果ての世界の魔双録 ~語り手の少女が紡ぐは、最終末世界へと至る物語~

ニシヒデ

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二章 贖罪を求める少女と十二の担い手たち~霊魔大祭編~

クロエの八つ当たり

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 現在俺がいるのは、夜香の城の二階にあった空き部屋の内の一つ――――自室として使わせて貰っている部屋の中である。

「しかし・・・・・・また急な話ですね。まさか今すぐに魔法世界へ出発されることになろうとは」

 機械仕掛けの大きな身体をギチギチと動かしながら、目の前にいる俺に対して、綺麗に折り畳まれた外出用の上着を差し出してくる右肩下がり男爵。
 俺は受け取った服を脇に抱えた状態で、先ほどリセから直接手渡された封筒を開いてから、その中身に目を通し始める。

 手紙に記されている内容は全て魔法世界の言語で書かれているようだが、クロエから行使された【知識の共有】の恩恵によって、問題なくその文字や意味を読み取ることが出来た。

 「それについてなんだが俺、今回の事に関してまだ何も聞かされていないんだよ。だから急に出掛けるとか言われても何が何だか。
 ええっと・・・・・・なになに、“魔法世界管理局本部より、マギステリアの発行手続きに関しまして、申請者ご本人にお知らせ致します”。男爵、これはいったい――――?」
 「マギステリア――――まあ簡単に説明してしまえば、魔法使い専用の身分証明書となります。ユウト様の後継人であるクロエ様がこれから先、いつか必要になる時が来るだろうと、魔法世界にある然るべき機関へ申請手続きを行っていたようですが・・・・・・。
 やはり不備がないとはいえ、あのような紙切れだけではユウト様の登録許可が認可出来ないと、向こう側から返答があったようですね」

 右肩下がり男爵の話によると、そのクロエが申請したマギステリアとやらの発行手続きを行うには、本来であれば登録予定者である本人自体が、魔法世界に存在する役所に向かわなければならないとの事だった。

 そしてそこで現在の拠点・・・・・・つまりは居住先の登録や、身元保証人の名前などを担当者に直接会って、伝えなければならないらしい。
 更には生命の設計図ライフクロームと呼ばれている、自らの身体の一部を素材にした魔法薬の情報を、世界中にいる全ての魔法使いのデータが保存されている、その場所へ登録をしなければならないそうだ。

 そうしていくつもの手続きを踏まえて、初めて魔法使いの身分証明書である、マギステリアが正式に発行される。

 古来から受け継がれてきた大切な行事の一つ――――子供から大人へと成長し、魔法使いとしての仲間入りを果たした者たちの、ある意味では成人の儀として、魔法世界の社会では周知されているらしい。

 当然そのような大事な手続きを手紙だけで済ませようとしたクロエの側にも非はあるが、それ以外にも今回マギステリアを発行するにあたり、どうしても登録予定者である俺自身が、あちらへ直接出向かなければならない事情があった。

 「ユウト様は元は普通の人間――――つまり本来は魔法世界とは縁のない方ですから。我々の常識を理解できていないユウト様が、これから魔法使いとして社会の中で生きていくにあたり、その行動の全責任を取れるお方が後継人という形で必要になってくるのです。
 そしてそのユウト様の後継人があの・・クロエ様であるということ。恐らくそこが今回、あちら側が最も注目してきている点でしょう。この手紙にはマギステリア発行手続きの最高責任者であるリスカ―・ドル・グレモン氏が、是非とも本人に直接会って話をしたいと、そう言ってきております」
 「今更改めて聞くのも悪いんだけど・・・・・・クロエってそんなに凄い魔法使いなのか?確かマスターとかいう、魔法使いとしての最高位である称号を持っている人は、他にも沢山いるんだろ?」
 「ええ、それはもう・・・・・・数えきれないほど大勢いらっしゃいますよ。ですがクロエ様はその中でも特別中の特別でしてね。現存する魔法使い達の中でも、クロエ様の名を知らない者などいないでしょう。
 単純に強さだけなら世界最強の一角とまで言われているお方ですから。当然、その弟子であるユウト様にみなが注目するのは、至極当たり前のことであるかと」
 「・・・・・・・・・・・・」

 あのように普段から日常生活の中で、だらけた態度ばかりを見せつけられている俺には、クロエがそこまで言われる程の人物だとはとても思えなかった。
 しかし・・・・・・どうやら俺の想像以上に、あの小さな師匠の魔法世界での立場は凄いものらしい。

 と――――いきなりノックもなしに俺のいた部屋の入口にある扉が開き、たった今話の話題に上がったその本人が、しかめっ面をしながらズカズカと入ってきた。
 その背後ではリセが漆黒のマントと外出着に身を包んだ状態で、クロエに付き従うかのようにして立っている。

 「――――小僧、遅いぞ!準備が終わったなら、グダグダしてないでさっさと部屋から出てこい!」

 よく分からないが・・・・・・どうやら今のクロエは、虫の居所がひどく悪いようだった。
 口ではなかなか部屋から出てこなかった俺に対して文句を言っているようだが、本心では別の何かに対して苛立ちを向けているように見える。そしてそんな俺の考えを察したリセが、その疑問の答えを呆れ返った様子で説明してくれた。

 「すいませんユウ君。実はクロエは昔から自分の思うように考えた事が進まないと、すぐに自棄になって勢いだけで行動してしまう癖があるんです。今回のマギステリア申請手続きの件も、ただ面倒だという言い訳にもならない理由だけで、全てを済ませようとしたぐらいですから。
 ――――もうこれは半分、私たちに対する八つ当たりみたいなものですよ。だからもしもクロエから何か文句を言われたり、理不尽なお説教をされたりしても、気にしないで下さいね?」
 「はぁ~~!?リセ、お前よくも師である私に対して、そんな生意気な口が聞けたものだな。・・・・・・あまりふざけた事ばかり言っているとリセよ、いくらお前だからといっても、ある程度は仕置きをせねばならないことに――――」
 「――――ネット回線切断、お小遣い減額、私がこれまで日常的にやってきた家事の一切を放棄・・・・・・あっ!それといつも買い出しの際に買ってきてあげている、菓子類をなしにするのも良いですね!」
 「・・・・・・私が全面的に悪かった。反省しています、許してください」

 リセの放ったその魔法の言葉を聞かされたクロエは、絶望の表情を顔に浮かべながら、俺たちが見ている目の前で即座に謝罪をする。流石に世界最強の強さを誇る魔法使いといえど、自らの楽しみである娯楽を盾にされては、逆らうことなど出来ないらしい。

 プライドを完全に捨て去り、必死の形相でリセに寄り縋るクロエの姿は、こうして傍から見ていても・・・・・・とても情けないものである。
 
 だがそれでも俺の師である、本来は敬うべき相手であることには変わりない。これ以上クロエのそんな醜態を見ていられないという思いもあって、俺は助け舟を出すようにして、未だ説教を続けているリセに対して話を振った。

 「なあリセ。とりあえず準備も出来たし、そろそろ出発しようか。確か魔法世界向こうの役所には、俺たちがこれから向かうっていう連絡をしてあるんだろ?」
 「・・・・・・そういえばそうでした。――――クロエ、いつまでも私のマントの裾を掴んでないで、いい加減に魔法世界へ出発しますよ!・・・・・・もう、せっかく新品の物をわざわざ用意したのに。クロエのせいで少しだけ伸びちゃったじゃないですか!」

 文句を言うリセに半分引きずられるようにして、クロエたち二人は俺の部屋から出ていった。
 その様子を右肩下がり男爵の隣で眺めていた俺は、“将来自分もあんなふうにリセの尻に敷かれるようになるのかな”などと、なんとなくではあるが考えてしまうのだった。
















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