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第一部 一章 始まりの物語~噴壊包輝世界編~
出立準備1
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そして開かれた扉の先には――――
眩い光と喧騒。
まず見えたものは見渡す限り、視界全体を歩いている大勢の人々。
そこは何かのイベント会場かと思われる程の、お祭り騒ぎで賑わっていた。
いつ建てられたのかも分からない、一見、見るからに古そうな建物ばかりが建ち並んでいる。その壁色はそれぞれが違った色合いでありながら、どこか不思議な統一感があるようにも感じられた。
傘のように大きく広がった屋根がついた建物や、耐久性を完全に無視した適当な石材のみを積み上げて造られた建物などその形式は様々である。
俺の目の前に見えている、石畳で造られた大通り――――そこに張り出されている無数の看板は、そのどれもが赤や緑といった派手な色合いのものばかり。カラフルな色彩の洪水に呑まれた街並みは、旅先の観光地のように見る者の視界を楽しませてくれる。
それらの看板の真下に立ち並ぶ店の中は大勢の人々で賑わっていた。ありとあらゆる店の入口付近では、今もひっきりなしに人が出たり入ったりを繰り返している。
「さあさあ、いらっしゃい!今日は普通等級の魔道具が全部半額だよ!」
「世にも珍しい希少素材、桜白華が数量限定で入荷いたしました。どうぞお立ち寄り下さいませ」
「レンデルブから運び込まれた希少鉱石がいくつかあるぞ!純度は文句なし。早い者勝ちだ!」
店の先々で客を呼び込む声が聴こえてくるが・・・・・・周囲の喧騒が邪魔をして、うまく聞き取ることができない。我先にと、そういった様子でそれらの店めがけて殺到する人々は、お互いに押し合いながら入口の外にまで人垣を築いていた。
【枝分かれの岬~素敵な出会いを貴方に 竜針鼠販売場~】
【魔法事故専門相談所 どなたでもお気軽にどうぞ!】
【異世界物件仲介屋 一括購入出来ない方はお断り】
「竜針鼠って・・・・・・こいつのことか?」
数ある店の内の一つ。【枝分かれの岬】と書かれた看板の出ている店の前には、小さく頑丈そうな金属製のゲージがいくつも置かれている。その中には全身を黒い棘に覆われた、ハムスターぐらいのサイズの謎の生き物が入れられていた。
「近づくなよ」
ゲージの中身を上から覗き込もうとしていた俺に対して、クロエが鋭く声を掛けて制止する。数秒遅れてゲージの中からヒュンヒュンと音を立てながら、何か小さくて黒い物体がいくつも飛んできては、近くの地面に突き刺さるのが見えた。それは裁縫に使う手縫い針のように細くて鋭いものであり、仮にもし俺自身の肌に触れていれば、その表面を易々と貫通していたことだろう。
「竜針鼠は視線が合った者に対して威嚇の意味を込め、自身の体に纏った体毛――――つまり針のように尖ったそれを飛ばしてくる。そのことを知らずにうっかり中を覗き込もうとした間抜けが、顔中を針だらけにされて痛みでのたうち回る光景を、過去に幾度も見たことがある」
「危険過ぎるだろ!そんな危ないやつを入れたゲージを、店先なんかに出して置いててもいいのか?」
「別に違法ではないからな。問題はない。問題があるとすれば、それは危機感もなく近づいた愚か者の方だろう。小僧、ここはもう既に我々の領域――――魔法世界の入り口だ。目先の危険を事前に回避する為には、まずは好奇心による勝手な行動を起こさないことだな」
クロエの忠告はたった今起きた現実の出来事を介して、俺の脳裏に強く響いてきた。
しかし先程から初めて見るものばかりが俺の視界に飛び込んでくる。見えるもの全てが初めての体験。
そこにはまるで映画の世界の中に入り込んだかのような――――まさにおとぎの国の光景が広がっていた。
とんでもない情報量に圧倒された俺は、思い出したように自らの背後を振り向くと――――先程までそこにあったはずの、【夜香の城】へと続く扉は影も形もなく消え去っていた。
「あれ?今通ってきた扉は?」
「【転移の扉】のことか。今は用がないから閉じてある。小僧、私の後について来い。まずはリセの今いる世界へと向かう前に、立ち寄らなければならない場所があるんだ」
そう言うとクロエはマントのフードを頭まで深く被り、足早にその場から歩きだし始めた。
俺はその後を慌てて付いて行きながら、周囲の様子を物珍しげに見回してみる。
見たこともない、異世界のものと思われる珍しい品々。
魔法薬、それを作成する為に用いる素材や道具。
魔導書の売り場。
武器や防具を含む加工用品。
それらの品々を取り扱う店が立ち並び、海外旅行でもしているかのような気分になる。
まあ今は海外旅行どころか、魔法使いたちの住まう別の世界にまでやって来ているわけなのだが。
ふと目の前の地面に視線を移すと――――そこに一枚の紙きれが落ちているのが見えた。拾い上げてみるとその紙には“改革派定期集会”と書かれており、何らかのチラシの類いであるようだが・・・・・・、
「改革派か・・・・・・こいつらは議会や管理局といった魔法世界の上層部にいる老人どものことを、快く思っていない連中の集まりだ」
クロエは俺の手に持ったチラシを、横から覗き見ながらそのように教えてくれる。
【議会】――――確か魔法使いの世界のルールやら何やらを取り決めている所だったような・・・・・・?。
「反対派ってこと?つまりデモみたいなものか」
「ああ、それと似たようなものだ。・・・・・・しかし以前はこんな物が街中の通りに落ちている事は考えられなかったんだがな。どうやら暫く見ない間に、世の中の情勢は随分と変化してしまったらしい」
クロエは興味なさそうにチラシから目を逸らすと、俺に対して「あれを見てみろ」と、ある方向を指し示す。
クロエに言われた通りにその方向へと視線を向けると――――通りの脇に人だかりが出来ており、一人の若い外見の男が周囲の群衆に向けて大声で演説をしている様子が視界に飛び込んできた。
「・・・・・・つまり、彼等がしている行為は独裁者のそれと変わらないのです!【偉大なる魔法使い】という立場に胡座をかき、そのありようを変えようとしない。果たしてそれが世界の管理者たる我々魔法使いたちの――――そのあるべき姿でしょうか?・・・・・・いいや違う。今こそ才能ある若い世代の者たちが先頭へと立ち、そしてこの腐敗しきってしまった世の中の現状を変えるべきだ!その筆頭として現議会でも強い影響力を持つマスター・グレナークを始め、若く優秀な魔法使いたちはいくらでもいる。今こそ彼等を中心とした、新たな組織を結成し直すべき時なのです!」
演説をしている男の周囲にいた人々の反応を見てみると・・・・・・その効果は絶大なようだ。皆が目を輝かせて男の話を聞いている。それぞれがどこか虚ろな――――まるで心酔しているかのような顔つきをしている為、男が群衆に向かって洗脳活動をしているかのようにも見える。まるで宗教に近いな。
それにしても・・・・・・先程から通りを歩いている人の数がやけに多い。今日は何か特別な催しをしているかのような――――通る道の全てがそんな活気で溢れている。
「随分と賑わっているけど、今日は何か特別な日なのか?」
「この辺りは昔から大体いつもこんなものだ。この魔法世界に五つある中枢都市の一つ――――ローツキルト。 今回の件が全て片付いたら、また連れてきてやる。とにかく・・・・・・今は先を急ぐとしよう」
俺たちは二人で並んで大通りを目的地へ向かって歩いていく。
大勢の買い物客で賑わっている中央の通りから外れて、そこからさらに数十分程歩いた先。
人通りが少なく、道があまり鋪装されていない通りに立ち並んでいる建物の一つ。【梟の社】という看板が掛かった店の目の前でクロエは立ち止まると、何も告げずにその入口の扉を開けて店内へと入っていく。
俺もクロエの後に続いて、その中に足を踏み入れる。
店内には俺たち二人の他に客はいないらしい。壁に沿って置かれている本棚には、沢山の分厚い書物が並べられており、その中の一冊を手に取って見ると本の表紙には【初級魔術書】と記されていた。
その本が入っていた棚には初心者向けというプレートが貼ってあり、その下には“これも理解できないようじゃ金の無駄”と書かれた小さなメモ書きがテープで張り付けられている。
どうやら客のレベルに合わせて商売をしてくれる親切な店らしい。わざわざこうして直球的な注意書を用意してくれている辺り、この店の店主の性格の良さが伺えた。
しかし・・・・・・先程ここへ来る前に通りに並んでいた他の店と比べて、客のいない閑古鳥が鳴いているこの現状を見ると、その親切心は客の心にまでは伝わってはいないようだ。
店の奥には栗色の髪の若い外見の女性が一人だけ座っている。
机の上に片肘を立ててた状態で、店内に入ってきた俺たちには見向きもせずに気だるそうに手元にある本のページを眺めていた。
(何だか雰囲気がクロエと似ている気がするな)
見た目の印象としては・・・・・・そんなところだろう。
その顔色は悪く、目の下には薄い隈が出来ている。見るからに不健康そうだ。
服の上からは白衣を羽織っており、その所々にシワが寄っている。
クロエはその女性が座っていた机の前で立ち止まると、頭まで被っていたフードを外して素顔を晒した。
「おい、ナイラ。こっちを見ろ」
クロエからナイラと呼ばれたその女性は、面倒くさそうに視線だけを俺たちにへと向ける。
すると・・・・・・最初は徹夜明けのような濁った目をしていたのだが、徐々にその両目に光が宿っていき――――そして、
「クロエ・・・・・・まさかクロエ・クロベール?あなた今までどこで何やってたの!」
そう大声で叫ぶと同時に、座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。
その拍子に机の上に置かれていた物が振動でいくつか床へと落下したが、彼女にそれを気にした様子は見受けられない。
「やっとこっちを見たか。久しぶりだなナイラ。三十・・・・・・いや四十年ぶりくらいか。店の景気は相変わらずのようだな」
「全然姿を見せないものだから、引退したんだと勝手に思っていたわよ。全く・・・・・・連絡も寄越さないでいたなんて、ほんと信じらんない!」
「そう怒るな。久しぶりの再会で言いたい事も山程あるだろうが、今は急いでいてな。悪いがこのリストにある物を、早急に用意してくれないか」
クロエは落ち着いた様子で懐から一枚の紙を取り出すと、それを目の前にある机の上に置いた。
訝しげにその紙を手に取り、内容を確認するナイラさん。
そして・・・・・・ものの数秒で読み終えたのか、暫くの間クロエに対して何か言いたそうな顔を向けていたのだが、
「あーーーー、もうしょうがないわね!」
叫ぶように文句を言うと、クロエの置いた紙を手に持って店の奥へと消えていった。
残された俺たちがその場で並んで大人しく待っていると――――ナイラさんが野球ボールくらいの大きさの、黒くて丸い球体のような物を持って戻って来た。
「小僧、それを今すぐに魔道具の指輪の中に収納しろ」
「分かった」
俺はクロエから言われた通りに、指に嵌めた指輪の魔道具に刻まれた術式を作動させる。
瞬く間にその黒い球体が淡い光となって指輪の中に収納されると、クロエはナイラさんに向かって何処からか取り出した硬貨を数枚手渡した。
「すまないな、助かったよナイラ」
「連絡も寄こさないで、いきなり来るものだから驚いたわよ!・・・・・・それで?いつも連れているクロードのお弟子さんは?リセはどうしたの?」
ナイラさんは俺に向かって、“誰だこいつは?”とでも言いたげな、不躾な視線を投げ掛けてくる。
随分と遠慮のない・・・・・・分かりやすい人のようだ。俺としてはこうして直球で物事をハッキリと言ってくれる人の方が、接しやすくはあるのだが。
「どうも初めまして。流川悠人といいます」
俺はナイラさんに対して、簡単な自己紹介をする。すると横に立っていたクロエが俺の肩をポンポンと手で叩きながら、
「リセは別件で他所に出ている。それとこいつは私の新しい弟子だ。これからも時々、ここへ連れて来ることになると思うから、その時はよろしくしてやってくれ」
そのように俺のことを、ナイラさんに紹介した。
クロエのその言葉を聞いたナイラさんは、驚きを顕にして声を上げる。
「弟子!あの自堕落なあなたが弟子!リセの時だって私は大反対だったのに、また新しい子を?ここ最近全く姿を現わさないと思ったら、まさかそんな事になっていたなんて・・・・・・」
「いや?こいつを弟子に迎えたのは、ついさっきの事なんだが」
「ついさっきって・・・・・・まさかその子も今からアブネクトに連れて行くつもりなの?」
「その通りだが。何か問題でもあるのか?」
クロエは、“それがどうした”といった様子で、首を斜めに傾ける。
俺は目の前にいる二人の会話の内容が理解できなかったので、そのまま静観していることにした。
「この私が一緒について行くんだ。大丈夫だろ」
「そんな・・・・・・楽観的過ぎるわよ!あんな場所にそんな軽装備で向かうなんて、自殺行為だわ!」
「問題ないと言っているだろう?暫く見ない間に、随分と神経質になったものだな」
クロエは飄々とした口ぶりで、そのように言う。
どうやらこの二人はそれなりに親しい間柄らしい。話し方にお互い遠慮がなく言いたいことを言える、気心の知れた仲であるようだった。
「誰が神経質ですって!私はただありのままの事実を言っているだけじゃない!それとクロエ・・・・・・あなたちょっと不味いわよ。私の知り合いから聞いた話じゃ、ここ最近あなたが全く議会の招集に応じないから、現役員リストから除名処分を行ってはどうかって話が出ているみたい」
「ああ、リセから聞いたよ。・・・・・・それで?誰が言い出したのかは知っているのか?」
「ええ、モートリスっていう名前の魔法使い。ほら、確か管理局の情報統括部にいたお偉いさんの一人だったような・・・・・・」
「モートリス・・・・・・ああ、キルシュトファーの腰巾着か。あいつ確か、私のことを目の敵にしていたからなぁ」
クロエは得心がいった、という様子で大きく頷きながら両目を細めてニヤリと微笑む。
しかしその瞳だけは笑ってはおらず、隣で見ていた俺の目からはクロエの周囲に漂う空気の輪郭が陽炎の様に揺らいでいるかのように映った。
「ちょっとクロエ、あなた怒りで自分の魔力が外に漏れ出しているわよ。一旦落ち着きなさい。と に か く 、私から言える事は次に開催される議会の召集には必ず応じること。でないとあなた、本当にあそこをクビになっちゃうわよ」
「・・・・・・ッチ」
ナイラさんからの指摘を受けてクロエの周囲に漂っていた魔力と思しき、微かに見えていた蒸気のようなものが全て霧散する。それを確認したナイラさんが溜め息を吐きながら、クロエに対して更に話を続けようとしたその時、
カランカラン――――店の入口付近に取り付けられていた鈴の音が鳴り響き、開いた扉から一人の小さな少女が入ってきた。
眩い光と喧騒。
まず見えたものは見渡す限り、視界全体を歩いている大勢の人々。
そこは何かのイベント会場かと思われる程の、お祭り騒ぎで賑わっていた。
いつ建てられたのかも分からない、一見、見るからに古そうな建物ばかりが建ち並んでいる。その壁色はそれぞれが違った色合いでありながら、どこか不思議な統一感があるようにも感じられた。
傘のように大きく広がった屋根がついた建物や、耐久性を完全に無視した適当な石材のみを積み上げて造られた建物などその形式は様々である。
俺の目の前に見えている、石畳で造られた大通り――――そこに張り出されている無数の看板は、そのどれもが赤や緑といった派手な色合いのものばかり。カラフルな色彩の洪水に呑まれた街並みは、旅先の観光地のように見る者の視界を楽しませてくれる。
それらの看板の真下に立ち並ぶ店の中は大勢の人々で賑わっていた。ありとあらゆる店の入口付近では、今もひっきりなしに人が出たり入ったりを繰り返している。
「さあさあ、いらっしゃい!今日は普通等級の魔道具が全部半額だよ!」
「世にも珍しい希少素材、桜白華が数量限定で入荷いたしました。どうぞお立ち寄り下さいませ」
「レンデルブから運び込まれた希少鉱石がいくつかあるぞ!純度は文句なし。早い者勝ちだ!」
店の先々で客を呼び込む声が聴こえてくるが・・・・・・周囲の喧騒が邪魔をして、うまく聞き取ることができない。我先にと、そういった様子でそれらの店めがけて殺到する人々は、お互いに押し合いながら入口の外にまで人垣を築いていた。
【枝分かれの岬~素敵な出会いを貴方に 竜針鼠販売場~】
【魔法事故専門相談所 どなたでもお気軽にどうぞ!】
【異世界物件仲介屋 一括購入出来ない方はお断り】
「竜針鼠って・・・・・・こいつのことか?」
数ある店の内の一つ。【枝分かれの岬】と書かれた看板の出ている店の前には、小さく頑丈そうな金属製のゲージがいくつも置かれている。その中には全身を黒い棘に覆われた、ハムスターぐらいのサイズの謎の生き物が入れられていた。
「近づくなよ」
ゲージの中身を上から覗き込もうとしていた俺に対して、クロエが鋭く声を掛けて制止する。数秒遅れてゲージの中からヒュンヒュンと音を立てながら、何か小さくて黒い物体がいくつも飛んできては、近くの地面に突き刺さるのが見えた。それは裁縫に使う手縫い針のように細くて鋭いものであり、仮にもし俺自身の肌に触れていれば、その表面を易々と貫通していたことだろう。
「竜針鼠は視線が合った者に対して威嚇の意味を込め、自身の体に纏った体毛――――つまり針のように尖ったそれを飛ばしてくる。そのことを知らずにうっかり中を覗き込もうとした間抜けが、顔中を針だらけにされて痛みでのたうち回る光景を、過去に幾度も見たことがある」
「危険過ぎるだろ!そんな危ないやつを入れたゲージを、店先なんかに出して置いててもいいのか?」
「別に違法ではないからな。問題はない。問題があるとすれば、それは危機感もなく近づいた愚か者の方だろう。小僧、ここはもう既に我々の領域――――魔法世界の入り口だ。目先の危険を事前に回避する為には、まずは好奇心による勝手な行動を起こさないことだな」
クロエの忠告はたった今起きた現実の出来事を介して、俺の脳裏に強く響いてきた。
しかし先程から初めて見るものばかりが俺の視界に飛び込んでくる。見えるもの全てが初めての体験。
そこにはまるで映画の世界の中に入り込んだかのような――――まさにおとぎの国の光景が広がっていた。
とんでもない情報量に圧倒された俺は、思い出したように自らの背後を振り向くと――――先程までそこにあったはずの、【夜香の城】へと続く扉は影も形もなく消え去っていた。
「あれ?今通ってきた扉は?」
「【転移の扉】のことか。今は用がないから閉じてある。小僧、私の後について来い。まずはリセの今いる世界へと向かう前に、立ち寄らなければならない場所があるんだ」
そう言うとクロエはマントのフードを頭まで深く被り、足早にその場から歩きだし始めた。
俺はその後を慌てて付いて行きながら、周囲の様子を物珍しげに見回してみる。
見たこともない、異世界のものと思われる珍しい品々。
魔法薬、それを作成する為に用いる素材や道具。
魔導書の売り場。
武器や防具を含む加工用品。
それらの品々を取り扱う店が立ち並び、海外旅行でもしているかのような気分になる。
まあ今は海外旅行どころか、魔法使いたちの住まう別の世界にまでやって来ているわけなのだが。
ふと目の前の地面に視線を移すと――――そこに一枚の紙きれが落ちているのが見えた。拾い上げてみるとその紙には“改革派定期集会”と書かれており、何らかのチラシの類いであるようだが・・・・・・、
「改革派か・・・・・・こいつらは議会や管理局といった魔法世界の上層部にいる老人どものことを、快く思っていない連中の集まりだ」
クロエは俺の手に持ったチラシを、横から覗き見ながらそのように教えてくれる。
【議会】――――確か魔法使いの世界のルールやら何やらを取り決めている所だったような・・・・・・?。
「反対派ってこと?つまりデモみたいなものか」
「ああ、それと似たようなものだ。・・・・・・しかし以前はこんな物が街中の通りに落ちている事は考えられなかったんだがな。どうやら暫く見ない間に、世の中の情勢は随分と変化してしまったらしい」
クロエは興味なさそうにチラシから目を逸らすと、俺に対して「あれを見てみろ」と、ある方向を指し示す。
クロエに言われた通りにその方向へと視線を向けると――――通りの脇に人だかりが出来ており、一人の若い外見の男が周囲の群衆に向けて大声で演説をしている様子が視界に飛び込んできた。
「・・・・・・つまり、彼等がしている行為は独裁者のそれと変わらないのです!【偉大なる魔法使い】という立場に胡座をかき、そのありようを変えようとしない。果たしてそれが世界の管理者たる我々魔法使いたちの――――そのあるべき姿でしょうか?・・・・・・いいや違う。今こそ才能ある若い世代の者たちが先頭へと立ち、そしてこの腐敗しきってしまった世の中の現状を変えるべきだ!その筆頭として現議会でも強い影響力を持つマスター・グレナークを始め、若く優秀な魔法使いたちはいくらでもいる。今こそ彼等を中心とした、新たな組織を結成し直すべき時なのです!」
演説をしている男の周囲にいた人々の反応を見てみると・・・・・・その効果は絶大なようだ。皆が目を輝かせて男の話を聞いている。それぞれがどこか虚ろな――――まるで心酔しているかのような顔つきをしている為、男が群衆に向かって洗脳活動をしているかのようにも見える。まるで宗教に近いな。
それにしても・・・・・・先程から通りを歩いている人の数がやけに多い。今日は何か特別な催しをしているかのような――――通る道の全てがそんな活気で溢れている。
「随分と賑わっているけど、今日は何か特別な日なのか?」
「この辺りは昔から大体いつもこんなものだ。この魔法世界に五つある中枢都市の一つ――――ローツキルト。 今回の件が全て片付いたら、また連れてきてやる。とにかく・・・・・・今は先を急ぐとしよう」
俺たちは二人で並んで大通りを目的地へ向かって歩いていく。
大勢の買い物客で賑わっている中央の通りから外れて、そこからさらに数十分程歩いた先。
人通りが少なく、道があまり鋪装されていない通りに立ち並んでいる建物の一つ。【梟の社】という看板が掛かった店の目の前でクロエは立ち止まると、何も告げずにその入口の扉を開けて店内へと入っていく。
俺もクロエの後に続いて、その中に足を踏み入れる。
店内には俺たち二人の他に客はいないらしい。壁に沿って置かれている本棚には、沢山の分厚い書物が並べられており、その中の一冊を手に取って見ると本の表紙には【初級魔術書】と記されていた。
その本が入っていた棚には初心者向けというプレートが貼ってあり、その下には“これも理解できないようじゃ金の無駄”と書かれた小さなメモ書きがテープで張り付けられている。
どうやら客のレベルに合わせて商売をしてくれる親切な店らしい。わざわざこうして直球的な注意書を用意してくれている辺り、この店の店主の性格の良さが伺えた。
しかし・・・・・・先程ここへ来る前に通りに並んでいた他の店と比べて、客のいない閑古鳥が鳴いているこの現状を見ると、その親切心は客の心にまでは伝わってはいないようだ。
店の奥には栗色の髪の若い外見の女性が一人だけ座っている。
机の上に片肘を立ててた状態で、店内に入ってきた俺たちには見向きもせずに気だるそうに手元にある本のページを眺めていた。
(何だか雰囲気がクロエと似ている気がするな)
見た目の印象としては・・・・・・そんなところだろう。
その顔色は悪く、目の下には薄い隈が出来ている。見るからに不健康そうだ。
服の上からは白衣を羽織っており、その所々にシワが寄っている。
クロエはその女性が座っていた机の前で立ち止まると、頭まで被っていたフードを外して素顔を晒した。
「おい、ナイラ。こっちを見ろ」
クロエからナイラと呼ばれたその女性は、面倒くさそうに視線だけを俺たちにへと向ける。
すると・・・・・・最初は徹夜明けのような濁った目をしていたのだが、徐々にその両目に光が宿っていき――――そして、
「クロエ・・・・・・まさかクロエ・クロベール?あなた今までどこで何やってたの!」
そう大声で叫ぶと同時に、座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。
その拍子に机の上に置かれていた物が振動でいくつか床へと落下したが、彼女にそれを気にした様子は見受けられない。
「やっとこっちを見たか。久しぶりだなナイラ。三十・・・・・・いや四十年ぶりくらいか。店の景気は相変わらずのようだな」
「全然姿を見せないものだから、引退したんだと勝手に思っていたわよ。全く・・・・・・連絡も寄越さないでいたなんて、ほんと信じらんない!」
「そう怒るな。久しぶりの再会で言いたい事も山程あるだろうが、今は急いでいてな。悪いがこのリストにある物を、早急に用意してくれないか」
クロエは落ち着いた様子で懐から一枚の紙を取り出すと、それを目の前にある机の上に置いた。
訝しげにその紙を手に取り、内容を確認するナイラさん。
そして・・・・・・ものの数秒で読み終えたのか、暫くの間クロエに対して何か言いたそうな顔を向けていたのだが、
「あーーーー、もうしょうがないわね!」
叫ぶように文句を言うと、クロエの置いた紙を手に持って店の奥へと消えていった。
残された俺たちがその場で並んで大人しく待っていると――――ナイラさんが野球ボールくらいの大きさの、黒くて丸い球体のような物を持って戻って来た。
「小僧、それを今すぐに魔道具の指輪の中に収納しろ」
「分かった」
俺はクロエから言われた通りに、指に嵌めた指輪の魔道具に刻まれた術式を作動させる。
瞬く間にその黒い球体が淡い光となって指輪の中に収納されると、クロエはナイラさんに向かって何処からか取り出した硬貨を数枚手渡した。
「すまないな、助かったよナイラ」
「連絡も寄こさないで、いきなり来るものだから驚いたわよ!・・・・・・それで?いつも連れているクロードのお弟子さんは?リセはどうしたの?」
ナイラさんは俺に向かって、“誰だこいつは?”とでも言いたげな、不躾な視線を投げ掛けてくる。
随分と遠慮のない・・・・・・分かりやすい人のようだ。俺としてはこうして直球で物事をハッキリと言ってくれる人の方が、接しやすくはあるのだが。
「どうも初めまして。流川悠人といいます」
俺はナイラさんに対して、簡単な自己紹介をする。すると横に立っていたクロエが俺の肩をポンポンと手で叩きながら、
「リセは別件で他所に出ている。それとこいつは私の新しい弟子だ。これからも時々、ここへ連れて来ることになると思うから、その時はよろしくしてやってくれ」
そのように俺のことを、ナイラさんに紹介した。
クロエのその言葉を聞いたナイラさんは、驚きを顕にして声を上げる。
「弟子!あの自堕落なあなたが弟子!リセの時だって私は大反対だったのに、また新しい子を?ここ最近全く姿を現わさないと思ったら、まさかそんな事になっていたなんて・・・・・・」
「いや?こいつを弟子に迎えたのは、ついさっきの事なんだが」
「ついさっきって・・・・・・まさかその子も今からアブネクトに連れて行くつもりなの?」
「その通りだが。何か問題でもあるのか?」
クロエは、“それがどうした”といった様子で、首を斜めに傾ける。
俺は目の前にいる二人の会話の内容が理解できなかったので、そのまま静観していることにした。
「この私が一緒について行くんだ。大丈夫だろ」
「そんな・・・・・・楽観的過ぎるわよ!あんな場所にそんな軽装備で向かうなんて、自殺行為だわ!」
「問題ないと言っているだろう?暫く見ない間に、随分と神経質になったものだな」
クロエは飄々とした口ぶりで、そのように言う。
どうやらこの二人はそれなりに親しい間柄らしい。話し方にお互い遠慮がなく言いたいことを言える、気心の知れた仲であるようだった。
「誰が神経質ですって!私はただありのままの事実を言っているだけじゃない!それとクロエ・・・・・・あなたちょっと不味いわよ。私の知り合いから聞いた話じゃ、ここ最近あなたが全く議会の招集に応じないから、現役員リストから除名処分を行ってはどうかって話が出ているみたい」
「ああ、リセから聞いたよ。・・・・・・それで?誰が言い出したのかは知っているのか?」
「ええ、モートリスっていう名前の魔法使い。ほら、確か管理局の情報統括部にいたお偉いさんの一人だったような・・・・・・」
「モートリス・・・・・・ああ、キルシュトファーの腰巾着か。あいつ確か、私のことを目の敵にしていたからなぁ」
クロエは得心がいった、という様子で大きく頷きながら両目を細めてニヤリと微笑む。
しかしその瞳だけは笑ってはおらず、隣で見ていた俺の目からはクロエの周囲に漂う空気の輪郭が陽炎の様に揺らいでいるかのように映った。
「ちょっとクロエ、あなた怒りで自分の魔力が外に漏れ出しているわよ。一旦落ち着きなさい。と に か く 、私から言える事は次に開催される議会の召集には必ず応じること。でないとあなた、本当にあそこをクビになっちゃうわよ」
「・・・・・・ッチ」
ナイラさんからの指摘を受けてクロエの周囲に漂っていた魔力と思しき、微かに見えていた蒸気のようなものが全て霧散する。それを確認したナイラさんが溜め息を吐きながら、クロエに対して更に話を続けようとしたその時、
カランカラン――――店の入口付近に取り付けられていた鈴の音が鳴り響き、開いた扉から一人の小さな少女が入ってきた。
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足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
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