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3章、水の都の踊り子
8、メイル街道へ
しおりを挟む食事を終えたティアはさっさと横になり、今はもう夢の中へと旅立ってしまっている。
正面で燃えている焚き火の灯りを、リーゼと二人で向き合いながら囲っていた。
今夜は雲がなく、満天の星空が俺たちのことを見下ろしている。星座についての知識は全くないので、ただ「綺麗だな」という感想しか浮かばない。
「フニャフニャ……リィ~ゼェ~。もっとぉ、おかわりっ!」
「こいつめ……とんでもない食い意地だな」
リーゼと顔を見合わせ、苦笑する。もはや呆れるしかない。
リーゼが、眠っているティアの頬を自身の指先で突っついていた。プニプニとした弾力がそれを押し戻している。実に幸せそうな寝顔をしていた。
ティアの口元から涎が垂れており、リーゼはそれを静かに取り出した白いタオルで拭う。
そろそろ話を切り出そうかと考えていた矢先に、リーゼの方が口を開いた。
「ね、エドワーズ」
「なんだ?」
「私は……弱い?」
「……ティアと比べてってことか?」
「ううん違う、そうじゃない。その……エドワーズの目から見てどう思うのか?ってこと」
そんなことを聞かれたのは初めてだった。答えは考える基準による。
強さにも種類があるのだ。他者を寄せ付けない圧倒的な力。そう、つまり俺は昔から、リーゼにそれを求め続けている。
「弱くはないさ。リーゼは強いよ。自分で考えているよりも、ずーっとな」
俺の言葉を聞いても、リーゼは変わらず浮かない表情をしている。小さな肩が震え、不安そうな感情を宿した青い瞳がこちらを見つめていた。
「どうした、リーゼ。何がそんなに怖い?」
「……あっ!その……わたし……は……」
核心を突かれたリーゼが何かを言い淀む。
リーゼは人間だ。自らの意思、そして感情を持っている。誰かを憎むこともあるだろう。
決して許せない存在いた。己の強さに関して考える上で、今のリーゼの脳裏には、その敵の姿がはっきりと浮かび上がっている筈だ。
「――黒騎士」
「……!!(ビクリッ!)」
「だろ?」
「……うん」
誤魔化すこともなく肯定する。すぐに分かった。
だって今のリーゼは、血塗れの状態で倒れていたローレンの傍にいた時と、同じような表情をしていたのだから。
「リーゼは、どうしたいんだ?」
「えっ?」
「強さとは手段だ。自分の欲求を押し通す力を持っている。
――リーゼは復讐したいのか?」
「それは……そんなの、私には分からない……」
答えは出なかった。しかし、リーゼには選ぶ権利がある。
深手を負わせたとはいえ、黒騎士はまだ生きているのだ。いつかは決着をつけなければならない時がくるだろう。
避けては通れない道。平和的な解決はあり得ない。俺はとっくに決めている。自分がどうしたいのかを。すでに選んだ。
「エドワーズ。私ね、今よりももっと強くなりたい。身体だけじゃなくて、心の方も。あの時は見ているだけで、何もできなかったから……。
今度こそ大切な人を守れる力が、そういう強さが……私は欲しい」
「それが、リーゼの考える『強さ』ってことか?」
「うん。それでね、エドワーズのことは私が守ってあげる」
「……俺を?」
「そう。もちろん、ティアも」
「そうか。リーゼが俺たちのことを守ってくれるのか。
――ハハッ!そいつはいいな。凄く頼りになるよ」
「ん。エドワーズは、私のことをもっと頼りにしてくれていい。
――抜けている旦那の面倒を見るのは、いつも一緒にいる私の役目」
「そのネタ、随分長い間引っ張るね!?」
星の海で輝く夜空を見上げる。俺の師匠も何処かで同じようにして、この美しい景色を見上げているのだろうか?
(大切な人を守れる力……か)
遠く離れた大地の上に、数キロ間隔で立っている光の柱。明日からは『聖木』の加護の外側へと抜ける。
北西の『メイル街道』を使うルートは、かなりの遠回りになってしまうが仕方ない。ダンジョン化した領域内を、真正面からいくつも突っ切っていくよりはマシだろう。
「明日からは魔物との戦闘になる。気を引き締めていかないとな」
「うん」
だからこそ、こうして安全に眠ることができる夜は貴重だ。いつも通り簡易型の結界魔導具を起動させてから、俺たちは深い眠りに就く。
眼を閉じる直前、リーゼが小さな声で何かを言っていた。恐らく俺に向けられた言葉だったが、はっきりと聞かせるつもりはないらしい。何となく、そのように感じたので黙っておいた。
――(エドワーズ)……ありがとう。
*****
『メイル街道』の入り口へ辿り着くのに十日掛かった。
遭遇した魔物を倒し、金になりそうな素材を剥ぎ取り、残りは埋める。俺とリーゼにとっては慣れた作業だ。
ティアに手伝わせると、すぐに身体中が魔物の血でベトベトになってしまう。それを洗濯するのは当然リーゼだ。
あら不思議!水の魔法で新品同様ピカピカに。しかし、ティアがまたすぐにそれを汚してしまう。毎回この調子では「いい加減、干からびる!」と、文句を言われた。
なので対策として、魔物の表皮を繋ぎ合わせて作った作業着を用意した。試しにティアに着せてみる。無茶苦茶ダサい。
全身が象の皮膚のようにブカブカで、かなり動きづらそうだった。
「何よこれ?全然動けないじゃない!!
――もう脱いじゃダメ?」
「ダメ」
そうして苦労しながら剥ぎ取った魔物の素材を、通り掛かった小さな村でまとめて一気に売り捌く。
相場よりも少し安いが、持っていても旅の荷物が増えてしまうだけなので仕方ない。収納用の魔導具にも、入れられる限界があるのだ。
ティアの膨大な食費をまかなうために、こうして少しずつでも旅の資金を足していく必要がある。
数をこなしてきたお陰で、ティアは剥ぎ取りの作業にある程度慣れてきたようだった。俺の渡した『鎧蜥蜴の刃尾』で素材をスパスパと切り分ける様子は、見ていて気持ちがいい。
「これでもう、あたしも一流の剥ぎ取り職人よー!」
そしてすぐ調子にのる。豚ガエルと呼ばれている、ピンク色の肌をした気色悪くてデカい魔物。その腹を不注意に突っついて、派手に破裂させていた。
ティアは臭い体液を頭の上から浴びてしまい、涙目になっている。毒性はないので、身体に害はないのだが……とにかく臭い。腐った卵のような臭いが辺りに漂う。
「ウッ……ウエエエエエン!!こ、これどうしよう?エドワ~ズ~!」
「うぉおお!?そんな状態でこっちに来んな!どっかで体を洗ってこいっ!!」
「二人で追いかけっこ?楽しそう……」
羨ましいのなら、今すぐにリーゼと立場を代わってやりたい。
ティアとおこなう地獄の鬼ごっこは、先に体力の尽きた俺の負けで終わりとなった。ヤダもう……泣きたい。
こんな感じでティアは普段からポンコツだが、魔物との戦闘の際には非常に役立つ。
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