光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

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 なんとなく、秋が終われば次はクリスマスの準備に取りかかる気がしていたが、店での話題はホリデーシーズン、長期休暇の話になる。実家ではこの時期になると、クリスマスに向けて慌ただしくなるので、蓮は拍子抜けした。

 考えてみればこの世界は女神信仰で、イエスキリストが存在していない世界だ。クリスマスなんてあるわけがない。わかっていても、身近だったものがなくなれば、物足りないような気分になった。

 別に蓮はクリスチャンではないし、クリスマスがなくなったところでどうということはないのだけれど、習慣とは恐ろしいもので、妙に意識に引っかかる。それらしいことをすれば気も済むかと、当日にはチキン料理をメインにして、二人で食べきれる小ぶりなケーキを焼くことにした。

 ブッシュドノエルもいいけれど、蓮としてはやっぱり真っ赤なイチゴがのった、生クリームのデコレーションケーキだ。
 テレビのCMで見かけ、予約お願いしますと広告の掲示で見かけ、すっかり意識にすり込まれている。子どものころの野望は、ホールケーキを独り占め、そのままフォークで好き勝手食べることだった。

 それが出来る歳になってやると、最終的には後悔するのだけれど。
 夢を叶えるためにやるなら、せめて四号、間違っても家族サイズの八号でやるものではない。甘い物が好きでもきつい。そして食べきれなかったケーキの無残さは、翌日食べる際に見ると切なくなる。けれどそれもディルクとなら、笑い話にしながら翌日も楽しく食べられそうではあった。

(やっぱり、クリスマスをスルーするのはもったいないな)

 蓮にとってはそういう日だと話せば、ディルクはきっと付き合ってくれる。なんでもない日に、ちょっとした特別を楽しむのも悪くなかった。

「なあ、レン」
「はい」
「年末年始は、ディルクと一緒にうちの実家に来ないか?」

 手を動かしながら蓮がひっそりと目論んでいると、思いがけない誘いをダーフィットにもらう。ホリデーシーズンなので、店も長めに休む予定になっていた。

「エミリーも、レンのこと気に入ってるからさ」
「家族で過ごすんじゃないんですか?」
「もう、レンも家族みたいなもんだろ?」
 そんなことを言われると、嬉しい。
「えっと……俺はいいんですけど、ディルクは?」

 仕事がどうなるのか、聞いていない。騎士団は蓮の中では警察みたいなものなので、ホリデーシーズンと言われても、休暇が取れるイメージはなかった。

「忙しいのは近衛騎士と第一騎士団だから、ディルクは休みだろ」
「へぇ」

 所属する団で役割がわかれていると、蓮は初めて知る。機密事項の多そうな職種なので、あまり突っ込んで聞くことはなかったし、聞かなければディルクは話さない。

「近衛と第一から、不満はでないんだ?」

 おまえたちばっかり休んで、とかありそうな気がする。代休的なものが、どこかでもらえるのかもしれないが、特別な日には休みたいと思う人も一定数はいるはずだ。

「逆だよ」
「逆?」
「新年を祝う場の警備ができる自分たちこそが、花形の騎士だと思ってんだ。王侯貴族の集まりに関われなくて残念だなって、他を見下してるから働かせとけばいいんだよ」

 王族主催の夜会など、色々とある催しに、近衛と第一騎士団は得意げに警備にあたるようだ。

「花形、かぁ。そういうもん?」
「さあ? 考え方の違いだろ」
「まあ、そうだな」

 ふっと、蓮は王族で思い出す。新年の祝いに欠かせない菓子にも、そんなのがあった。

 蓮が何歳の頃だったか忘れてしまったが、弟がいたのは覚えている。子どもたちを楽しませようとした父親が、ガレット・デ・ロワを作り、気まぐれに店にも並べたら人気が出てしまい、翌年から限定予約制になった。

 ガレット・デ・ロワは、アーモンドクリームをたっぷりと入れたパイだ。陶器製の人形をフェーブとして仕込んで焼き、切り分けた中に入っていると幸運が訪れると言われている。フェーブが出てきた人は、王様(女王様)になれ、王冠をかぶってその日一日みんなから祝福されるのだ。

 中にひっそりと仕込まれた、一日王様になれるフェーブが当たるのは嬉しい。けれど子どもに待ては難しく、そろりと食べるなんて頭もない。結果、蓮のところにフェーブが当たったのはいいが、歯が折れた思い出だ。

 ぐらぐらと揺れていた乳歯だったけれど、前歯だったのでいい笑い話でしかない。歯がない間抜けな顔で、母が作った王冠をかぶった写真があった気がする。楽しかった記憶が甦り、べーレンズ家の家族が集まる場で、ガレット・デ・ロワでどきどきわくわくを楽しんでもらえたらいいなと蓮は思った。

「レン? どうかした」
「いや、うん。俺が行ってもいいのかなってのと」
「いーんだよ」
 まるで言い聞かせるように、少し強めに言われ蓮は驚く。

「お、おう。ありがと」
「あとは?」
「新年を祝う菓子があったなーって、思い出してさ」

 ざっと説明すると、ダーフィットの目が輝く。興味津々の顔は、知らない菓子に触れることのできる喜びだ。さすが職人と言いたくなった。

「とりあえず、見本焼くから詳しく教えろよ」

 そしてあっという間に、商機を逃さない商売人の顔になるから笑う。

「ダーフィットさんが焼くなら、それを持って行く?」
「やだよ」
「ええ」
 即座に、却下されてしまった。

「レンが作ったものだから、いいんだよ」

 それならと、おじゃまする前日に、陶器の人形をフェーブとしてしっかり仕込んで焼き上げた。

 初めて実家におじゃましたけれど、すごい、の一言だ。
 大きな屋敷に、大勢の使用人、驚くことばかりだったけれど、公爵家になればこんなものではないと言われ、蓮が想像できる範疇を超えた。

 迎えてくれたべーレンズ家の人たちは、蓮にとても好意的で、歓迎してくれるから逆に戸惑う。家族団らんの中に、居るのが当たり前のように受け入れてくれた。

 持って行ったガレット・デ・ロワは、ゲーム性もあり特に子ども三人が瞳を輝かせた。カットするのも、蓮が任される。重大な任務だ。

 取り分けると、みんながそわそわする。遊びだとわかっていても、当たれば嬉しい。
 王様だーれだ、ではないが、フェーブが出てきたのはエミリーで、子どもらしく飛び上がって喜び、蓮に抱きついてきた。

「幸運がおとずれるって、言われてるんだよ。おめでとう」

 微笑ましさに表情を緩め、用意した王冠をエミリーの頭に乗せる。食べる際に、絶対に思いっきり噛まないように、と蓮がアドバイスしたおかげで、歯がダメージを受けることもなく、終始笑顔だった。

 なぜか、ディルクは仏頂面をしていたけれど。

 そして店に出した分も、見事に完売。
 口コミでかなり評判になり、問い合わせもあったので、来年が大変そうだ。
 
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