異世界転移した町民Aは普通の生活を所望します!!

コスモクイーンハート

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第5章 聖女として……

第五十三話 浄化の準備

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「それにしても、まさかあなただけでなく騎士全員が来るとは思いもしませんでした」
 賢者は聖魔法をかけられて淡く輪郭が輝く騎士達をぐるりと見やった。
「怪我をしている者も多くいたでしょう。それが全員ピンピンしているとは………」
「ん?あぁ、それは私がヒールを騎士さん達にかけまくったから。今は《瘴気汚染軽減》をかけてるから何の問題もないよ。皆戦える」
 何処をどう取れば問題がないのか。
 いや、確かに問題はないが、ある意味問題なのではなかろうか。
「そっ、そうですか……」
「そうですよ、賢者様。ヒールであっと言う間に怪我人が回復されていきましたから‼いや~、聖女様は凄いですね‼いや、本当に‼」
 曖昧な賢者の返事に、騎士の一人が興奮気味に言う。
 彼は結菜の治癒を受けた者の一人であった。恩を超えて若干崇拝の念を感じる。一旦落ち着くべきだろう。
 結菜が真っ暗な中蠢く大きな影を見つけて賢者に問うた。
「で、賢者さん。今どういう状況なの?あれって魔物だよね」
 もがきながら再生していく姿はまさしく異形の姿であった。
 少し離れた所から見ていてもそれだけはわかる。
 今も咆哮を上げながら自身の身体の再生をしていく魔物は、どこか囚われているかのように苦しそうだった。
 はっとして、皆がそれに警戒する。
 魔物はもうすぐで怪我を完治する所であった。時間がない。
「何度もあれに傷を負わせましたが、何度も回復されています。はっきり言ってジリ貧ですよ。私も勇者も限界が近い」
「魔物が回復するのって瘴気が原因?」
「はい」
「なら手があるよ」
 視線が結菜に集まる。結菜は作戦を皆が聞こえるように早口で伝えた。
「私がここ一帯の浄化を行う。それには瘴気の渦の中心にいる魔物にできるだけ近づく必要があるの。瘴気を浄化したら魔物はもう再生なんてできなくなるでしょ?それに浄化するには聖魔法を使うから魔物にとっても痛い攻撃にもなる。だから、まず私が魔物の所まで行ける状態にまで持って行って欲しいの」
「魔物の近くって……。それこそ危険ですよ」
 躊躇するような賢者の肩に勇者が手を置き、首を振った。
「それでもやるべきだ。俺らが奴をぎりぎりまで追い詰める。ユーナが浄化できる道を作るんだ」
「はぁ……。……そうですね。もう瘴気をなくすしか倒せられそうにないですから。わかりました。乗りましょう。その作戦に」
 一つため息をつくと覚悟が決まった。もう後戻りはできない。
 勇者と賢者と結菜はお互いを見て頷き合った。
 一か八かである。
「副団長殿、お願いがあります」
「わかっています。そのためにも我々騎士団はこの場に戻って来たのですから」
「頼みます」
「はっ」
 側で結菜達の計画を聞いていた副団長はすぐに騎士達に指示を飛ばした。
「皆よく聞け‼部隊に分かれて我々はあの魔物の力をできるだけ削る!部隊長は指示に従って展開しろ!いつものように状況に応じて動け!聖女様まで繋ぐんだ!勇者様と共に奴を追い詰めるぞ‼続け‼」
「「「「「おぉぉぉぉおお‼」」」」」
 騎士達が一斉に魔物の周りを囲むようにして、展開していく。
 彼らは飛び出す副団長と勇者に付いて魔物への攻撃を仕掛けた。
 硬い魔物の皮膚に幾重も剣の傷が斬り込まれていく。
 《世界の言葉》をエンチャントしている勇者の威力はやはり大きい。ザクッと一撃ごとに深い傷が埋め込まれていく。
 しかし、騎士達も負けてはいなかった。無数の攻撃が放たれている。
 騎士の攻撃は勇者ほどではないが、結菜が施した聖魔法が彼らの攻撃力を上乗せしていた。《瘴気汚染軽減》も立派な聖魔法である。魔物には効く攻撃となっていた。
 しかも、瘴気を浄化する付属機能もつけられているので、彼らの攻撃も馬鹿にできない威力を発揮しているのだ。
 流れ星のような無数の光が魔物を包囲し、飛び交っている。
 一際大きな煌めく白銀の光が魔物の頭上に飛び、魔物を切り裂いた。

 グオオオォォォォォ……‼

 叫び声が唸る。回復しようにも矢継ぎ早に繰り出される数々の攻撃には流石の魔物も堪らないようだ。
 勇者が放った剣戟の光の残滓を見ながら、結菜はぽつりと声を漏らした。
「あの魔物相手に…………。凄いな……」
「そりゃそうです。でも、あなたがいたからですよ」
「えっ?」
 思わぬ賢者の言葉に驚きの声をあげる。
 残ったのは結菜と賢者とロンのみ。後援部隊である。最後の一撃を任された三人は魔物から少し離れたこの場に残っていた。
 離れた所から剣戟の音と叫び声が聞こえる。
 目を見開く結菜に賢者は微笑んだ。
「もしあなたが来てくれなかったら、私達はどうなっていたかわかりません。もしあなたが騎士達全員に治癒を施し、全員を伴って来てくれていなかったら……。あなたが状況をいい方向に変えたんです」
「……………」
「ユーナさん、あなたがラストの攻撃ですよ。私はあなたを全力でサポートします。私を信じて任せてください。守ります。何としてでも」
「……うん。わかった」
 賢者の覚悟をその瞳から垣間見た結菜は、すぐに視線を魔物の方向から外し、思考をフルスロットルした。集中、集中‼
 まず大前提として、自分には魔法の知識が驚くほど少ない。それは聖魔法も、である。この魔法が存在する世界に来てからたった一ヶ月ちょいしか自分はいないのだから無理もないのだが………。
 まぁ無いものねだりなどしてもしょうがない。
 今まで自分が魔法を使ってきた方法は鑑定さんか気合いでなんとかしてきた。
 鑑定さん、今回もやってくれるだろうか………。

《残念ながら無理です。《瘴気汚染軽減》と瘴気の浄化作用の続行及び魔力操作により、手が及びません。大人数が魔力酔いを起こさず、かつ瘴気の影響がないぎりぎりのラインの調整が個人個人に差があるため困難です。レベルがもう少し上がれば可能でしたが……。小規模聖魔法の展開なら可能ですが、それだと威力が足りないでしょう》

 ある程度予想はできていたが、現実が突きつけられる。今まで補佐をしてくれていたその助けが一切借りられそうにないのは明白であった。
 いきなり補助輪を外された自転車に乗った時みたいな気持ちになる。

《そこで、管理者であるあなたが直に魔法を使用することをおすすめします。今までは正式な魔法の発動をしていません。スキル《鑑定+》、私が管理者の要請を受け、間接的に魔法を発動していました》
 
 ふむふむ。

《管理者本人よりもその威力は半減されて、今までは魔法発動がなされていました。管理者が直接魔法を発動することをおすすめします》

 …………ん?半減?今恐ろしい言葉が聞こえたような………。
 たらりと冷たい汗を結菜は流す。
 それならあのヒールもそうだったっていうことになるのだろうか………?あんなに皆に驚かれてたのに……?
(えっ?何それ……。そんなのあり………………?)

《ありです。私を通して発動するよりも広範囲に影響を与えられます。この状況に一番見合った聖魔法を教えますので頑張ってください。補佐となる魔法はこちらで発動しますから安心してくださいね。聖魔法は他の魔法と違って難しいですよ?》

 丁寧に答えてくれてありがとう‼本当に‼もうやけくそである。何なんだろうか。本当に。生徒に宿題を追加で出す先生のように言葉をかけてくる鑑定さんに何か言いたい気分になる。
 どっと疲れを感じる結菜であった。
 しかし、まぁ何とかなりそうである。結菜は大丈夫だと賢者に伝えた。
「良かったです。……それにしても、いつ聖魔法を覚えたんですか?」
「あ~。ちょっと頑張った時があってね‼あはははは‼」
 本当は今から覚えるんだけどね‼内心ツッコミながらも何とか取り繕う結菜。
 バレるなよ。バレるなよ。バレるなよ。てか聞くなよ。と何度も心の中で繰り返す。
「そうですか。あっ、ちょうど魔物に大きな傷が入りましたね。そろそろですか。いいですね?」
 ホッと内心ため息を付きながら、結菜は賢者の見る方向に目をやった。
 魔物の方を見ると確かに致命傷となり得るほどの傷がぱっくりと割れていた。真っ黒の断面から大量の瘴気が撒き散らされる。 
 すでに枯れていた草も汚染の影響でなくなり、更地のようになっていた。
 魔物の活動が鈍くなっている。確かに賢者の言う通り、チャンスのようだ。
「うん、行けるよ。ロンお願いね」
『うむ‼任されたのだ‼』
 ザッザッとロンが土を鳴らし、今か今かと息を潜めている。準備万端なようだ。
「では行きますよ‼」
 賢者が《世界の言葉》を唱えて身体能力を強化する。それはロンと並ぶ速さであった。
 一行は魔物に留めを刺すため、風のような速さで走り始めた。



 
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