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第一部 一章 始まりの物語~噴壊包輝世界編~
目録と予兆
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俺はクロエから受け取った辞書のように分厚い目録のページをめくって、その内容に目を通してみる。
魔道具の名称と、その効果。そして使用方法が辞書のように細かく記載されており、それらの文字全てが驚いたことに手書きだった。
古い物から順に付箋で年代別に仕分けられており、一番最古の物で今から約八十五億年前――――地球という惑星の、その原型が形作られるより遥か昔。【アイドブルフ】という世界で発見された、魔道具について記されている。
【残影の錫杖】――――杖に刻まれた術式を作動させることで、ある一定の範囲内における、漂う人々の記憶の残滓を幻影として投影することが出来る魔道具である。魔還歴百三十六億年。当時の【アイドブルフ】担当管であるオルクト・ノーフェラスが、現地調査中に偶然発見した木の幹から製作された。杖の製作者であるモルディー・クランツの話によれば、素材として使われた木材には何らかの強い意思が宿っていたらしい。それは高慢で我が儘であり、実に気難しい性格なのだそうだが、「杖が主と認めた使用者に対してのみ、真の力を貸し与えるだろう」と、クランツ自らが執筆した【魔道総集百科事典】に書き残している。別名【靡かない者】。力無い者にとっては只の杖でしかない為、その等級は正確には定められておらず、術式の発動時に消費される必要魔力量の数値から鑑みて――――
ひとまず読んではみたが・・・・・・専門的な言葉が多すぎて、あまり深くは理解出来なかった。ていうか今から八十五億年前って。どれだけ古い物なんだ?正直想像もつかない。
それから俺はカウンターの椅子に座りながら、のんびりと無作為に目録のページを捲っていたのだが――――どれくらい時間が経ったのだろうか。店の入口の扉が開くと同時に、室内へと駆け込むかのようにして、リセが入って来た。
外出用のコートを羽織っており、それを脱ぎながら、こちらへと歩いて来るリセの身体には、所々に小さな葉っぱが付いている。
「ただいま戻りました、悠人さん!」
「おかえり、いつもより少し遅かったね。何かあったの?」
「ええ、私の管轄区域内でちょっと問題がありまして。そういえば悠人さん、クロエは今何処に?」
「これを置いて二階へ行ったよ。ついさっきこの店に客が来て、棚に置いてあった魔道具を購入していったところなんだけど」
俺はリセに対して、右手に持っていた分厚い目録を掲げて見せる。
リセは「ああ、今日来られたんですか!」と、得心がいったという様子で呟きながら、自分の人差し指を立てて、それを目録に向けた。
すると手も触れていないのにパラパラと、本のページが勝手に送られていき、ある場所でピタリと止まる。
そのページに目を通したリセが軽く頷きながら、腕を薙ぎ払うような仕草を行うと、今まさに開いているページの紙が破けて宙に浮かび上がった。
「悠人さん、そこの壁際にある窓を開けてもらってもいいですか」
「ああ、これでいいかな?」
俺は言われた通り壁際にある――――古い蝶番が取り付けられたガラス窓を開ける。
宙に漂うようにして浮かび上がったページの紙は、そのまま独りでに空中で折り畳まれていき、蝶の様な姿を形どると、そのまま俺が開けた窓から真っ暗な外の闇の中へと飛び去って行った。
それを見届けたリセは、一仕事終えたといった様子で先程までクロエが座っていた、カウンターの手前にある椅子へと腰かける。
「ありがとうごさいました、悠人さん。それで・・・・・・私の留守中、クロエはちゃんと店番をしてくれていましたか?」
「それに関しては問題ないよ。それより大丈夫か?随分とその・・・・・・疲れているみたいだけど」
「大丈夫ですよ。今日は普段よりも遠くの区域へ見回りに出掛けていたので。少し休めば回復します」
「ならいいんだ。それと・・・・・・さっき窓から外に向かって飛んでいったあの紙は、いったい何処へ行ったんだ?」
「先程この店で購入された魔道具の情報を、外部の然るべき場所に送ったんです。私たち魔法使いが魔道具を売り買いした際、そのようにするのが昔からの決まりとなっていまして」
リセの話によると、特別な力が秘められた魔道具が犯罪に使用される――――といったケースは少なく無いらしい。
その対策の一環として、魔法使いの世界に存在する役所のような場所に、購入された魔道具の情報を提出しているのだそうだ。
被害の拡大を防ぐという意味では、効果的であると思うが――――犯罪者によっては、非合法の闇市場で取引する者もいるらしく、完全な問題解決には至っていない。
「まぁうちでは、しっかりと取引するお客様は選んでますけどね」――――そう言いながら、リセは俺の目の前に一封の茶色い封筒を差し出す。
「これは?」
「お給料です。今日で悠人さんが働き始めて、一週間経ちましたので。丁度良いタイミングかと思い、こちらで勝手にご用意させて頂きました。私の感覚で適当に入れてあるので、一度、中身を確認してみてください」
どうやらこれは、リセの善意で用意してくれたものらしい。
月払いでも全然問題は無かったのだが、俺はそれを有難く受け取ると、封を開いて中身を覗いてみる。
中に入っていたのは、全て見慣れた日本円の紙幣であり、その数は――――、
「にぃ、しぃ、ろぉ・・・・・・十枚か。・・・・・・って多過ぎるわ!」
全部で十枚。それだけでも多過ぎるのだが・・・・・・なんとその全てが万札だった。
十万円――――たった一週間、働いただけでこの給料である。
想像を超える金額に、俺は叫ばずにはいられなかった。
「すみません。やっぱり少なかったですよね?」
「逆だわ!これじゃあいくら何でも多すぎる。二枚・・・・・・いや一枚でも良いくらいだ」
実際、俺は大した仕事はしていない。一週間、客の来ない店でクロエと遊んでいただけである。
「こんなに貰える程の仕事はしていないし。リセ、悪いけどこれは受け取れない」
「それは違います!この金額は悠人さんの仕事の内容に対して、オーナーである私が正当に評価して決めたものなんです。なのでお店側としては全然問題ありません。受け取って貰えますか?」
と、言われてもなぁ・・・・・・。
リセに対して俺が返答を渋っていると――――
「受け取ってやれ小僧」
その時クロエが二階から、丁度良いタイミングで降りて来た。
片手に携帯ゲーム機を持っており、欠伸を噛み殺しながらやって来る様子はまるで引きこもりのようである。
まあ本当に引きこもりであるわけなのだが。
「いやいやいや、いくら何でもこの額は・・・・・・」
「ぐだぐだ言うな!リセの奴が問題ないと言っているんだ。何も言わずに受け取るのが、礼儀というものだろう。それともお前は折角の人の好意を、無下にするような薄情な奴なのか?」
随分と、また断りにくい事を。
そうまで言われた俺には、もうそれ以上、反論する気力が沸かなかった。
封筒をポケットへと入れた俺を、満足そうに見下ろしながら、手摺を伝って階段を降りて来たクロエは、リセの恰好を一目見ると、
「・・・・・・酷い恰好だな。何があった?」
と、短く声を掛けた。
よく見てみると――――リセの着ている服のあちこちには、千切れた葉っぱの他にも小さなゴミが幾つか付いていた。スカートの裾には、跳ねて付着したのか、乾いた土や砂の汚れが細かく付いており、まるで雨上がりの水溜まりの上を、大急ぎで通り抜けてきたかと思われるような酷い汚れ方をしている。
「実は最近、担当区域にある境界の裂け目が大きくなってきているんです。以前塞いだ場所なので、多少であれば問題ないかと考えていたのですが・・・・・・」
「何処だ?」
「確かこの世界と隣接している・・・・・・名前までは思い出せませんけど、かなり若い魔法使いの方が管理されている世界だったような・・・・・・」
傍から聞いていても、何のことを話しているのか全く理解できなかった為、俺は二人の邪魔にならないように、別れの挨拶を告げてから、そのまま入口の扉を開いて自分の家へと帰って行った。
最後に【夜香の城】を出る直前。
後ろを振り向くと、二人はまだお互いに真剣な様子で話合っていた。
その時のクロエの表情がいつもと違い、本心から苛立ちを含んだものであるように思えて――――、
俺は言いようのない不安を、心の内で抱きながら、ゆっくりと静かに扉を閉めた。
*****
次の日の朝。俺がいつも通り【夜香の城】の扉を開けて店内に入ると――――クロエが何やらニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺に向けて意味ありげな視線を送ってくる。
クロエが目線のみで指し示した方向を見てみると、黒いワンピースの服に身に身を包んだリセが恥ずかしそうな表情で笑顔を浮かべながら立っていた。
透き通るように白い肌と艶やかな長い髪に、ワンピースの黒の色彩が見事に合っている。
両腕を後ろで組みながら俺の正面に立ち、こちら側へと宝石のようなグリーンの瞳を向けるリセの姿は、とても綺麗で、いつまで見ていても飽きることは無さそうだ。
「どうだ小僧。私のセンスも中々のものだろう?」
「ああ・・・・・・それでこれは、一体どういう事なんだ?」
俺は内心、クロエに対して親指を立てながら素直に賞賛を送る。
しかしそれとは別に、何故リセが普段と違う格好の服を身に着けているのか疑問に思っていると、
「今日は私が一人で店番をしておくから、今からリセと二人で、何処かに遊びに行ってこい。ああ・・・・・・それと小僧は少々、使いを頼まれてくれるか。金の方は帰ってきたら渡すから。それでは、よろしく頼むぞ」
そんなことを言いながらクロエは俺に一枚、くしゃくしゃのチラシを渡してくる。
チラシには今日の日付と一緒に、ゲームのソフトに関する広告が載せられており、右端にマジックで“忘れたら殺す”などと物騒な言葉がフニャフニャの文字で書かれていた。
リセは俺がクロエからチラシを受け取ったのを見ると、見惚れるような笑みを顔に浮かべて、自分の右手を差し出してくる。
「それではエスコートをお願いしますね、悠人さん」
「ちょっと待ってくれ!いくら何でもこれは急すぎだろ!」
「小僧、男ならぐだぐだ言うな。さっさと行け」
俺の言葉を遮って、クロエが面倒くさそうな様子で腕を振る。
その隣にはいつの間にか右肩下がり男爵が立っていて、こちらに向けて深々と一礼をしていた。
「お店は大丈夫ですよ悠人さん。それでは時間も限られていますし、そろろろ出かけましょうか!」
リセは強引に俺の手を取ると、そのまま入り口へと向かい扉を開ける。
リセに引かれるようにして、【夜香の城】の入口の扉から出て行く俺の背中に後ろから、クロエがからかうような調子で声を掛けた。
「楽しんでこい・・・・・・若人ども」
魔道具の名称と、その効果。そして使用方法が辞書のように細かく記載されており、それらの文字全てが驚いたことに手書きだった。
古い物から順に付箋で年代別に仕分けられており、一番最古の物で今から約八十五億年前――――地球という惑星の、その原型が形作られるより遥か昔。【アイドブルフ】という世界で発見された、魔道具について記されている。
【残影の錫杖】――――杖に刻まれた術式を作動させることで、ある一定の範囲内における、漂う人々の記憶の残滓を幻影として投影することが出来る魔道具である。魔還歴百三十六億年。当時の【アイドブルフ】担当管であるオルクト・ノーフェラスが、現地調査中に偶然発見した木の幹から製作された。杖の製作者であるモルディー・クランツの話によれば、素材として使われた木材には何らかの強い意思が宿っていたらしい。それは高慢で我が儘であり、実に気難しい性格なのだそうだが、「杖が主と認めた使用者に対してのみ、真の力を貸し与えるだろう」と、クランツ自らが執筆した【魔道総集百科事典】に書き残している。別名【靡かない者】。力無い者にとっては只の杖でしかない為、その等級は正確には定められておらず、術式の発動時に消費される必要魔力量の数値から鑑みて――――
ひとまず読んではみたが・・・・・・専門的な言葉が多すぎて、あまり深くは理解出来なかった。ていうか今から八十五億年前って。どれだけ古い物なんだ?正直想像もつかない。
それから俺はカウンターの椅子に座りながら、のんびりと無作為に目録のページを捲っていたのだが――――どれくらい時間が経ったのだろうか。店の入口の扉が開くと同時に、室内へと駆け込むかのようにして、リセが入って来た。
外出用のコートを羽織っており、それを脱ぎながら、こちらへと歩いて来るリセの身体には、所々に小さな葉っぱが付いている。
「ただいま戻りました、悠人さん!」
「おかえり、いつもより少し遅かったね。何かあったの?」
「ええ、私の管轄区域内でちょっと問題がありまして。そういえば悠人さん、クロエは今何処に?」
「これを置いて二階へ行ったよ。ついさっきこの店に客が来て、棚に置いてあった魔道具を購入していったところなんだけど」
俺はリセに対して、右手に持っていた分厚い目録を掲げて見せる。
リセは「ああ、今日来られたんですか!」と、得心がいったという様子で呟きながら、自分の人差し指を立てて、それを目録に向けた。
すると手も触れていないのにパラパラと、本のページが勝手に送られていき、ある場所でピタリと止まる。
そのページに目を通したリセが軽く頷きながら、腕を薙ぎ払うような仕草を行うと、今まさに開いているページの紙が破けて宙に浮かび上がった。
「悠人さん、そこの壁際にある窓を開けてもらってもいいですか」
「ああ、これでいいかな?」
俺は言われた通り壁際にある――――古い蝶番が取り付けられたガラス窓を開ける。
宙に漂うようにして浮かび上がったページの紙は、そのまま独りでに空中で折り畳まれていき、蝶の様な姿を形どると、そのまま俺が開けた窓から真っ暗な外の闇の中へと飛び去って行った。
それを見届けたリセは、一仕事終えたといった様子で先程までクロエが座っていた、カウンターの手前にある椅子へと腰かける。
「ありがとうごさいました、悠人さん。それで・・・・・・私の留守中、クロエはちゃんと店番をしてくれていましたか?」
「それに関しては問題ないよ。それより大丈夫か?随分とその・・・・・・疲れているみたいだけど」
「大丈夫ですよ。今日は普段よりも遠くの区域へ見回りに出掛けていたので。少し休めば回復します」
「ならいいんだ。それと・・・・・・さっき窓から外に向かって飛んでいったあの紙は、いったい何処へ行ったんだ?」
「先程この店で購入された魔道具の情報を、外部の然るべき場所に送ったんです。私たち魔法使いが魔道具を売り買いした際、そのようにするのが昔からの決まりとなっていまして」
リセの話によると、特別な力が秘められた魔道具が犯罪に使用される――――といったケースは少なく無いらしい。
その対策の一環として、魔法使いの世界に存在する役所のような場所に、購入された魔道具の情報を提出しているのだそうだ。
被害の拡大を防ぐという意味では、効果的であると思うが――――犯罪者によっては、非合法の闇市場で取引する者もいるらしく、完全な問題解決には至っていない。
「まぁうちでは、しっかりと取引するお客様は選んでますけどね」――――そう言いながら、リセは俺の目の前に一封の茶色い封筒を差し出す。
「これは?」
「お給料です。今日で悠人さんが働き始めて、一週間経ちましたので。丁度良いタイミングかと思い、こちらで勝手にご用意させて頂きました。私の感覚で適当に入れてあるので、一度、中身を確認してみてください」
どうやらこれは、リセの善意で用意してくれたものらしい。
月払いでも全然問題は無かったのだが、俺はそれを有難く受け取ると、封を開いて中身を覗いてみる。
中に入っていたのは、全て見慣れた日本円の紙幣であり、その数は――――、
「にぃ、しぃ、ろぉ・・・・・・十枚か。・・・・・・って多過ぎるわ!」
全部で十枚。それだけでも多過ぎるのだが・・・・・・なんとその全てが万札だった。
十万円――――たった一週間、働いただけでこの給料である。
想像を超える金額に、俺は叫ばずにはいられなかった。
「すみません。やっぱり少なかったですよね?」
「逆だわ!これじゃあいくら何でも多すぎる。二枚・・・・・・いや一枚でも良いくらいだ」
実際、俺は大した仕事はしていない。一週間、客の来ない店でクロエと遊んでいただけである。
「こんなに貰える程の仕事はしていないし。リセ、悪いけどこれは受け取れない」
「それは違います!この金額は悠人さんの仕事の内容に対して、オーナーである私が正当に評価して決めたものなんです。なのでお店側としては全然問題ありません。受け取って貰えますか?」
と、言われてもなぁ・・・・・・。
リセに対して俺が返答を渋っていると――――
「受け取ってやれ小僧」
その時クロエが二階から、丁度良いタイミングで降りて来た。
片手に携帯ゲーム機を持っており、欠伸を噛み殺しながらやって来る様子はまるで引きこもりのようである。
まあ本当に引きこもりであるわけなのだが。
「いやいやいや、いくら何でもこの額は・・・・・・」
「ぐだぐだ言うな!リセの奴が問題ないと言っているんだ。何も言わずに受け取るのが、礼儀というものだろう。それともお前は折角の人の好意を、無下にするような薄情な奴なのか?」
随分と、また断りにくい事を。
そうまで言われた俺には、もうそれ以上、反論する気力が沸かなかった。
封筒をポケットへと入れた俺を、満足そうに見下ろしながら、手摺を伝って階段を降りて来たクロエは、リセの恰好を一目見ると、
「・・・・・・酷い恰好だな。何があった?」
と、短く声を掛けた。
よく見てみると――――リセの着ている服のあちこちには、千切れた葉っぱの他にも小さなゴミが幾つか付いていた。スカートの裾には、跳ねて付着したのか、乾いた土や砂の汚れが細かく付いており、まるで雨上がりの水溜まりの上を、大急ぎで通り抜けてきたかと思われるような酷い汚れ方をしている。
「実は最近、担当区域にある境界の裂け目が大きくなってきているんです。以前塞いだ場所なので、多少であれば問題ないかと考えていたのですが・・・・・・」
「何処だ?」
「確かこの世界と隣接している・・・・・・名前までは思い出せませんけど、かなり若い魔法使いの方が管理されている世界だったような・・・・・・」
傍から聞いていても、何のことを話しているのか全く理解できなかった為、俺は二人の邪魔にならないように、別れの挨拶を告げてから、そのまま入口の扉を開いて自分の家へと帰って行った。
最後に【夜香の城】を出る直前。
後ろを振り向くと、二人はまだお互いに真剣な様子で話合っていた。
その時のクロエの表情がいつもと違い、本心から苛立ちを含んだものであるように思えて――――、
俺は言いようのない不安を、心の内で抱きながら、ゆっくりと静かに扉を閉めた。
*****
次の日の朝。俺がいつも通り【夜香の城】の扉を開けて店内に入ると――――クロエが何やらニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺に向けて意味ありげな視線を送ってくる。
クロエが目線のみで指し示した方向を見てみると、黒いワンピースの服に身に身を包んだリセが恥ずかしそうな表情で笑顔を浮かべながら立っていた。
透き通るように白い肌と艶やかな長い髪に、ワンピースの黒の色彩が見事に合っている。
両腕を後ろで組みながら俺の正面に立ち、こちら側へと宝石のようなグリーンの瞳を向けるリセの姿は、とても綺麗で、いつまで見ていても飽きることは無さそうだ。
「どうだ小僧。私のセンスも中々のものだろう?」
「ああ・・・・・・それでこれは、一体どういう事なんだ?」
俺は内心、クロエに対して親指を立てながら素直に賞賛を送る。
しかしそれとは別に、何故リセが普段と違う格好の服を身に着けているのか疑問に思っていると、
「今日は私が一人で店番をしておくから、今からリセと二人で、何処かに遊びに行ってこい。ああ・・・・・・それと小僧は少々、使いを頼まれてくれるか。金の方は帰ってきたら渡すから。それでは、よろしく頼むぞ」
そんなことを言いながらクロエは俺に一枚、くしゃくしゃのチラシを渡してくる。
チラシには今日の日付と一緒に、ゲームのソフトに関する広告が載せられており、右端にマジックで“忘れたら殺す”などと物騒な言葉がフニャフニャの文字で書かれていた。
リセは俺がクロエからチラシを受け取ったのを見ると、見惚れるような笑みを顔に浮かべて、自分の右手を差し出してくる。
「それではエスコートをお願いしますね、悠人さん」
「ちょっと待ってくれ!いくら何でもこれは急すぎだろ!」
「小僧、男ならぐだぐだ言うな。さっさと行け」
俺の言葉を遮って、クロエが面倒くさそうな様子で腕を振る。
その隣にはいつの間にか右肩下がり男爵が立っていて、こちらに向けて深々と一礼をしていた。
「お店は大丈夫ですよ悠人さん。それでは時間も限られていますし、そろろろ出かけましょうか!」
リセは強引に俺の手を取ると、そのまま入り口へと向かい扉を開ける。
リセに引かれるようにして、【夜香の城】の入口の扉から出て行く俺の背中に後ろから、クロエがからかうような調子で声を掛けた。
「楽しんでこい・・・・・・若人ども」
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