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第一章
白い結婚6年目ですが夫の顔がおぼろげです
しおりを挟む一度しかお会いしたことの無い、結婚して6年目の夫は来なかった。
「ディアナ・アクスウィス公爵夫人……お一人なのですか?」
ラベンダーピンク色の髪を軽く結い髪飾りで整え、深紅のドレスを身にまとい、夜会会場の入り口で夫のフィルベルド様を待っていると会場のスタッフにそう声をかけられる。
ずっと出入り口を離れず待っているからだ。
でも、その言葉にいたたまれなくなり、惨めさをかき立てられた。
今日、顔すらおぼろげな夫のフィルベルド様と再会する日なのに、そのフィルベルド様らしい方は未だ姿を現さない。
夜会会場には一人で入る気にもなれなくて、そのままひと気のないバルコニーに出ると風が冷たくぶるっと身体が震えた。
「今日、やっとお会いする約束だったのに……くしゅんっ……!」
14歳で結婚した。夫となるフィルベルド様は、18歳のアクスウィス家の次期公爵様だった。
その夫と6年目にして今日、再会するために王宮の夜会への招待状が先月届いたのだ。
その夫と夜会で会うために、ラベンダーピンク色の髪を結い深紅のドレスの装いできたけど、入り口で待っていても夫のフィルベルド様は来なかったのだ。
「嫌なら、さっさと離縁をしてくれたらいいのに……」
ひんやりとした風が吹き、鼻水がたらりと出た。
少し風邪気味かなぁ……と思いながらポケットからハンカチを出すと、アクスウィス公爵家の家紋の刺繍に目が止まる。
この国では、結婚相手に家紋入りのハンカチを送る習慣があり、求婚する方はその家紋入りのハンカチを持って求婚したりする人もいる。
家紋入りだけではなく、イニシャルを入れることもよくあることだった。
私も結婚した時に、このアクスウィス公爵家の家紋入りのハンカチを頂いた。
そう思うと、結婚している自覚はあるのだろうけど……。
でも、一度目に会ったのは結婚の時だけ。しかも、あのバラ園で一時間も一緒にいなかった。
ハンカチを渡されて、少ない会話をしてすぐに邸へと戻り、私とお父様はアクスウィス公爵家をあとにした。
金髪碧眼だったとは覚えている。でも、顔が怖くてあまり見なかった。ハンカチを渡された時だけ顔を直視して目が合ったけど、もう6年前のこと。よく覚えてない。
そして、紙切れ一枚のサインで私は、フィルベルド・アクスウィス次期公爵様と結婚したのだ。
どんな顔だったかしら? とお父様に尋ねたけど「いずれまた会える。サプライズだと思えばいいじゃないか」と笑っていた。でも、そんなサプライズはいらない。
そして、そのお父様は2年前に他界してしまっている。
本当に結婚しているか自信もない。
紙切れ一枚の結婚で、しかも私はずっと実家に住んでいたし、アクスウィス公爵家にはお父様に連れられて数えるほどしか行ったことがない。
それでも、『今度会う時にはハンカチをお渡ししますね』と言ったから、夫にアクスウィス公爵家の家紋入りのハンカチと、私の生家であるスウェル子爵家の家紋を刺繍したハンカチをポケットに入れて持って来ていた。
「くしゅん……っ」
肌寒いせいか、くしゃみがでた。
顔もおぼろげな夫フィルベルド様からの義務的なハンカチに思い入れはなく、それで鼻水を拭くとくしゃみをした拍子にハンカチがはらりと落ちた。
落ちた先はバルコニーの外側だった。
ハンカチなんかほっとこうかなぁ……。
そう思うが、たったいま鼻をかんだばかりのハンカチにはしっかりと私の鼻水がついている。
流石に不味い。しかも、家紋入りのハンカチだ
このままハンカチが飛んで行って、庭でこの鼻水つきのハンカチを拾われたら絶対に私のものだとバレる。
アクスウィス公爵夫人の鼻水つきのハンカチが落ちていました……なんて届けられたら恥ずかしさで死んでしまう!
取りに行くのは嫌だなぁ……と思うけど、誰かに鼻水つきのハンカチを取って下さい、なんてお願いすることなんか出来ない。
バルコニーの中からは、手を伸ばしても届かないから仕方なくバルコニーの手すりを乗り越えて、外側の出っ張りに降りるしかない。
落ち込んでいたのに、なんでこんなことに……。
憂鬱な気持ちでバルコニーの手すりに身体を上げた。
「やめろ!! 危ない!!」
いきなり大声で叫ばれて、バルコニーの手すりによじ登った身体がぐらりとした。
その瞬間、いきなり身体を引き寄せられ、バルコニーの手すりに登った身体は誰かにがっしりと捕まえられていた。
捕まえられていた手を見て、おそるおそるその手の持ち主を見上げた。
焦った表情に鋭い目つき。それでいて端正な顔つきの金髪碧眼の男性と目が合った。
「君は何をしているんだ!?……こんなところで自殺をしようとするなんて……!」
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