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第一章
夫は妻しか見えない 2
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私が借りている家に着くと、思った通りフィルベルド様は呆然として立ち尽くしていた。
「ディアナ……何故ここに!?」
「だから、驚かなかないでください……とい言ったじゃないですか」
小さな木造の家は、ダイニングキッチンと寝室があるだけの間取り。その上、ダイニングキッチンと寝室の間には壁はなく、本棚でベッドが見えないようになっている。
いわゆる一部屋が長方形になっているだけ。
「……おかしい、おかしいと思っていたが……使用人はどうした? 今日の晩餐前の支度にも使用人を呼んだり、宿のホテルメイドも呼ばなかっただろう?」
「支度ぐらいは自分で出来ますから……よくわかりましたね」
「支度をするのに、使用人がいたように思えなかったから、先ほど支配人に確認していたんだ。そのおかげでディアナが宿から出て行くのがわかったんだが……」
カンテラを借りた時にあのロビーにフィルベルド様がいたなんて気付かなかった。
頭を片手で抱えるフィルベルド様は、冷や汗をかいて困惑している。現状を把握しようと必死だ。
「こんな生活をさせていたなんて……金は送っていたし、父上にもディアナを頼むと伝えていたのに……!」
「ゆっくりとできるから、意外と快適ですよ。それに、今はお義父様はご病気ですよ。ご迷惑をかけられません」
呆然としていたままのフィルベルド様は、カンテラの灯りを頼りに真っ暗の部屋を見渡している。
その間に私は、ベッドの側の窓際の机の引き出しから、フィルベルド様に渡すつもりだったハンカチを取った。
その横には封筒に入れた離縁状もある。
「ディアナ!」
「はい。なんでしょうか?」
カンテラの灯りが私と机をカッと照らした。
「すまない! なんと詫びればいいか……あの屋敷が気に要らなかったなんて気付かなかった!!」
「ち、違いますよ。屋敷が気に入らない訳ではありません……フィルベルド様が、お父様が亡くなった時に屋敷を準備してくださったから、私は路頭に迷わずに済みました。感謝しています」
「あの燃えた屋敷に住んでいたのか? なら、何故もう一つ家を準備するんだ? ここで一体なにを……」
必死で私に謝罪してくるが、この家は仕事をするのに借りていたしフィルベルド様にお会い出来なかったからそのままここに住もうと思っていた。
その思っていると、フィルベルド様はハッとして言葉が詰まり、開けたままの引き出しの封筒を取った。
「こ、この封筒は……?」
「そ、それはダメです!!」
慌てて離縁状の入った封筒を取り上げた。まだ、ハンカチを渡してないのに、いきなり離縁状を渡すなんて無礼なことは出来ない。
「……大事な封筒なのか?」
「大事なものです……お話は、きちんとしますので……」
「くっ……!!」
「だ、大丈夫ですか?」
悔しそうにバンッと机に両手をつけて項垂れるフィルベルド様の様子がおかしい……。
ずっと様子はおかしかったけど、今が一番おかしい。
「もしかして、気付きました?」
「察してしまった……可愛いディアナなら当然だ。恐ろしい予感が的中してしまっている」
「……すみません。でも、私はフィルベルド様に相応しくないと思います。……でも、約束は守りますからね」
離縁を考えていることに察してしまったのだろうけど、『可愛い』は離縁と何の関係があるのかわからない。
でも、『次に会った時はハンカチを渡す』と言った約束は守りたい。
初めてお会いした時にハンカチを準備してなかったから、あの後私は頑張って自分で刺繡をしたのだ。
「フィルベルド様。遅くなってすみません……覚えていらっしゃらないかもしれませんが、ハンカチを渡すと言ったのでどうぞ受け取ってください。勿論要らなければすぐにお捨てになっても私は何も言いませんので……」
なんで結婚したのかわからないけど、スウェル子爵家は裕福な貴族じゃなかったから、きっとフィルベルド様は恥ずかしい思いをしていたと思う。
相応しくない妻なんて、フィルベルド様のためにはならない。
だから、ハンカチを捨てられても、私には何も言えない。
「ハンカチを……? 俺に!?」
「はい……本当は再会する夜会でお渡ししようと持っていっていたのですが……すみません。私が気付かなくて。フィルベルド様から頂いたハンカチも一緒に探して下さったのに……」
「あの時、探していたハンカチは俺がディアナに渡したものか?」
「はい」
「あんなに一生懸命になって探してくれていたのか……」
「そ、そうですね……」
大事なものですよ。大事なものだけど、鼻水つきだとは言えずニコリと返事した。
鼻水つきのハンカチだということは、どうか一生の秘密にさせて欲しい。
「ディアナ。一生大事にする。ありがとう……」
「はい」
笑顔ではないが、様子のおかしいフィルベルド様の雰囲気が柔らかくなった。
少なからず、嬉しく思っているらしいとわかる。
もういらないと言われればどうしようかとは思っていたから、ハンカチを受け取ってくれて、正直ホッとしていた。
「ディアナ……何故ここに!?」
「だから、驚かなかないでください……とい言ったじゃないですか」
小さな木造の家は、ダイニングキッチンと寝室があるだけの間取り。その上、ダイニングキッチンと寝室の間には壁はなく、本棚でベッドが見えないようになっている。
いわゆる一部屋が長方形になっているだけ。
「……おかしい、おかしいと思っていたが……使用人はどうした? 今日の晩餐前の支度にも使用人を呼んだり、宿のホテルメイドも呼ばなかっただろう?」
「支度ぐらいは自分で出来ますから……よくわかりましたね」
「支度をするのに、使用人がいたように思えなかったから、先ほど支配人に確認していたんだ。そのおかげでディアナが宿から出て行くのがわかったんだが……」
カンテラを借りた時にあのロビーにフィルベルド様がいたなんて気付かなかった。
頭を片手で抱えるフィルベルド様は、冷や汗をかいて困惑している。現状を把握しようと必死だ。
「こんな生活をさせていたなんて……金は送っていたし、父上にもディアナを頼むと伝えていたのに……!」
「ゆっくりとできるから、意外と快適ですよ。それに、今はお義父様はご病気ですよ。ご迷惑をかけられません」
呆然としていたままのフィルベルド様は、カンテラの灯りを頼りに真っ暗の部屋を見渡している。
その間に私は、ベッドの側の窓際の机の引き出しから、フィルベルド様に渡すつもりだったハンカチを取った。
その横には封筒に入れた離縁状もある。
「ディアナ!」
「はい。なんでしょうか?」
カンテラの灯りが私と机をカッと照らした。
「すまない! なんと詫びればいいか……あの屋敷が気に要らなかったなんて気付かなかった!!」
「ち、違いますよ。屋敷が気に入らない訳ではありません……フィルベルド様が、お父様が亡くなった時に屋敷を準備してくださったから、私は路頭に迷わずに済みました。感謝しています」
「あの燃えた屋敷に住んでいたのか? なら、何故もう一つ家を準備するんだ? ここで一体なにを……」
必死で私に謝罪してくるが、この家は仕事をするのに借りていたしフィルベルド様にお会い出来なかったからそのままここに住もうと思っていた。
その思っていると、フィルベルド様はハッとして言葉が詰まり、開けたままの引き出しの封筒を取った。
「こ、この封筒は……?」
「そ、それはダメです!!」
慌てて離縁状の入った封筒を取り上げた。まだ、ハンカチを渡してないのに、いきなり離縁状を渡すなんて無礼なことは出来ない。
「……大事な封筒なのか?」
「大事なものです……お話は、きちんとしますので……」
「くっ……!!」
「だ、大丈夫ですか?」
悔しそうにバンッと机に両手をつけて項垂れるフィルベルド様の様子がおかしい……。
ずっと様子はおかしかったけど、今が一番おかしい。
「もしかして、気付きました?」
「察してしまった……可愛いディアナなら当然だ。恐ろしい予感が的中してしまっている」
「……すみません。でも、私はフィルベルド様に相応しくないと思います。……でも、約束は守りますからね」
離縁を考えていることに察してしまったのだろうけど、『可愛い』は離縁と何の関係があるのかわからない。
でも、『次に会った時はハンカチを渡す』と言った約束は守りたい。
初めてお会いした時にハンカチを準備してなかったから、あの後私は頑張って自分で刺繡をしたのだ。
「フィルベルド様。遅くなってすみません……覚えていらっしゃらないかもしれませんが、ハンカチを渡すと言ったのでどうぞ受け取ってください。勿論要らなければすぐにお捨てになっても私は何も言いませんので……」
なんで結婚したのかわからないけど、スウェル子爵家は裕福な貴族じゃなかったから、きっとフィルベルド様は恥ずかしい思いをしていたと思う。
相応しくない妻なんて、フィルベルド様のためにはならない。
だから、ハンカチを捨てられても、私には何も言えない。
「ハンカチを……? 俺に!?」
「はい……本当は再会する夜会でお渡ししようと持っていっていたのですが……すみません。私が気付かなくて。フィルベルド様から頂いたハンカチも一緒に探して下さったのに……」
「あの時、探していたハンカチは俺がディアナに渡したものか?」
「はい」
「あんなに一生懸命になって探してくれていたのか……」
「そ、そうですね……」
大事なものですよ。大事なものだけど、鼻水つきだとは言えずニコリと返事した。
鼻水つきのハンカチだということは、どうか一生の秘密にさせて欲しい。
「ディアナ。一生大事にする。ありがとう……」
「はい」
笑顔ではないが、様子のおかしいフィルベルド様の雰囲気が柔らかくなった。
少なからず、嬉しく思っているらしいとわかる。
もういらないと言われればどうしようかとは思っていたから、ハンカチを受け取ってくれて、正直ホッとしていた。
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