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第1章エリア1 英雄の誕生

第29話柏愛花の憂鬱

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 洞窟の奥深く、ジメジメとした空気が漂う空間に2人の人間と1匹の魔物が対峙する。1人の人間は黒いコートに黒の剣を携えた漆黒の似合う男。もう1人は、白いローブに白のステッキを携えた純白の似合う女。

 対するモンスターは、ドラゴンのような顔をした二足歩行の右手に剣を持った、このダンジョンを統べるボスモンスターである。

 レベルは人間2人が10なのに対し、モンスターも10。一見して人数の多い人間側の方が有利に思えるが、そもそもこの世界のモンスターと人間ではステータスに圧倒的な開きがある。

 たとえ同レベルであったとしても、モンスターの方が有利なことに変わりないだろう。しかもこのドラゴンはボスモンスターであり、尚且つキークエストの討伐対象でもある。

 本来ならレベル10の冒険者が4人でしっかりと装備を整え、ようやく互角に渡り合えるだけの存在。にも関わらず、人間サイドはたったの2人で攻略をしようとしている。本来なら自殺行為にも等しい。

 だが、一緒に戦っている人間の柏愛花は、全くこれっぽっちも負けることなど想像していない。負けてもおかしくないこの状況にも関わらず、冷や汗一つかいていない。それは自身の力に絶対的な自信を持っているからではなく、共に戦っている仲間に絶大な信頼を寄せているから……。

「グゴオオオオ!!!」

 目の前で敵対しているボスモンスターの《Lv10ドラゴンナイト》は、うるさい咆哮を洞窟内に響き渡らせると、息を吸い込み喉元を膨らませ、思いっきり愛花の方へ向かって炎を吐き出した。

 だが、愛花は華麗に横ステップで回避すると、即座に相方の彼方へバフをかける。

「《ダブルスピードアップ/二重俊敏性増加》《ダブルアタックアップ/二重攻撃力増加》」

 愛花が彼方に向かって魔法を叫ぶと、彼方の体が青く光り、続いて赤く光りバフが掛かったことを知らせてくれる。

 愛花からバフをもらった彼方は、にひっと口角をあげるとドラゴンナイトの方へものすごい速度で突っ込むと、斬りかかってきた剣を器用に受け流し、そのまま首元を斬りつけた。

 ブシャアアアと勢いよく血しぶきが吹き出て、悲痛の叫びをあげるモンスター。だが、彼方は容赦などせず、続けて二撃、三撃と繰り返し敵の弱点部位を的確に斬りつける。叫び声をあげるモンスターだが、それでも一応はボスモンスター。

 もうすでにかなり後半のボスモンスターということもあり、それなりに知恵もある。誰が厄介で、誰を優先的に攻撃すれば良いか。しっかりとインプットされ、判断できるように創られているのだ。

 ドラゴンナイトは近くでうろちょろと飛び回る彼方を一旦無視すると、後方で支援魔法を発動している愛花を睨みつけ、突進して斬りかかる。この厄介な支援魔法の奴さえ殺してしまえば、あとはどうにかなると判断したのだろう。

 その判断は一般的には正しいが、今回に限っては間違っている。本来僧侶という職業は、後ろで戦士や騎士に対し支援魔法を行うのが仕事だ。そのせいで、基本的に戦闘中に動くことはあまりない。

 出来るだけ騎士の後ろをキープし、ターゲットにされないよう立ち回るためである。だが、愛花は違う。まずこのパーティーは2人しかいない。なので必然的に、愛花が敵モンスターからターゲットを貰う回数も増える。

 さらには騎士が不在なため、愛花を守ってくれる人間は誰もいない。基本的に彼方はずっとモンスターを斬りつけているのみで、愛花を守るといった行動をとることはしないからだ。

 そのため愛花は、僧侶職でありながら、やけに俊敏性や持久力などといった隠しステータスが高いのだ。人数も少なく騎士もいない戦闘ばかりを行なっていたせいで、自衛能力に優れたというわけだ。

 そんな愛花に愚かにも突っ込んできたドラゴンナイトの剣をバックステップでかわすと、手を前に掲げドラゴンナイトの顔面に向かって魔法を詠唱する。

「《ファイアーボール/火球》」

 冷淡に言い放ったFランクの最初っから覚えている初歩攻撃呪文を唱えると、愛花の手の平から半径10センチほどの火の玉が飛び出て、モンスターの顔面で爆発し燃え上がる。

 本来なら最低ランクであるファイアーボールではこんな威力は出せないが、自衛のため僧侶でありながら攻撃呪文も多く使う愛花は、隠しステータスである賢さの値が高かったのだ。そのために、これほどの高威力を叩き出すことができる。

 モンスターの顔面が燃え上がり、その炎にもがき苦しんでいる隙を見計らうと、彼方は剣を逆手に持ち、特技を発動させる。

「《狂喜乱舞》」

 狂戦士のみが扱えるその特技は、使用者の身体能力を一時的に向上させ、人ならざる動きを可能にする。この技を使った彼方の動きは目覚ましいものであり、愛花は目で追うのがやっとだった。
  
 腕を切りつけたと思ったら、次はもう脚のけんを切り裂いており、かと思えば次は頭上に剣を突き立てている。

 目にも止まらぬ速さとはまさにこのことだろう。この手数の多さに加え、彼方の取得している狂戦士のスキルは全て攻撃に特化しているため、ダメージ量も凄まじい。本来キークエストのボスモンスターというのは4人、もしくは8人で攻撃して1時間ほどでなんとか倒せるぐらい時間がかかるのだ。

 だというのに、まだ始まって五分足らずにも関わらず、ドラゴンナイトのHPは赤ゲージに突入している。はっきりいってこれは異常だ。

 愛花は目の前でものすごい剣戟を繰り出している彼方の凄さを、今一度実感する。

 彼方は強すぎる。そんなのは出会った当初から薄々気がついていたけど、この二ヶ月間で確信に変わった。この二ヶ月間、愛花は冒険者ギルドの攻略組として様々な冒険者を見てきた。

 だが、攻略組というこの世界の最前線で戦えるような強者を幾人も目で見てきたはずなのに、彼方以上に強い人間を見つけることは出来なかった。それは別に、愛花が彼方を贔屓目で見ているからというわけではない。

 客観的事実として、本当に彼方以上に強い人間がいないのだ。まず狂戦士という職業と、彼方という人間の相性が良すぎる。本来、正常な思考能力を持った人間なら、狂戦士などというイかれたスキルにポイントを割いたりはしない。

 それは狂戦士が攻撃しか能力が上がらないうえに、最大値まであげると防御力にデスペナルティがつくためだ。この世界で防御力を下げる行為をするなんて、普通なら考えられない。

 なぜなら死にたくないから。この世界はゲームじゃないんだ。この世界で死んだら本当に死ぬ。だから普通の人間ならば、死なないように、HPや防御力の上がるスキルにポイントを振り、攻撃力なんて二の次だと考える。

 何も死なないようにするためだけではない。防御力が上がれば、受けるダメージが減る。つまりは剣で肌を斬り裂かれようと、防御力が高ければ大した痛みにならないのだ。

 この痛覚という仕様があるせいで、大多数の人間は防御力をあげることを優先させる。当然だ。誰だって痛いのは嫌だ。攻撃力が低くても、防御力など身の守りを上げれば、時間は掛かっても安定して勝つことができる。

 だから、狂戦士なんて狂ったスキルをあげる彼方はおかしいのだ。もっとも彼方自身は、これが最適解だと言って疑わないけど……。

 だけど今の彼方を見てれば、彼がそう思うのも無理ないのかもしれないと思う。雷の如き一閃。風にも勝る俊敏性。ここ最近、彼方が敵からダメージを受けている姿を見た記憶がない。

 なので僧侶にも関わらず、愛花はバフばかりで回復をほとんどしていない。これが正しいパーティーの姿なのだろうか。多分間違ってるだろうなぁ。

 まあ、彼方に支援魔法を使ってるだけで勝手に敵が死んでいくから、楽っちゃ楽だけど。そのせいで最近、愛花は本当に自分が必要なのかと疑問に思うようになった。確かに支援魔法はしてるけど、それがどれぐらい彼方の役になっているのか分からない。
 
 彼方ならば、愛花の支援魔法など勝てなくても問題ないのではないか。今戦ってるドラゴンナイトだって、愛花はほとんど何もしていない。ちょろっと支援魔法と攻撃呪文を放っただけ。
 
 あとは彼方が全部やっている。そう言っている間にも、彼方がモンスターの心臓部に剣を突き立て、HPバーを完全に消滅させる。

「いやー、エリアボスって言っても、僕たちにかかれば大したことないね」

 余裕の表情を浮かべてそんなことを言ってくるが、大したことないわけがない。いや、彼方からすれば大したことなかったのだろうが、普通は大したことあるのだ。

 4人がかりでやっと倒せるボスモンスターを、実質1人で簡単に倒してしまった彼方に愛花は戦慄する。そんな感情を抱いていると、倒れたモンスターはものすごい熱を発しながら蒸発して跡形もなくなり、そこから宝箱がボンと湧き出てきた。

「よし、これで10本目だ。ようやく揃ったね」

 宝箱を開けると中から鍵を手に取り、愛花に見せびらかす彼方。これでようやく、エリアボスと戦える。

 この世界にいるNPCの情報を冒険者ギルドやその他の面々で共有したところ、10本の鍵を集めることで、この世界の最北にある扉を開けることが出来るようになり、エリアボスなるものと戦えるようになるらしい。

 そこで魔王と戦闘。とはいかないだろうが、このエリアボスを何体も倒せば、いずれは魔王と戦えるようになるはず。だけど心配だ。なんでも集めた情報によると、エリアボスは最大100人で挑むことになるらしい。

 何千万といる人類の中から、たったの100人を選出しなくてはならない。しかももし負けでもしたら、もっとも強い100人を同時に失うということ。負けた時のリスクが大きすぎる。

 かと言って戦力を下手に別ける訳にもいかないし……。不安だ。正直彼方さえいてくれればなんとかなる気がするけど、流石にエリアボスなるモンスターが相手では、彼方でも手を焼くのは間違いないだろう。

 本当に不安だ。

(もし次の戦いで彼方が死んでしまったら、私はどうすれば……)

 愛花は今、初めて冷や汗を掻く。だが、もし彼方がエリアボスとの戦闘で死んでしまったとしたら、間違いなくその戦いは負けるだろう。つまり愛花も同時に死ぬのだ。

 そう考えたら、愛花は何故か安心できた。愛花にとってもっとも最悪の事態とは、彼方が死に、自分だけが生き残りエリアボスを倒してしまうこと。逆に彼方が死んでも、愛花も死ねば悲しむこともなく問題ないと考えてる。

「それじゃあ愛花ちゃん、凱旋だ!」

 鍵を掲げて声高々に叫ぶ彼方の後を、愛花は追う。
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