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第一部 一章 始まりの物語~噴壊包輝世界編~
プロローグ2
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2020年――――地球という星にある国の一つ。日本の首都東
京。
都内に本社を構える、勤め先の営業所。その一室で、俺は目の前にあるノートパソコンへと向き合いながら、一心不乱に休みなく指先を動かし続けていた。
俺の名前は流川悠人。今年で29歳。彼女もおらず、特にこれといった趣味も持たない。いたって普通の、どこにでもいるサラリーマンだ。
唯一特徴というものがあるとすれば・・・・・・この年齢にそぐわない、比較的若く見える外見くらいのものだろうか?異性からは男性として誉められた事があまりない。顔つきは整った方ではあると自分では思っている。しかし如何せん、この歳になるまで俺は恋愛というものを経験したことがなかった。どこにでもいる、ごく普通の成人男性。それがこの俺、流川悠人を構成している情報の全てだった。
現在の時刻は既に、夜の23時を大きく過ぎている。
定時帰宅厳守と、大々的に大きく書かれたポスターが、仕事場の中央にある壁に貼ってあるにも拘らず、このありさまであった。
本来であればもう何時間も前に、自分の家へと帰宅できている筈なのだが――――想定外のトラブルというのは、常に目に見えない危険として付き纏う。要するに、一種の呪いのようなものだ。
言い訳をすれば――――俺が現在、仕事で抱えている案件に関して、緊急性の高い問題が発生してしまい、こうして時間外の残業をしているわけで。
たまにこういう時、ふと考えてしまうことがある。
「あれ、俺って何やってんだろう?」と。
あの時こうしておけば良かった、とか、そういった未来の行く末を決める重要な選択肢が、今まで俺が生きてきた短い人生の中に、幾度となく現れたが――――その選択肢とやらを間違えてしまった結果が、現在の俺の状況であると思う。
人生とは常に、自分自身の選択によって左右される。
それまで適当に生きてきた、代わり映えのしない日々が、二度と戻ることは無い大切な時間であると気づいた時。俺は後悔こそすれ、失った過去の時間が還ってくるわけでもなく・・・・・・・・今更どうしようも無い。
こんなネガティブな事ばかり考えていると、なんだか悲しくなってくるな・・・・・・・・。
最後の報告書を気合いで作成し終えた俺は、手元のパソコンの電源を落として、その場で大きく背伸びをする。
既に他の同僚は皆帰宅しており、こうして現在の時刻まで会社に残っているのは俺一人だけだった。
誰もいない部屋の中へと、立ち上がった拍子に鳴った、椅子のキャスター音がカラカラと虚しく響き渡る。
さてと、帰るとするか。
荷物をカバンに詰めて、帰り支度を短時間で終えると、俺は足早に会社の所有するビルの出口へと向かった。
仕事を終え、自分の家へと帰宅する。その時間が俺は一番好きだった。別に今勤めている会社に不満があるとか、そういう直情的な理由では無い。ただ意味もなく、無意識に気持ちが高まる。
余程の社畜でもなければ、誰もが普通はそうだろう。“家に帰れる”ということ。それ自体が喜びなのだ。
まあ俺の場合は自分の家に帰ったところで、それを温かく出迎えてくれるような家族や恋人がいるわけでもないのだが。
ビルの外に出た瞬間、肌を刺すような冷たい風が吹きつけ、視界を真っ白な――――都会では見慣れない景色が覆う。
雨とはまた違った、急激な気温の変化。
余程、作業に没頭していたせいか、全く気がつかなかったのだが、どうやら数時間前から雪が降っていたらしい。
見渡す限り一面、膝下近くまで深く降り積もっており、ぱっと見ただけでも終電が止まっているであろう事が、簡単に予想できた。
マジかよ・・・・・・・・最悪だ。
軽く吐いた息が、白い煙となって宙に溶けて消えていく。
人影の無い、会社前の大通り。耳に入ってくる音などある筈も無く――――まるでこの寒さを助長するかのような、寂しさと静けさが東京の街全体を包み込んでいる。
やがて俺は全てを諦めて軽く目を瞑ると、駅とは反対側の方向へと進路を変えて、近場にあるコンビニへと向かい、その場から歩き出し始めた。
終電に乗れないとなれば、今夜は会社に泊まる事は確実であり、そうなれば必然と準備が必要となるだろう。
朝から食事を一切、何も口にしてはおらず、こうして歩いている今も、思い出したかのように訪れた空腹感に、俺は苛まれていた。
ビルから歩いて数分の距離にある、コンビニのボヤけた明りを視界の隅に捉えながら、俺は今夜の夕飯の内容に思いを馳せる。
夕飯にしては時刻は遅いのだが、そんなことは些細な問題である。
いつもの弁当、それと汁物、ついでに髭剃りとタオルと、後は・・・・・・・・。
と、仕事で疲れ切った頭の中で、ぼんやりと考えていると。たまたま通りの脇にあった、一軒の建物に意識を奪われた。
随分と古い、木造の建物である。
イメージとしては個人が経営する、寂れた喫茶店に近い外観だ。両隣に建っていた見上げるほどに背の高いビルと見比べてみると、その場違いな雰囲気がより際立っている。
都会の見慣れた光景の中に、一つだけ紛れ込んだかのような不純物。それはまるで唐突にそこに現れたかのような、あるいは最初からそこにあったのか。真偽は定かではない。
普段からこの通りを歩いている俺にも、はっきりとした事は言えない程に、曖昧な――――説明できない不思議な感覚を思わせる。
入口の扉に掛けられた丸型のボードには、手書きで“骨董屋【夜香の城】”と書かれていた。
何かに導かれるかのようにして、その店先にへと立った俺は、入口の扉に付いた取っ手を回して、それをゆっくりと手前に引く。
少し考えれば、時刻からして店が営業しているはずがないのだが――――その時、疲れきった俺の脳は、正常な判断ができないでいた。
ギギィ――――重苦しい音を立てながら、古く年季の入った扉が開く。
薄暗い部屋の中は、天井からぶら下がっていた、ランタンの灯りで薄く照らし出されており、いかにも怪しい雰囲気を醸し出している。見たところ、壁際に沿って並んでいる大きな棚の他には、特に何も見えないようだが・・・・・・・・。
それから、かれこれ数分間は、その場に立っていたのだろうか。
何故その場から直ぐに移動しなかったのか?後々、思い返してみてもハッキリとは分からない。説明の仕様がないのだ。ただ引き寄せられるかのように、開いた扉の先に見える、部屋の中を眺めていたとしか。
そして。それから更に、幾ばくかの時が過ぎて。
誰かの声が聞こえた――――そんな気がした。
不意に俺の背中へと、軽い衝撃が走る。まるで誰かによって背後から、そっと押し出されたかのような。
力としては弱いもの――――しかしそれが原因で、身体の重心を崩した俺は、前につんのめるようにして、開いた扉から薄暗い店内へと、足を踏み入れる。それと同時に背後にあった入口の扉が、無人にも関わらず、独りでに音を立てながら閉まった。
俺は成り行き上、仕方なく部屋の中を見て回ることにした。外観からは分からなかったが、店内は意外と広い。
その部屋の壁、床、天井までが全て木造で造られていた。古いもので傷んでいるのか、歩く度にギイギイとした音が床板から響いてくる為、俺の足取りは自然と落ち着いたものになる。
壁一面に隙間なく並べられた背の高い棚には、隅々まで所狭しと、様々な物が陳列されていた。
【大月鴉の鉄扇】
【幻惑パイプ】
【多元的観測の懐中時計】
何これ。
胡散臭い――――恐らくは商品名だろう。文字が刻まれた鉄製のプレートの他には、特に値段を示すようなものは、貼られていないようだった。
怪しさ全開のその光景と、店の持つ独自の雰囲気から、俺はそこがまるで、
「“まるで魔女の店みたいだな”と、そう思いましたか?」
それまで無音だった部屋の中に、透き通るような若い女性の声が響き渡る。
驚いた俺が、声のした方向に慌てて視線を向けると――――そこには一人の少女が、奥にあったカウンターの机の上に両手を置き、それに寄り掛かるようにして立っていた。
その姿を視界に捉えた瞬間、俺はさぞかし間抜けな顔をしていたのだろう。そう――――それ程までに、俺は目の前にいた少女の姿に心を奪われてしまったのだ。
とんでもない美少女がそこにいた。
雪のように白く、長い髪を腰の辺りまで伸ばしており、頭上には黒い三角帽子を被っている。
左右に輝くエメラルドグリーンの瞳が、宝石のように輝きながらその表面に俺の姿を映し出していた。
肩から羽織っている、漆黒のマントの隙間から、僅かに見え隠れする白い肌。
そしてその少女のものだろうか。ふんわりと柔らかく、どこか落ち着いた優しい匂いが、微かにこちら側へと漂ってくる。
少女の年齢は見たところ十代の・・・・・・高校生ぐらいだろうか?
しかしその外見から受ける印象とは裏腹に、身に纏う雰囲気は何処か大人びている。
少女はほんの少しだけ、頭に被っていた黒い三角帽子の鍔を掴むと、まるで俺から自分の表情を、隠すかのような仕草をする。
そのことに若干の不自然さを感じつつも――――それはたった数秒の出来事であり、少女はその三角帽子を外して机の上に置くと、小さな形の良い唇の上に、優しげな笑みを浮かべた。そして、まだその場で馬鹿みたいに呆けている俺へと向かって、にこやかに歓迎の挨拶を口にする。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は当店にお越し頂きまして有難うございます」
「いや、ちょっと待ってくれ。悪いが俺は客じゃないんだ。ここには偶然入っただけで、何か目的があって来たわけでは・・・・・・・・」
そう反射的に答えた俺に対して、目の前の少女は告げる。
「ふふっ、ごめんなさい。少し意地悪をしてしまいました。実は今日、貴方をこの場所へと呼んだのは、他でもない私自身なんです。というよりは“貴方がここへと来る為の、選択肢を与えた”――――たったそれだけの事。なんですけれどね」
少女はそこで一旦、言葉を区切る。
「自分の現状の生活に・・・・・・人生に不満を抱いていないか。そして、その未来を変えたくはないか。そういった思いを僅かにでも抱いていなければ、貴方はこの店の扉の前から立ち去っていたことでしょう。でも違った。貴方は自分自身でこれからの未来を、人生を変えたいと願い、そして今、私の目の前に立っている」
「・・・・・・・・」
うん、成程ね。さっぱり分からん!
どうもここは、そういう店であるらしい。
魔女のコスプレをした――――いわゆる思春期特有に訪れる、病気のようなものに罹った少女が、店番をしている怪しい店。
京。
都内に本社を構える、勤め先の営業所。その一室で、俺は目の前にあるノートパソコンへと向き合いながら、一心不乱に休みなく指先を動かし続けていた。
俺の名前は流川悠人。今年で29歳。彼女もおらず、特にこれといった趣味も持たない。いたって普通の、どこにでもいるサラリーマンだ。
唯一特徴というものがあるとすれば・・・・・・この年齢にそぐわない、比較的若く見える外見くらいのものだろうか?異性からは男性として誉められた事があまりない。顔つきは整った方ではあると自分では思っている。しかし如何せん、この歳になるまで俺は恋愛というものを経験したことがなかった。どこにでもいる、ごく普通の成人男性。それがこの俺、流川悠人を構成している情報の全てだった。
現在の時刻は既に、夜の23時を大きく過ぎている。
定時帰宅厳守と、大々的に大きく書かれたポスターが、仕事場の中央にある壁に貼ってあるにも拘らず、このありさまであった。
本来であればもう何時間も前に、自分の家へと帰宅できている筈なのだが――――想定外のトラブルというのは、常に目に見えない危険として付き纏う。要するに、一種の呪いのようなものだ。
言い訳をすれば――――俺が現在、仕事で抱えている案件に関して、緊急性の高い問題が発生してしまい、こうして時間外の残業をしているわけで。
たまにこういう時、ふと考えてしまうことがある。
「あれ、俺って何やってんだろう?」と。
あの時こうしておけば良かった、とか、そういった未来の行く末を決める重要な選択肢が、今まで俺が生きてきた短い人生の中に、幾度となく現れたが――――その選択肢とやらを間違えてしまった結果が、現在の俺の状況であると思う。
人生とは常に、自分自身の選択によって左右される。
それまで適当に生きてきた、代わり映えのしない日々が、二度と戻ることは無い大切な時間であると気づいた時。俺は後悔こそすれ、失った過去の時間が還ってくるわけでもなく・・・・・・・・今更どうしようも無い。
こんなネガティブな事ばかり考えていると、なんだか悲しくなってくるな・・・・・・・・。
最後の報告書を気合いで作成し終えた俺は、手元のパソコンの電源を落として、その場で大きく背伸びをする。
既に他の同僚は皆帰宅しており、こうして現在の時刻まで会社に残っているのは俺一人だけだった。
誰もいない部屋の中へと、立ち上がった拍子に鳴った、椅子のキャスター音がカラカラと虚しく響き渡る。
さてと、帰るとするか。
荷物をカバンに詰めて、帰り支度を短時間で終えると、俺は足早に会社の所有するビルの出口へと向かった。
仕事を終え、自分の家へと帰宅する。その時間が俺は一番好きだった。別に今勤めている会社に不満があるとか、そういう直情的な理由では無い。ただ意味もなく、無意識に気持ちが高まる。
余程の社畜でもなければ、誰もが普通はそうだろう。“家に帰れる”ということ。それ自体が喜びなのだ。
まあ俺の場合は自分の家に帰ったところで、それを温かく出迎えてくれるような家族や恋人がいるわけでもないのだが。
ビルの外に出た瞬間、肌を刺すような冷たい風が吹きつけ、視界を真っ白な――――都会では見慣れない景色が覆う。
雨とはまた違った、急激な気温の変化。
余程、作業に没頭していたせいか、全く気がつかなかったのだが、どうやら数時間前から雪が降っていたらしい。
見渡す限り一面、膝下近くまで深く降り積もっており、ぱっと見ただけでも終電が止まっているであろう事が、簡単に予想できた。
マジかよ・・・・・・・・最悪だ。
軽く吐いた息が、白い煙となって宙に溶けて消えていく。
人影の無い、会社前の大通り。耳に入ってくる音などある筈も無く――――まるでこの寒さを助長するかのような、寂しさと静けさが東京の街全体を包み込んでいる。
やがて俺は全てを諦めて軽く目を瞑ると、駅とは反対側の方向へと進路を変えて、近場にあるコンビニへと向かい、その場から歩き出し始めた。
終電に乗れないとなれば、今夜は会社に泊まる事は確実であり、そうなれば必然と準備が必要となるだろう。
朝から食事を一切、何も口にしてはおらず、こうして歩いている今も、思い出したかのように訪れた空腹感に、俺は苛まれていた。
ビルから歩いて数分の距離にある、コンビニのボヤけた明りを視界の隅に捉えながら、俺は今夜の夕飯の内容に思いを馳せる。
夕飯にしては時刻は遅いのだが、そんなことは些細な問題である。
いつもの弁当、それと汁物、ついでに髭剃りとタオルと、後は・・・・・・・・。
と、仕事で疲れ切った頭の中で、ぼんやりと考えていると。たまたま通りの脇にあった、一軒の建物に意識を奪われた。
随分と古い、木造の建物である。
イメージとしては個人が経営する、寂れた喫茶店に近い外観だ。両隣に建っていた見上げるほどに背の高いビルと見比べてみると、その場違いな雰囲気がより際立っている。
都会の見慣れた光景の中に、一つだけ紛れ込んだかのような不純物。それはまるで唐突にそこに現れたかのような、あるいは最初からそこにあったのか。真偽は定かではない。
普段からこの通りを歩いている俺にも、はっきりとした事は言えない程に、曖昧な――――説明できない不思議な感覚を思わせる。
入口の扉に掛けられた丸型のボードには、手書きで“骨董屋【夜香の城】”と書かれていた。
何かに導かれるかのようにして、その店先にへと立った俺は、入口の扉に付いた取っ手を回して、それをゆっくりと手前に引く。
少し考えれば、時刻からして店が営業しているはずがないのだが――――その時、疲れきった俺の脳は、正常な判断ができないでいた。
ギギィ――――重苦しい音を立てながら、古く年季の入った扉が開く。
薄暗い部屋の中は、天井からぶら下がっていた、ランタンの灯りで薄く照らし出されており、いかにも怪しい雰囲気を醸し出している。見たところ、壁際に沿って並んでいる大きな棚の他には、特に何も見えないようだが・・・・・・・・。
それから、かれこれ数分間は、その場に立っていたのだろうか。
何故その場から直ぐに移動しなかったのか?後々、思い返してみてもハッキリとは分からない。説明の仕様がないのだ。ただ引き寄せられるかのように、開いた扉の先に見える、部屋の中を眺めていたとしか。
そして。それから更に、幾ばくかの時が過ぎて。
誰かの声が聞こえた――――そんな気がした。
不意に俺の背中へと、軽い衝撃が走る。まるで誰かによって背後から、そっと押し出されたかのような。
力としては弱いもの――――しかしそれが原因で、身体の重心を崩した俺は、前につんのめるようにして、開いた扉から薄暗い店内へと、足を踏み入れる。それと同時に背後にあった入口の扉が、無人にも関わらず、独りでに音を立てながら閉まった。
俺は成り行き上、仕方なく部屋の中を見て回ることにした。外観からは分からなかったが、店内は意外と広い。
その部屋の壁、床、天井までが全て木造で造られていた。古いもので傷んでいるのか、歩く度にギイギイとした音が床板から響いてくる為、俺の足取りは自然と落ち着いたものになる。
壁一面に隙間なく並べられた背の高い棚には、隅々まで所狭しと、様々な物が陳列されていた。
【大月鴉の鉄扇】
【幻惑パイプ】
【多元的観測の懐中時計】
何これ。
胡散臭い――――恐らくは商品名だろう。文字が刻まれた鉄製のプレートの他には、特に値段を示すようなものは、貼られていないようだった。
怪しさ全開のその光景と、店の持つ独自の雰囲気から、俺はそこがまるで、
「“まるで魔女の店みたいだな”と、そう思いましたか?」
それまで無音だった部屋の中に、透き通るような若い女性の声が響き渡る。
驚いた俺が、声のした方向に慌てて視線を向けると――――そこには一人の少女が、奥にあったカウンターの机の上に両手を置き、それに寄り掛かるようにして立っていた。
その姿を視界に捉えた瞬間、俺はさぞかし間抜けな顔をしていたのだろう。そう――――それ程までに、俺は目の前にいた少女の姿に心を奪われてしまったのだ。
とんでもない美少女がそこにいた。
雪のように白く、長い髪を腰の辺りまで伸ばしており、頭上には黒い三角帽子を被っている。
左右に輝くエメラルドグリーンの瞳が、宝石のように輝きながらその表面に俺の姿を映し出していた。
肩から羽織っている、漆黒のマントの隙間から、僅かに見え隠れする白い肌。
そしてその少女のものだろうか。ふんわりと柔らかく、どこか落ち着いた優しい匂いが、微かにこちら側へと漂ってくる。
少女の年齢は見たところ十代の・・・・・・高校生ぐらいだろうか?
しかしその外見から受ける印象とは裏腹に、身に纏う雰囲気は何処か大人びている。
少女はほんの少しだけ、頭に被っていた黒い三角帽子の鍔を掴むと、まるで俺から自分の表情を、隠すかのような仕草をする。
そのことに若干の不自然さを感じつつも――――それはたった数秒の出来事であり、少女はその三角帽子を外して机の上に置くと、小さな形の良い唇の上に、優しげな笑みを浮かべた。そして、まだその場で馬鹿みたいに呆けている俺へと向かって、にこやかに歓迎の挨拶を口にする。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は当店にお越し頂きまして有難うございます」
「いや、ちょっと待ってくれ。悪いが俺は客じゃないんだ。ここには偶然入っただけで、何か目的があって来たわけでは・・・・・・・・」
そう反射的に答えた俺に対して、目の前の少女は告げる。
「ふふっ、ごめんなさい。少し意地悪をしてしまいました。実は今日、貴方をこの場所へと呼んだのは、他でもない私自身なんです。というよりは“貴方がここへと来る為の、選択肢を与えた”――――たったそれだけの事。なんですけれどね」
少女はそこで一旦、言葉を区切る。
「自分の現状の生活に・・・・・・人生に不満を抱いていないか。そして、その未来を変えたくはないか。そういった思いを僅かにでも抱いていなければ、貴方はこの店の扉の前から立ち去っていたことでしょう。でも違った。貴方は自分自身でこれからの未来を、人生を変えたいと願い、そして今、私の目の前に立っている」
「・・・・・・・・」
うん、成程ね。さっぱり分からん!
どうもここは、そういう店であるらしい。
魔女のコスプレをした――――いわゆる思春期特有に訪れる、病気のようなものに罹った少女が、店番をしている怪しい店。
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