7 / 55
逃亡の始まり
しおりを挟む「……ヴェイグ様。もうマティアス殿下は見えないので、お手をお離しください」
「婚約者なんだから、いいではないか」
「いきなり距離を縮めすぎですよ」
「意外と固いな」
「あなたが、女性に慣れすぎなのですよ」
「……よくわかったな」
「私に馴れ馴れしく近づいてくる人なんて、この国にはいません」
「王太子殿下の婚約者だったからか?」
「それもありますけど……聖女を解任されたとはいえ、私は大聖女候補だったのです。それも、幼い頃からです。だから、両親とも離れて育ってきました。王太子殿下の婚約者だからというだけで、城に住んでいたわけではないのですよ。今はこの黒髪が現れたせいで、今まで以上に誰も近づいて来なくなりましたけどね」
だから、いつも一人だった。誰も頼れなくて、マティアス殿下の浮気さえ自分で調べないといけなかったのだ。
「だが、俺には関係のない話だな」
「そうでしょうね。私のことなど気にもならないでしょう」
「そういう意味ではない。気にならないのは、その黒髪だ。むしろ、婚約破棄をされてラッキーだったというか……」
歩きながら話していると、すでにヴェイグ様に開放されている離宮に到着した。帰ると早速執事のシオンが迎え入れてくれた。そのまま、離宮の廊下を進んでいる。
「ヴェイグ様。黒髪は、聖女には有り得ない髪色なのですよ。光のシードに選ばれた聖女や聖騎士には、その力が顕現するのです。だから、髪色も薄くなっていって……」
「だが、黒髪でも魔法は使える。違うか?」
「それがおかしいのです。光魔法を使う聖女に黒髪など……」
「俺も黒髪だぞ。だが、気持ち悪いか?」
「まったく思いませんけど……」
だって、ヴェイグ様の生まれつきの髪色と私は違う。でも、彼は気にせずに私の黒い髪を優しく梳いてきて、そっと口付けをした。
「俺もそう思わない。だから、気にする必要はない」
今までそんなことを言われたことなどなかった。ヴェイグ様の言葉にじんとする。
「そんなことよりも、荷物は侍女に取りに行ってもらえ」
「侍女なんていませんよ」
「ああ、結婚前だからか?」
「それもありますけど、私が聖女だからです。一応、聖女は自分のことは自分でする決まりでして……一種の修行みたいなものですね。……大聖女候補だったので、皆の手本になる様にと、侍女はつけませんでした」
実際は、貴族の聖女は身の回りの世話をする人をつける令嬢は多いのだけど……。
「そうなのか。自立している女は嫌いではないが……いずれ必要になるだろう。シュタルベルグ国に帰れば、侍女を付けてやろう」
「それは……ありがとうございます。荷物は後ほど自分で取りに行きますね」
「いや、いい。すぐに出る」
「もしかして、お仕事中に来て下さったのですか?」
「そうではないが……シオン。用はとりあえず済んだ。すぐにシュタルベルグ国に帰還する。荷物をまとめろ」
「すぐにですか?」
「すぐだ。俺とセレスティアはこのまま先に出る。王太子殿下が来るかもしれないが、決して離宮には入れるな」
「かしこまりました。セレスティアもお気を付けて」
「はい。シオン。ありがとうございます。お茶も美味しかったです」
そのまま、ヴェイグ様の部屋に連れていかれて、何も持ってない私に彼のマントを羽織られた。
「裾が長いですね」
「セレスティアは、小柄だからな」
本当に背が高いなぁと思いながら、貸してくれたマントの裾を結んだ。
馬車の準備は整っているようで、そのまま何も持たずに、マントのフードをすっぽりと被る。そして、誰にも私だとわからないように、馬車へと乗り込んだ。
1
お気に入りに追加
851
あなたにおすすめの小説
竜槍陛下は魔眼令嬢を溺愛して離さない
屋月 トム伽
恋愛
アルドウィン国の『魔眼』という遺物持ちの家系のミュリエル・バロウは、同じ遺物持ちの家系である王太子殿下ルイス様と密かに恋人だった。でも、遺物持ち同士は結ばれない。
そんなある日、二人の関係が周りにバレて別れることになったミュリエル。『魔眼』を宿して産まれたミュリエルは、家族から疎まれて虐げられていた。それが、ルイス様との恋人関係がバレてさらに酷くなっていた。
そして、隣国グリューネワルト王国の王太子殿下ゲオルグ様の後宮に身を隠すようにルイス様に提案された。
事情をしったゲオルグ様は、誰もいない後宮にミュリエルを受け入れてくれるが、彼はすぐに戦へと行ってしまう。
後宮では、何不自由なく、誰にも虐げられない生活をミュリエルは初めて味わった。
それから二年後。
ゲオルグ様が陛下となり、戦から帰還してくれば、彼は一番にミュリエルの元へと来て「君を好きになる」とわけのわからないことを言い始めた竜槍陛下。
そして、別れようと黒いウェディングドレスで決別の合図をすれば、竜槍陛下の溺愛が始まり…!?
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。
愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される
守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」
貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。
そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。
厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。
これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる