1 / 10
もふもふ誘拐罪!!
しおりを挟む
灰色……違う。綺麗なシルバーアッシュの毛並みだ。
私は妹のルチアにバルコニーから突き落とされたはず……なのに、目の前には美しい狼が燃える様な緋色の眼で私を見下ろしている。
「聖獣さま……?」
手入れされた美しい樹々……穏やかな風が吹く緑広がる芝生の上。そこに倒れている私のぼやける目の前には、私の顔をそっと舐める大きな狼がいた。
♢
聖女の家系と言われていたブランディア伯爵家は、私が生まれる前から殿下の婚約者候補の一つだった。そして、私が聖女としての能力を見出されて、幼い頃に婚約が決まった。
婚約者は、ルティナス国の第一殿下ヴォルフラム・ルティナス。
彼は、冷たい銀髪に緋色の瞳、そのうえ整った顔立ちだった。背も高く容姿は完璧。それなのに、にこりとする笑顔はなく、幼い頃から幾度となく交わした婚約者としてのお茶会ですら笑わない王子だった。
そんな彼と、上手くいってないことはわかっていた。
冷たいヴォルフラム殿下と距離が縮まることもなく成長し、私が19歳。ヴォルフラム殿下は22歳になっていた。
婚約者でありながら、段々と疎遠になっていたヴォルフラム殿下と久しぶりにお茶会で会えば、聖女としての力を見いだせなかった私に、彼は落胆の顔を見せた。
それもそうだろう。彼は、最近私の妹のルチアと何度も二人で会っていた。
その頃には、私は妃教育という名目で、ブランディア伯爵邸ではなく、城で住んでいた。それなのに、私がいないブランディア伯爵邸に、ヴォルフラム殿下がルチアに会いに来ていたこともあると、あとで知った。
婚約者である私に会いに来たのではないのだ。
そして、ヴォルフラム殿下は妹のルチアと付き合い始めたと、家族から聞いた。
両親は、聖女の能力が不安定になった私が、婚約破棄されることを恐れていた。でも、次がルチアなら何の問題もなくて、安堵を見せ始めていた。
可愛らしく笑うルチアは両親から愛されている。柔らかいクリーム色の髪に、キャラメルを思い浮かばせる可愛らしい瞳。冷たい金髪に緑の瞳の私とは違った。
聖女であり殿下の妃になることを期待していた両親は、私の長年の努力苦労を労うことはなかった。
そして、ルチアが聖女の能力の一つである癒しの魔法を使えた始めたことで、周りの評価は目に見えるほど変わってしまった。
__そんなある日。
いつものように、お城での妃教育をしていた。聖女の力が不安定になり、妃教育の終わりだと、今日こそは告げられるのかと思っていたが……妃教育にうんざりしていた私。少しだけバルコニーで休んでいた。
その時に、突然声をかけられた。
「殿下は、私と付き合うの。お姉様は、邪魔しないでね」
振り向く暇もなく背中を押されて、ルチアに突き落とされたのだった。城に、妹のルチアも来ていたことなど、知らなかった。
そして、今。私は芝生の上に、仰向けで倒れていた。
「私……どうして生きているの……」
ぺろぺろと頬を舐めてくる感触に、くすぐったいと思いながら目が覚めた。
起き上がった身体で上を見上げれば、背伸びしても届かないほど上にあるバルコニー。あんな何階もあるところから落ちて掠り傷なんてありえない。
「あなたが助けてくれたの……?」
膝の上には、銀色に近い灰色の狼の子供がいる。その毛並みをそっと撫でた。
「シルバーアッシュに見えたんだけど……もっと大きかった気もするし……」
おかしいなぁと思うけど、意識が途切れそうな時だったから、見間違えても仕方ない。
「でも、良い毛並みね。売ったらけっこうなお金になりそう……」
狼の子供は言葉がわかるのか、必死でブンブンと首を振った。
「別に丸裸にしないわよ。でも、お金に困ったら少しわけてね」
狼の子供は嫌そうな表情になりながらも、私が抱き上げて立ち上がると、すっぽりと腕の中にいた。
すぐに逃げないと……婚約者を入れ替えるのに、私が邪魔なのね。だったら、家にも帰れない。家に帰れば私を殺そうとしたルチアがいるのだ。見つかる前に、この街を出なくては……。
「あなたも、一緒に行く? 助けてくれたんじゃないの?」
狼の子供は、首をこてんと傾げた。
良く分からないまま痛い身体で歩き出そうと、一歩踏み出した瞬間__。
「フェンリル!」
ガサガサと、庭の植物をかき分ける音と同時に、突然の大きな声がした。振り向けば、現れたヴォルフラム殿下に、足が止まってしまった。
「……セリア」
「ヴォルフラム殿下……どうして……」
目を細めて私を見る殿下は冷たいままで……いや、凝視しすぎです。思わず狼の子供を抱いたままで引け腰になった。そんな私に、彼がじりじりと近づいてくる。
「その狼は……」
「これですか……毛並みを少し分けてもらおうと……別に婚約破棄しても、慰謝料なんか請求しませんから……」
「まさか……売る気か?」
「婚約破棄ですから、私はこのまま家を出ます。ですから……」
冷ややかな顔から汗が一滴落ちたヴォルフラム殿下に、ツンとして言った。
どうせ、ルチアが私を殺そうとしたなんて信じない。彼は、産まれた時からの決められた婚約者の私ではなく自分の意志でルチアを選んだのだから。
「も……」
「も……?」
「もふもふ誘拐罪だ!! ひっ捕らえろ!!」
「ええっーー!? 何ですか!?」
ヴォルフラム殿下が叫ぶと、いつもそばに控えている側近のブレッドが庭の整備された植物から飛び出してくる。
その様子は私を捕らえる気満々だった。そして、ブレッドを筆頭にヴォルフラム殿下の数人の近衛騎士たちに囲まれた。
「我が国の聖獣フェンリルを誘拐など言語道断だ!!」
「せ、聖獣!? ちょっ……やだっ……!!」
「抵抗するならば、少し眠ってろ!!」
「待ってっ、殿っ下……」
言葉数の少ない殿下が手を突き出してくる。咄嗟に防御魔法を展開させようとした。それなのに、防御魔法のシールドが一瞬で消えた。
「こんな時にっ……!」
そして、ヴォルフラム殿下が私に眠りの魔法をかけた。突然の出来事に私は抵抗する暇もなくそのまま眠ってしまった。
私は妹のルチアにバルコニーから突き落とされたはず……なのに、目の前には美しい狼が燃える様な緋色の眼で私を見下ろしている。
「聖獣さま……?」
手入れされた美しい樹々……穏やかな風が吹く緑広がる芝生の上。そこに倒れている私のぼやける目の前には、私の顔をそっと舐める大きな狼がいた。
♢
聖女の家系と言われていたブランディア伯爵家は、私が生まれる前から殿下の婚約者候補の一つだった。そして、私が聖女としての能力を見出されて、幼い頃に婚約が決まった。
婚約者は、ルティナス国の第一殿下ヴォルフラム・ルティナス。
彼は、冷たい銀髪に緋色の瞳、そのうえ整った顔立ちだった。背も高く容姿は完璧。それなのに、にこりとする笑顔はなく、幼い頃から幾度となく交わした婚約者としてのお茶会ですら笑わない王子だった。
そんな彼と、上手くいってないことはわかっていた。
冷たいヴォルフラム殿下と距離が縮まることもなく成長し、私が19歳。ヴォルフラム殿下は22歳になっていた。
婚約者でありながら、段々と疎遠になっていたヴォルフラム殿下と久しぶりにお茶会で会えば、聖女としての力を見いだせなかった私に、彼は落胆の顔を見せた。
それもそうだろう。彼は、最近私の妹のルチアと何度も二人で会っていた。
その頃には、私は妃教育という名目で、ブランディア伯爵邸ではなく、城で住んでいた。それなのに、私がいないブランディア伯爵邸に、ヴォルフラム殿下がルチアに会いに来ていたこともあると、あとで知った。
婚約者である私に会いに来たのではないのだ。
そして、ヴォルフラム殿下は妹のルチアと付き合い始めたと、家族から聞いた。
両親は、聖女の能力が不安定になった私が、婚約破棄されることを恐れていた。でも、次がルチアなら何の問題もなくて、安堵を見せ始めていた。
可愛らしく笑うルチアは両親から愛されている。柔らかいクリーム色の髪に、キャラメルを思い浮かばせる可愛らしい瞳。冷たい金髪に緑の瞳の私とは違った。
聖女であり殿下の妃になることを期待していた両親は、私の長年の努力苦労を労うことはなかった。
そして、ルチアが聖女の能力の一つである癒しの魔法を使えた始めたことで、周りの評価は目に見えるほど変わってしまった。
__そんなある日。
いつものように、お城での妃教育をしていた。聖女の力が不安定になり、妃教育の終わりだと、今日こそは告げられるのかと思っていたが……妃教育にうんざりしていた私。少しだけバルコニーで休んでいた。
その時に、突然声をかけられた。
「殿下は、私と付き合うの。お姉様は、邪魔しないでね」
振り向く暇もなく背中を押されて、ルチアに突き落とされたのだった。城に、妹のルチアも来ていたことなど、知らなかった。
そして、今。私は芝生の上に、仰向けで倒れていた。
「私……どうして生きているの……」
ぺろぺろと頬を舐めてくる感触に、くすぐったいと思いながら目が覚めた。
起き上がった身体で上を見上げれば、背伸びしても届かないほど上にあるバルコニー。あんな何階もあるところから落ちて掠り傷なんてありえない。
「あなたが助けてくれたの……?」
膝の上には、銀色に近い灰色の狼の子供がいる。その毛並みをそっと撫でた。
「シルバーアッシュに見えたんだけど……もっと大きかった気もするし……」
おかしいなぁと思うけど、意識が途切れそうな時だったから、見間違えても仕方ない。
「でも、良い毛並みね。売ったらけっこうなお金になりそう……」
狼の子供は言葉がわかるのか、必死でブンブンと首を振った。
「別に丸裸にしないわよ。でも、お金に困ったら少しわけてね」
狼の子供は嫌そうな表情になりながらも、私が抱き上げて立ち上がると、すっぽりと腕の中にいた。
すぐに逃げないと……婚約者を入れ替えるのに、私が邪魔なのね。だったら、家にも帰れない。家に帰れば私を殺そうとしたルチアがいるのだ。見つかる前に、この街を出なくては……。
「あなたも、一緒に行く? 助けてくれたんじゃないの?」
狼の子供は、首をこてんと傾げた。
良く分からないまま痛い身体で歩き出そうと、一歩踏み出した瞬間__。
「フェンリル!」
ガサガサと、庭の植物をかき分ける音と同時に、突然の大きな声がした。振り向けば、現れたヴォルフラム殿下に、足が止まってしまった。
「……セリア」
「ヴォルフラム殿下……どうして……」
目を細めて私を見る殿下は冷たいままで……いや、凝視しすぎです。思わず狼の子供を抱いたままで引け腰になった。そんな私に、彼がじりじりと近づいてくる。
「その狼は……」
「これですか……毛並みを少し分けてもらおうと……別に婚約破棄しても、慰謝料なんか請求しませんから……」
「まさか……売る気か?」
「婚約破棄ですから、私はこのまま家を出ます。ですから……」
冷ややかな顔から汗が一滴落ちたヴォルフラム殿下に、ツンとして言った。
どうせ、ルチアが私を殺そうとしたなんて信じない。彼は、産まれた時からの決められた婚約者の私ではなく自分の意志でルチアを選んだのだから。
「も……」
「も……?」
「もふもふ誘拐罪だ!! ひっ捕らえろ!!」
「ええっーー!? 何ですか!?」
ヴォルフラム殿下が叫ぶと、いつもそばに控えている側近のブレッドが庭の整備された植物から飛び出してくる。
その様子は私を捕らえる気満々だった。そして、ブレッドを筆頭にヴォルフラム殿下の数人の近衛騎士たちに囲まれた。
「我が国の聖獣フェンリルを誘拐など言語道断だ!!」
「せ、聖獣!? ちょっ……やだっ……!!」
「抵抗するならば、少し眠ってろ!!」
「待ってっ、殿っ下……」
言葉数の少ない殿下が手を突き出してくる。咄嗟に防御魔法を展開させようとした。それなのに、防御魔法のシールドが一瞬で消えた。
「こんな時にっ……!」
そして、ヴォルフラム殿下が私に眠りの魔法をかけた。突然の出来事に私は抵抗する暇もなくそのまま眠ってしまった。
116
お気に入りに追加
667
あなたにおすすめの小説
「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる