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しおりを挟む目がじわりと潤んだ。
私を助ける。どうやって。誰も私を助けられない。
逃げるしか私には道がないのに……。
繰り返されるループ。何度も死んでいる。その中で、ライアス様が私を斬ったこともあった。
彼が私を助けようとして、結局私の毒で死んだこともあった。
「……やめて……」
「やめない。このままだと君は死んでしまう」
「どうして……お父様を調べていたんですか? それとも、私を? ……だから、毎日毎日、森の薬屋に……毒のことも知っていましたよね? だから、オリビアさんの取ったグラスを叩き落として……」
「毎日通っていたのは、君に会いたかったからだ。毒のことも知っている。君の身体が毒に侵されていることも……」
「知っているならどうして……っ」
私に触れようとしていた。死んでしまうのに、ライアス様は、私とキスもしようとしていたのだ。
「好きなら触れたいと思うのは、当然のことだ」
そう言って、ライアス様が私の手を取った。汗もにじみ出てない手には体液一つ付いてない。そのおかげでライアス様が毒で倒れることはなかった。
私の身体は毒そのものだ。結婚式の初夜に、ライアス様と交わって、彼が毒に侵された私を抱いて死ぬ。それが、お父様の要望だった。
生半可な毒は効かない。ライアス様は滅竜騎士で、それなりに毒に慣れる訓練もしているはず。周りにも気を付けているし、滅竜騎士のおかげでそこら辺の刺客では彼を暗殺できない。
油断を誘うのに一番最適なのは結婚式だ。そして、その初夜は無防備なものとなる。
だから、お父様は長年時間をかけて私の身体を毒の身体にした。
長年、毒を飲ませて身体に浸み込ませる。
そのせいで、すでに私の身体の体液は毒そのものだ。
だから、誰とも触れ合えない。
その私にライアス様の手が触れていた。
「君が好きだ」
「嫌です……このままだとライアス様が死んでしまいます。それに、スノウのことも知ってますよね。私はライアス様に彼を紹介などしてませんわ。バルコニーで、ライアス様の前でスノウの名前も呼びませんでしたもの」
「スノウのことは知っている。まさか、今夜一緒だとは知らなかったが……男といるのは感心しない。君に誰も触れて欲しくない」
「だったら手を離してください! ライアス様も男ですよ!!」
「俺以外の男という意味だ!!」
「どっちでもいいから、離してくださいよ!」
「絶対に離さんぞ!」
「何ですか!? その意地は!?」
ベッドではすやすやと静かな寝息を立てているオリビアさん。その部屋で、ライアス様に掴まれた腕を離そうと押し問答が続いている。
「離―しーてー!」
「諦めろ。君の力では無理だ」
腕が痛いほど掴まれている。こんなに強引ではなかった。
でも、彼には激情がある。私を斬り殺した時は……。
「……また、私を殺す気ですか?」
「なに……?」
「……ライアス様が、私を殺したから……」
「ローズ……?」
眉間にシワを寄せたライアス様が、困惑した表情で私を見つめる。今までにないほどの怖い顔だ。彼を恐れているわけではない。
ライアス様は、何もしてない。権力を欲しがって娘である私をこんなにしたのはお父様だ。
そして、何をやっても上手くいかず逃げられないままで何度もループを繰り返している。
出したくないのに、涙が落ちる。涙も体液で、私から涙が落ちると危険しかないのに止められることはなかった。
今度も失敗だ。それとも、今度こそはループはないのだろうか。
ライアス様が、私の涙を拭おうとする。優しい。でも、それは、私が毒の身体と知ってするのは自殺行為そのものだ。
「……触らないでください」
「……だが、何もせずにはいられない」
「私の身体は毒に侵されています。私そのものが毒なのです。だから、触れないでください」
感情が高ぶっている。実のお父様でさえ私に触れることはない。
こんな身体だから……でも、違う。こんな身体でなくともきっとお父様は私を大事な子供のように抱きしめたりしない。
それなのに、ライアス様は迷いなく私に触れるのだ。
涙が出てくる。毎日私に会いに来てくれて、お菓子や食事も持ってきてくれる。
いつも私の身体を気遣ってくれるのはライアス様だけだった。
私の身体はライアス様を殺すために用意された毒の身体なのに……。
「……また、ライアス様が死んでしまいます」
「また……? まさか……君もループしているのか?」
「どうして……ループを知って……」
涙で潤んだ顔を上げると、困惑したライアス様が私を見ている。それが、慈しむような表情に変わった。
「ライアス様?」
「……君も何度も死んでしまったのか?」
「まさか……ライアス様も、ループを? でも、そんなはずは……」
知っていたのだろうか。でも、今までそんな素振りはなくて……。
今回違っていたのは、ライアス様が結婚前から、私のもとに通って来ていた。
竜退治で貴重な材料を得たからだと思っていたけど、それが違っていたら?
自問自答しても、答えは目の前のライアス様にしかわからない。
「そんなはずはないと思っている。今までそう思っていたが……いや、何かおかしいと思っていたが……」
困惑しているライアス様がいつになく真剣な眼差しで私を見つめた。その瞳は何も知らず裏切られたと思っているような光はなくて……。
「……だから、何度も私の薬屋に通ってきていたのですか? 竜退治で出会ったのは偶然ではなかったのですか?」
「あれは違う。まさか竜退治に同行してくるなど予想外だった。仕事を理由に結婚を引き延ばして、何とか君と円満に結婚出来る方法がないか考えていたんだが……」
「まさか、それで竜退治に参加していたと?」
「元々滅竜騎士だ。誰も竜退治に召喚されたからと言って、結婚式が伸びてもおかしくないだろう」
「私だって同じです。薬師が材料目当てに参加しても不思議ではないですよ」
「今までは、君の参加はなかった。それに、ループをしている素振りもなかったと思う。ローズに違和感があったのは今回だけだ」
「……竜退治に出かけたのは、材料目当てです……何度も繰り返して解毒剤や薬を作っていました」
だから、作れる種類も増えていた。育種家のように使える植物材料の性質までも変えていって……その時に、オリビアさんが「ううーん」と寝返りをうち我に返った。
こんなところで大事な話は出来なくて、身体が思わずビクついてしまう。
「……ここでは、ゆっくりと話ができないな。オリビアは、従者に送らせよう。俺たちは、どこかに行こう」
「……では、スズラン畑に行きましょう」
本当に来るのだろうか。私はライアス様を亡き者にするためだけに結婚をするのに。そう思うと不安になってしまう。
「ローズ。君が好きだ」
ライアス様の告白に胸が痛い。それと同時に胸が高鳴った。
この人が好きで、死なせたくない。
私を慈しむライアス様の身体が熱くて、泣きたくなっていた。
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