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第一部 一章 始まりの物語~噴壊包輝世界編~

ファストラの獣 討伐戦5

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 瞬間的に頭の中へと浮かんだビジョン。身に覚えのない内容であるはずなのに、不思議と懐かしい感覚を思い起こさせる。
 最初にあの丘の上にいた人物。その人物のことを何故か俺はよく知っているような気がした。だがあくまでも“気がした”という程度の認識であり、確実にそうだと断定することはできない。

 一つ可能性があるとすれば、クロエから行使された【知識の共有】によるもの――――つまり先ほど見たものはクロエ自身の昔の記憶だという線だ。あのように生物学の常識を無視して空を泳いでいる・・・・・・・巨大な鯨のことを俺は知らないし、丘の上にいた人物と小さな影の二人が話していた会話の中身も魔法に関するものだった。

 ならば導き出される答えはおのずと決まってくる・・・・・・が、

 (今一番重要なことは、この状況をどうすれば切り抜けることが出来るか・・・・・・だ」

 こうして考えている間も落下は続いている為、早急に何かしらの行動を起こさなければ取り返しのつかない事態になる。一体どれほどの深さがあるのか知らないが、未だに奈落の底へたどり着く気配はなく、視界からの情報を暗闇によって遮断されているので、目視で確認することも不可能だ。

 翼もなく空も飛べない俺がこの現状から脱する唯一の方法――――それはもはや魔力や魔法といった未知の力の存在を利用するより他は無かった。

 (何だ?急に魔力が・・・・・・)

 俺の全身を包み込んでいたクロエの魔力のオーラ――――ゆったりとした水面のように身体のラインに沿って流れていたそれが、急に波打つように動き出して範囲を拡大する。

 同時に遥か頭上から何かしらの気配・・・・・・というより強烈な視線のようなものを感じ取り、俺は考える間もなく本能的に両目をゆっくりと閉じた。

 (・・・・・・何が見える?)

 先ほど呼び起こされたであろうクロエの昔の記憶。その中にいた丘の上の人物が言っていた言葉を頭の中で反芻する。
 “感覚を伸ばして世界を感じる”――――その行動がどのような結果をもたらすのか分からないが、他に取れる選択肢がない以上はとにかくやってみるしかない。

 クロエの魔力のオーラ・・・・・・その外側から感じられる風圧の流れ。

 季節の変わり目に降る雨のような生温い温度。

 僅かに動く全身の手足、その四肢の先端から伝わる心地よい痺れ。

 胸に手も当てていないのに正確に数えられる心臓の鼓動リズム

 その場所から流れ出る血液が全身に広がり、無数にある血管を通して循環を繰り返す。更に集中力を高めれば、普段は分からない臓器や筋肉の動きまでが手に取るように理解することが出来てきて・・・・・・、

 (――――これは)

 それは熱だとしか説明できなかった。血液というよりは細胞・・・・・・というよりは成分に近い。魔法使いの肉体を構成している情報そのもの。
 脳が自覚した瞬間、身体の内側から脈のようにその流れを全身に感じ取り、はっきりと知覚することができた。
 
 際限なく湧き上がってくる圧倒的な力――――その源である魔力と呼ばれるエネルギー。ドクンドクンと胸の内から響く心音に合わせて、徐々に全身を流れている血液と魔力の区別がついてくる。
 深い眠りから覚めるようにして閉じていた両目を見開いた俺の視界へと、金色の輝きに覆われた上空に広がる空の景色が入り込んできた。どうやらクロエが造り出した黒い魔力の空は最初の頃と同じ、元通りのものへと戻ったようである。

 (体が軽い。空でも飛べてしまいそうだな)

 そんな風に思えてしまうほど、今の俺の全身には底知れぬ力がみなぎっていた。やろうとすれば何だって出来る――――そう錯覚してしまえる程に。
 しかしその一方で俺は自分の持っている手札がどれくらいあるのかを冷静に把握していた。師であるクロエから受け継いだ、魔法使いに関する一部の知識――――その内のいくつかを的確に使用して地上へと生還しなければならないのだ。

 別行動を取る前にクロエが俺に纏わせた魔力のオーラは、外側からの攻撃に対する防御力の面でしか効果を発揮しない。ならば自らの保有する魔力を使って身体能力を大幅に強化する。
 次々と浮かび上がってくる様々な“知識”の情報。積み上げられたカードの山から見つけ出した答え。今の自身の魔力量で実行できる、唯一にして最適な行動手段を直感的に選び抜いた俺は、すぐさま空中で体勢を整えて足先の部分へと魔力を集中させた。

 何もない空中を力強く踏みつけながら・・・・・・・・・・、俺は落下していた方とは真逆の方向である地上に向かって勢いよく跳躍する。
 魔法使いになったばかりの俺が保有している総魔力量。その上限を百とするならば、今の空中を蹴り上げる動作の為に使用した魔力の量は、少なく見積もっても二十といった所だろう。

 圧縮した魔力の塊で即席の足場を造り、それを踏み台にして向かった先――――今も崩壊を続けながら大量に降り注ぐ、アブネクトの大地だったもの。たった一度だけの跳躍で易々とその地点にまで到達できた俺は、続けてその巨大な岩盤の一部を踏み台にして、更に上空の地点で落下を続けている大岩に飛び移った。

 次々と降り注ぐ岩盤などの落下物を足場にして、俺は高速で地上まで続く階段を駆け上がる。動けば動くほど体内の魔力が継続して消費されていき、“地上へ到達する前に力尽きて落ちてしまうのではないか?”などという恐ろしい考えが一瞬だけ頭に思い浮かんだ。

 (――――間に合うかっ?)

 真下から追われるようにして、死に物狂いで駆けあがった先――――崩壊する前の地上があった場所まであと一歩という所で、俺はさっきまでとは比較にならない程の強烈な、何かからの視線を感じ取った。
 “見られている”と改めて実感した俺が、その気配がしたであろう方向に頭を向けると――――、

 「――――ッ!?」

 強い衝撃と共に身体が真横に向かって吹き飛ばされる。突然のことに驚いた俺が眩い閃光によって目を細めながら状況を把握しようとしていると・・・・・・今度は巨大な影のようなものがすぐ近くを通り過ぎ、気づいた時には背後から同じような衝撃を受けて、俺の体は再び奈落の底へ向かって落下を開始した。

 「クッソ!!!――――」

 反射的に魔力の足場を造り出し、それによって落下の衝撃を相殺した俺は、今度こそ突如現れた襲撃者の姿を視界に捉えた。

 全身を金色こんじきに輝くファストラの光で覆われた巨神。一目見ただけでこの生物の正体が、例の【金色ファストラの獣】であるのだと、すぐに理解できた。

 うねうねと動いている長い尾が、先ほどまで俺がいた辺りの空中に滞空している。どうやら二度目に起きた衝撃の原因は、あれによって吹き飛ばされたものらしい。
 
 獣のような顔つきの口元からなびく白い煙。
 瞬間的に凍結したかのように尖っている全身の手足。
 前にとある観光地の写真で見た大仏が、そのまま動き出したかのような巨大な体躯。
 
 仮に正面から戦った場合、勝機などという曖昧な言葉は絶対に通用しないだろう。たった今造り出した魔力の足場と、身体強化で消費した魔力量は合わせて七十ほど。もはや魔力も尽きかけ、取れる手段は何もないとそう諦めかけていたその時――――、

 (・・・・・・?)

 ふと、ある魔法名が俺の脳裏に思い浮かぶ。それは固有魔法オリジナルに分類されているものであり、今の俺に使用することは不可能だった。術式はともかく本来必要な魔力量が圧倒的に不足しており、それ以前に魔法の考案者であるクロエ自身の特別な性質を持つ魔力でしか作用しない。
 何故そんな魔法名がこのタイミングで出てきたのか。それを考える間もなく、俺はひとつの可能性に気がついた。

 (本当にやるのか?失敗したら最悪死ぬぞ。でも・・・・・・今の俺が【金色ファストラの獣】を討伐するにはこれしかない!)

 もはやこの状況を切り抜けるには、目の前にいる【金色ファストラの獣】をどうにかするより他は無い。
 逃げるという選択肢もあるにはあるが、今の俺の総魔力残量ではそう遠くにまで逃げることは出来ないだろう。ならば戦闘によって行動不能にする、もしくは当初の目的通りに【金色ファストラの獣】を討伐する。

 成功の可能性は低いがやるしかない。普段の性格からは考えられない程、今の俺は好戦的な思考によって支配されていた。ぎりぎりの綱渡りを楽しむかのようにして、自然と笑みがこぼれてくる。

 (ハッ!――――俺っていつからこんな無謀な性格になったんだ?)

 まるで自分が自分ではないような――――そんな気分を味わいながら、俺は足元にある魔力の足場から空中に向かって飛び上がった。同時に身体を覆っていたクロエの・・・・魔力そのもの・・・・・・を媒体にして、本来は使用することが出来ないはずの魔法の術式を構築する。
 
 難しそうに聞こえるが実際のところはただ設計図のように記憶された知識を呼び出して、それをそっくりそのまま脳内で描いて魔力を通すだけでいい。コピーを取るような感覚で行える作業である為、それ自体にはさしたる問題はない。しかし――――、

 (ここからだ・・・・・・)

 術式を通して完全に形になったもの――――つまりは魔法。これの制御を上手くできなければ、たちまち魔法の構成情報が崩壊を起こして無に帰す。

 ましてや今回使用する魔法はクロエ自身が編み出した固有魔法オリジナル
 絶対的な防御として働いていた、クロエの黒い魔力のオーラは既に消えている為、ここでもし失敗でもすれば、たちまち【金色ファストラの獣】からの手痛い反撃を喰らうだろう。そうなれば死は確実であり、今度こそ二度と戻ってくることが出来ない奈落の底に落されるだけだ。

 まずは魔法の形を明確にイメージする。魔法の軌道と目標に命中した場合に作用する効果。集中力を極限まで高めた状態で、進行方向にいる【金色ファストラの獣】の全身を視界に収めた。

 流れた汗が肌を伝って、下へ下へと落ちていく。世界の全てがスローモーションのように見え、まるで俺以外の全ての時間が止まっているような気さえした。片腕に集中させたクロエの膨大な魔力が、術式を通して一撃必殺の魔法に生まれ変わる。
 【金色ファストラの獣】と垂直に並んだ位置にまで到達した俺は、銃を構えるようにして指先を屠るべき対象に合わせてから、その魔法名を告げた。

 「【漆黒の圧潰杭】カース・ギリエル

 術式を通して腕に収束させたクロエの魔力が、特定の効果を持った攻撃手段として新たに生まれ変わる。突き出した右腕が震え、切れかけた電球のように視界全体が点滅を繰り返す。
 ギュルギュルと音を立てながら指先の先端部分に現れた物体は、鉛筆ほどの大きさしかない一本の黒い杭。 その表面に艶を帯びた鋭利な凶器が、漆黒の軌跡となり【金色ファストラの獣】に対して真っ直ぐに解き放たれる。

 金色に包まれた巨体の中心に、吸い込まれるようにして消えていった黒い魔力の杭。それは特に防がれることもなく、【金色ファストラの獣】の胸の辺りに深々と突き刺さった。

 続いてガラスを引っ掻くような甲高い音が鳴り響き、杭がある部分を起点として空間が捻れ歪曲し、溶けた絵の具のように変化したファストラの光がそこに流れ込んでくる。
 まるで巨大な排水口の中に引きずり込まれるようにして、【金色ファストラの獣】の全身が強制的に一か所へ折り曲げられていく様子は、もはや既存のあらゆる法則を完全に無視していた。

 やがて渦を巻きながら完全に収束し終えた【金色ファストラの獣】だったものは・・・・・・、僅かな金色の粒子のみを残し、空間ごと押しつぶされて消え去ってしまう。その様子を離れた位置から最後まで見届け終えた俺は、もはや体内にある魔力のほぼ全てを使い果たしていた為、そのまま何もできずに落下していくだけかと思われたが――――、

 「まったく・・・・・・最後の最後で詰めが甘いな」

 声と共に落下しかけていた俺の身体が、空中で一旦その動きを止める。そして黒い何かに全身を包まれたかと思えば、次の瞬間には森の木々が生い茂るアブネクトの大地へとワープしていた。
 疲労感と安心感からその場に腰を下ろした俺に対して、すぐ傍で何やらにやにやと笑みを浮かべながら立っていたクロエが、声を掛けてくる。

 「私がいなかったら、一体どうするつもりだったんだ?もしも私の助けがなければ、お前あのまま落ちて死んでいたぞ。・・・・・・とはいえ、【金色ファストラの獣】の討伐に成功したことは誉めてやろう。正直、驚かされたぞ」
 「それは良かった。――――で?もしも今回の件に関してクロエが点数をつけるなら、どのくらいなんだ?」
 「ふむ、そうだな・・・・・・多少甘めに採点しても、精々五点といったところだろう」
 「五点・・・・・・何点満点中の?」
 「千点満点中の、だ」

 冗談に聞こえるようなその数字を、至極まじめな様子で俺に対して伝えるクロエ。おそらく本心から言っているのだろう。そこに哀れみや馬鹿にするかのような感情は一切ない。
 そのことを理解した俺が、溜まった疲れを身体の内側から出すようにして息を吐いていると――――、

 「――――痛ッ!」

 足全体に電流を流したかのような痺れが走り抜け、俺はその唐突に訪れた感覚によって意図せず顔をしかめた。

 「どうした?」
 「いや・・・・・・なんか急に足が・・・・・・」

 「見せてみろ」――――クロエに言われて俺は履いていたズボンの裾を捲りあげる。むき出しになった肌の表面に掌を当てたクロエは、すぐに何が起きたのか分かったようで、屈んだ状態からゆっくりと立ち上がりながら俺に対して告げる。

 「筋肉の一部が炎症を起こしているな。訓練もしてない状態で、いきなり魔力による身体強化を実行してしまったせいだろう。――――まあ今のところは軽い筋肉痛のような症状で収まっているから、大したことは無い。特に治療しなくても数日程度で治るさ」

 それからクロエは自身の黒い魔力を周囲に向かって放出し、転移魔法を行う為の準備をしながら俺に向かってその場から立ち上がるように促した。

 「さて、ではそろそろ帰るとしようか――――我々の家に」














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