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4章、レストランジの森での戦い
*番外編『ステラ、旅立ちの時』
しおりを挟むベシュリンの街。『蜜蜂の酒場』の二階。
階段を上りきってから、二つ目の部屋の中。
雪崩のように崩れている本の山。足の踏み場もない。
申し訳程度にまとめられた下着と衣服。その一部がもぞもぞと動いている。布団代わりにしていたそれらをどかして、ステラはようやく起き上がった。
「……ハァ」
ため息を吐きたくもなる。手足の関節がイヤ~な音を立てていた。
暫く虚空をボーっと見つめる。やってしまった。「今日こそは!」と考えていたのに。
時刻はとっくに昼の時間帯を過ぎてしまってる。今日を含めてあと三日。荷造りの作業に関してはまったく進んでいない。
現実から目を逸らすため、空腹感に身を任せて部屋から出る。
ここには長い間世話になった。ズレた窓枠、階段横の傷ついた手すり。それがいつ頃、どうやってできたものなのか?全部覚えている。
サーシャが箒で突き破ってしまった天井の補修跡。
ミラの自室だった部屋の扉は、引っ掛かりがあるので開く時に少しコツがいる。
階段下から八段目の木板は、踏むと少しだけ奥に沈む。壁にあけられた細長い穴は、意外なことにリーゼの仕業だ。
確か、勢いよく投げた皿が何故か割れずに、そのまま突き刺さっていたような……?相変わらずの非常識。
一階の厨房前にあるカウンター。その端を日頃から占領していた人物はもういない。『未来の大魔術師様、エドワーズ専用席』。
別れる前の日に、突然いなくなってしまった。本当に腹が立つ。
――最後の挨拶くらい、していってくれてもいいじゃんか……!
「あら?遅いお目覚めね」
ボサボサの髪。寝起き姿のステラを目にしても、エルメダは目くじらを立てなかった。
それもその筈。既にステラは、この店の従業員ではないからだ。
働き口をクビになったわけではない。自分の意思で決めたこと。それについては、みんな心から応援してくれている。
――だから頑張らないと。
「お腹すいたでしょ~。……何か食べさせてあげよっか?」
「えっ、いいんですか?モッチロン、喜んでいただきますっ!
――そういえばサーシャ姉は?今日は確か、買い出し当番の日でしたっけ?」
「いいえ違うわ。……ま、正確にはそれで合っていたんだけど。
今は新人の子の教育係を任せているの。――うんっ、ちょうどいいわね!
ステラ、あなたにお願いがあるんだけど、ちょっと聞いてもらってもいいかしら?」
「えっ、あっ……はい(えー!これ、絶対に面倒くさいヤツじゃん!)」
「二人の様子を見てきてくれない?やっぱり、サーシャひとりだけだと不安だし……。『お昼を用意してあげる代わり』ってことで、頼んだわよ?」
「嵌められたっ!」――ステラはげんなりする。
仏頂面で、サーシャたちの元へと向かった。世話になっているエルメダからの頼み事を、断ることなんてできやしない。
サーシャからものを教わる?……笑えない冗談だ。
優秀な人材が(ステラも含めて)抜けていった、『蜜蜂の酒場』の先行きは暗いだろう。
「あっ!ステラ~。こっちこっち!」
「ステラ先輩?おはよー……いえ、もう『こんにちは』の時間でしたね。
――ステラ先輩、こんにちは!」
「ヴッ!?(えぇ……それ、なんか嫌みっぽくない?)。二人とも、調子はどうよ?」
赤毛の上司、それにかしずく後輩の図。
レアナはとても良い子だ。誰からも好かれる性格をしている。茶髪の美少女。『蜜蜂の酒場』期待の新人。
あと胸が凄く大きい。十代の若者なので肌にハリがある。
色々と負けているところが多いので、ステラにとっては常日頃から、自らのコンプレックスを刺激される相手だ。
「サーシャ姉、今日ホントは買い出し当番の日だったでしょ?
サボれる口実ができて良かったね~」
ステラの言葉に対して、サーシャがクワッ!と目をむいた。
――みて!
もう一度、続けて同じことを言う。
――みて!
「あー……うん、見てるけど?」
「ちゃんと見てよ!ここ、右膝の上のところ、赤く腫れちゃっているでしょ?」
「それが?」と、ステラは首を傾げる。
大したことはなさそうだった。
「虫に刺された?」
「違ッがーう!!テーブルの足にぶつけたの。とっても痛かったんだから!」
「サーシャさん、練習中に失敗してしまったワタシのことを庇って、お盆をひっくり返しちゃったんです」
いつも通りだった。なら、心配をするだけ無駄である。
「痛たたた……。うーん、多分これは骨が折れてるかもねー!」
「ええっ!だ、大丈夫なんですか?サーシャさん……」
「こらこら。純情な新人ちゃんのことを、本気で騙そうとしたらダメでしょ。
レアナも、サーシャ姉の言ってることは話半分に聞いときなー」
そもそもサーシャ相手に、真面目な反応をすることが馬鹿らしいのだ。
サーシャの扱いはテキトーで。「適当」――ステラお気に入りの言葉である。
(ホント、いつまで経ってもどうしようもない、あたしの姉……)
もうすぐ妹分はいなくなるのに。こんな調子で、この先やっていけるのだろうか?心底不安になってくる。
「サーシャ姉は……さ」
「えっ?な~に~?」
「もしも、あたしが『ここに残る』って言い出したら……」
「ん~?」
「……ううん、やっぱり何でもない。今の忘れて」
「そう?変なステラ~」
意味のない質問をしようとした口を閉ざす。サーシャは、ステラの夢を真っ先に「応援する」と言ってくれた人なのだから。
――いつかまた俺と会う時までに、ステラの言う「特別なこと」ってやつを見つけてみろよ。
エドワーズと、交わした約束を果たすため。その取っ掛かりに、もうすぐ手が届きそうなんだ。
「ま、レアナ。あんたには期待しているからさ。
――だから任せるよ?色々とね」
「……はいっ!ステラ先輩。ワタシ、精一杯頑張りますね!」
「ムムッ?なんか二人だけで『通じ合ってる』、みたいな感じ出しててズルい!私も仲間に入れてちょうだいよぉ~」
サーシャが抱きついたのは、ステラではなくレアナの方だった。
妹分としての役割は、当分お休みになるだろう。そのことを少し寂しく感じながら、ステラはその場をあとにした。
「ほーら!冷めないうちに食べちゃいなさい」
エルメダの料理を食べて、胃の中を満たす。お陰ですっかり舌が肥えてしまった。
向こうの食事に関しては、あまり期待できないだろう。一度は決めたはずのステラの意思が、グラグラと揺れている。
こればかりは仕方がない。ステラの料理スキルは皆無だった。そこそこの味、手頃な値段の店を見つける必要がある。
衣食住。かかる金額をざっと計算してみると……頭が痛い。うまくいかなければ、たったの数ヵ月で文無しだ。
「それで?あの二人の様子はどうだった?」
「ウーン……良くも悪くもいつも通り」
「なら安心ね」
「ダメだったら、その時はここに帰ってきなさい」と、エルメダは言ってくれている。やれるだけやってみようという、気にはなった。
――難しく考えず、あたし自身のできるペースでテキトーに、ね?
腕まくりをして立ち上がる。さあ、まずは散らかった部屋の片付けからだ。『特別』を手に入れるための一歩を踏み出そう。次に彼と会った時、胸を張って報告することができるように。
「さーて、いっちょ気合い入れて頑張りますかっ!!」
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