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第一部 一章、旅の始まり
15、最悪の組み合わせ
しおりを挟む待て待て。リーゼは今なんと言った?
今日からフレアが俺の部屋で一緒に寝る?……馬鹿な、あり得ない。それのどこが名案なんだよ!
フレアの方も、どうやら俺と同じ意見のようだ。アホ面のまま、餌を求める金魚のように自らの口元をパクパクと動かし続けている。
「なっ!……なぜ私が、エドワーズと一緒の部屋で寝る必要が?」
「だって二人とも仲が良いから。昨日も一緒になって、楽しそうに遊んでいたし」
「いや、待ってくれリーゼ!それは違っ――!!」
自らが口にしかけた否定の言葉を、フレアはすぐに飲み込んでしまった。――たったひと睨み。それだけで反論する気力を完全に失ってしまっている。
すでにリーゼの手により、骨の髄まで調教済みとなっているフレア。奴に対してはこれ以上、何かを期待するだけ無駄だろう。となると、あとは俺自身が自分で何とかするしかない。
「あのさ、リーゼ。俺の部屋にはベッドが一つしか置いてないの」
「うん、知ってるけど」
「あっ、そう?なら話は早いな。
つまり俺たち二人のうちどちらかが、このままだと床の上で寝ることになるわけでして……」
「……?そうはならない。エドワーズの部屋にあるベッドは元々、おじいちゃんが使っていた物だから。二人で寝ても、きっと大きさ的には問題ないはず」
「なるほど!そりゃあ確かに……。
――ッて、ちょっと待てぃ!!いや、あのねリーゼ?そういうことじゃないんだよ。まぁ男女の関係?といいますか、不健全なおこないといいますか……いわゆる……」
「エッチなこと?」
「そうっ、それだ!年頃の男女が一緒の部屋にいるとね、そういうことが起きちゃうかもしれないんですよぉ!お分かりになられます?」
俺とフレアが同室となる危険性を、我ながら必死になって訴えたつもりだが……。
リーゼは「はい、そうですか」と、素直に納得するわけでもなく、キョトンとした表情をしながら目の前にいるフレアに対して問いかける。
「フレアは、エドワーズに対してエッチなことなんてしないよね?」
「絶対に、するわけないだろうっ!!」
「なら大丈夫。……ということでエドワーズ、あとはよろしく」
「……うそん」
ヤバい。結果的にうまいこと、リーゼによって言いくるめられてしまった。つーかこれって……もはや決定事項になってるじゃんか。どうしてくれる!
隅に置かれていた荷物ごと部屋を追い出された俺たちは、重い足取りのままお互いの身体を引きずるようにして廊下を歩く。
自室の扉を開けて中へ入ると、早速フレアがこちらを非難するような目つきをして一気に詰め寄ってきた。
「何故だエドワーズッ!!なんでこんなことになっている!?」
「そんなのこっちが聞きたいわ!!
……何でもバカ正直に答えやがって。あそこは俺を相手に『欲情してしまう可能性がある』とでも、リーゼに言っておけば良かったものを……」
「なんだと?それだと私自身が只の変態みたいに思われてしまうじゃないか。
ハッ!?まさかお前は、そうやって私の事を貶めようと考えいて……。――クッ!この卑怯者めっ!!」
安心しろ。お前は既にリーゼの中では変態扱いだ。
頭の弱い奴はこれだから困る。被害妄想も甚だしい。
「――こうなってしまった以上は仕方がない。ルールを決めよう」
「ルール……だと?」
「そ。俺とフレアがこの狭い室内の中で、これから平和的に過ごすことができるルールをね」
その内容自体は、いたってシンプルなものだった。
まずはお互いに相手に対しては触れない、言葉で煽らない。争い事に関しては極力避ける。
就寝時には、ベッドの中心から半分に分けた状態で背中合わせに寝ること。最低限の対策ではあるが、他に何も取り決めをしないよりはマシだ。
俺はフレアからの同意を得て、巨大なベッドの真ん中に数冊の魔導書を上から下まで一直線に並べていく。
「これが境界線だ。こっちが俺で、反対側がフレアの寝る場所。
先にルールを破った方が床の上で寝る……ってことで、オーケーだろ?」
「ああ、それで私も問題はないと思うぞ。
――しかし、何かの間違いで寝込みを襲われてしまっては敵わんからな。念のため護身用の我が魔剣を、枕元に置いておくことにしよう」
もしもその場でフレアに得物を抜かれたら、俺は血の海を見ることになりそうだな……。
そんな感じで迎えることになってしまった、その日の夜。
灯りの火を消して、俺たち二人が床に就いてから十分後のことだった。
(……ん?)
隣からモゾモゾと何かが動く気配を感じて、俺は閉じていた左右の瞼をパッチリと開ける。
真横に視線を向けてみると、そこには女性のものとは思えない程によく鍛えられ、引き締まったフレアの片腕が。就寝前に取り決めておいた境界線を大きく通り越し、その指先は俺の身体の一部に触れているではないか。
(とんでもなく酷い寝相だな……)
呆れて見ていると、続いて下半身の方からニョキリと、むき出しの白い素足が生えてくる。
身の危険を感じた俺がベッドの端に向かって避難しようとすると、その動きに反応するようにして、フレアの両手両足が強烈な攻撃を次々と繰り出してきた。
「――ウッ!?ゴッ!ブヘェ!!」
胸部に一発、腹に二発。最後に思いっきりベッドの外へと蹴り飛ばされた俺は、古い木板で作られた床の上を何度か勢いよく転がった後、突き当たりの壁際に衝突してひっくり返ったまま静止する。
「エドワ~ズゥ……。このぉ……不埒者めぇ~!!」
「(じょ、冗談じゃねえぞ!マジで殺されちまうッ!!)」
俺は考える間もなく、すぐ近くの机の上に置いてあった自作の魔装具『反射の籠手』をその手に取った。
使用者の魔力に反応して自在に伸縮する『魔鋼糸』を収納箇所から引っ張り出して、フレアの身体をベッドごとグルグル巻きの状態に縛りつけておく。
「化け物かよ……」
全身を拘束されたまま、上下左右に激しく揺れ動いているフレアを見て、俺はすぐに部屋の外へと出ることを決意した。戦略的撤退というやつだ。
行き先は、フレアが追い出されることになってしまった台所。入れ替わりという形で、今度は俺自身がこの場所で寝る羽目になってしまった訳だ。
中に入ると夜中の時間帯であるにも拘わらず、小さな灯りが点いている。
「……誰かと思えばエドワーズか。
どうしたんじゃ?まるで化け物でも見てきたかのような顔つきをしておるぞ」
「いや、まぁ。それに近いものは見た気がしますけどね!」
ローレンから促されて、俺はすぐ側にある椅子の上へと腰かけた。
眠れないのだろうか。その手には湯気の立つ温かなコップが一つだけ握られている。
「そういえばエドワーズ。お前さんがこの家に来てから、もう五年の年月が経つんじゃのう」
「……はい、そうですね。
リーゼなんて初めて会った時には、俺より身長が小さかったのに。この数年で、ほんの少しだけ追い抜かれちゃいましたよ」
「ホッホッホッ!今はお互いに成長期じゃからな。そういうこともあるじゃろう。
それとリーゼのことについてなんじゃが……。以前よりも大人びた雰囲気になったとは思わんか?最近は香水などの化粧の仕方を覚えて、それを実践しておるらしいぞ」
「まさか、リーゼがもうそんなことを考える年頃になるなんてのう……」――ローレンは感慨深げな様子で呟きながら、何もない虚空の中心をジーっと見つめ続けている。
長生きをしているローレンからすれば、俺たち子供の成長期間なんてあっという間のことだろう。今から五年後には十五歳。十年後だとすでに大人だ。その頃の俺はいったい何をしているのだろうか?正直、想像もつかない。
「ワシがリーゼに黙って、密かに酒を飲もうとしていた時のことじゃ。隠し場所から取り出してみると、中見の方が完全に凍りついてしまっていての。
ワシは驚きすぎて、持っていた酒瓶を床の上に落っことしてしまったんじゃよ」
「設置型の遅延魔法……ですか?
そういやフレアの奴も、リーゼがいる風呂場の中へ突撃しようとしていた時、盛大に引っ掛かっていたしなぁ……」
「ありゃあ、とんでもなく質が悪い代物だとワシは思う。術式自体の精度が高すぎて、だーれも気づかん。このワシでさえ、酒瓶を手に取るまではまったく分からんかったぞ。
――エドワーズ。お前さん一体全体、リーゼに対してどんなとんでもない内容の修行を積ませたんじゃ?」
俺がローレンとする会話の内容は、主にリーゼについてのことだ。
他愛もない日常生活の中での出来事。その中心にはいつもリーゼの存在がある。お互いに冗談などを交えた楽しい会話が暫く続くと、ローレンはそれまでの気の抜けた雰囲気を一旦仕切り直すようにして、自らの居住まいを正しながら深く大きな息を吐く。
「相変わらずエドワーズと話していると、とてもまだ十歳の子供であるとは思えんのう。初めて会った時からそうじゃった。『言葉では言い表せない、不思議な何か』――それを感じる。
ワシに対して気を遣い、必要以上の情報を求めてこない。……古代魔導具の件についてもそうじゃった。お前さんは非常に賢いからのう。
だからこそ年長者であるワシ自身が、いつまでもこうして一方的に甘えているわけにもいかんわい」
ローレンはその場からスッと立ち上がると、自分の部屋からこぶし大のキラキラと輝く何かを俺の目の前にまで持ってきた。
内部に嵌め込まれた魔石を覆うようにして、金属の細かい装飾が施してある。まるで緩衝材だ。しかし魔石本体の表面にはヒビが入っており、魔力の反応を感じ取ることができない。
「『転移魔石』……!!」
「すでに使用されたあとの物だ」と、すぐに分かった。国宝級の価値がある貴重な魔導具。恐らく……いや、きっとフレアはこれを使って、遥か遠くの場所にある北のオストレリア王国から転移して来たのだ。
位置情報――つまり、目的地の座標をこちら側が事前に用意しておくことで、使用者は己の魔力を用いずとも発動できる。『転移魔石』は南側の奥地、または魔族が支配する領域でしか採掘されない。
ゆえに数十年に一度という確率でしか、人族の市場へ出回る機会がないのだ。
「これがここにある意味を、エドワーズであれば正しく理解することができるじゃろう。
ワシの故郷……北のオストレリア王国では、それだけ大きな事態が動いておる。まさに国家存亡に関わる危機じゃな。
そう遠くないうちに田舎であるこの辺りの国や地域も、その影響を受けてしまうことになるじゃろう。――あくまでも予測ではあるが、きっとその通りになる筈だと、今のワシは確信しておる」
普通の手段では手に入らない魔導具『転移魔石』。フレアはこれを使用してまで、こんな遠く離れた場所にいるローレンの元を訪れたのだ。その理由は当然、只事であるはずがない。
「『ハーマイルの球体』って、それ程重要なものなんですか?
古代魔導具クラスの結界装置となると、例えば他国からの侵略に対する防衛や抑止力として使われていた……とか――?」
「オストレリアは人族最北の地に存在している国じゃ。そのすぐ真上には何がある?……魔族領じゃよ。
『ハーマイルの球体』により生み出された結界を失えば、あの地に巣食う狂暴で危険な魔物たちが、一斉に人族の領域にまで雪崩れ込んでくることになる。魔族はもとより他の種族からの助けについても、大した期待は出来ないじゃろうな。
だからこそ壊れてしまった二機の球体を、ワシらの手で早期に修復する必要があるんじゃよ」
なるほど。つまり三機存在する球体の内、唯一無事な一機は現在も本国で稼働中の状態にあるわけか。
「ワシら大人はいつも汚い。口では危険に巻き込みたくはないと言っておきながら、お前さんのことを協力という形でキッチリ関わらせてしまっている。
だからこそ、本当のことを伝えておきたいと思ったんじゃ。ただ隠すだけでは、お互いの間に信頼関係というものは成り立たない。時にはこうして腹を割って、正直に話をしてみるのも良いものじゃな。
――ワシはもう今夜は寝ることにする。おやすみエドワーズ。また明日」
「はい。おやすみなさい……ローレンさん」
話を終えたローレンは割れた魔石をその場に残して、自らは寝室の方へと去っていってしまった。
たった今与えられた情報について、俺が頭の中で整理すると見越しての行動だろう。「まったく、気を遣っているのはどっちだよ?」と言いたくなるが、これは恐らくローレンなりの俺に対する誠意なのだ。本来であれば伝えておく必要のない情報まで、子供扱いをせずに対等な関係として教えてくれた。
(ローレンは北の国から遠く離れた場所にある、この辺りの国や地域にまで、今回の件に関する影響が及ぶと言っていたよな)
一体それがどの程度のものなのか?なんていうのは、今のところ分からない。
本体の破片に意図した破壊の痕跡が見られる以上、何者かの思惑が裏で動いている可能性があるな。
(ハーマイル。『八大神徒』の伝承から、取って付けられた名称か……)
昔からその言葉は、俺にとってかなり特別な意味を持つものだった。
『虹の魔法』、『八大神徒』、そして過去に自らの手で討ち滅ぼすことになった『深淵の魔術師』。今でもあの時の光景がはっきりと脳裏に蘇ってくる。それは決して良い思い出ではない。できることならその全ての記憶を、自らの頭の中から消し去ってしまいたい……そう願っている程だ。
(嫌なことを思い出しちまったな……)
それから俺は自分以外、他に誰もいない台所の部屋の中で、床の上に仰向けの状態になって寝転んだまま一晩を過ごした。
翌朝になってリーゼが「なんで今度はフレアじゃなくて、エドワーズがこの場所で寝ているの?」と、不思議そうな顔をして尋ねてきたので、
「察してくれ」
そのように一言だけ答えておいた。それだけでも、なんとなく理解することができたのだろう。すぐにリーゼは、俺の部屋の様子を覗きに向かう。
ほんの数秒で戻ってきたリーゼが「フレアがベッドの上に縛り付けられたまま、幸せそうにグッスリ寝ていたけど?」と、実に呑気な報告を俺に対してしてくれた。なんかもう本当にね……色々と疲れちゃったよ俺は。うん。
さて。事態が国家存亡の危機というからには、やるべきことを急がねばならないだろう。
しかしだ。現状、必要となる素材が一部足りていない。正確には古代魔導具の心臓部となる、最も重要な希少素材が不足している状況だ。
結界として使われてる魔法術式の解析、装置本体の図面の復元。俺はこの辺りの作業をローレンと共同で進めながら、その合間にリーゼがおこなう修行の面倒もしっかり見ていく。
「――そこで私は剣を抜いた。目にも止まらぬ必殺の一撃ッ!!(フレアが勢いよく剣を振るような仕草をする)
……切断された魔物の首が落ちると同時に周囲から歓声が上がり、私は討伐の褒賞として姫殿下から直接勲章を授かったのだ。『大蛇狩りのフレア』。その手で悪魔の蛇を倒した英雄!!
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「凄く面白い!!ねぇフレア、他のお話ももっと聞かせて?」
「(今の話、何か面白い要素あったのか?)
あのー、お二人さん?そろそろ今日の分の練習を始めたいと思うんだけど。――準備の方はよろしいですかね?」
身振り手振りを交えてフレアが語る故郷の話は、これまで他国に行ったことのないリーゼに対して大好評だった。
最近は気がつくと、いつも二人で楽しそうに会話をしている。もともとリーゼは人一倍好奇心が強い。そんな彼女にあれだけ強くねだられているのだ。フレアも内心ではさぞや喜んでいる事だろう。
「ムー……分かった!じゃあフレア。後でまた、今していたお話の続きを聞かせてね?」
「あ……ああっ!勿論だとも!楽しみにしていてくれ!!」
「――二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
これから始める修行の内容は身体強化。『魔力防御』の精度向上。室内で威力の高い魔法をぶっぱなす訳にもいかないため、冬嵐の期間中は主にこれを鍛えていく。
「じゃ、始める前に一つだけ確認しておくけど。リーゼ、それからフレア。俺が事前に決めておいた、練習中に守るべきルールのことは、当然覚えているよな?」
「うん、大丈夫。『魔力防御』の練習をしている間は絶対に――」
「周りの物に対して触れてはならない……で、合っているのだろう?エドワーズ」
「その通り。しっかりと理解できているなら、さっさと始めてくれたまえ」
ちなみに『魔力防御』の練習は、リーゼだけではなくフレアも一緒に参加することになっている。
まだ見習いであるとはいえ、騎士としてのその腕前は確かなものだ。見本として非常に練度の高い自身の『魔力防御』を、俺とリーゼの目の前でお披露目することになったフレア。調子に乗って足下に落ちていた分厚い本に引っ掛かり、近くの壁を勢いよく突き破って建物の一部を完全破壊してしまったのだ。
外壁の修繕作業については概ね完了しているが、この猛吹雪の中で再び同じような思いをするのは勘弁してもらいたい。……というかフレアの奴め、ドジッ子にも程があるだろう!
よくもまあそんな調子で、壊れた古代魔導具の運搬なんて大役を王室から直々に任されたものだな。お世辞にも頭の方は賢いとは言えず、オマケに化け物のような寝相までしている。例の夜の一件から、就寝時にフレアの身体を拘束して、芋虫のようにその辺の床へと転がしておくのが俺の日課となっていた。
「リーゼ、エドワーズ。二人とも、今の時点でそれだけ見事な『魔力防御』を習得出来ているのだ。いっそのこと後方支援の魔術師なんかではなく、近接寄りの剣士の方に鞍替えをしてみたらどうなんだ?ン?」
「それは無理。私、自分が魔術師以外のものになるなんて、絶対に考えられないから」
「俺もリーゼと同様の答えだな」
「……それは残念だ。今のお前たちの年齢から基礎を鍛え上げておけば、将来は私に匹敵するくらいの、後世に名が残る素晴らしい剣士へとなることができたのに……」
「(なんて厚かましい奴だ。自画自賛にも程がある)」
まぁ、そんな感じの気の抜けたやり取りを続けながら、俺たちが送る日々の時間はどんどん過ぎ去っていった。
朝、俺はベッドの下に転がっているフレアの身体を踏んづけながら起床して、リーゼが用意してくれた朝食を他の全員と並んで一緒に食べる。
午前の間はローレンと共に、古代魔導具関連の研究作業。
昼食後には、リーゼがおこなう修行の面倒を見てやったり、フレアが語る故郷の話を二人で揃って聞いたりしていた。しかし、その内容のほとんどは根も葉もない自慢話である。
下級貴族の家に一人っ子の後継ぎとして産まれたフレア。十六の時、両親の反対を押し切って騎士学校に無理やり入学し、その二年後が現在へと至るわけである。
十五メートル以上のサイズをした大蛇の魔物。
鉄のように固い甲殻を持っているムカデの怪物。
腐った瘴気を辺りに撒き散らす沼地の主、六つ眼の人食い魚。
「それらを全て、たった一人で討伐した」なんてフレアが言うものだから、俺としては作り話を疑うのも当然だろう。実際に戦っている姿を目にした訳ではないので、真偽のほどは定かではない。
一番面白かったものは、『白夜の森』という場所でフレアが体験したという、計二週間の遭難話だ。騎士学校の遠征先で高い崖の上からたった一人だけ転げ落ち、吹雪に紛れて遭難してしまったらしい。
「アホすぎる」とは思ったが、よくよく考えてみるとその状況下でよくもまあ、何事もなく無事に生き残れたものだな。凍傷になってもおかしくない。野生動物の皮を剥いで、寒さを耐え凌いだという。
――どうやらサバイバル能力はそれなりにあるようだ。
リーゼがキラキラと目を輝かせてその話を聞いていたので、「絶対に真似だけはするなよ?」と短く釘を刺しておいた。放っておくと建物の外に出ていきそうな様子をしていたので、それだけはやめておいてもらいたい。
「……で。お前たちのそれは、一体何の遊びをしてるんだ?」
「見て分からないのか?エドワーズ。――乗馬の練習に決まっているだろうっ!」
「何もしなくても勝手に前へ進むから。ラクチン、ラクチン」
建物の狭い廊下の中で、反対方向からやって来るリーゼたちとすれ違ったことがある。四つん這いのフレアの背中にリーゼが真上から跨がっていたのだ。
その後ろからローレンが同じようにして床の上を這ってきた時、俺は思わず我が目を疑ったのだが……。
ともかく、数週間後には以前の時とは違い、そこにいる全員がお互いに打ち解け合っていた。
リーゼに対して「フレアのことをどう思っているのか?」なんて質問をしてみたことがある。
返ってきた答えは「ちょっぴりおバカな可愛い妹みたいなもの」だった。落ち込みながら肩を落とすフレアの真横で、俺は自らの腹を抱えながら笑い転げていたのだが、
「エドワーズはちょっぴりどころか、かなりのバカ」
と言われて、逆にショックを受けてしまった。相変わらず容赦というものがない。しかし思い当たる節もあったため、特に反論することは出来なかった。
そう。確かにリーゼの言う通り、俺はかなりのバカなのだ。
一日で最も騒がしいのは夕飯の時だ。俺とフレアはリスのように頬を膨らませて、リーゼが用意してくれた目の前のご馳走を自らの胃の中へ放り込んでいく。
「うぉい、フラァ!(おい、フレア!)
……ふぉまえほれ、フォットふぉりすぎ(お前それ、ちょっと取りすぎ)」
「うるヒャイ!(うるさい!)
ふぉんなもの……ふぁやいものガチ……きまってフィル!(そんなもの、早い者勝ちに決まっている!)
「二人とも、口の中にあるものを飲み込んでから話をして。
――行儀悪い」
「そんなに急いで食べていると、両方とも喉を詰まらしてしまうぞ?
……まるで冬眠前の熊みたいな食欲じゃな」
リーゼとローレンは完全に呆れ顔である。
俺は口の中に入っていた食べ物を強引に喉の奥へ向かって流し込むと、隣に座っていたフレアに対して、自らの口元を大きく開きながら舌を出す。
「(ベロベロバァ~!)」
「――ブッ!?ブホォ!!な、なんてことをしてくれるんだエドワーズ。食事中に卑怯だぞ!!」
「うっわ、きたねぇ!!食べカスをこっちに向けて飛ばすな!
……やるなら反対側を向きなさい。反対側を」
「二人とも、ホントにうるさい。いい加減にして。
――【氷の魔矢】!!」
――カッチ―ン!!
「「ギャー!?」」
「おお、なんということじゃ。エドワーズとフレアさんの二人が氷漬けに……」
いつしか外の風は弱まり、あれだけ降り積もっていた雪の量も次第に少なくなっていた。
たったひと月限りの、いつもとは違う特別な冬の時間。視界が晴れ、暗闇の向こう側から明るい日の光が射してくる。冬嵐の目が通り過ぎると同時に、俺たちとフレアの別れの瞬間がもうすぐ訪れようとしていた。
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