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毛をむしってはいけない!!
しおりを挟む余計なことを言った。黙って連れて行けば良かった。
まさか、この狼の子供がルティナス国の聖獣だとは思いもよらなかった。
逃げるための路銀の足しにしようと、毛並みを少し売ろうと考えたのが失敗だった。
顔が生温かい。ぺろりと慈しむように舐められている感触に目を覚ました。
眼を開けば、また狼の子供が私の顔を舐めている。
「……聖獣様?」
「くぅん……」
「聖獣様は優しいのね……ヴォルフラム殿下とは大違い」
「悪かったな」
起き上がった身体でフェンリルを抱いて撫でると、部屋の隅からふてぶてしい声がした。
そっと視線をやれば、ヴォルフラム殿下が大股を開き、剣を立てて座っている。私を見張り、聖獣に良からぬことをすれば、今にも斬りかかってきそうだ。
「あの……ヴォルフラム殿下」
「なんだ?」
「聖獣様の毛をむしったりなどしませんので……その……」
「当然だ! 聖獣様の毛を毟るなど言語道断だ!」
殺気を抑えて欲しい。部屋中が冷たくなるほど怖くて冷ややかな雰囲気を感じる。
「では、私は失礼しますね。聖獣様、離れましょうね。私が殺されてしまいます」
なぜかすり寄ってくる聖獣様をベッドに優しく降ろして、立ち上がった。
「……どこに帰るつもりだ?」
「関係ありませんわ」
「帰ることができると思っているのか?」
「はぁ?」
「セリア。君は今日から、ここにいてもらう」
「……どうしてですか?」
「もふもふ誘拐罪で君は逮捕された。償いは聖獣様のお世話だ」
「……断れば?」
「牢屋へ行ってもらう」
……いったい何が起きているのでしょうか。家からも街からも逃げようと思った瞬間に一番一緒にいたくない殿下に捕らえられるとは……。
「そもそも、ここはどこですか?」
「……わからないのか? ここは俺の離宮だ」
「ヴォルフラム殿下の離宮……」
「何度も来ただろう?」
「……私が来たのは、お茶会をする離宮の庭とサロンだけです」
わからないのも無理はない。ヴォルフラム殿下が住んでいる離宮に来たことはあっても、お茶会の時だけだから、庭がサロンしか私は知らないのだ。
「くぅん……」
何も知らない婚約者の私。自分でみじめになってくる。俯いた私に聖獣様がそっと身体を伸ばして慰めようとしてくる。
「セリア……君は、今日から、この部屋で住んでもらう。聖獣様の部屋はこの隣の部屋だ。聖獣様に必要なものはすべて言うように。それから、」
「もう結構です。必要なことは書面でお願いします」
ただの連絡事項。そうでなければ、ヴォルフラム殿下が私と会話をするわけがない。
いつもはこんなに話しかけてくることなんか、なかったのだ。しかも、聖獣様のお世話が決定事項になっている。
すごく虚しくなってくる。甘い言葉が欲しかったわけではない。
でも、ヴォルフラム殿下はいつも私に冷たくて、今も連絡事項がなければ言葉一つかけてくれない。
私が、どうしてバルコニーから落ちたかも、もしくは落ちたことを知らなくても、どうしてあの場所で目が覚めたかぐらい疑問に思って欲しかった。
「……わかった。だが、これだけは守ってもらう。絶対にこの離宮から出ないように」
「……ここに閉じ込めるのですか」
「そうだ」
もふもふ誘拐罪で捕まってしまった私……でも、考えれば生活の心配はなくなる。元々家から逃げようとして、この聖獣様と知らずに毛を売ろうとまで考えて路銀を作ろうとしていたのだから。
「聖獣様のお世話に励めばいいのですね?」
「そうだ。大事に世話を頼む」
聖獣様を大事にすれば、問題ないと言うヴォルフラム殿下。
そして、この日からヴォルフラム殿下の離宮での生活が始まった。
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