23 / 41
22
しおりを挟むかすかな、雨の音が蓮の意識を引き上げる。ゆるく瞬きを繰り返し、眺め見た窓の外は鈍色の雲のせいで薄暗い。雨は憂鬱な気分にさせられ好きではないが、雨の日の二度寝は好きだった。
店は営業しているが、蓮は休みだ。慌てて起きる必要はない。
ざあざあと降る雨の音を聞きながら、ベッドの中で怠惰に過ごす時間が、とても贅沢な気分にさせられる。けれど今は心地好いまどろみは消え去り、耳につく雨の音がただただ憂鬱を誘った。
身体を起こし、雨の音に混ぜるのはため息だ。
かもしれない、が現実になった。魔獣討伐の編成部隊にディルクは名を連ね、遠征に出かけて行った。
移動の関係もあり、おおよそ一ヶ月くらいの日程だと聞かされている。想像よりも長期間であることに、蓮は驚いた。せいぜい、数日間のことだと思っていた。
討伐のための遠征は、騎士団では珍しいことではない。そう付け加えたディルクは、蓮がダーフィットの家に遠征中は滞在できるよう、さらりと段取りをつけてきた。渋るような素振りを見せていたのに、妙に手際がよかった。
「一人でも平気なのになぁ」
子どもではないのだから、留守番くらいできる。そんな蓮の主張は、ディルクとダーフィットの二人にするすると流され、仕事場の店舗から続く住宅に広い一室を与えられた。
「ディルクが使ってるだけの部屋だから、遠慮なくどーぞ」
まれにだが、泊まることもあるようで、その際に使用している部屋だった。
着替えも、少しだけある。ただ本当に泊まるだけの部屋らしく、家具も最低限のものしか置いていない。
「俺が、使ったらだめなのでは?」
勝手に、私室を使うのと同じだ。
どうぞ、と家主に言われても、蓮はなんだか気が引けた。
「今度から泊まるときは、二人でこの部屋を使えばいいよ」
なぜに? そんな蓮の心の声は届かない。
他にも、いつものメンバー三人が、泊まる部屋もあるとダーフィットは教えてくれる。おかげで、雑魚寝の類いだと理解した。
「酒が入るとさ、帰るのが面倒になるんだよ。だから、アイツらしょっちゅう泊まってくんだ」
苦笑しながら、ダーフィットが肩をすくめる。
飲むとなると、仕事の後だ。当然、疲れている。酒場に行くのも、そこで飲んでから帰ることも億劫で、いつからかダーフィットの家に移動して飲むようになり、勝手に泊まっていくので部屋を用意するに至った。
(仲いいんだな)
四人の関係性が羨ましくなる。ふざけ合って、仕事では真面目に向き合って、いい関係を築いている。ふっと、蓮の脳裏に元の世界の友人たちの顔が浮かんで、消えた。
「あいつら、レンがいるときも泊まるだろうし、レンもディルクはいないんだし、気軽に滞在してくれていいからな。自分の部屋だと思ってさ」
「ありがとうございます」
あたたかく迎えられ、ダーフィットとの同居生活が始まった。
が、本当に四人で暮らしているのではと思うくらいに、店を閉めた後も、同じメンバーが顔をそろえている。何かと蓮を構いたがる人が増えた分、賑やかだ。
そんな騒がしい環境に身を置けることに、蓮は数日で感謝することになる。日がたつにつれ、ふとした時にディルクの不在を強く感じ、不安も一緒に連れてきた。
一人でいると、気を紛らわせるのも難しい。
けれど店や、ダーフィットの家でも、案外ひとりの時間は少なくて、話しているときは不安な気持ちは忘れていられた。
「心配か?」
表情が曇っていたのか、レオンが気遣うような眼差しを蓮へ向ける。
「そう、ですね」
「レン、心配しすぎだろ」
隠すこともないので肯定すると、リュークから突っ込みが入った。
今夜の食卓も賑やかだ。中華っぽいものを、蓮が用意した。
四人と会話を楽しみながら、共に食事をするのは楽しい。それなのに、賑やかな中にいるのに、何かが足りない感覚が消えなかった。
「だって、魔獣討伐だし」
店で働くようになって、順調に知識が増えている。王族、貴族、平民、優先順位がはっきりしていて、蓮が思うより人の命は軽い。とても死が近い世界だと、知ってしまった。
「レンの世界には、魔獣は存在しないのだったな」
「うん、いない」
未知のものは、より強い不安を感じる。それなのに、一度遠征に出てしまえば、戻るまで連絡を取ることは叶わない。
誰もが簡単に連絡が取れるスマートフォンのようなものは存在せず、無事を確認する手段がなかった。まるで聞いた話でしか知らない、一昔前の日本のようだ。
高度な魔法を使える者同士ならば、使い魔や念話と呼ばれるもので連絡を取ることも可能らしいが、蓮には魔法の才能はない。本当に、ただ待っていることしかできなかった。
「だからさ、すげぇ危険な生物想像しちゃって。怪我とかさ、しないかなって」
うっかりディルクが口にして、ダーフィットに窘められた台詞が、ぺたりと思考に貼り付き忘れられない。
「アイツがよけいなこと言うから」
「回復魔法の使い手も同行するし、ディルクは強いよ。なにより、第一王子殿下も同行するってことだから、怪我人なんてそうでないだろ」
リュークのフォローに、蓮は余計に気持ちが重くなった気がした。
「普通、王子の盾になるんじゃないの?」
懸念を、蓮はそのまま口にする。それを受けた四人の表情は、少しも曇ることはなかった。
「あー、そう考えるのが普通か。逆だよ」
「逆って?」
「第一王子殿下は、まわりが止めても自ら前線に行くんだよ。王族だけど、部下を盾にする人じゃないから、安心していいよ」
すぐに、レオンが疑問に答えてくれる。それに続くように、リュークとヨリックが口を開いた。
「むしろ、盾になりそうな人だよなあ」
「荒事専門のようになってるしな」
友人が騎士団にいるので、確かな情報だと断言される。それはそれで、蓮を混乱させた。
「王子がそれでいいの!? 第一王子って、次期王様じゃないの?」
「王位継承権は二位なんだ。弟の方がうえ」
「え、なんで?」
「この国の方針なんだよ。正妃の子の方が高くなる」
第一王子の母親は、隣国から嫁いできた側妃だ。
そっかぁ、と新たに増えた知識に、蓮は頷いた。
「それでも、王位継承争いはなくならないんだけどな」
「ええ!」
「権力には派閥があるからな」
ダーフィットの家は、元は商人の出なのでどこにも属していない。ヨリックの家も貴族で、中立派だと教えてくれた。
「本人の意思とは無関係に、画策しようとする者がどうしてもでてくるんだ」
「めんどくさ」
「国の上層部なんて、そんなものだろ」
そのリュークの一言で、納得してしまった。
「殿下はこの国一の魔法の使い手で、魔力も膨大だ。剣の腕も確かだから、よほどのことがない限り、普通の魔獣じゃ誰も怪我なんてしないよ。今までも討伐に出たことがあったけど、騎士がケガしたとかそんな話聞いたことがないくらいだ」
それを聞いて、蓮はやっと気持ちが緩む。
「けど、魔獣が増えてるって、結界が弱くなったんかな」
「そうだとすると、今この国に聖女様はいないから、どうなるんだろうな」
「遠征が増えないといいけど」
ぽつりと落とされた懸念が胸の中に落ち、じわりと不安となって蓮の中に広がっていった。
313
お気に入りに追加
800
あなたにおすすめの小説

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる