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第一部 一章 始まりの物語~噴壊包輝世界編~

噴壊包輝世界アブネクト2

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   「歓迎式?それってどういう意味――――」
 「いいから黙って見ていろ。直ぐに分かる」

 訳も分からず質問をしようとした俺に対して、クロエはそう指示を出す。先程と変わらない不気味な静寂が辺りを包み込み、動くものも何も無く、異常という明確な答えを実際に得ることは出来ない。
 しかし現にクロエがこうして指示を出したという事は、確実に何らかの異常事態が発生したという意味であり・・・・・・。

 (・・・・・・あれ?)

 そこで俺はある一つの事実に気がつく。この世界にやって来た時から何度か遠くから響いてきていた、動物のものと思われる鳴き声の一切が止んでいる。そう、先程から周囲には動くものなど何も無いと分かってはいたのだが・・・・・・それにしても少し辺りが静かすぎた。

 しかしその事実を現実の違和感として、俺が認識したのも束の間。次の瞬間、どこからか地鳴りのような轟音と共に、足元の地面から小さく震えるような振動が伝わってきた。
 
 先ほどまでの静寂が嘘だったかのようにギャーギャーと、やけに慌てているかのような動物の鳴き声が聞こえてきたかと思えば、それらの騒音の全てが、徐々に俺たちの今いる地点とは真逆の方向に遠ざかっていく。 続いてほんの少し前までは大したことが無かった地面の揺れが、今では立っているのも困難な程の強いものへと急速に変化していった。

 周囲の木々が振り子のように幹をしならせながら前後左右に揺れ動いている為、接触したもの同士がガツンガツンと耳を塞ぎたくなるような衝撃音を辺りに響かせている。
 当たり前だが、細く痩せた木や枝などはひとたまりもない。バキバキと飴細工のように折れては、地表に向かって雨のように降り注ぐ。それらが自然から生まれた凶器となって、後少しで俺たち二人のいる場所に到達するかと思われた直後、

 「まったく――――手荒い歓迎だな」

 あれほどあった大量の折れた木や枝が、上空に向かって弾けるように吹き飛んでいく。その勢いは衰えるがどころか更に威力を増していき、遂には俺たちの頭上付近に残っていた分厚い緑の層を突き抜け、暴風のように全てを消し去っていった。
 ふと隣を見るとクロエが片手を真上に向けており、それを目視で確認した俺は「魔法・・・・・・」と、小さく独りでに呟やく。

 「小僧、舌を噛まないように口をしっかりと閉じておけ。では行くぞ」
 「・・・・・・へ?行くって何処へ?」

 事態を把握出来ていない俺は、クロエに対して酷く間抜けな質問をしてしまう。この強烈な揺れの中でもクロエだけはいつもと変わらず、のんびりとした様子で普通に立っていた。
 クロエは俺の質問には答えずに挙げていた片手を下ろすと、すぐ近くにいた俺の腰付近を抱えるようにして腕をまわす。そして――――、

グンッと身体の内側から臓器を引っ張られるかのような感覚と共に、俺の目の前の視界が急速に切り替わっていく。見える景色の全てを、色という情報でしか判別できない程のとんでもない速度だ。
 
 風を切る音で鼓膜は塞がれ、どこか妙な浮遊感を全身に覚え始めてから数秒後。急にそれらの情報の全てが一斉に正常な状態へと戻り、開けた視界の先に――――信じがたい光景がその全貌を現した。

 「・・・・・・は?」

 まず俺の身体は宙に浮いていた。表現や比喩などではなく、そのままの意味で。情けない話だが、今の俺はクロエによって抱き抱えられている状態なのだ。そこまではなんとか理解出来る。
 
 しかし・・・・・・その真下には当然あるはずの地面が無い。いや、正確に言うとあるにはあるのだが、それは遥か彼方の――――この上空から何キロも離れた地点の、下の方に広がっていた。

 「どうした、小僧。アホ面して」
 「いや、だって・・・・・・えっ?なんでこんな高い場所に浮いているんだよ!?!」
 「それは私がお前を抱えて、上に跳んだからに決まっているだろう。まあ慌てずとも今は下に向かって落ちる心配はない。そんなことより見てみろ。どうやら始まるようだぞ。この世界特有の崩壊と再生の現象が」

 俺はクロエに言われた通り、遠く離れた真下にある広大な森に視線を戻す。先程まで俺たち二人がいた地点は現在も強い揺れに見舞われているのだろうが、ここからではあまりにも距離がありすぎてその様子を確認することが出来ない。
 
 が、俺たちの浮いている地点のちょうど真下の辺りを起点として、森の木々の薄い部分を縫うように大量の小さな黒い影が動いているのが見えた。
 放射状に移動を続けているその正体は、いちいち説明されなくても分かる。生き物だ。この真下にある森に住まう動物たちが、我先にといった様子で大規模な移動をおこなっている。
 
 最初は地震に驚いた動物たちが、ただ混乱して逃げ惑っているだけかとも考えたのだが・・・・・・彼らはただ生き延びようとしていたのだ。
 生物的な本能で事前に察知した自然の脅威から、少しでも距離を離そうとして命からがら。そしてその脅威と理由とは――――、

 突如、真下に広がる地面が四方に切り分けられたかのようにパックリと割れる。
 それぞれの先端の部分から、徐々にボロボロと焼き菓子のようにほぐれて崩れていき、その下から暗い奈落のような深い穴がその姿を現した。
 
 あっという間に直径約三キロ程の大きさの大穴が出来上がり、その暗闇の中から胞子のような淡い光がゆっくりと浮かび上がってくる。
 初めは限りなく透明に近い色だった。しかし時間が経過するにつれて、次第にその漏れ出す光の量が増加してきたかと思えば次の瞬間――――その光の全てが黄金の輝きに変化した。

 大穴の底から激流のように空へと放出される光の波。それはあっという間に俺たちが浮かんでいる上空にまで達し、そこで初めて自分の今いる地点よりも真上に視線を移した俺は、この世界を覆う空の色を知ることになった。

 まるで黄金の大河のように思えた。途切れることなく空を覆い尽くすその光は、大穴から漏れ出るずっと前からそこにあったのだろう。消えることなく空中に停滞しているその光は地球でいうところの太陽の変わりに、この世界の全てを明るく照らしていた。

  ――――この世界の大地を照らし出すのは【ファストラ】の光。【自動記録装置】ログムスダイヤリーの説明にもあったアブネクトの自然の奇跡。それらの超常的な現象を現実のものとして目の前に突きつけられた俺は、ようやくここは地球ではなく本当に別の世界なんだなと、心から実感することが出来たのだ。



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