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逃亡の始まり

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「……ヴェイグ様。もうマティアス殿下は見えないので、お手をお離しください」
「婚約者なんだから、いいではないか」
「いきなり距離を縮めすぎですよ」
「意外と固いな」
「あなたが、女性に慣れすぎなのですよ」
「……よくわかったな」
「私に馴れ馴れしく近づいてくる人なんて、この国にはいません」
「王太子殿下の婚約者だったからか?」
「それもありますけど……聖女を解任されたとはいえ、私は大聖女候補だったのです。それも、幼い頃からです。だから、両親とも離れて育ってきました。王太子殿下の婚約者だからというだけで、城に住んでいたわけではないのですよ。今はこの黒髪が現れたせいで、今まで以上に誰も近づいて来なくなりましたけどね」

だから、いつも一人だった。誰も頼れなくて、マティアス殿下の浮気さえ自分で調べないといけなかったのだ。

「だが、俺には関係のない話だな」
「そうでしょうね。私のことなど気にもならないでしょう」
「そういう意味ではない。気にならないのは、その黒髪だ。むしろ、婚約破棄をされてラッキーだったというか……」

歩きながら話していると、すでにヴェイグ様に開放されている離宮に到着した。帰ると早速執事のシオンが迎え入れてくれた。そのまま、離宮の廊下を進んでいる。

「ヴェイグ様。黒髪は、聖女には有り得ない髪色なのですよ。光のシードに選ばれた聖女や聖騎士には、その力が顕現するのです。だから、髪色も薄くなっていって……」
「だが、黒髪でも魔法は使える。違うか?」
「それがおかしいのです。光魔法を使う聖女に黒髪など……」
「俺も黒髪だぞ。だが、気持ち悪いか?」
「まったく思いませんけど……」

だって、ヴェイグ様の生まれつきの髪色と私は違う。でも、彼は気にせずに私の黒い髪を優しく梳いてきて、そっと口付けをした。

「俺もそう思わない。だから、気にする必要はない」

今までそんなことを言われたことなどなかった。ヴェイグ様の言葉にじんとする。

「そんなことよりも、荷物は侍女に取りに行ってもらえ」
「侍女なんていませんよ」
「ああ、結婚前だからか?」
「それもありますけど、私が聖女だからです。一応、聖女は自分のことは自分でする決まりでして……一種の修行みたいなものですね。……大聖女候補だったので、皆の手本になる様にと、侍女はつけませんでした」

実際は、貴族の聖女は身の回りの世話をする人をつける令嬢は多いのだけど……。

「そうなのか。自立している女は嫌いではないが……いずれ必要になるだろう。シュタルベルグ国に帰れば、侍女を付けてやろう」
「それは……ありがとうございます。荷物は後ほど自分で取りに行きますね」
「いや、いい。すぐに出る」
「もしかして、お仕事中に来て下さったのですか?」
「そうではないが……シオン。用はとりあえず済んだ。すぐにシュタルベルグ国に帰還する。荷物をまとめろ」
「すぐにですか?」
「すぐだ。俺とセレスティアはこのまま先に出る。王太子殿下が来るかもしれないが、決して離宮には入れるな」
「かしこまりました。セレスティアもお気を付けて」
「はい。シオン。ありがとうございます。お茶も美味しかったです」

そのまま、ヴェイグ様の部屋に連れていかれて、何も持ってない私に彼のマントを羽織られた。

「裾が長いですね」
「セレスティアは、小柄だからな」

本当に背が高いなぁと思いながら、貸してくれたマントの裾を結んだ。
馬車の準備は整っているようで、そのまま何も持たずに、マントのフードをすっぽりと被る。そして、誰にも私だとわからないように、馬車へと乗り込んだ。





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