35 / 55
朝食の時間には 2
しおりを挟む「ヴェイグ様。お手紙です」
朝食の給仕をしていたシオンが、トレイに乗せた手紙をそっとヴェイグ様へと差し出した。
「……セレスティア。光の祝祭は、予定通りに行うようだぞ」
「カレディア国では、重要な祝祭ですからね」
取りやめは絶対に出来ないのだ。
そう言えば、光のシード(魔法の核)を造りかけだったが、誰が引き継いだのだろうか。聖女の誰かだとは思うけど……まぁ、ほとんど完成しているから、あとは光を閉じ込めるために聖力を封じるだけでも大丈夫だ。私が心配することではない。
「シオン。セレスティアのドレスを準備してくれ。そうだな……色は黒と赤にしてくれ」
「かしこまりました。すぐにドレスを見繕ってきます」
シオンは、すぐにドレスを探すために下がっていった。なかなか落ち着いている。
「……ヴェイグ様。私もご一緒に?」
「もちろんだ。光の祝祭の前の晩餐会や舞踏会にも呼ばれているからな。婚約者と参加するのは当然のことだ。どうせセレスティアも参加予定だったのだろう」
「そうですけど……今は違います。もうマティアス殿下とは別れましたので……」
「だから、俺と行くんじゃないか。きっと、驚くぞ」
「カレディア国の陛下は苦労性ですので、優しくしてくださいね」
「向こうの出方次第だ」
「笑顔が黒くて怪しいです」
腹黒そうだ。絶対に腹黒だと思う。性格に難がありそう……でも、冷たいマティアス殿下よりもずっといい。
あの人は、私をお飾りぐらいにしか思ってなかった。何をしても彼を支えるのが当然で、労いなどなかった。
私が周りに褒められるのを嫌い、それなのに、人よりも劣ることを嫌った。
一人で何でもできるようにとしていると、私はいつの間にか孤立を極めていた。
今さら、誰とも懇意になることはないだろうと諦めてもいた。
マティアス殿下と結婚するということは、そういうことなどだと思い込んで……。
「セレスティア。他の男のことを考えるな」
マティアス殿下を思い出せば、表情が暗んでしまう。そんな私に、いつの間にかヴェイグ様が私の側に来ており、髪に触れてくる。そして、そっと口付けをしてきた。
「黒い髪は、気持ち悪くないですか? 普通ではないんです。そこだけ黒いのですよ……今もどんどん黒みが帯びてきていて……」
「見ればわかる。だが、俺は気に入っているし、もっと触れたいとも思う」
「手が早いですよ……」
「欲しいものは遠慮しない」
「……光の聖女では、なくてもですか?」
「……どういう意味だ? 黒髪が現れた理由に心当たりがあるのか?」
言いたくない。私にだって秘密はあるのだ。
「まぁ、どちらでもいい」
「大らかですね」
細かいことを気にしないタイプかもしれない。でも、それが私には癒される。
朝食の最後にお茶を音もなく飲めば、ヴェイグ様が立ち上がった。
「セレスティア。今日も見送ってくれるか?」
「はい。でも、今日は玄関でもいいですか?」
「何故だ?」
玄関へと向かって歩きながら、あからさまにムッとするヴェイグ様。でも、またロクサスがどこかで見ているかもしれない。
思い出せば、恥ずかしい。
「……あのですね。昨日、ロクサスに見られていたんです」
「何をだ?」
「お見送りのヴェイグ様と私を……」
「その後に、抱き合ったのか? 俺とキスをした後に?」
「だから、抱き合ってません。しつこいですよ」
思わず、腕を組んでそっぽを向いた。食堂は玄関の近くで、あっという間に到着している。
ロクサスと抱き合ってなどいない。でも、あの時に私から出てきた闇を消そうと、ロクサスも光魔法でしゃがみ込んだ私の背中を支えていた。
傍から見れば、それは抱き合っていると思われるのだろうか。
「……やっぱり、昨日のところまで、お見送りします」
「来なくていい」
ヴェイグ様の冷たい声音が響いた。
疑われるようなことをすれば、嫌われてしまうのも当然だ。マティアス様には、ヴェイグ様との不貞を疑われて婚約破棄をされてしまったばかりなのに、また同じことをしようとしている。マティアス様に婚約破棄されたのは、むしろ、喜ばしいことなのだけど……。
そう思うと、腰が弓なりになるほど引き寄せられた。
「……っんん……っ!!」
息もできないほどの力で抱き寄せられている。不安定な身体で、自然と両手がヴェイグ様の胸板に押し付けられていた。
唇が離れると、吐息混じりに呼吸をした。恥ずかしくて、顔は上げられないままの私をヴェイグ様が抱擁してきていた。
「……見送りは、ここで我慢する。誰かに取られたら、たまらん」
「はい……」
2
お気に入りに追加
849
あなたにおすすめの小説

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。


英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿

婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる