55 / 82
5章、呪われた二ディスの沼地
6、二ディスの沼地へ
しおりを挟む北へ進むにつれて、ジメジメとした空気が肌の上にまとわりつく。
地面には茶色い枯れ草。所々に、幹のひび割れた木が茂っている。
足下は酷く不安定だ。場所によっては軽く踏み入れただけで、落とし穴のように深く沈んでしまう。
泥を含んだ粘度のある沼。水浴びはできそうにない。濁った泡と共に、ガスのようなものが浮き出ていた。辺りには、腐敗の臭いが染みついている。
僅かに霧が出ているため、五十メートルよりも先は見通せない。
……嫌な感じだ。こんな場所を歩いているからだろうか?何かに見張られているような感覚に陥る。
――ズボッ!
「あっ!」
ティアの片足が、ぬかるみの中に深々とはまっていた。水辺の周りなどは、特に柔らかくなっているらしい。
面倒ではあるが、ここは迂回して進むべきだろう。
そのことを二人に対して伝えると、ティアが「えー!」と声を上げ、不服そうな顔を俺の方に向けてくる。
「なんでよ?そのまま突っ切って行けばいいじゃない!」
「危ないだろ。他に何かいい考えでも思いついたのなら、話は別だけどな」
「いい考え?いい考えね……だったらあるわよ!」
「きっと、ろくなことじゃない」と、リーゼは言う。
しかし、こういう時こそ、仲間からの意見を取り入れるのは大切なことだ。
「ほほう?じゃあ、聞かせてもらおうかな?」
「えーっとね。例えば……そこにある沼の中を、みんなで泳いでいけばいいのよ!」
「あり得ない」「ティアに期待した俺がバカだったよ」
「ウゥ……!そこまで言わなくても……。
いい考えだと思ったのに……」
ガロウジとの合流地点までの距離は、ここからあと少し。
遠回りをしても、時間に余裕はあるだろう。
「退屈ねー。さっきから魔物の姿が、全然見当たらないじゃない」
「うん。でもそれは、私たちにとって、とても良いこと」
今のところ遭遇した魔物は、ほんの数体程度。元気の有り余っているティアが、ぶつくさと文句を垂れている。
「とても良いこと」――リーゼの言葉通りだが、ほんの少しだけ違和感があった。強い魔物が通ったあとには、必ずその痕跡が残るもの。それが見つからない。
ダンジョンの主は、地上で活動するタイプの魔物じゃないのか?
《ギョワア、ギョワア!》
先ほどから聞こえてくる声。空の上に何かがいるらしい。
襲ってくる気配はなかった。そもそも相手はただの鳥かもしれない。気にするだけ無駄だろう。
「おかしな鳴き声ね」――ティアが、そわそわとした様子で口にする。
――あたしたちの手で捕まえて、焼き鳥にできないかしら?
真っ先に思い浮かべたことがそれらしい。このような所に生息している鳥だ。
「食べたら腹を壊すかもしれない」と言ってやると、ティアは残念そうな顔をしながら渋々諦めていた。
沼から遠ざかると、白い岩肌がむき出しになった地面が見えてくる。その真下は地下資源の宝庫だ。
遺跡の内部に侵入するための、秘密の空洞もそこにある。
「ようやく見えてきたな」
「あれが……そう?――まるで人の顔みたい」
「今にも動き出しそうな感じがするわね」
歩き続けていると、やがて巨大な人面岩が見えてきた。
ガロウジが指定した場所がここである。間違いないだろう。他に似たようなものは見当たらない。
(本当に来れるのか?)
それだけが不安だった。周りからの監視の目を、どうやって掻い潜るつもりだろう。
奴は、周りから信用されていない。戦闘に関しても素人レベル。たった一人だけで、この場所に辿り着くことは不可能だ。
「また明日、よろしく頼む」――昨日の出来事を思い浮かべる。
だとすると、ここに現れる人物は……。
「……!エドワーズ」
「ああ、ようやくお出ましみたいだな」
リーゼとティア、二人が揃って同じ方向を見つめている。
何者かがやって来る気配。ティアが、獣人族の証である自身のケモ耳と尻尾を隠す。
「へへッ!全員、お早いご到着だな?」
「………」
ガロウジ、その隣にいる大男はブレイズだ。予想通り、別働隊の役割をほっぽり出してきたらしい。数戦交えてきたのか、服の袖には魔物の返り血がついている。
ティアは、ブレイズが背負っている大剣を見て、目を輝かせていた。
リーゼは、「馴れ合うつもりはない」とでもいうように、厳しい視線を向けている。
「どうやって抜け出したんだ?」
「チョロいもんだぜ。クソをすると言ってやったら、見張りもつけずに一発よ」
最低だった。女性陣二人のことは気にもしていない。
ガロウジとは反対に、ブレイズの方はまともそうな人間に思える。だからこそ、こんな奴に協力している理由がわからなかった。
余程うまい話があるのか。何にせよ、今は心強い味方である。
「ブレイズさん!昨日はどうも――」
「気にする必要はない。敬称も不要だ。
エドワーズ……だったな。お前たち全員、歳はいくつになる?」
「三人とも、同じ十四です」
「……ッ!そうか。それは、かなり若いな。素晴らしい才能を持っている。
その歳で……驚くべきことだ」
『金星』冒険者のブレイズが、手放しに称賛している。
リーゼの『魔力防御』の練度は、そこらの冒険者たちのレベルから大きくかけ離れていた。ティアも同様、俺に関しては魔力をまったく纏っていないが、それでも分かるらしい。
――実力のある者が放つ雰囲気は、独自のものだ。
そんなものを出している覚えはない。リーゼはともかく、ティアの方はどう見てもアホっぽいし。直感のようなものだろう。
「(エドワーズ!あたしね……あれ、振ってみたい!)」
ティアが、小声で話し掛けてくる。髪の下に隠されたケモ耳が、ピョコピョコと動いていた。
お目当てはブレイズの大剣だろう。分厚い刀身、規格外の重量。扱える者は限られるが、とにかく見た目がカッコいい。ティアが、惹きつけられるのも納得だ。
「……少し触ってみるか?」
「えっ?――いいの!」
ブレイズが、親切にそう申し出てくれる。
止める間もなく、握り手の部分を掴むティア。片腕だけで勢いよく持ち上げる。
――ま、マズイッ!
「……ほう?」
「あんなに馬鹿でかい旦那の得物を……どうなってんだ?」
細身のティアが、二メートル近くのサイズがある大剣を、片手斧のように軽々と振り回していた。ブレイズとガロウジの二人は、呆気にとられてその姿を眺めている。
獣人族のティアが持つ力は、人族のものよりも遥かに強い。これは流石にバレたかも。どうかバレていませんように!
「あれくらい、私にだってできる」――何故か、リーゼが無駄に張り合う。辺りの霧が徐々に濃くなってきた。
空の上からは、相変わらず奇妙な鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「さーて、そろそろ出発するぞ?
例の地下にある抜け道は、ここから二百メートルほど歩いた先にある。すぐに案内するぜ」
「……なぁ、ガロウジ。確か前に話していたよな?
こうして沼地の中を歩いていたら、気がつくと古代魔導具の遺跡にいたって」
「ああ、いつの間にか捕まっちまったらしい。一瞬のことだ。沼地の怪物の姿なんて、目にしてねえよ」
「……この人の言うことは、信用できない。もしかしたら、私たちに対して嘘をついているのかも」
「忘れちゃっている可能性もあるわね!」
ティアじゃあるまいし、それはないだろう。
それにしても、リーゼたちからの風当たりが随分強いな。ガロウジの自業自得だが。
「ブレイズはどう思います?」
「陸と水中、どちらでも活動可能な魔物だろう。奴の巣穴には、何かが這ったような跡が残されていたと聞いている。全体はおそらく巨大だが、獲物を素早く捕縛する俊敏さを持っているため、油断はできない。
環境に適応した能力を、いくつも備えている筈だ」
「環境に適応した能力……例えば、この辺りを包み込んでいる霧とかですか?」
「それもある。優れた索敵力があるのだろう。目や耳に頼ってばかりいては命取りになる。そのことを忘れずに覚えておけ」
大した分析だ。俺自身が出した結論も、それに近い。
以前戦ったダンジョンの主、悪魔の死蛾の擬態能力には痛い目を見た。周辺の魔力探知は怠らないようにするべきだろう。
(ん?)
俺は、パッと後ろに振り返った。枯れ草を踏む音。魔物のものではない。
複数の人間が、同時に近づいてくる気配がする。
「ガロウジ。お前、ヘマをしただろ」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ギフト争奪戦に乗り遅れたら、ラストワン賞で最強スキルを手に入れた
みももも
ファンタジー
異世界召喚に巻き込まれたイツキは異空間でギフトの争奪戦に巻き込まれてしまう。
争奪戦に積極的に参加できなかったイツキは最後に残された余り物の最弱ギフトを選ぶことになってしまうが、イツキがギフトを手にしたその瞬間、イツキ一人が残された異空間に謎のファンファーレが鳴り響く。
イツキが手にしたのは誰にも選ばれることのなかった最弱ギフト。
そしてそれと、もう一つ……。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる