果ての世界の魔双録 ~語り手の少女が紡ぐは、最終末世界へと至る物語~

ニシヒデ

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二章 贖罪を求める少女と十二の担い手たち~霊魔大祭編~

ローツキルト商業エリア2

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 中世の面影を色濃く残す旧市街――――洒落た造りの噴水や、正面に見える時計塔などが、まず最初にそういった印象を与えてくれる。

 石材が放つ純粋な色合いのみで統一された通りは、もはや芸術品と呼ぶに相応しい美しさを兼ね備えていた。
 建物の一部や、時計塔の大時計に使用されている金属類。月日を実感させる錆びついた輝きが、それらの光景の中で、一際強い存在感を放っている。

 付近には客引きをする人物などの姿はなく、外周区の通りで頻繁に見かけた、カラフルな色彩の看板も出されていない。

 近くに設置されていた街灯の柱には“第1167区”と書かれた金属製の板が張り付けられており、それが数メートル間隔で、通りの脇に沿うようにして立ち並んでいる。

 ガラス越しに見える店の中には、大量の羽根ペンを含めた筆記道具が陳列されていた。そしてどうやらこのエリアに存在する全ての店が、それに関連した商品を取り扱っているようである。

 「ここはペンに関連した商品を扱うエリアだな。先ほどまで歩いてきた外周区にある通りとは違い、この商業エリアでは、区ごとに扱われる商品のジャンルが違ってくる」

 辺りを珍しげな様子で見回していた俺に対して、声を掛けてきたクロエがある店の手前で立ち止まる。

 中を一緒になって覗き込んでみると、宝石店のように透明なケースの中に並べられたペンが、真っ先に視界へと入ってきた。

 「ケースの右端から順に【自動筆記型羽根ペン】、【変形機構付き開錠万年筆】、【空中投影インク】――――そのどれもが魔道具に匹敵する効果がある代物だ。
 これに酷似した機能を持つ品なら、外周区にある店でも購入出来なくはないが・・・・・・やはり最高品質の物を求めるのであれば、この場所にまで足を運ぶべきだろう。
 魔法世界の様々な有名店の本店や、老舗の店などが集う場所――――それが商業迷宮都市ローツキルトが、魔法世界の中枢都市として世間に認知されている、一番の理由だな」

 つまりローツキルトに存在する商業エリアは、その専門店が集まるエリアごとに区で分けられ、仕切られているらしい。

 該当する区のエリアを隈なく探せば、必ず納得出来る目的の品を、いずれ見つけ出すことが可能な都市構造。
 それらがもたらした産物が、迷宮のように入り組んだ、この都市の姿を造り出したのだろう。

 先を行っていたナイラさんに呼び掛けられた俺たちは、その場を後にして再び歩きだし始める。

 そこから進んだ先に現れたのは、アーチ状に壁をくり抜かれた白い建物。

 その真下を潜り抜けるようにして暫く歩いていくと・・・・・・今度は広く開放感のある、自然に囲まれた街の光景が視界に入ってきた。

 通りの脇に植えられている、数多くの赤茶けた葉を茂らせた木々。少し先には幅十メートルはある、整備された水平の川と橋が見える。それぞれの建物の屋根には煙突がついており、薄い煙を放出し続けながら、辺りに広がる空の景色を覆い隠していた。

 街灯の柱には先ほどと同じく、現在位置を示す金属製の板が取り付けられている。
 
 “第0870区”――――それが示す意味は、この場所が既に“第1167区”ではなく、別のエリアであるということ。
 どうやら知らぬ間に、区の境目ごとに設置された、ゲートロードの中を通過してきてしまったようだ。

 不意に俺の鼻をついたのは、甘く香ばしい焼き菓子の香り。店先に出ている立て看板のどれもが、飲食を連想させるものばかりである。
 【トアツ焼き菓子店】、【シューローク・クリーム専門店】、【ポルアの飴菓子】・・・・・・などなど。

 そういった様々な種類の菓子を扱う専門店がひしめき合う場所――――それがこの“第0870区”エリアが持つ最大の特徴のようだ。

 ペンなどの筆記道具のみを扱っていたエリアとは違い、ここではあらゆる場所の店先を訪れている客の姿が見て取れる。

 需要という意味では商業区画で最初に訪れた場所よりも、こちらの菓子類を扱うエリアの方が人気なのだろう。
 辺りを元気な様子で走り回る、小さな子供の姿もあちこちで見かけることが出来る。そして見覚えのある小柄な背中がその中を突き進んで、通りにある菓子店の内の一つに、入口の扉を開けて入っていった。

 「あれ?――――なあリセ、今のって・・・・・・」

 その事に気づいた俺が、近くにいるリセに向かって訪ねようとすると・・・・・・リセとナイラさんの二人が揃って“しまった”というような顔つきをしながら、苦笑いを浮かべている様子が目に映った。

 「ごめんリセ!忘れていたわ。そういえばこの場所、あの子の好物の店が集まるエリアだったの!」
 「いえ・・・・・・私の方もすっかり忘れていましたから。これはもう最低でも三十分程度は、ここで足止めを食らうのも仕方ないでしょうね」

 リセはやれやれといった風に話をした後、事態を飲み込めずにいた俺に対して、申し訳なさそうな口調で声をかけてくる。

 「とりあえず私たちも行きましょうか。クロエはお金を持ってないので、このままでは無線飲食になってしまいますから」

 それからリセとナイラさん、そして俺を含めた三人が【シューローク・クリーム専門店】と書かれた看板が出ている、店の扉を開けて中に入ると・・・・・・、

 「・・・・・・クロエ?」

 そこにはクロエがシュークリームのような薄い皮製の菓子を、満悦の笑みを浮かべて頬張りながら、食べている姿があった。頬に付くクリームなどお構いなしに、これまで目にした事もないような幸せそうな表情をしながら、両手で握っている菓子にパクついている。

 他の客からは完全にただの子供だと思われているらしく、無我夢中で菓子を食べ続けているクロエに対して、生暖かい視線が周囲から降り注がれていた。

 「クロエは甘いお菓子に目がないんですよ。月に渡しているお小遣いの半分は、これであっという間に消えてしまうぐらいですから。
 大きなお金を持たせたら、きっと際限なく好きなだけ、自分の好物であるお菓子を買うでしょう。だから我が家では店で稼いだ売り上げの全てを、夜香の城の現店主である私が管理することになっているんです」
 「よっぽど好きなんだな。その・・・・・・普通、あれだけ甘いものを食べたら、胸焼けしそうなものだけど」
 「こうして見ていると、その辺にいる小さな子供たちと、何ら変わりありませんよね。
 ――――とにかく私は一度、クロエが食べた商品の会計を済ませてきます。ユウ君とナイラさんの二人は、クロエの座っているテーブルの所で待っていて下さい」

 それだけ告げると、リセはエプロンを着けた店員の元へと、すぐさま歩いて行ってしまう。
 喫茶店のような内装をした店舗の奥――――そこにあったテーブルの椅子に、腰を下ろした俺とナイラさんは、目の前に座っている最年長者に対して呆れた様子で話し掛けた。

 「いきなり消えたから何事かと思えば・・・・・・クロエ、そんなに甘いものが好きだったのか?」
 「・・・・・・まあな。いやー久しぶりのシューローク!昔と変わらず中に入っている特別製のクリームはフワフワだな!
 ――――なんだナイラ、そんな腹が痛いのを我慢するような顔をして。もしかして・・・・・・お前も食いたいのか?」
 「んな訳ないでしょうが!まったくもう、いっつも自分勝手に行動するんだから・・・・・・店に入るなら事前に私たちに対して、声くらい掛けてよ!」
 「そう怒るな。私だってこの店に入ってしまったのは不可抗力なんだ。・・・・・・甘いクリームの香りに釣られて、気がついたらここにいた。なっ?驚きだろう?」






























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