、考えている通りだよ。亡くなっている」

 「……ッ!残念ね。一度くらいお会いしてみたかったわ」

 
  
 俺が使用した転移座標の件に関して尋ねると、ソフィアは「当然、知ってるわ」と頷いていた。



 「昔、城と屋敷の間を行き来するために使われていたそうよ。その機能は、とっくに失われていると考えていたのだけれど。
 フレアが受け取った手紙に書かれていたの。『あれは手をつけず、そのままにしておくように』って」

 「こうして俺が使うことを見越して……か」

 「聡明な方ね。符号が刻まれている場所は、この部屋のすぐ近くよ。あとで他の者に案内させるわ。だから今日のところは一度帰って。
 明日になったら、こちらから屋敷の方に正式な迎えを寄越すつもり。それと一応伝えておくけど、あなたたちの待遇は国賓級よ」

 「……なんだって?」

 「どうしても必要なことなのよ。素直に受け入れなさい。その理由を聞いたら、きっと驚くと思うわよ?」

 「だったら、今それを教えてくれても――」

 「先々のことを常に知ろうとするのはよくないわ。だから秘密よ。その方が面白いと思わない?」



 上手くはぐらかされる。何を考えているかわからない。
 ソフィアとの付き合いは、これから先も苦労することになりそうだ。



 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

異世界ハーレム漫遊記

けんもも
ファンタジー
ある日、突然異世界に紛れ込んだ主人公。 異世界の知識が何もないまま、最初に出会った、兎族の美少女と旅をし、成長しながら、異世界転移物のお約束、主人公のチート能力によって、これまたお約束の、ハーレム状態になりながら、転生した異世界の謎を解明していきます。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...