異世界転移した町民Aは普通の生活を所望します!!

コスモクイーンハート

文字の大きさ
上 下
65 / 75
第6章 王都への帰還の前に

第六十三話 夢の中の少女

しおりを挟む
 
 淡く輝き、果てしなく続く水平線の水面のような地面。それに対して、満天の夜空のようにきらびやかに数多の星々がまたたく空。地面が淡く光を讃え、空が美しい闇を携えている。
 そこは現実とは思えないほどの美しい世界であった。ほぅと息を飲む。
 水平線のように永遠に続く半透明な地面を彼女はすっと撫でた。地面はまるで水のように波紋を描く。
 半透明だけれど、その地面の先はぼやけていてまるで見えない。しかし、すぐ先の方はすごく綺麗に見えるのである。
 彼女はこの不思議な地面が好きであった。この地面の先には自分の大好きな世界が広がっているのだから。
 横たわっていた身体をそっと起こす。
 最近は特に体調が悪い。いや、体調が悪いというよりも動けなくなっているという方が近いのかもしれない。まぁ、もともとそんなに動くことは今までまるでなかったのだけれど。
 自分の身体に巻き付く長い銀髪をばっと跳ね除け、視界に入ってくる横髪を耳にかけた。
「なんじゃ?起きてしまったではないか。妾はもう少し寝たいのじゃが……」
 ふわぁと大きなあくびをする彼女。眠たそうである。
 最近はよく眠るようになった。体調というか、すごく強い眠気が常に襲ってくるのだ。
「年かのう………」
 年という割には幼いのではなかろうか。いや、どう考えても幼すぎる。
 銀糸のような髪に、さくらんぼのように赤みを帯びた小さな唇、色々な色にくるくると変わる宝石のような大きな瞳。瞳はまるで色々な色の空を写し込んだかのようであった。
 そんな美しい姿で口調も非常に大人びているのだが、彼女の身体は小さかった。まぁつまり、端的に言うと幼女である。……そう。幼女、なのである。
 彼女はやれやれとため息をつきながら自分を起こした元凶を見やった。
 
 パキンッ

 空の一部が引っかき傷でも付けたかのように亀裂ができている。割れた所からは星屑のような欠片がパラパラと落ちてきていた。
 むぅ。本当に厄介である。何度も何度も直しても壊れる空。
 星屑の小山が地面の上にできていた。赤。白。金。まるで宝石箱のようだ。しかし、キラキラ光るそれは一見ずっと眺めたくなるようだが、そのまま放置しておくわけにはいかない。
 だって、この星屑は世界の韻律そのものなのだから。
「はぁ………面倒じゃのう。何度もこう壊れられるとさすがに辛いのじゃが……」
 面倒だからと言っても自分しかこれを治すことができる者はいない。これは《a-e'v》としての役目でもある。彼女は渋い顔をしながら謳い始めた。

「a-524'x.-5h5bM:.-:xim-5h"ag4yaq524M」
 ー世界の理。命の基盤。韻律は命をかたどる神の言葉ー
「74z74z745fAgk.@YbMe8k74xgp/」
 ー戻れ戻れ元の姿に。あるべき場所に戻りたまえー
「a-5aghA2'zyp/k,F"n4ikn4i"Fk.@jg5Me8/474xjd-」
 ー世界の形が壊れる前に、全てを一つに一つを全てに。あなたの場所へと戻りなさいー

 謳いながら手を壊れた空へと向ける。彼女の声に空が反応して、またたいているだけだった星々がざわざわと光を放った。もともと綺麗であった空が宝石箱のように煌めいている。
 崩れて小山になっていた星屑も、彼女が空を撫でるようにするとサァと元の場所へと戻っていった。
 ジグソーパズルの小さなピースが空いている所に埋まるようにパチパチとはまる。
「ふぅ………こんなものかの。それにしても最近空が崩れやすいのう。まだマシじゃが、またいつ崩れるかわからぬ」
 本当にやれやれである。眠りが深くなるごとに崩壊の周期が早まっているのだ。これはいただけない。
 彼女は立ち上がって天の高い所を見つめた。
「妾に俯瞰図を見せるのじゃ」
 ぐんと視界が広がり、全てが視える。
 俯瞰図には世界の全てが詰まっているのである。過去や未来。この世界も。そして水面の下に広がるあの世界も。
 それは世界の構成要素や命の基盤たる韻律、果ては運命さえも書き込まれている壮大な設計図のようなものであった。そう。全てのために創られた大まかなあらすじ。
 細かいことは決まってなどいないし、その時々によって色々な要因が絡まるので運命というものは変わることなど多々あるのだ。
 彼女はそのくるくると変わる運命が大きく変わらないように調整する。滅びへと真っ逆さまに落ちないように少しずつ少しずつ調整するのだ。
 多少運命が変わろうとも、それは彼女からしてみれば知ったことではなかった。
 ただ調整して管理するだけである。
「……不具合はあそこじゃな」
 赤みを帯びた一つの星に目をやる彼女。彼女がその星を手で呼ぶと、空から赤い流れ星が落ちてきた。
 一筋の紅い帯となり彼女の掌へ真っ逆さまに降って来る。

 …………シャャャャャャャン………………

 鈴の音のような音が鳴り響く。
 彼女の小さな掌の上でパチパチと紅い光を弾けさせながら、流れ星はふるふると震えていた。流れ星から赤や白といった眩い光が放たれている。
 彼女はその華やかで宝石のようなそれを手の上でころりと転がした。
 あぁ、あった。傷である。
 これは治しておかなければ他の星にも影響を与えるだろう。そうなればまた世界が破綻する。
 彼女がそっと両手で流れ星を包み込むと、流れ星の傷はゆっくりと元通りになった。
 元の場所へと星を還す。
「これでしばらくは保つじゃろう。……ん~‼さて、昼寝じゃ昼寝じゃ♪」
 大きく伸びをしてバシャリと地面に倒れ込む。
 勢いよく倒れ込んだにもかかわらず衝撃はまるでないし、彼女の身を包む真っ白な布の服は濡れもしなかった。
 一仕事終わった後の一眠りは最高なのだ。この頃はいつも眠いからか、より一層幸せなのである。
 ふにゃふにゃとまどろむ彼女。横になったらもう襲ってくる眠気には逆らえない。
 しかし次の瞬間、カッと目を見開いた。
「むむっ⁉………おぉ、忘れておったわ」
 横たわっていた身体を軽く起こしながら、彼女は空を見上げた。遠くを見ているような近くを見ているような目を向けて、彼女は笑顔を浮かべる。
「すまんの。ついついうっかりしておったわ。気づいてはいたが、作業に集中しておったからの」
 恥ずかしそうに笑う。
「妾にはそなたに干渉するつもりはなかったのじゃ。じゃがの、そなたは妾の片割れのようなものじゃ。そなたが異なる世界からこちらに来た時に、妾と意図せず韻律を交えてしまったからのう。………妾が弱っているせいで、知らず知らずのうちにそなたとの距離が近くなってしまったようじゃの」
 少し俯きながらそう言う彼女。耳にかけられていた彼女のさらりとした柔らかい銀髪が一瞬顔を隠す。
「……すまぬ」
 いきなりしょんぼりと謝られても困るのだが……。
 呟くような小さな声だったが、静かなこの空間では丸聞こえであった。
「まぁ、せめてものお詫びじゃ‼妾の力でそなたは責任を持って還すぞ!あと、お土産とお詫びついでに、そなたにはいくつか便利機能を授けておこうかの。使い方はそなたの《鑑定+》にでも聞くがよい。無料割引特売大セールじゃ!喜べ‼」
 お茶目にウィンクしながらそう言われても……。
 まぁ、くれると言うのであれば有り難く貰っておこう。損はないはずである。
「うむ、成立じゃな。……あぁ、還す前にもう一つ。あまりこちらの世界には来ない方がよいぞ?今はまだそなたはそなたであればよいのじゃ。よいな?まぁ、妾も気をつけるがの」
 有り難い忠告である。
 言い終わると彼女は満足そうな顔でふたたび寝転がった。
 こちらを見つめたまま謳う。瞳が優しい色を奏でていた。

「2hw4@hw"ijEpe8_.@jg1cynax5qh".4bAsCy@hw4……」
 ーこちらとあちらを繋ぎましょう。あなたを送る光の道を。時が巡るあちらへと……ー

 その途端、ざぁと意識が遠くへと持っていかれる感覚がした。
 暖かい光が脳内に煌めく。視界が眩い光で埋め尽くされた。
 驚いて彼女を見る。
 最後に見た彼女は、あっという間にふにゃふにゃと眠っていた。それは何とも安らかで幸せそうな寝顔であった。



しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

処理中です...