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第6章 王都への帰還の前に
第六十四話 早朝
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『主、もう起きるのだ。朝なのだぞ』
柔らかい肉球の感触がする。
結菜はゆっくり浮上する意識の中、ぼんやりと朝の気配を感じとった。あとロンの気配も。
「ん~…………。ロン?」
まだ眠たい目をこじ開けるとドアップされたロンの顔がそこにあった。くりくりした目がこちらを見ている。今日ももふもふ感全開であった。
『お。起きたのだ』
結菜が目を開けたのが嬉しいのか肉球を頬に押し付けるロン。しかし、ロンの予想に反して、結菜はまた眠りへと引きずり込まれそうになる。
肉球スタンプが気持ちいいのである。素晴らしいね。本当に。
(あ~………。ヤバい。また眠りそう…………………)
スヤァ。一瞬でふたたび眠りに落ちる結菜。それをロンがスタンプしまくる。
てしてし。…スヤァ。てしてし。……スヤァ。
『主!起きるのだ‼今日は出発の日なのだぞ⁉城に帰るのだぞ⁉』
微かにその声が聞こえてようやく結菜は目を開けた。
ロンの「てしてしモーニングコール」が止む。もっとしてほしいのを我慢して、結菜はロンへ笑いかけた。
「……おはよ~。ロン」
『おはようなのだ、我が主。今日は王都に帰る日なのだ』
「……ん。わかった」
『むぅ。まだ寝ぼけてるのだ』
「ん~…………」
『主、早く起きないと肉球スタンプするぞ』
「えっ⁉マジで⁉やってやって‼」
ガバリとベッドから起き上がり、結菜はロンをガシッと掴んだ。
キラキラと目を輝かせる結菜。ロンはそんなに主を見て少し安心した。実は、ロンがいつも通り目覚めると、いつも先に起きて「おはよ」と言ってくれる結菜が今日は寝ていたのだ。
あの結菜がである。何故か太陽と競争をして、まだ薄暗い時間帯に起きてガッツポーズを決めながらたま~に奇声をあげているあの結菜が、である。
いつも通りの結菜の反応に内心ほっとする。
『主、もう太陽は登ったぞ?いいのか?』
「えっ………うそん⁉」
毛布を跳ね除け、窓の外を確認する。太陽はすでに顔を出していた。
負けた……。がっくしと肩を落とす結菜。
勝ったというのに太陽は嬉しがりさえもしない。……まぁ、嬉しがられたらそれはそれで驚きものである。ふっ。戦いはいつも虚しいもの。床に手をつきながら自嘲気味に笑う。
「……あなたは何をしているんですか」
いつの間にか賢者が部屋の扉の前にいた。呆れた目をしながら、両手に持って来た朝ごはんをテーブルに置いてくれる。
どうやら肩を落としていた時にドアをノックしてくれていたようである。部屋の中からは話し声が聞こえ、結菜の返事はなかったがロンの返事があったので入って来たのだ。
「おはようございます、ユーナさん。よく眠れましたか?」
「うん‼おはよ、賢者さん。勇者さん。昨日は楽しかったね‼」
「あぁ、そうだな」
「それはそうと今日は王都に帰ります。一日では帰れないので、いくつかの町を経由して王都に帰ります」
「それって車ではないんだよね?」
「くるま、ですか?」
「……あっ、やっぱり違うんだ。いいよ。気にしないで」
それもそうである。何しろこの世界はだいたい中世ヨーロッパぐらいの文明なのだ。
よく考えてみたら、そんな中に車があるはずもない。あったら大事だ。文明を飛ばしすぎている。
賢者が持って来てくれた朝食のパンををたべながら、結菜は内心ため息をついた。
車がないなら、もちろん電車もない。中世ヨーロッパを基準に他の移動手段を考えると馬車くらいだろうか。
(…………腰が死にそうな予感がする)
となりの椅子でお座りしているロンにパンをあげながら、結菜は少し憂鬱になった。
「くるま?ではないですが、移動手段は荷馬車を使います。幌付きですので雨風はしのげますね」
「大丈夫だ。途中で盗賊が出るかもしれないが何とかなる」
どこが大丈夫なのだろうか…………。
「そうですね。あっ、これがこれからの予定表です。確認しておいてくださいね」
「うん。わかった」
賢者から何やらびっしりメモをしている紙を受け取る。
ふむふむ。一週間かけて戻るようである。途中で温泉街に立ち寄るのか。楽しみである。
ある項目でふと目を止める結菜。それは強烈な違和感を放っていた。
「ねぇ。この王家主催のパーティーって、何?」
「あぁ、それですか。時々開催されるんですよ。今回はあなたのお披露目パーティーですかね」
「おひろめぱーてぃー?」
何それ。ハンバーガーの間に挟まっているやつかな………(※それはパティ)。
混乱しまくって軽く現実逃避する結菜。そんなゴージャスいらない。いや、本当にご遠慮したい。ゴージャスすぎて目が潰れる。
「決定事項ですから。アデレードが何気に楽しみにしていましたよ」
賢者が決定的なことを言った。……黒いのは気のせいなはずである。そう、気のせいなのだ(泣)‼
にこにこ笑う賢者にため息をつきながら、勇者が結菜に暖かい紅茶を入れてくれた。本当に紅茶が好きなようだ。ちゃっかり自分のぶんも忘れない勇者であった。
有り難いのでいただく。
「それはまだまだ先だ。ユーナ、もう少しでここを出るが大丈夫か?」
「うん。荷物もないしすぐに出られるよ」
「なら話しが早い。もうそろそろで出るぞ」
「あれ?早いね」
「荷馬車が定期便なんだ。これを乗り過ごすと次は夕方になる」
だからこんな朝早くから移動するのか。納得である。定期便ならしょうがない。
諸々の支度をすると、結菜達は定期便の荷馬車が停まっている所に向かった。
荷馬車は町の門付近に停留してある。結構大きな荷馬車である。たぶん軽く十五人くらいなら乗れるだろう。
荷馬車には自分達の他に何人か人が乗っていた。
門の隣に設置されていたあの怪我をした騎士達がいたテントはもう取り払われている。結菜は何だか寂しいような複雑な気持ちになった。
昨日は本当に濃い一日であった。昨日のことなのに、ここに一週間もいたような気分になる。
というか、この世界に来てからの毎日はいつも濃いのだが……。
(結局騎士さん達に挨拶できなかったな~。まぁ、朝早いから仕方ないんだけど…………。昨日は騎士さん達も夜遅くまで起きてたみたいだし…………)
朝っぱらから疲れている彼らをわざわざ起こすのは忍びない。
またいつでもこの辺境には来れるのだ。彼らとはまた会える。
「どうかしたのですか?行きますよ」
「…うん」
手を引かれて荷馬車に乗り込む。しばらくすると、荷馬車はガラガラと音を立てて出発した。
(やっぱり挨拶くらいはしたかったな…………)
ふぅとため息をつきながら、結菜は荷馬車の揺れに身を任せた。
荷馬車は徐々に速度を増していく。
幌が風を受けて音を立てている。
草のなくなった草原の跡地へと結菜達を乗せた荷馬車は進んで行った。
「…………!…………………………‼」
何故だろうか。誰かが叫ぶような声が聞こえる。
(…………まさかね。……そんなわけない)
一瞬騎士達の顔が頭に浮かんだが、すぐに消す。どうせそんな都合の良いことはないのだから。
「おい、誰かが後ろからついてきているぞ」
「あら本当」
「ママ。あれって騎士さん達だよね‼かっこいいな~‼」
「そうね。昨日は有り難かったわね」
荷馬車の乗客らがその声に反応して、次々に幌の張っていない荷馬車の後ろから身を乗り出し始めた。
興奮気味に話す乗客達。
結菜はその会話のある部分に反応した。もう一眠りしようと抱えた膝につけていた頭をあげる。
「…………騎士?」
「どうやら見送りに来てくれたみたいですね」
「えっ。こんな朝早いのに」
「ユーナさんも後ろに見に行ったらどうですか?」
賢者が優しく笑いかけてくれる。
乗客達が騎士達を見ようとしているからなのか、はたまた結菜と賢者の会話が聞こえたからなのか。荷馬車の運転をしている御者が荷馬車の速度を落としてくれた。ありがたい。
急いで後ろへと向かう。外へと身を乗り出すと、馬に乗った騎士達が門の方から駆けてきていた。
全速力で駆けて来る騎士達と速度を落とした荷馬車の距離はあっという間に縮まった。
「聖女様。此度は本当にありがとうございました」
「副団長さん!」
「王都までは長旅です。どうかこれを持って行ってください。少しは負担がなくなるはずですから」
馬を走らせながら笑って副団長が結菜に渡した物は柔らかいクッションであった。
副団長の暖かい思いやりにジンとなる。荷馬車での長距離移動は肉体的にキツいのである。それも荷馬車での移動に慣れていなければ余計に。それを心配して念のために持って来てくれたらしい。
結菜はお礼を言って有り難くクッションをいただいた。これで腰の心配はノープロブレムとなった。万歳である。
「姉さん!ありがとうございました‼」
「また会いましょう‼」
「ば~か。お別れじゃねぇよ」
「はははっ!そうだぞ。勇者様も賢者様も姉さんともすぐにまた会えるさ」
「姉さん、道中お気をつけて‼」
元気だ。軽口を叩きながら、騎士達は笑っていた。
「うん‼ありがとう‼」
挨拶も一段落して、だんだん荷馬車と騎士達との距離が離れていく。騎士達は馬の足を止めた。
「また来てくださいね。待ってますから‼」
「魔物の討伐の時じゃなくて、いつでも!」
「姉さーん‼その時はモフモフも連れて来てくださいよ~‼」
「お前なぁ………」
「そっちかよ…………」
小さくなっていく騎士達の姿。彼らはずっと笑顔だった。
クッションのこととか色んなことのお礼がしたくて。ちゃんと王都に帰る前に挨拶ができたことが嬉しくて。
でも、こんなに離れたらなかなか聞こえないだろうか……………?
言葉じゃなくてもいい。とにかく、今の自分の気持ちを結菜は騎士達に伝えたかった。一番彼らにそれが伝わる方法で。
今、自分ができる方法。
結菜はそっと目を閉じ、両手を組んだ。ザァァと心地よく優しい風が結菜の頬を撫でる。
魔力を空気に馴染ませる。魔力が溜まりすぎないように均等かつ薄く広げるように。
鑑定さんの力を借りながら、結菜は魔法を発動した。本当は自分の力だけで実現したかったけれど……。
まぁ、魔法の発動はできるがまだ魔力量の調整や魔法の発動範囲の指定は操作するのが難しいので仕方がない。そこはまた追々練習していこうと思う。そう、練習あるのみだ。
鑑定さんの助力のもと、結菜は集中力を増していく。
結菜の方へと大気が動く。魔力を帯びた空気が光の粒となり、すごい速度で結菜を中心に吸い寄せられていった。
一瞬吹いた強い風が、俯く顔を上げさせた。
光属性と聖属性がかけ合わせられて、結菜の魔法が発動される。土が見えて丸裸だった大地に優しい魔法が降り注いでいくのをその場にいた人達はその目で確認した。
清浄で純粋な魔力がふりそそぐ………。
荷馬車を中心として波状に色とりどりの小さな花が咲き乱れていく。華麗に。そして壮大に。色づいた花達が輝かしい太陽の光のベールを受けて凛と咲き誇る。
「わぁ~‼」
「……綺麗」
「これ、は。……魔法?」
「素晴らしい……!」
目を輝かせながら乗客達が興奮して口々に言う。
一面の花畑。それはすぐに元気で青々とした草に覆われていくのだろう。でも、それでもいいのだ。伝えたい気持ちは乗せられたから。
風が吹き抜け花弁が空を舞う。花々の優しく甘い香りがあたりを包み込んだ。
御者、乗客達、賢者や勇者や騎士達が花畑となりフラワーシャワーのようになった大地を見て感動を覚えている中、結菜は思いっきり息を吸った。
「また来ます‼お世話になりました‼」
これで伝えたいことは伝えた。伝えられた。
道の角を曲がり次第に騎士達の姿が見えなくなる。嬉しさと満足感に満たされながら、結菜は賢者と勇者のもとに戻った。
ガラガラと荷馬車が音をたてて街道を走る。
町が見えなくなり、少し離れた所。
そこからでも草原の方向からあの優しい香りが風に乗って結菜達の所まで運ばれて来ていた。
柔らかい肉球の感触がする。
結菜はゆっくり浮上する意識の中、ぼんやりと朝の気配を感じとった。あとロンの気配も。
「ん~…………。ロン?」
まだ眠たい目をこじ開けるとドアップされたロンの顔がそこにあった。くりくりした目がこちらを見ている。今日ももふもふ感全開であった。
『お。起きたのだ』
結菜が目を開けたのが嬉しいのか肉球を頬に押し付けるロン。しかし、ロンの予想に反して、結菜はまた眠りへと引きずり込まれそうになる。
肉球スタンプが気持ちいいのである。素晴らしいね。本当に。
(あ~………。ヤバい。また眠りそう…………………)
スヤァ。一瞬でふたたび眠りに落ちる結菜。それをロンがスタンプしまくる。
てしてし。…スヤァ。てしてし。……スヤァ。
『主!起きるのだ‼今日は出発の日なのだぞ⁉城に帰るのだぞ⁉』
微かにその声が聞こえてようやく結菜は目を開けた。
ロンの「てしてしモーニングコール」が止む。もっとしてほしいのを我慢して、結菜はロンへ笑いかけた。
「……おはよ~。ロン」
『おはようなのだ、我が主。今日は王都に帰る日なのだ』
「……ん。わかった」
『むぅ。まだ寝ぼけてるのだ』
「ん~…………」
『主、早く起きないと肉球スタンプするぞ』
「えっ⁉マジで⁉やってやって‼」
ガバリとベッドから起き上がり、結菜はロンをガシッと掴んだ。
キラキラと目を輝かせる結菜。ロンはそんなに主を見て少し安心した。実は、ロンがいつも通り目覚めると、いつも先に起きて「おはよ」と言ってくれる結菜が今日は寝ていたのだ。
あの結菜がである。何故か太陽と競争をして、まだ薄暗い時間帯に起きてガッツポーズを決めながらたま~に奇声をあげているあの結菜が、である。
いつも通りの結菜の反応に内心ほっとする。
『主、もう太陽は登ったぞ?いいのか?』
「えっ………うそん⁉」
毛布を跳ね除け、窓の外を確認する。太陽はすでに顔を出していた。
負けた……。がっくしと肩を落とす結菜。
勝ったというのに太陽は嬉しがりさえもしない。……まぁ、嬉しがられたらそれはそれで驚きものである。ふっ。戦いはいつも虚しいもの。床に手をつきながら自嘲気味に笑う。
「……あなたは何をしているんですか」
いつの間にか賢者が部屋の扉の前にいた。呆れた目をしながら、両手に持って来た朝ごはんをテーブルに置いてくれる。
どうやら肩を落としていた時にドアをノックしてくれていたようである。部屋の中からは話し声が聞こえ、結菜の返事はなかったがロンの返事があったので入って来たのだ。
「おはようございます、ユーナさん。よく眠れましたか?」
「うん‼おはよ、賢者さん。勇者さん。昨日は楽しかったね‼」
「あぁ、そうだな」
「それはそうと今日は王都に帰ります。一日では帰れないので、いくつかの町を経由して王都に帰ります」
「それって車ではないんだよね?」
「くるま、ですか?」
「……あっ、やっぱり違うんだ。いいよ。気にしないで」
それもそうである。何しろこの世界はだいたい中世ヨーロッパぐらいの文明なのだ。
よく考えてみたら、そんな中に車があるはずもない。あったら大事だ。文明を飛ばしすぎている。
賢者が持って来てくれた朝食のパンををたべながら、結菜は内心ため息をついた。
車がないなら、もちろん電車もない。中世ヨーロッパを基準に他の移動手段を考えると馬車くらいだろうか。
(…………腰が死にそうな予感がする)
となりの椅子でお座りしているロンにパンをあげながら、結菜は少し憂鬱になった。
「くるま?ではないですが、移動手段は荷馬車を使います。幌付きですので雨風はしのげますね」
「大丈夫だ。途中で盗賊が出るかもしれないが何とかなる」
どこが大丈夫なのだろうか…………。
「そうですね。あっ、これがこれからの予定表です。確認しておいてくださいね」
「うん。わかった」
賢者から何やらびっしりメモをしている紙を受け取る。
ふむふむ。一週間かけて戻るようである。途中で温泉街に立ち寄るのか。楽しみである。
ある項目でふと目を止める結菜。それは強烈な違和感を放っていた。
「ねぇ。この王家主催のパーティーって、何?」
「あぁ、それですか。時々開催されるんですよ。今回はあなたのお披露目パーティーですかね」
「おひろめぱーてぃー?」
何それ。ハンバーガーの間に挟まっているやつかな………(※それはパティ)。
混乱しまくって軽く現実逃避する結菜。そんなゴージャスいらない。いや、本当にご遠慮したい。ゴージャスすぎて目が潰れる。
「決定事項ですから。アデレードが何気に楽しみにしていましたよ」
賢者が決定的なことを言った。……黒いのは気のせいなはずである。そう、気のせいなのだ(泣)‼
にこにこ笑う賢者にため息をつきながら、勇者が結菜に暖かい紅茶を入れてくれた。本当に紅茶が好きなようだ。ちゃっかり自分のぶんも忘れない勇者であった。
有り難いのでいただく。
「それはまだまだ先だ。ユーナ、もう少しでここを出るが大丈夫か?」
「うん。荷物もないしすぐに出られるよ」
「なら話しが早い。もうそろそろで出るぞ」
「あれ?早いね」
「荷馬車が定期便なんだ。これを乗り過ごすと次は夕方になる」
だからこんな朝早くから移動するのか。納得である。定期便ならしょうがない。
諸々の支度をすると、結菜達は定期便の荷馬車が停まっている所に向かった。
荷馬車は町の門付近に停留してある。結構大きな荷馬車である。たぶん軽く十五人くらいなら乗れるだろう。
荷馬車には自分達の他に何人か人が乗っていた。
門の隣に設置されていたあの怪我をした騎士達がいたテントはもう取り払われている。結菜は何だか寂しいような複雑な気持ちになった。
昨日は本当に濃い一日であった。昨日のことなのに、ここに一週間もいたような気分になる。
というか、この世界に来てからの毎日はいつも濃いのだが……。
(結局騎士さん達に挨拶できなかったな~。まぁ、朝早いから仕方ないんだけど…………。昨日は騎士さん達も夜遅くまで起きてたみたいだし…………)
朝っぱらから疲れている彼らをわざわざ起こすのは忍びない。
またいつでもこの辺境には来れるのだ。彼らとはまた会える。
「どうかしたのですか?行きますよ」
「…うん」
手を引かれて荷馬車に乗り込む。しばらくすると、荷馬車はガラガラと音を立てて出発した。
(やっぱり挨拶くらいはしたかったな…………)
ふぅとため息をつきながら、結菜は荷馬車の揺れに身を任せた。
荷馬車は徐々に速度を増していく。
幌が風を受けて音を立てている。
草のなくなった草原の跡地へと結菜達を乗せた荷馬車は進んで行った。
「…………!…………………………‼」
何故だろうか。誰かが叫ぶような声が聞こえる。
(…………まさかね。……そんなわけない)
一瞬騎士達の顔が頭に浮かんだが、すぐに消す。どうせそんな都合の良いことはないのだから。
「おい、誰かが後ろからついてきているぞ」
「あら本当」
「ママ。あれって騎士さん達だよね‼かっこいいな~‼」
「そうね。昨日は有り難かったわね」
荷馬車の乗客らがその声に反応して、次々に幌の張っていない荷馬車の後ろから身を乗り出し始めた。
興奮気味に話す乗客達。
結菜はその会話のある部分に反応した。もう一眠りしようと抱えた膝につけていた頭をあげる。
「…………騎士?」
「どうやら見送りに来てくれたみたいですね」
「えっ。こんな朝早いのに」
「ユーナさんも後ろに見に行ったらどうですか?」
賢者が優しく笑いかけてくれる。
乗客達が騎士達を見ようとしているからなのか、はたまた結菜と賢者の会話が聞こえたからなのか。荷馬車の運転をしている御者が荷馬車の速度を落としてくれた。ありがたい。
急いで後ろへと向かう。外へと身を乗り出すと、馬に乗った騎士達が門の方から駆けてきていた。
全速力で駆けて来る騎士達と速度を落とした荷馬車の距離はあっという間に縮まった。
「聖女様。此度は本当にありがとうございました」
「副団長さん!」
「王都までは長旅です。どうかこれを持って行ってください。少しは負担がなくなるはずですから」
馬を走らせながら笑って副団長が結菜に渡した物は柔らかいクッションであった。
副団長の暖かい思いやりにジンとなる。荷馬車での長距離移動は肉体的にキツいのである。それも荷馬車での移動に慣れていなければ余計に。それを心配して念のために持って来てくれたらしい。
結菜はお礼を言って有り難くクッションをいただいた。これで腰の心配はノープロブレムとなった。万歳である。
「姉さん!ありがとうございました‼」
「また会いましょう‼」
「ば~か。お別れじゃねぇよ」
「はははっ!そうだぞ。勇者様も賢者様も姉さんともすぐにまた会えるさ」
「姉さん、道中お気をつけて‼」
元気だ。軽口を叩きながら、騎士達は笑っていた。
「うん‼ありがとう‼」
挨拶も一段落して、だんだん荷馬車と騎士達との距離が離れていく。騎士達は馬の足を止めた。
「また来てくださいね。待ってますから‼」
「魔物の討伐の時じゃなくて、いつでも!」
「姉さーん‼その時はモフモフも連れて来てくださいよ~‼」
「お前なぁ………」
「そっちかよ…………」
小さくなっていく騎士達の姿。彼らはずっと笑顔だった。
クッションのこととか色んなことのお礼がしたくて。ちゃんと王都に帰る前に挨拶ができたことが嬉しくて。
でも、こんなに離れたらなかなか聞こえないだろうか……………?
言葉じゃなくてもいい。とにかく、今の自分の気持ちを結菜は騎士達に伝えたかった。一番彼らにそれが伝わる方法で。
今、自分ができる方法。
結菜はそっと目を閉じ、両手を組んだ。ザァァと心地よく優しい風が結菜の頬を撫でる。
魔力を空気に馴染ませる。魔力が溜まりすぎないように均等かつ薄く広げるように。
鑑定さんの力を借りながら、結菜は魔法を発動した。本当は自分の力だけで実現したかったけれど……。
まぁ、魔法の発動はできるがまだ魔力量の調整や魔法の発動範囲の指定は操作するのが難しいので仕方がない。そこはまた追々練習していこうと思う。そう、練習あるのみだ。
鑑定さんの助力のもと、結菜は集中力を増していく。
結菜の方へと大気が動く。魔力を帯びた空気が光の粒となり、すごい速度で結菜を中心に吸い寄せられていった。
一瞬吹いた強い風が、俯く顔を上げさせた。
光属性と聖属性がかけ合わせられて、結菜の魔法が発動される。土が見えて丸裸だった大地に優しい魔法が降り注いでいくのをその場にいた人達はその目で確認した。
清浄で純粋な魔力がふりそそぐ………。
荷馬車を中心として波状に色とりどりの小さな花が咲き乱れていく。華麗に。そして壮大に。色づいた花達が輝かしい太陽の光のベールを受けて凛と咲き誇る。
「わぁ~‼」
「……綺麗」
「これ、は。……魔法?」
「素晴らしい……!」
目を輝かせながら乗客達が興奮して口々に言う。
一面の花畑。それはすぐに元気で青々とした草に覆われていくのだろう。でも、それでもいいのだ。伝えたい気持ちは乗せられたから。
風が吹き抜け花弁が空を舞う。花々の優しく甘い香りがあたりを包み込んだ。
御者、乗客達、賢者や勇者や騎士達が花畑となりフラワーシャワーのようになった大地を見て感動を覚えている中、結菜は思いっきり息を吸った。
「また来ます‼お世話になりました‼」
これで伝えたいことは伝えた。伝えられた。
道の角を曲がり次第に騎士達の姿が見えなくなる。嬉しさと満足感に満たされながら、結菜は賢者と勇者のもとに戻った。
ガラガラと荷馬車が音をたてて街道を走る。
町が見えなくなり、少し離れた所。
そこからでも草原の方向からあの優しい香りが風に乗って結菜達の所まで運ばれて来ていた。
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