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王子様と豆腐ハンバーグ

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「と、とんでもない! 謝罪なんて止して下さい!」
 
 慌てるカエデを見て、ウィルはふっと笑う。
 
「ところで、カエデ」
「は、はいっ!」
 
 名前を呼ばれてカエデは姿勢を正す。
 ウィルは、ゆっくりと口を開いた。
 
「私がここに入る前、カエデは私のことを王子ではないかと訊ねたな。あれは、どういうことだ?」
「……あ」
 
 そうだった、とカエデは思い出す。カエデがウィルにそう訊ねたので、ウィルは勘違いしてここに入って来たのだ。
 
「お、王子様……それは……」
 
 昔、会ったことがあるんです。そう言おうとしたカエデより早く、ウィルが口を開いた。
 
「まさか、お前は……」
 
 じろりと美しい瞳で見つめられ、カエデの心臓が跳ねる。ウィルは数十秒ほどカエデを観察してから、自信有り気な声で言った。
 
「お前は、父上から命令を受けた隠密だ!」
「……はい?」
 
 カエデは首を傾げる。ウィルの言っている意味が分からなかった。
 ぽかんと固まるカエデをよそに、ウィルは腕を組んで「推理」を始める。
 
「最近、父上が何やらこそこそと動いているのには気付いていた。だが、それが私を見張る隠密を雇うことだったとはな……カエデは昼間は見習い、夜は私がふらふらしないように見張る影なのだろう? ふふ……すべての謎が解決した!」
「……申し訳にくいのですが王子様、俺は本当にただの見習いで……」
「うん? なら、どうして私のことを見ただけで王子などと言ったのだ? まさか、隠密ではなく天才的な頭脳を持つ探偵か!?」
「……」
 
 カエデは小さく息を吐く。どうやら、ウィルはなかなかに変わった性格の持ち主のようだ。そうでなければ、冴えない騎士の見習いを見て「隠密」だなんて言わないだろう。
 この様子では、きっとウィルは自分と会ったことなんか覚えていない。そう思いながらカエデは小さな声で言った。
 
「……昔、俺は王子様に助けていただいたことがあるんです」
「何? 私がカエデを助けた?」
 
 ウィルは目を見開く。
 
「いつ頃の話だ?」
「俺がまだ子供の頃です。街で迷子になっていた俺のことを、王子様は助けて下さいました」
「なんと! まったく覚えていない!」
 
 やっぱりな、とカエデは俯く。そう都合良く、感動の再会ムードにはならない。
 ウィルは「そうか、そうか」と深く頷いてカエデを見る。
 
「どう言葉を掛けて良いか分からんが、大きく成長したようで何よりだ」
「……あはは」
「ここは素晴らしい再会を祝して宴でも開きたいのだが、カエデを城に招いたら私の悪行がバレてしまう。宴は別の機会にしよう」
「……ありがとうございます」
 
 宴という大袈裟な言葉に戸惑いながらも、カエデは微笑んだ。社交辞令でもそのような言葉をウィルから貰えて嬉しかった。
 
「ところで、夕飯は済んだのか? 何やら、調理器具が出ているが」
「あ、すみません。散らかっていて……夕飯は作っている途中です」

 カエデは、水切りをしたまま放置していた豆腐をちらりと見る。もう調理しても良い頃合いだろう。ウィルが帰ったらハンバーグを作ろう。
 そう考えたカエデに、ウィルが思いがけない言葉を口にした。
 
「何を作ろうとしていたのだ?」
「えっ」
「自炊が出来るとは素晴らしい。私は危ないという理由で包丁を握ることを許されていないからな。ひとりでは生きていけない駄目な男なのだ」

 剣は稽古で握らせるくせにな、とウィルは可笑しそうに笑う。
 カエデはどう反応して良いのか迷いながらも、本日のメニューをウィルに伝えた。
 
「作るのは……豆腐のハンバーグです」
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