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第一部 一章 始まりの物語~噴壊包輝世界編~
リセルシアの過去~前編~
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――――リセルシアの古い記憶――――
私の家は古くから続く、由緒正しい魔法使いの家系だった。
両親が優秀な魔法使いであり、私の姉も幼い頃からその才覚を発揮して周囲の人々に認められていた。
私自身はというと――――姉ほどの才覚は無かったが同年代の他の子と比較すると、それなりに優秀な方ではあったらしい。
クロードの家系は先祖代々伝わる固有魔法――――時間を操る魔法の扱いに長けていた。
父は【偉大なる魔法使い】の称号こそ持っていなかったが、【議会】と呼ばれる最高位の魔法使い達が集う会合のメンバーとして長い期間任期を勤めており、その存在が私にとっての憧れであり目標でもあった。
私がまだ幼い頃。屋敷にある父の書斎で古い魔導書を読み漁っているのを見られては、両親によく呆れられていたものだ。
姉は勉強もしていないのに、感覚だけで初めて挑戦する高難度魔法を次々と成功させる――――いわゆる天才肌の持ち主であった為、それに追いつこうとしていた当時の私は、常に必死で余裕が無かったのを覚えている。
「お姉ちゃんは、どうして何でも簡単に出来ちゃうの?」
「うーん、上手く説明はできないわ。こうブワーッとやって、ドカンッとやる感じ・・・・・・魔力の流れに身を任せるみたいな?」
課題に行き詰った私が姉に聞いても、返って来るのは参考にもならない答えばかり。
天才肌の姉には、人にものを教える才能は無かったようだ。
その頃、父は仕事が多忙な時期であり、とてもではないが私たち姉妹の面倒を見ている余裕は無かった。
父と過ごす日々の時間が次第に少なくなり、年頃の子供らしく寂しがっている私の気持ちを察した姉が、頻繁に屋敷の外にある街の方へと連れだしてくれたのを覚えている。
異世界の童話をモチーフにした芝居を一緒に観賞したり、表市場を散策しながら露店で売られているアクセサリーや等級の低い安物の魔道具を見て回ったり――――姉のお陰で私は父のいない寂しさを、少しは紛らわせることができていたのだ。
そんな日々が続いたある日の事。姉はある魔法使いから自分の弟子にならないかと誘いを受ける。その人物はマスターの称号を持っており、【議会】の中でも自分の派閥を率いる程の大物だった。
まさに渡りに船。普通の魔法使いであれば断る筈の無い、まさに千載一遇の機会に対して姉は、
「面倒なので嫌です。お帰り下さい」
屋敷にまで自ら出向いて来たその魔法使いに対して、正面から堂々とそう言ってのけた。
姉の返事を聞いたその魔法使いはその場で激昂するかと思いきや、ひどくおかしそうにクスクスと笑い出して――――、
「面白い子ね。成程・・・・・・この私の誘いを断るの。ふふっ、ますます弟子に欲しくなったわ」
何故か・・・・・・逆にとても気に入られたようであり、それからは頻繁に姉の元にその魔法使いは弟子の勧誘に訪れるようになった。
それが半年、一年・・・・・・やがてあっという間に五年の月日が経ち、その魔法使いの意地と執念に面倒がっていた姉も遂には、
「はぁ・・・・・・仕方ありませんね」
そう自ら白旗を掲げて、降伏を宣言した。
当時、私は十四歳で姉は二十二歳であり、体も精神も大人へと急速に成長していた頃である。
出立の日の前日の夜。就寝前に私が姉の部屋を訪れると、そこら中に散らばっていた服などの姉の私物が一切片付けられており、ベッドを除いた部屋の家具の全てが外にへと運び出されていた。
(ああ・・・・・・本当にいなくなっちゃうんだ)
その光景を視界に収めた私はようやく、姉が屋敷を出て行くという現実を実感する事ができた。
部屋に入って来た私に向かってベッドの上に腰を下ろした姉は「座りなさい」と、声を掛けると――――、
「リセったら、あなたまさか泣いているの?・・・・・・もう、しょうがない子ね」
そう言いながら姉は隣に座った私の肩を引き寄せて、両腕で全身を優しく抱きしめる。
喋ることも出来ずに一晩中姉に抱きしめられていた私は、自分がどれだけ姉の存在に依存し、そして救われていたのかをその時悟ったのだった。
姉がクロードの屋敷を去ってから、更に三年の月日が流れた。
その日もいつもと変わらず、私は屋敷の自室に籠りながら寝る間も惜しんで魔道具の研究に明け暮れていた。
魔法の構成と術式を魔道具へと刻み込み、その能力を引き上げる――――簡単に言うがこれが中々難しいもので、特に一級品の魔道具を作成するとなると知識だけではなく職人の持っている本来のセンスが要求される。
運の良いことに私にはその才能があり、日々こうして魔道具を扱っているうちに、いつしか将来的には自分の店を持ちたいという考えが芽生えるまでに至った。
姉のようになれなくても、私は私であればいい。
そのような思いで日々を過ごしていたのだが――――、
突然ノックもなしに、私の部屋の入口の扉が勢いよく開かれる。
幼い――――一人の黒髪の少女がそこに立っていた。
「お前がリセルシア・レイティナ・クロードか?」
その少女は部屋に入ってくるなり、私に対してそう尋ねる。
外見からは想像できない程に強く、目に見えない力とでも言い表せば良いのだろうか――――そのような気迫を間近で肌に感じた私は、すぐさま姿勢を正して目の前の少女の質問に答えを返す。
「はい、私がリセルシア・レイティナ・クロードです。失礼ですが貴方は?」
「クロエ・クロベール。これでも一応、マスターの称号を持っている魔法使いなんだが・・・・・・知っているか?」
クロエ・クロベール。
【常闇の天眼】の二つ名を持つ、数少ない最強の魔法使いの一人と目される程の人物だ。
父の所属している【議会】にも当然、メンバーとして名を連ねているし、その発言力と影響力は相当なものであると聞いたことがある。
そんな大物が目の前にいる状況に、私は慌てて自身の服装を整えながら座っていた椅子から立ち上がった。
「失礼致しました、マスター・クロベール!お名前は兼ねてより父から伺っておりましたが、こうして直接お会いするのは初めての事でして」
「あー、ちょっと待て。まずはそれ。その言葉使いをやめてくれないか。聞いていると身体中がむず痒くなってしょうがない」
「そう言われましても・・・・・・」
「私が良いと言ってるんだ。それに今この部屋の中には私とお前の二人以外、他に誰もいないしな。マスターという敬称も付けなくていい。私のことはクロエと、そのまま呼び捨てにして接してくれ」
マスター・クロベールは心底嫌そうな表情で私にそう告げる。
どうやら少し変わった方であるようだ。私が勝手に脳内で想像していた、マスターの称号を冠する魔法使いの印象とはだいぶ違う。
「でも・・・・・・いえ、わかりました。ではこれからは貴方の事をクロエと呼ばせて貰います。これで良いですか?」
「うむ、随分と物分かりの良い・・・・・・事前に聞いていた通りの素直な子だな。それでだ、リセルシア。今日私がこうしてここへ来たのはな、お前を弟子に迎え入れる為なんだよ」
クロエは私の顔を覗き込むようにして、目と鼻の先の位置まで近付いて来る。
お互いの顔と顔とが、もう少しで触れ合うかと思われる程の距離で見えたものは、クロエの瞳の中に鏡のように写り込んだ私自身の顔だった。
「弟子に・・・・・・この私をですか?でも、私はクロエの弟子にしてもらえるほど、優秀な魔法使いではありませんよ」
「リセルシア。お前が優秀か、又はそうではないのかなど、私にとっては関係ない。ここへ来たのは、お前の姉から頼まれたからという理由もあるにはあるが――――それ以上に単純に私が、お前に対して興味を抱いたからだ」
そしてクロエは私に対して未来の――――これからの私の人生に関わる重大な選択を迫る。
「何でも否定から入るな。お前が優れた魔法使いではないと誰が決めた?お前自身だろう。選べ、このままこの屋敷の中でその才能を燻らせるのか。または、この私と共にまだ見ぬ新たな世界へと旅立つのかを」
「私は・・・・・・」
私はどうしたいのだろう?
このクロードの屋敷は、いつかは出て行かなければならない。
将来のことも具体的な計画は一切考えていないが、別に今すぐにそれを決めなければならない――――そんな理由なんて無いはずだった。
でもクロエは今すぐそれを――――この場で私自身の未来を選べと、そう言っている。
(そんなの・・・・・・私には選べないよ)
将来の夢。願望。
あるにはあるが・・・・・・私には実際にその夢を叶える、もしくは即座にそれを行動へと移す――――そんな・・・・・・そこまでの情熱が湧かなかった。
でも――――、
目の前にあるクロエから差し出されたその手を掴めば、私の見ている箱庭のような小さな世界に、どんな変化が訪れるんだろう。どのような景色が見えるんだろう。
そんな思いが私の弱気な建前の本心とは別に、胸の中で渦巻くようにして泳いで回る。しかしその感情は言葉となって、私の口から発せられる事は無かった。
何故なら、
「ええい面倒だ!おい、リセルシア!」
クロエが私の胸倉を掴み上げたのだ。
そして我慢ならないと、そういった様子で――――怒鳴りつけるようにして、私に向かって大声で告げる。
「いいから私と来い!お前に世界を見せてやる。数え切れないほどの――――見たこともない神秘に満ち溢れた世界をな。お前の心の中がまだ、しっかりと形になっていないのは良く分かった。ならばそれを――――心からお前が望んでいる、夢や希望で埋めてやれば良い。それを見つける手伝いを、私がしてやる」
「........はい」
私はまるで締め付けられたかのような小声で、一言だけ呟くように返事をした。
そしてクロエは呆然としてその場に立っていた私の腕を手に取ると、部屋の中の荷物をすぐさま纏めあげ、そのまま自分の所有する遠く遠く離れた異世界の隠れ家へ――――外の世界へと私を連れ出してくれたのだ。
それからは――――それからの日々は、あっという間に過ぎ去っていった。
毎日が新たな発見と驚きの連続ばかり。
クロエと共に二人でに旅をした、数多くの不思議な世界。
初めて目にする景色や生き物。聞いたことも無い現象や法則。平和そのものを体現したかのように、美しく豊かな緑溢れる世界。
そしてそれとは対極の――――醜い欲望と思念がぶつかり合う、争いの絶えない世界まで。
それらの世界を渡り歩きながら実際に見て聞いて、そして感じた経験の全てが私の中のあやふやな――――形を持っていない心の中を、徐々に満たしてくれたのだ。
クロエと旅を始めて数年後、私たち二人はとある世界にある惑星の一つ――――地球と呼ばれる星を訪れていた。
そこはこれまで見てきた他の世界と比べると、私にとっては酷く退屈な場所でしかなかった。
でも――――、
「古い友人から譲り受けた店なんだが。どうだ?私の変わりにそこを使って自分の店を開いてみないか」
クロエからその提案を聞かされた私は、二つ返事で承諾することにした。
骨董屋【夜香の城】。世界の裏側に影のように隠れ潜みながら存在する――――そんな場所。
所有者であるクロエからは、店と一緒に地球を含むこの世界――――【アースクレフ】の管理権も譲り受けた。
これから先、私が魔法使いとして生きていくなら、いずれかは自分の管理する世界を担当しなければならない。
ならばこの機会に――――私はそう考え、自分自身で結論を出したのだ。
クロエに店の権利を譲った魔法使いが連れてきた右肩上がり男爵とは、その頃に初めて出会うことになる。
私はクロエと男爵の二人の助けを借りながら、長年放置されてきた【夜香の城】を再び魔道具を売り買いする店として開き、経営を再開した。
元々サボり癖があったクロエはともかく、優れた金工技術や魔道具に関する詳しい知識を持った男爵にはとても助けられたのを覚えている。
そうして私が【夜香の城】の正式な主となり、店の経営が軌道に乗りだしてから丁度一年が経過したある日のこと。
店で使う生活用品の買出しの為、日本のとある街へと訪れていた私は偶然――――彼に出会ったのだった。
私の家は古くから続く、由緒正しい魔法使いの家系だった。
両親が優秀な魔法使いであり、私の姉も幼い頃からその才覚を発揮して周囲の人々に認められていた。
私自身はというと――――姉ほどの才覚は無かったが同年代の他の子と比較すると、それなりに優秀な方ではあったらしい。
クロードの家系は先祖代々伝わる固有魔法――――時間を操る魔法の扱いに長けていた。
父は【偉大なる魔法使い】の称号こそ持っていなかったが、【議会】と呼ばれる最高位の魔法使い達が集う会合のメンバーとして長い期間任期を勤めており、その存在が私にとっての憧れであり目標でもあった。
私がまだ幼い頃。屋敷にある父の書斎で古い魔導書を読み漁っているのを見られては、両親によく呆れられていたものだ。
姉は勉強もしていないのに、感覚だけで初めて挑戦する高難度魔法を次々と成功させる――――いわゆる天才肌の持ち主であった為、それに追いつこうとしていた当時の私は、常に必死で余裕が無かったのを覚えている。
「お姉ちゃんは、どうして何でも簡単に出来ちゃうの?」
「うーん、上手く説明はできないわ。こうブワーッとやって、ドカンッとやる感じ・・・・・・魔力の流れに身を任せるみたいな?」
課題に行き詰った私が姉に聞いても、返って来るのは参考にもならない答えばかり。
天才肌の姉には、人にものを教える才能は無かったようだ。
その頃、父は仕事が多忙な時期であり、とてもではないが私たち姉妹の面倒を見ている余裕は無かった。
父と過ごす日々の時間が次第に少なくなり、年頃の子供らしく寂しがっている私の気持ちを察した姉が、頻繁に屋敷の外にある街の方へと連れだしてくれたのを覚えている。
異世界の童話をモチーフにした芝居を一緒に観賞したり、表市場を散策しながら露店で売られているアクセサリーや等級の低い安物の魔道具を見て回ったり――――姉のお陰で私は父のいない寂しさを、少しは紛らわせることができていたのだ。
そんな日々が続いたある日の事。姉はある魔法使いから自分の弟子にならないかと誘いを受ける。その人物はマスターの称号を持っており、【議会】の中でも自分の派閥を率いる程の大物だった。
まさに渡りに船。普通の魔法使いであれば断る筈の無い、まさに千載一遇の機会に対して姉は、
「面倒なので嫌です。お帰り下さい」
屋敷にまで自ら出向いて来たその魔法使いに対して、正面から堂々とそう言ってのけた。
姉の返事を聞いたその魔法使いはその場で激昂するかと思いきや、ひどくおかしそうにクスクスと笑い出して――――、
「面白い子ね。成程・・・・・・この私の誘いを断るの。ふふっ、ますます弟子に欲しくなったわ」
何故か・・・・・・逆にとても気に入られたようであり、それからは頻繁に姉の元にその魔法使いは弟子の勧誘に訪れるようになった。
それが半年、一年・・・・・・やがてあっという間に五年の月日が経ち、その魔法使いの意地と執念に面倒がっていた姉も遂には、
「はぁ・・・・・・仕方ありませんね」
そう自ら白旗を掲げて、降伏を宣言した。
当時、私は十四歳で姉は二十二歳であり、体も精神も大人へと急速に成長していた頃である。
出立の日の前日の夜。就寝前に私が姉の部屋を訪れると、そこら中に散らばっていた服などの姉の私物が一切片付けられており、ベッドを除いた部屋の家具の全てが外にへと運び出されていた。
(ああ・・・・・・本当にいなくなっちゃうんだ)
その光景を視界に収めた私はようやく、姉が屋敷を出て行くという現実を実感する事ができた。
部屋に入って来た私に向かってベッドの上に腰を下ろした姉は「座りなさい」と、声を掛けると――――、
「リセったら、あなたまさか泣いているの?・・・・・・もう、しょうがない子ね」
そう言いながら姉は隣に座った私の肩を引き寄せて、両腕で全身を優しく抱きしめる。
喋ることも出来ずに一晩中姉に抱きしめられていた私は、自分がどれだけ姉の存在に依存し、そして救われていたのかをその時悟ったのだった。
姉がクロードの屋敷を去ってから、更に三年の月日が流れた。
その日もいつもと変わらず、私は屋敷の自室に籠りながら寝る間も惜しんで魔道具の研究に明け暮れていた。
魔法の構成と術式を魔道具へと刻み込み、その能力を引き上げる――――簡単に言うがこれが中々難しいもので、特に一級品の魔道具を作成するとなると知識だけではなく職人の持っている本来のセンスが要求される。
運の良いことに私にはその才能があり、日々こうして魔道具を扱っているうちに、いつしか将来的には自分の店を持ちたいという考えが芽生えるまでに至った。
姉のようになれなくても、私は私であればいい。
そのような思いで日々を過ごしていたのだが――――、
突然ノックもなしに、私の部屋の入口の扉が勢いよく開かれる。
幼い――――一人の黒髪の少女がそこに立っていた。
「お前がリセルシア・レイティナ・クロードか?」
その少女は部屋に入ってくるなり、私に対してそう尋ねる。
外見からは想像できない程に強く、目に見えない力とでも言い表せば良いのだろうか――――そのような気迫を間近で肌に感じた私は、すぐさま姿勢を正して目の前の少女の質問に答えを返す。
「はい、私がリセルシア・レイティナ・クロードです。失礼ですが貴方は?」
「クロエ・クロベール。これでも一応、マスターの称号を持っている魔法使いなんだが・・・・・・知っているか?」
クロエ・クロベール。
【常闇の天眼】の二つ名を持つ、数少ない最強の魔法使いの一人と目される程の人物だ。
父の所属している【議会】にも当然、メンバーとして名を連ねているし、その発言力と影響力は相当なものであると聞いたことがある。
そんな大物が目の前にいる状況に、私は慌てて自身の服装を整えながら座っていた椅子から立ち上がった。
「失礼致しました、マスター・クロベール!お名前は兼ねてより父から伺っておりましたが、こうして直接お会いするのは初めての事でして」
「あー、ちょっと待て。まずはそれ。その言葉使いをやめてくれないか。聞いていると身体中がむず痒くなってしょうがない」
「そう言われましても・・・・・・」
「私が良いと言ってるんだ。それに今この部屋の中には私とお前の二人以外、他に誰もいないしな。マスターという敬称も付けなくていい。私のことはクロエと、そのまま呼び捨てにして接してくれ」
マスター・クロベールは心底嫌そうな表情で私にそう告げる。
どうやら少し変わった方であるようだ。私が勝手に脳内で想像していた、マスターの称号を冠する魔法使いの印象とはだいぶ違う。
「でも・・・・・・いえ、わかりました。ではこれからは貴方の事をクロエと呼ばせて貰います。これで良いですか?」
「うむ、随分と物分かりの良い・・・・・・事前に聞いていた通りの素直な子だな。それでだ、リセルシア。今日私がこうしてここへ来たのはな、お前を弟子に迎え入れる為なんだよ」
クロエは私の顔を覗き込むようにして、目と鼻の先の位置まで近付いて来る。
お互いの顔と顔とが、もう少しで触れ合うかと思われる程の距離で見えたものは、クロエの瞳の中に鏡のように写り込んだ私自身の顔だった。
「弟子に・・・・・・この私をですか?でも、私はクロエの弟子にしてもらえるほど、優秀な魔法使いではありませんよ」
「リセルシア。お前が優秀か、又はそうではないのかなど、私にとっては関係ない。ここへ来たのは、お前の姉から頼まれたからという理由もあるにはあるが――――それ以上に単純に私が、お前に対して興味を抱いたからだ」
そしてクロエは私に対して未来の――――これからの私の人生に関わる重大な選択を迫る。
「何でも否定から入るな。お前が優れた魔法使いではないと誰が決めた?お前自身だろう。選べ、このままこの屋敷の中でその才能を燻らせるのか。または、この私と共にまだ見ぬ新たな世界へと旅立つのかを」
「私は・・・・・・」
私はどうしたいのだろう?
このクロードの屋敷は、いつかは出て行かなければならない。
将来のことも具体的な計画は一切考えていないが、別に今すぐにそれを決めなければならない――――そんな理由なんて無いはずだった。
でもクロエは今すぐそれを――――この場で私自身の未来を選べと、そう言っている。
(そんなの・・・・・・私には選べないよ)
将来の夢。願望。
あるにはあるが・・・・・・私には実際にその夢を叶える、もしくは即座にそれを行動へと移す――――そんな・・・・・・そこまでの情熱が湧かなかった。
でも――――、
目の前にあるクロエから差し出されたその手を掴めば、私の見ている箱庭のような小さな世界に、どんな変化が訪れるんだろう。どのような景色が見えるんだろう。
そんな思いが私の弱気な建前の本心とは別に、胸の中で渦巻くようにして泳いで回る。しかしその感情は言葉となって、私の口から発せられる事は無かった。
何故なら、
「ええい面倒だ!おい、リセルシア!」
クロエが私の胸倉を掴み上げたのだ。
そして我慢ならないと、そういった様子で――――怒鳴りつけるようにして、私に向かって大声で告げる。
「いいから私と来い!お前に世界を見せてやる。数え切れないほどの――――見たこともない神秘に満ち溢れた世界をな。お前の心の中がまだ、しっかりと形になっていないのは良く分かった。ならばそれを――――心からお前が望んでいる、夢や希望で埋めてやれば良い。それを見つける手伝いを、私がしてやる」
「........はい」
私はまるで締め付けられたかのような小声で、一言だけ呟くように返事をした。
そしてクロエは呆然としてその場に立っていた私の腕を手に取ると、部屋の中の荷物をすぐさま纏めあげ、そのまま自分の所有する遠く遠く離れた異世界の隠れ家へ――――外の世界へと私を連れ出してくれたのだ。
それからは――――それからの日々は、あっという間に過ぎ去っていった。
毎日が新たな発見と驚きの連続ばかり。
クロエと共に二人でに旅をした、数多くの不思議な世界。
初めて目にする景色や生き物。聞いたことも無い現象や法則。平和そのものを体現したかのように、美しく豊かな緑溢れる世界。
そしてそれとは対極の――――醜い欲望と思念がぶつかり合う、争いの絶えない世界まで。
それらの世界を渡り歩きながら実際に見て聞いて、そして感じた経験の全てが私の中のあやふやな――――形を持っていない心の中を、徐々に満たしてくれたのだ。
クロエと旅を始めて数年後、私たち二人はとある世界にある惑星の一つ――――地球と呼ばれる星を訪れていた。
そこはこれまで見てきた他の世界と比べると、私にとっては酷く退屈な場所でしかなかった。
でも――――、
「古い友人から譲り受けた店なんだが。どうだ?私の変わりにそこを使って自分の店を開いてみないか」
クロエからその提案を聞かされた私は、二つ返事で承諾することにした。
骨董屋【夜香の城】。世界の裏側に影のように隠れ潜みながら存在する――――そんな場所。
所有者であるクロエからは、店と一緒に地球を含むこの世界――――【アースクレフ】の管理権も譲り受けた。
これから先、私が魔法使いとして生きていくなら、いずれかは自分の管理する世界を担当しなければならない。
ならばこの機会に――――私はそう考え、自分自身で結論を出したのだ。
クロエに店の権利を譲った魔法使いが連れてきた右肩上がり男爵とは、その頃に初めて出会うことになる。
私はクロエと男爵の二人の助けを借りながら、長年放置されてきた【夜香の城】を再び魔道具を売り買いする店として開き、経営を再開した。
元々サボり癖があったクロエはともかく、優れた金工技術や魔道具に関する詳しい知識を持った男爵にはとても助けられたのを覚えている。
そうして私が【夜香の城】の正式な主となり、店の経営が軌道に乗りだしてから丁度一年が経過したある日のこと。
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