毒はお好きですか? 浸毒の令嬢と公爵様の結婚まで

屋月 トム伽

文字の大きさ
上 下
11 / 15

11

しおりを挟む




目がじわりと潤んだ。

私を助ける。どうやって。誰も私を助けられない。

逃げるしか私には道がないのに……。



繰り返されるループ。何度も死んでいる。その中で、ライアス様が私を斬ったこともあった。

彼が私を助けようとして、結局私の毒で死んだこともあった。



「……やめて……」

「やめない。このままだと君は死んでしまう」

「どうして……お父様を調べていたんですか? それとも、私を? ……だから、毎日毎日、森の薬屋に……毒のことも知っていましたよね? だから、オリビアさんの取ったグラスを叩き落として……」

「毎日通っていたのは、君に会いたかったからだ。毒のことも知っている。君の身体が毒に侵されていることも……」

「知っているならどうして……っ」



私に触れようとしていた。死んでしまうのに、ライアス様は、私とキスもしようとしていたのだ。



「好きなら触れたいと思うのは、当然のことだ」



そう言って、ライアス様が私の手を取った。汗もにじみ出てない手には体液一つ付いてない。そのおかげでライアス様が毒で倒れることはなかった。



私の身体は毒そのものだ。結婚式の初夜に、ライアス様と交わって、彼が毒に侵された私を抱いて死ぬ。それが、お父様の要望だった。



生半可な毒は効かない。ライアス様は滅竜騎士で、それなりに毒に慣れる訓練もしているはず。周りにも気を付けているし、滅竜騎士のおかげでそこら辺の刺客では彼を暗殺できない。



油断を誘うのに一番最適なのは結婚式だ。そして、その初夜は無防備なものとなる。

だから、お父様は長年時間をかけて私の身体を毒の身体にした。

長年、毒を飲ませて身体に浸み込ませる。

そのせいで、すでに私の身体の体液は毒そのものだ。



だから、誰とも触れ合えない。

その私にライアス様の手が触れていた。



「君が好きだ」

「嫌です……このままだとライアス様が死んでしまいます。それに、スノウのことも知ってますよね。私はライアス様に彼を紹介などしてませんわ。バルコニーで、ライアス様の前でスノウの名前も呼びませんでしたもの」

「スノウのことは知っている。まさか、今夜一緒だとは知らなかったが……男といるのは感心しない。君に誰も触れて欲しくない」

「だったら手を離してください! ライアス様も男ですよ!!」

「俺以外の男という意味だ!!」

「どっちでもいいから、離してくださいよ!」

「絶対に離さんぞ!」

「何ですか!? その意地は!?」



ベッドではすやすやと静かな寝息を立てているオリビアさん。その部屋で、ライアス様に掴まれた腕を離そうと押し問答が続いている。



「離―しーてー!」

「諦めろ。君の力では無理だ」



腕が痛いほど掴まれている。こんなに強引ではなかった。

でも、彼には激情がある。私を斬り殺した時は……。



「……また、私を殺す気ですか?」

「なに……?」

「……ライアス様が、私を殺したから……」

「ローズ……?」



眉間にシワを寄せたライアス様が、困惑した表情で私を見つめる。今までにないほどの怖い顔だ。彼を恐れているわけではない。



ライアス様は、何もしてない。権力を欲しがって娘である私をこんなにしたのはお父様だ。

そして、何をやっても上手くいかず逃げられないままで何度もループを繰り返している。



出したくないのに、涙が落ちる。涙も体液で、私から涙が落ちると危険しかないのに止められることはなかった。



今度も失敗だ。それとも、今度こそはループはないのだろうか。

ライアス様が、私の涙を拭おうとする。優しい。でも、それは、私が毒の身体と知ってするのは自殺行為そのものだ。



「……触らないでください」

「……だが、何もせずにはいられない」

「私の身体は毒に侵されています。私そのものが毒なのです。だから、触れないでください」



感情が高ぶっている。実のお父様でさえ私に触れることはない。



こんな身体だから……でも、違う。こんな身体でなくともきっとお父様は私を大事な子供のように抱きしめたりしない。



それなのに、ライアス様は迷いなく私に触れるのだ。



涙が出てくる。毎日私に会いに来てくれて、お菓子や食事も持ってきてくれる。

いつも私の身体を気遣ってくれるのはライアス様だけだった。

私の身体はライアス様を殺すために用意された毒の身体なのに……。



「……また、ライアス様が死んでしまいます」

「また……? まさか……君もループしているのか?」

「どうして……ループを知って……」



涙で潤んだ顔を上げると、困惑したライアス様が私を見ている。それが、慈しむような表情に変わった。



「ライアス様?」

「……君も何度も死んでしまったのか?」

「まさか……ライアス様も、ループを? でも、そんなはずは……」



知っていたのだろうか。でも、今までそんな素振りはなくて……。

今回違っていたのは、ライアス様が結婚前から、私のもとに通って来ていた。



竜退治で貴重な材料を得たからだと思っていたけど、それが違っていたら?



自問自答しても、答えは目の前のライアス様にしかわからない。



「そんなはずはないと思っている。今までそう思っていたが……いや、何かおかしいと思っていたが……」



困惑しているライアス様がいつになく真剣な眼差しで私を見つめた。その瞳は何も知らず裏切られたと思っているような光はなくて……。



「……だから、何度も私の薬屋に通ってきていたのですか? 竜退治で出会ったのは偶然ではなかったのですか?」

「あれは違う。まさか竜退治に同行してくるなど予想外だった。仕事を理由に結婚を引き延ばして、何とか君と円満に結婚出来る方法がないか考えていたんだが……」

「まさか、それで竜退治に参加していたと?」

「元々滅竜騎士だ。誰も竜退治に召喚されたからと言って、結婚式が伸びてもおかしくないだろう」

「私だって同じです。薬師が材料目当てに参加しても不思議ではないですよ」

「今までは、君の参加はなかった。それに、ループをしている素振りもなかったと思う。ローズに違和感があったのは今回だけだ」

「……竜退治に出かけたのは、材料目当てです……何度も繰り返して解毒剤や薬を作っていました」



だから、作れる種類も増えていた。育種家のように使える植物材料の性質までも変えていって……その時に、オリビアさんが「ううーん」と寝返りをうち我に返った。



こんなところで大事な話は出来なくて、身体が思わずビクついてしまう。



「……ここでは、ゆっくりと話ができないな。オリビアは、従者に送らせよう。俺たちは、どこかに行こう」

「……では、スズラン畑に行きましょう」



本当に来るのだろうか。私はライアス様を亡き者にするためだけに結婚をするのに。そう思うと不安になってしまう。



「ローズ。君が好きだ」



ライアス様の告白に胸が痛い。それと同時に胸が高鳴った。



この人が好きで、死なせたくない。



私を慈しむライアス様の身体が熱くて、泣きたくなっていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。

藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」 街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。 だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!? 街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。 彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った! 未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!? 「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」 運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

この毒で終わらせて

豆狸
恋愛
──恋は毒。恋を解毒した令嬢は新しい毒と出会う。 なろう様でも公開中です。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

夜会の夜の赤い夢

豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの? 涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

処理中です...