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王子様と豆腐ハンバーグ
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「今日は……豆腐のハンバーグか」
冷蔵庫に貼られたメニューを見ながら、面倒だな、とカエデは思った。豆腐を使ったハンバーグは時間がかかる。豆腐の水切りには最低でも三十分はかかるので、それを待っている時間がもどかしい。
「……味噌汁でも作ろうかな」
カエデは野菜室を確認した。そこには、安かったのでつい多めに買ってしまったモヤシが入っていた。昨日はモヤシと卵とじのスープを作ったので、その時に余ったものだ。
「……今日もスープで良いや」
そう呟きながら、カエデは豆腐を冷蔵庫から取り出して、ビニールのパッケージを破った。プラスチックの容器から豆腐を取り出して、全体をキッチンペーパーで包み、皿の上に置く。それから皿をもう一枚用意して重しとして豆腐の上に被せた。このまま放置すれば水切りが出来る。
その間に、カエデはモヤシのスープに取り掛かる。目分量で鍋に水を入れ、モヤシもそこに投入して火にかける。沸騰してきたらコンソメと塩コショウで味をつけた。簡単なスープの完成だ。
次にパン粉を作ろう、と思った時、天井を叩く雨音にカエデは頭を上げた。窓を見れば、ガラスは水滴で濡れている。遠くの方から聞こえる雷の音に、カエデは肩を振るわせた。
「雨か。明日は室内での訓練かな……」
どうも長引きそうな雨の気配を感じ、カエデは呟く。予定では、明日は午前と午後を通してひたすらに走る訓練だったはずだ。だが、道のコンディションが悪いと中止になるだろう。なら、剣の稽古だろうか。見習いの間は自分専用の剣は持てない。早く本当の騎士になって、自分専用の剣を握りたい……見習いの誰もが見る夢だ。
「本当の剣は重いから大変だけど……」
そうカエデが零した時、ドンドンとドアが叩かれる音がした。カエデは飛び上がる。
「は、はい!?」
カエデは裏返った声でドアに向かって叫んだ。だが、ドアの向こうの「誰か」は何も言わない。ただひたすらに、ドンドンとドアを叩き続けている。
こんな時間に誰かがこの小屋を訪れるなんて、今まではなかった。緊急の連絡なら、専用の端末でやり取りが出来るのでそれを使えば良い。それなのに、それを行わないなんて……おかしい。カエデはぎゅっと拳を握った。
「ど、どちら様ですか!?」
ドンドン、ドンドン。
「教官ですか!?」
ドンドン、ドンドン。
「っ……」
不審者を発見次第報告せよ。
教官の言葉を思い出し、カエデは連絡用の端末をぎゅっと握り、いつでも通話ボタンを押せるように構えた。
「……よし!」
騎士を目指している人間を舐めるなよ、とカエデは覚悟を決めてドアを開けた。
「誰だ……っ!?」
「……」
カエデは言葉をぎょっとした。
ドアの向こうには、頭からつま先までずぶ濡れの、金髪で長身の男が立っていたからだ。
年齢は二十代、いや、三十代だろうか。どちらにしても、まだ若い。ぴったりと額に張り付いた前髪を男が払いのけると、そこからは美しい青い瞳が覗いた。
「……あ」
カエデはその瞳を見て、絶句する。見たことがある色だ……この、美しい青は……。
「……おい」
ぽかん、と固まるカエデに男は低い声で言った。
「おい、お前。私の声を聞いているか?」
「は、え? 俺ですか?」
「お前以外に誰が居るというのだ」
ずぶ濡れ男はふん、と鼻を鳴らす。
「マークはどこに居る? ここに居るはずだが?」
「ま、マーク?」
カエデは思い出す。確か、前にこの小屋に住んでいた守衛の名前だ。半年前に退職したと教官が言っていた。
「えっと、もうマークさんはここには住んでいなくて……退職されていて……」
「何だと!?」
「ひえっ」
ずぶ濡れ男の迫力に、思わずカエデは一歩下がった。男ははぁ、と息を吐く。
「待遇が悪かったのだろうか。あんなに天職だと言っていた守衛を辞めてしまうなんて」
「あ、いえ、そうでは無くて……」
カエデは緊張しながら口を開く。
「もともと再雇用だったから、もう歳だと自分でおっしゃって……さらに、お孫さんの世話を娘さんに頼まれたから思いきって家族と過ごす道を選んだと……教官から聞いています」
「家族と……ああ、そうか。そういう人生も素晴らしいものだ」
ふっと笑い、男はカエデに背を向けた。
「邪魔をしたな、若い守衛よ。私はもう消えよう」
「あ、ま、待って、下さい!」
自分は守衛ではない。
だが、その説明はあとで良い。
今、確認しなければならないことは……!
「あ、あなたは王子様、ですか……!?」
震える声で、カエデは男に問うた。
冷蔵庫に貼られたメニューを見ながら、面倒だな、とカエデは思った。豆腐を使ったハンバーグは時間がかかる。豆腐の水切りには最低でも三十分はかかるので、それを待っている時間がもどかしい。
「……味噌汁でも作ろうかな」
カエデは野菜室を確認した。そこには、安かったのでつい多めに買ってしまったモヤシが入っていた。昨日はモヤシと卵とじのスープを作ったので、その時に余ったものだ。
「……今日もスープで良いや」
そう呟きながら、カエデは豆腐を冷蔵庫から取り出して、ビニールのパッケージを破った。プラスチックの容器から豆腐を取り出して、全体をキッチンペーパーで包み、皿の上に置く。それから皿をもう一枚用意して重しとして豆腐の上に被せた。このまま放置すれば水切りが出来る。
その間に、カエデはモヤシのスープに取り掛かる。目分量で鍋に水を入れ、モヤシもそこに投入して火にかける。沸騰してきたらコンソメと塩コショウで味をつけた。簡単なスープの完成だ。
次にパン粉を作ろう、と思った時、天井を叩く雨音にカエデは頭を上げた。窓を見れば、ガラスは水滴で濡れている。遠くの方から聞こえる雷の音に、カエデは肩を振るわせた。
「雨か。明日は室内での訓練かな……」
どうも長引きそうな雨の気配を感じ、カエデは呟く。予定では、明日は午前と午後を通してひたすらに走る訓練だったはずだ。だが、道のコンディションが悪いと中止になるだろう。なら、剣の稽古だろうか。見習いの間は自分専用の剣は持てない。早く本当の騎士になって、自分専用の剣を握りたい……見習いの誰もが見る夢だ。
「本当の剣は重いから大変だけど……」
そうカエデが零した時、ドンドンとドアが叩かれる音がした。カエデは飛び上がる。
「は、はい!?」
カエデは裏返った声でドアに向かって叫んだ。だが、ドアの向こうの「誰か」は何も言わない。ただひたすらに、ドンドンとドアを叩き続けている。
こんな時間に誰かがこの小屋を訪れるなんて、今まではなかった。緊急の連絡なら、専用の端末でやり取りが出来るのでそれを使えば良い。それなのに、それを行わないなんて……おかしい。カエデはぎゅっと拳を握った。
「ど、どちら様ですか!?」
ドンドン、ドンドン。
「教官ですか!?」
ドンドン、ドンドン。
「っ……」
不審者を発見次第報告せよ。
教官の言葉を思い出し、カエデは連絡用の端末をぎゅっと握り、いつでも通話ボタンを押せるように構えた。
「……よし!」
騎士を目指している人間を舐めるなよ、とカエデは覚悟を決めてドアを開けた。
「誰だ……っ!?」
「……」
カエデは言葉をぎょっとした。
ドアの向こうには、頭からつま先までずぶ濡れの、金髪で長身の男が立っていたからだ。
年齢は二十代、いや、三十代だろうか。どちらにしても、まだ若い。ぴったりと額に張り付いた前髪を男が払いのけると、そこからは美しい青い瞳が覗いた。
「……あ」
カエデはその瞳を見て、絶句する。見たことがある色だ……この、美しい青は……。
「……おい」
ぽかん、と固まるカエデに男は低い声で言った。
「おい、お前。私の声を聞いているか?」
「は、え? 俺ですか?」
「お前以外に誰が居るというのだ」
ずぶ濡れ男はふん、と鼻を鳴らす。
「マークはどこに居る? ここに居るはずだが?」
「ま、マーク?」
カエデは思い出す。確か、前にこの小屋に住んでいた守衛の名前だ。半年前に退職したと教官が言っていた。
「えっと、もうマークさんはここには住んでいなくて……退職されていて……」
「何だと!?」
「ひえっ」
ずぶ濡れ男の迫力に、思わずカエデは一歩下がった。男ははぁ、と息を吐く。
「待遇が悪かったのだろうか。あんなに天職だと言っていた守衛を辞めてしまうなんて」
「あ、いえ、そうでは無くて……」
カエデは緊張しながら口を開く。
「もともと再雇用だったから、もう歳だと自分でおっしゃって……さらに、お孫さんの世話を娘さんに頼まれたから思いきって家族と過ごす道を選んだと……教官から聞いています」
「家族と……ああ、そうか。そういう人生も素晴らしいものだ」
ふっと笑い、男はカエデに背を向けた。
「邪魔をしたな、若い守衛よ。私はもう消えよう」
「あ、ま、待って、下さい!」
自分は守衛ではない。
だが、その説明はあとで良い。
今、確認しなければならないことは……!
「あ、あなたは王子様、ですか……!?」
震える声で、カエデは男に問うた。
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