32 / 55
聖女と聖騎士 1
しおりを挟む
「セレスティア」
「ロクサス……」
ヴェイグ様の姿が見えなくなるまで見送っていると、入れ違いでロクサスがやって来た。
「見たわね」
「しっかりと見た」
くっ……まさかのキスシーンを見られていたとは……。
そう思うと、恥ずかしさを隠すように表情を引き締めた。
「セレスティアは、あの男が好きなのか? マティアス殿下は、セレスティアとヴェイグ様が不貞をしていたとずっと言い張っていたが……」
しつこいですわ。不貞をしたわけではないけど、これは否定してもいいのだろうか。今さら、カレディア国に帰る気などないのだ。否定すれば、真面目なロクサスならヘルムート陛下に談判しそうな気迫を感じる。
「べ、別にどう思われてもいいですわ」
「なんだその動揺は?」
「動揺なんかしてません。それよりも、ロクサスはすぐにカレディア国に帰ってください」
「一人では、帰れない。何のためにシュタルベルグ国まで来たと思うんだ。セレスティアを迎えに来たんだぞ」
「いやですわ。絶対に帰りません」
腕を組んで、不機嫌さを伝えるようにツンとして言う。ロクサスは怪訝な表情になっていた。
「マティアス殿下との結婚が嫌なら、俺が陛下とイゼル様に掛け合おう。でも、シュタルベルグ国の王弟殿下ヴェイグ様はダメだ。彼は、セレスティアをカレディア国から離す気だぞ」
「それでいいのよ」
「セレスティアは、マティアス殿下が好きだったのではないのか?」
「でも、エリーゼがいるわ」
「浮気を知っていたのか!?」
知っていた。何度も二人で城の奥へと寄り添って消えて行ったのを見た。
それを冷ややかな眼で私は見ていた。
ロクサスは、私が浮気を知っていたことに驚き、目を見開いてしまっている。
「まさか、ショックでこんな暴挙に……?」
「違うわ。ロクサスは、昔から私と知己なのに、何もわからないのね……」
「そんなことはない。セレスティアが聖女に誇りをもっていることだって知っている。でも、マティアス殿下の浮気が原因なら、ヴェイグ様と婚約をしてどうするんだ? 彼は、女好きだという噂を聞いた。婚約者らしき女性もいると聞いたぞ」
「……ヴェイグ様のことは、ロクサスには関係ないわ。余計なことを言わないで」
そんなことぐらい、わかっている。婚約者はリリノア様で、ヴェイグ様は突き放す気もない。
彼女も私と同じでヴェイグ様を頼っているのだ。
私だって、そんな彼女を突き離せないと思う。
今も、何か力になればいいとは思っている。突然現れた私のせいで婚約破棄になったのなら、申し訳ないからだ。だから、せめて魔法が何か一つでも使えるようになれば、リリノア様の自信に繋がると思った。
「……なら、聖女機関の話をする。イゼル様から、セレスティアの黒髪のことを聞いた。隠していた理由も……」
「イゼル様が話したの?」
「そうだ。誰にも言えない話だと言って、シュタルベルグ国に来る前に俺にだけ話してくれた」
「じゃあ……あの地下に行ったの? 次の役目はロクサスなのね。それなら、それこそ私が帰る意味がないわ」
「俺は、地下には行ってない」
「行ってない……?」
「……聖女や聖騎士がこの数年、力が落ちているのがわかっているだろう。聖女も聖騎士も数が減っているんだ」
気付いている。ここ数年で、聖女や聖騎士の能力が落ちていた。それどころか、聖女たちの数も減っていた。その理由は光が闇に押されていたからだ。
だから、イゼル様は大聖女になる前でありながらも、私を地下へと連れて行ったのだ。
真っ暗闇の地下を光魔法で灯りを燈してイゼル様と二人で進んだ。思い出すだけで、嫌な気分になる。
「そんな中で、セレスティアの代わりができる聖女がいると思うのか?」
キュッと唇を引き結んで無表情になっている私に、ロクサスはいつものように話を続けている。カレディア国での私がいつもこうだったからだ。
「……でも、私がいなければきっと力のある聖女がまた現れるわ……」
「そうは思えない」
そう言うと、ロクサスが真剣な眼差しで私を見ていた。
「セレスティア。マティアス殿下との結婚が嫌なら、俺と結婚しよう。必ず大事にする」
「何を言って……」
「マティアス殿下にも陛下にも、イゼル様にもそう話す。だから、一緒に帰ろう」
私は、誰かと結婚したくて逃げたわけじゃない。
マティアス殿下の浮気に、黒髪が出現したことで、さらに広がっていた周りとの距離感。
ただでさえ、大聖女候補であり、王太子殿下との婚約に、周りからは一線を置かれていた。
嫌がらせのように嘲笑されたこともある。
何もかもが嫌になっていた。
だから、マティアス殿下の浮気を突き詰めて婚約破棄をして、城を去るつもりだった。
でも、ヴェイグ様が現れた。
彼だけは、私に聖女を求めない。そして、否定もしない。
私が仕事もしないで一日中パズルに没頭しても、終われば一緒にお茶を飲んでくれる。
「セレスティア」
私の名前を呼びながら、ロクサスが手を伸ばしてくるが、それを避けた。
「帰ってロクサス。ヴェイグ様とは別れないわ」
「ヴェイグ様も浮気をしていたら、マティアス殿下と同じだぞ。それなら、ここにいる意味がないだろう」
「ヴェイグ様は、そんなことしないわ。だから帰って」
「しかし……っ」
「ロクサス……私は帰って、と言ったのよ」
強い声音でそう言った。妃教育や大聖女候補らしく威厳のある態度を作る練習がここで役に立つとは思わなかった。
「わかった……だが、また来る」
ロクサスは、そう言って仕方なく去っていった。
「ロクサス……」
ヴェイグ様の姿が見えなくなるまで見送っていると、入れ違いでロクサスがやって来た。
「見たわね」
「しっかりと見た」
くっ……まさかのキスシーンを見られていたとは……。
そう思うと、恥ずかしさを隠すように表情を引き締めた。
「セレスティアは、あの男が好きなのか? マティアス殿下は、セレスティアとヴェイグ様が不貞をしていたとずっと言い張っていたが……」
しつこいですわ。不貞をしたわけではないけど、これは否定してもいいのだろうか。今さら、カレディア国に帰る気などないのだ。否定すれば、真面目なロクサスならヘルムート陛下に談判しそうな気迫を感じる。
「べ、別にどう思われてもいいですわ」
「なんだその動揺は?」
「動揺なんかしてません。それよりも、ロクサスはすぐにカレディア国に帰ってください」
「一人では、帰れない。何のためにシュタルベルグ国まで来たと思うんだ。セレスティアを迎えに来たんだぞ」
「いやですわ。絶対に帰りません」
腕を組んで、不機嫌さを伝えるようにツンとして言う。ロクサスは怪訝な表情になっていた。
「マティアス殿下との結婚が嫌なら、俺が陛下とイゼル様に掛け合おう。でも、シュタルベルグ国の王弟殿下ヴェイグ様はダメだ。彼は、セレスティアをカレディア国から離す気だぞ」
「それでいいのよ」
「セレスティアは、マティアス殿下が好きだったのではないのか?」
「でも、エリーゼがいるわ」
「浮気を知っていたのか!?」
知っていた。何度も二人で城の奥へと寄り添って消えて行ったのを見た。
それを冷ややかな眼で私は見ていた。
ロクサスは、私が浮気を知っていたことに驚き、目を見開いてしまっている。
「まさか、ショックでこんな暴挙に……?」
「違うわ。ロクサスは、昔から私と知己なのに、何もわからないのね……」
「そんなことはない。セレスティアが聖女に誇りをもっていることだって知っている。でも、マティアス殿下の浮気が原因なら、ヴェイグ様と婚約をしてどうするんだ? 彼は、女好きだという噂を聞いた。婚約者らしき女性もいると聞いたぞ」
「……ヴェイグ様のことは、ロクサスには関係ないわ。余計なことを言わないで」
そんなことぐらい、わかっている。婚約者はリリノア様で、ヴェイグ様は突き放す気もない。
彼女も私と同じでヴェイグ様を頼っているのだ。
私だって、そんな彼女を突き離せないと思う。
今も、何か力になればいいとは思っている。突然現れた私のせいで婚約破棄になったのなら、申し訳ないからだ。だから、せめて魔法が何か一つでも使えるようになれば、リリノア様の自信に繋がると思った。
「……なら、聖女機関の話をする。イゼル様から、セレスティアの黒髪のことを聞いた。隠していた理由も……」
「イゼル様が話したの?」
「そうだ。誰にも言えない話だと言って、シュタルベルグ国に来る前に俺にだけ話してくれた」
「じゃあ……あの地下に行ったの? 次の役目はロクサスなのね。それなら、それこそ私が帰る意味がないわ」
「俺は、地下には行ってない」
「行ってない……?」
「……聖女や聖騎士がこの数年、力が落ちているのがわかっているだろう。聖女も聖騎士も数が減っているんだ」
気付いている。ここ数年で、聖女や聖騎士の能力が落ちていた。それどころか、聖女たちの数も減っていた。その理由は光が闇に押されていたからだ。
だから、イゼル様は大聖女になる前でありながらも、私を地下へと連れて行ったのだ。
真っ暗闇の地下を光魔法で灯りを燈してイゼル様と二人で進んだ。思い出すだけで、嫌な気分になる。
「そんな中で、セレスティアの代わりができる聖女がいると思うのか?」
キュッと唇を引き結んで無表情になっている私に、ロクサスはいつものように話を続けている。カレディア国での私がいつもこうだったからだ。
「……でも、私がいなければきっと力のある聖女がまた現れるわ……」
「そうは思えない」
そう言うと、ロクサスが真剣な眼差しで私を見ていた。
「セレスティア。マティアス殿下との結婚が嫌なら、俺と結婚しよう。必ず大事にする」
「何を言って……」
「マティアス殿下にも陛下にも、イゼル様にもそう話す。だから、一緒に帰ろう」
私は、誰かと結婚したくて逃げたわけじゃない。
マティアス殿下の浮気に、黒髪が出現したことで、さらに広がっていた周りとの距離感。
ただでさえ、大聖女候補であり、王太子殿下との婚約に、周りからは一線を置かれていた。
嫌がらせのように嘲笑されたこともある。
何もかもが嫌になっていた。
だから、マティアス殿下の浮気を突き詰めて婚約破棄をして、城を去るつもりだった。
でも、ヴェイグ様が現れた。
彼だけは、私に聖女を求めない。そして、否定もしない。
私が仕事もしないで一日中パズルに没頭しても、終われば一緒にお茶を飲んでくれる。
「セレスティア」
私の名前を呼びながら、ロクサスが手を伸ばしてくるが、それを避けた。
「帰ってロクサス。ヴェイグ様とは別れないわ」
「ヴェイグ様も浮気をしていたら、マティアス殿下と同じだぞ。それなら、ここにいる意味がないだろう」
「ヴェイグ様は、そんなことしないわ。だから帰って」
「しかし……っ」
「ロクサス……私は帰って、と言ったのよ」
強い声音でそう言った。妃教育や大聖女候補らしく威厳のある態度を作る練習がここで役に立つとは思わなかった。
「わかった……だが、また来る」
ロクサスは、そう言って仕方なく去っていった。
2
お気に入りに追加
853
あなたにおすすめの小説
【短編】捨て駒聖女は裏切りの果て、最愛を知る
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「君には北の国境にある最前線に行ってもらう。君は後方支援が希望だったから、ちょうど良いと思ってな。婚約も生活聖女としての称号も暫定的に残すとしよう。私に少しでも感謝して、婚約者として最後の役目をしっかり果たしてくれ」と婚約者のオーギュスト様から捨て駒扱いされて北の領地に。そこで出会った王弟殿下のダニエルに取り入り、聖女ベルナデットの有能さを発揮して「聖女ベルナデット殺害計画」を語る。聖女だった頃の自分を捨てて本来の姿に戻ったブランシュだったが、ある失態をおかし、北の領地に留まることはできずにいた。それを王弟殿下ダニエルが引き止めるが──。
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜
津ヶ谷
恋愛
ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。
次期公爵との婚約も決まっていた。
しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。
次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。
そう、妹に婚約者を奪われたのである。
そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。
そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。
次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。
これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。
勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる