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6 夢のような
しおりを挟むまおさんの手に何度か扱かれただけで、本当にみっともないほどあっけなく、その手の中で果ててしまった。
キスしようと唇を触れ合わせたまま、おかしな声を上げながら射精していた。恥ずかしがる間もなく、まおさんは俺よりも少しだけ後に、俺の顔を見ながら俺の手の中に熱いものを吐き出した。
互いの手で扱いていると、どちらが自分の手なのか、自分でしているのか相手にしてあげているのかよくわからない不思議な感覚に陥っていた。
それでも、いつも部屋でこっそり自分でする時とは異なり、まおさんの体温と吐息と肌の感触を直接感じ取り、まおさんの色気に満ちた表情と声を目の当たりにするという、夢のような時間が確かにあった。
その証拠に、ふたりの手とまおさんの着ていたTシャツの腹の部分は、ふたり分の体液でべたべたに汚れていた。
ティッシュでまおさんの上に溜まったものをこぼさないように慎重に拭き取る。ソファーの上で仰向けに寝そべっていたまおさんが、だるそうに首を持ち上げながらシャツの裾をそっとつまんだ。
「汚しちゃった」
「ごめんなさい……」
「ショウの服だよ。こっちこそごめん」
明日洗濯するね、とまおさんがゆっくり上体を起こす。「明日」という単語に俺は静かな興奮を覚えた。
明日も、ここにいてくれるということだと思うと、一瞬で満ち足りた気分に浸れるのだから我ながら単純なことだと笑ってしまう。
まおさんがのろのろとシャツを脱ぐ間に、俺は自分の部屋から別のTシャツを取ってきた。リビングに戻ると全裸のまおさんがソファーの上で俺を見ていた。
まおさんの裸は大輔との行為の時に何度も見ていたはずなのに、なぜだかとても特別な光景のような気がして、俺は不自然に目を逸らしながら綺麗なシャツを手渡した。
「まだ新しいじゃんこれ」
シャツを見たまおさんが突き返すように俺の手に戻す。
「寝間着にするのは悪いよ」
「そんなことないから、それ着て」
「大輔のがなんか残ってるだろ。そっち借りるよ」
立ち上がろうとするまおさんをとっさに制していた。
「いいからそれ着てってば」
口調が少し強くなってしまった。
拗ねた顔をしていたのかもしれない。まおさんは眉を寄せて困ったように微笑んでから、「わかったよ」と今度こそシャツを受け取った。
*
まおさんがもう一度シャワーを浴びる間、俺は自分のベッドに寝そべって、まおさんとの時間をひとり思い返していた。
唇に、手のひらに、太腿に……。触れ合った箇所ひとつひとつの細胞が、まおさんの感触を鮮明に記憶しているように感じられる。
まおさんはどんなつもりで俺に寄り添い、キスして、あんなことをしたのだろう。
ただ人恋しかっただけなのか。
俺が好きだと打ち明けたから、同情してくれたのか。
俺があいつの弟だからなのか。
考えれば考えるほど、前向きに捉えたい自分と、そうではない自分とが頭の中で不毛な葛藤を繰り広げる。
尋ねてみればいいことなのだ。勇気を振り絞って。
最悪、どんな関係でもいい。まおさんが俺のそばにいてくれるなら。……そんな風に思う瞬間もあれば、本当にそれでいいのか? 自分だけのものにしたくないのか? と自分を叱咤する声が聞こえてくる時もある。
どうしてこんなに、まおさんのことを好きになったのだろう。
枕に頬を押しつけ、白い壁を見つめながらぼんやりと考えた。
「ショウ?」
名を呼ばれて飛び起きた。いつの間にか眠っていたのだ。
振り返ると先ほど渡したシャツを着たまおさんが、部屋のドアを少し開けて顔を覗かせていた。
「起こしちゃったのか、ごめんね」
おやすみ、とドアの向こうに消えようとするのを慌てて呼び止める。
「まおさん待って。一緒に寝たい」
きっと今夜も狭いソファーで眠るつもりだったのだろう。俺は壁際に寄ってベッドのスペースを半分空けた。大の男が並んで眠るには多少窮屈かもしれないが、ダブルサイズだからソファーよりはきっとましだろう。
「一緒に、寝るだけ。お願い」
空けた部分のシーツを軽く叩いて顔を見る。まおさんは仕方がなさそうに薄く微笑んでから、部屋に入ってきた。
何度もこの家を訪れたことのあるまおさんが俺の部屋に足を踏み入れたのは、引っ越しを手伝ってくれた日以来だった。
まおさんは俺の横に仰向けに寝転がると、何か言いたげにちらりとこちらに視線を向け、それから上に向き直って目を閉じた。俺はリモコンで部屋の明かりを消してから同じように仰向けになった。
まおさんがいる側の腕の皮膚に、まおさんの体温を感じる。
まおさんが俺のベッドにいて、俺と並んで横たわっている。
いつかあってほしいと願いながら、想像しがたかった状況が今現実となって起きているのがなんだかとても不思議なことに感じられる。
ふと、まおさんがもぞもぞと動き、指先が軽く触れた。
その指を握ると、まおさんも握り返してくれた。
しばらくすると規則的な呼吸が静かに聞こえ始めた。
力を失ったまおさんの手を飽きることなく握ったまま、今夜は眠れないのだろうと真っ暗な天井を見やりながら考えていた。
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