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森の薬屋のある森には、薬草園と呼んでいる場所がある。そこには、色んな植物を植えているのだ。白羊宮の夜に、薬草籠を持って薬草園に行くと、柔らかな風が少しだけ吹いて艶のない髪がほんの数秒だけなびいた。
今夜はけっこう明るいなぁとか思いながら、薬草採集のために座り込んだ。
ケシやポピーなど軟膏は人気で、足りない分を採集している。
乾燥させた分もそろそろ送らないといけない。
結婚まであと数日。あと少し。あと少しなの……。
思い詰めているのは、自分でもわかっている。でも、もう後戻りもできない。
思考を止めた顔を上げると、ただただ美しい三日月が浮かんでいる。
その時に、草木を踏みしめる音がした。
「ローズ?」
「ライアス様……?」
座り込んだままで振り向くと、ライアス様がこちらに歩いて来ていた。
「こんな深夜に何をやっているんだ?」
「ライアス様……何をしているんですか!? どうしてここに!?」
今日は、来なかったはず。だから、静かにひたすらに薬作りに没頭できたし、平和な一日だった。
「昼は、少し忙しくて来られなかったから……」
「だからと言って、こんな深夜に来る人がありますか!」
日中に会う約束なんてしてなかったはず。むしろ、気が散るから来ないで欲しいと思っているのに……なぜ、毎日当然のように通ってくるのですかね!?
「少し遅くなって悪かった。もう少し早い時間に来るつもりだったが……」
約束していたかのように私の隣に腰を降ろすライアス様が、変な人にしか見えない。毎日歓迎してないですよね!?
「身体はどうだ? まだ、顔色が悪いぞ?」
「……大丈夫です」
蒼い顔色を見られたくなくて、ツンと顔をそらした。
「……医師に診てもらうか?」
「けっこうです」
「そうか……」
顔を背けたままでいると、ライアス様の方から、がさりと何かの音がする。振り向くと、彼が持っていたバスケットから、スープらしきものが入っている瓶やパンなどを出している。
「ローズ。スープやお菓子を持って来たんだ。我が家の料理人が作ったものだが……味は保証する。食べないか?」
「……どうして……」
「どうしてこんなにするかと言いたいのか? 理由は簡単だ。君が気になるからだ」
優しくて、それでいて真剣な眼差しで私を見つめながらライアス様がそう言う。
彼の視線に、思わず照れてしまい頬が紅潮する。
「でも……私は結婚すると言いました」
「だから? 俺が好きだというのは、おかしいか?」
おかしいです。怪しすぎる。でも優しいのも本当だ。
むすっと返答に困っていると、ライアス様はくすりと笑いスコーンを出してきた。
「食べろ。ジャムもあるぞ」
「……ジャムはいりません」
「甘いものが好きかと思ったが……」
街でお菓子を凝視していた様子をライアス様はずっと見ていたらしい。
黄色い柑橘系のジャムの瓶を見せてくるライアス様からスコーンだけを受け取り、ツンと顔をそらした。私が何を食べようが関係ない。
でも、スコーンは甘すぎずちょうどいい味だった。
「美味いか?」
「ええ。腕のいい料理人なのですね」
「気に入ってくれてよかった」
イケメン顔でにこりとされても、私はほだされませんよ。
ただ、ちょっとしてやられた感があるだけです。
「スープはどうだ? 皿は持ってきてないから、そのまま食べられるか?」
「……いただきます」
スープの瓶には、瓶のサイズに合わせたかのようにアスパラガスがちょうどいいサイズで立っている。それをジャムに使うつもりで持って来たらしいスプーンでスープをいただく。
「ローズ。今度デートしないか?」
「何度もお断りしていますけど? それに、人前に出たくないのです」
「なら、邸に招待する。庭園もあるし、小さいが湖もあるぞ」
知ってます。聞いたこともあるし、ループの中でノルディス公爵邸に行ったことがありますからね。
ノルディス公爵家はお城のようなお邸で、王族が滞在することもあるとか……お父様は、その公爵家が欲しいのですよ。
お父様のことを思い出すと、思わず眉根にシワがよる。
「どうした?」
不思議そうな顔で私を見る顔は心配しているようにも見える。
自分のことを悟られないように、何でもないと言ってスープを黙々と食べた。
「……ありがとうございます」
「気にするな。体調が悪ければ、このまま俺の邸に来るか?」
「お断りです」
邸の誰かが私を知っていたらどうするんですか。知らなくても、顔なんて覚えられないのが賢明です。
「でも、何かお礼をしますね。傷薬でも持って帰られますか? それとも……」
「……キスは?」
そう言って、私の頬に手を伸ばしてきた。
「……死にたいのですか?」
「キスで死ぬのか?」
「さぁ……どうでしょう」
冷たい風がひゅうと流れる。月明かりだけなのに、それだけでもライアス様の真剣な表情がわかる。彼は私にそう言われても取り乱したりしない。
「……お礼が思いつきました。この瓶を使ってもいいですか?」
「かまわないが……」
ライアス様の手から離れるように身体を動かした。
そして、薬草園に植えてある白い実の付いたスズランをスープの入っていた瓶へと植え替えた。
「白い実のスズランは珍しいな」
「はい。ライアス様に差し上げます。私が育てました。結婚式に飲むと、良い事があるかもしれませんよ」
「それは……嬉しいな」
私が特別な魔法薬を使って改種した特別なスズラン。そのせいか、思わぬ効果なのか光まで放つスズランができてしまっていた。
少しだけ照れたように顔を押さえたライアス様に胸がチクンとして、俯いてしまう。そんな私をライアス様が柔らかく包み込むように抱きしめる。
「ありがとう……大事にするよ。ローズ」
「……ですから……触らないでください」
彼の熱が切ない。キュッと口を閉めて目を閉じた。この腕の中が、逞しくて温かったのだ。
今夜はけっこう明るいなぁとか思いながら、薬草採集のために座り込んだ。
ケシやポピーなど軟膏は人気で、足りない分を採集している。
乾燥させた分もそろそろ送らないといけない。
結婚まであと数日。あと少し。あと少しなの……。
思い詰めているのは、自分でもわかっている。でも、もう後戻りもできない。
思考を止めた顔を上げると、ただただ美しい三日月が浮かんでいる。
その時に、草木を踏みしめる音がした。
「ローズ?」
「ライアス様……?」
座り込んだままで振り向くと、ライアス様がこちらに歩いて来ていた。
「こんな深夜に何をやっているんだ?」
「ライアス様……何をしているんですか!? どうしてここに!?」
今日は、来なかったはず。だから、静かにひたすらに薬作りに没頭できたし、平和な一日だった。
「昼は、少し忙しくて来られなかったから……」
「だからと言って、こんな深夜に来る人がありますか!」
日中に会う約束なんてしてなかったはず。むしろ、気が散るから来ないで欲しいと思っているのに……なぜ、毎日当然のように通ってくるのですかね!?
「少し遅くなって悪かった。もう少し早い時間に来るつもりだったが……」
約束していたかのように私の隣に腰を降ろすライアス様が、変な人にしか見えない。毎日歓迎してないですよね!?
「身体はどうだ? まだ、顔色が悪いぞ?」
「……大丈夫です」
蒼い顔色を見られたくなくて、ツンと顔をそらした。
「……医師に診てもらうか?」
「けっこうです」
「そうか……」
顔を背けたままでいると、ライアス様の方から、がさりと何かの音がする。振り向くと、彼が持っていたバスケットから、スープらしきものが入っている瓶やパンなどを出している。
「ローズ。スープやお菓子を持って来たんだ。我が家の料理人が作ったものだが……味は保証する。食べないか?」
「……どうして……」
「どうしてこんなにするかと言いたいのか? 理由は簡単だ。君が気になるからだ」
優しくて、それでいて真剣な眼差しで私を見つめながらライアス様がそう言う。
彼の視線に、思わず照れてしまい頬が紅潮する。
「でも……私は結婚すると言いました」
「だから? 俺が好きだというのは、おかしいか?」
おかしいです。怪しすぎる。でも優しいのも本当だ。
むすっと返答に困っていると、ライアス様はくすりと笑いスコーンを出してきた。
「食べろ。ジャムもあるぞ」
「……ジャムはいりません」
「甘いものが好きかと思ったが……」
街でお菓子を凝視していた様子をライアス様はずっと見ていたらしい。
黄色い柑橘系のジャムの瓶を見せてくるライアス様からスコーンだけを受け取り、ツンと顔をそらした。私が何を食べようが関係ない。
でも、スコーンは甘すぎずちょうどいい味だった。
「美味いか?」
「ええ。腕のいい料理人なのですね」
「気に入ってくれてよかった」
イケメン顔でにこりとされても、私はほだされませんよ。
ただ、ちょっとしてやられた感があるだけです。
「スープはどうだ? 皿は持ってきてないから、そのまま食べられるか?」
「……いただきます」
スープの瓶には、瓶のサイズに合わせたかのようにアスパラガスがちょうどいいサイズで立っている。それをジャムに使うつもりで持って来たらしいスプーンでスープをいただく。
「ローズ。今度デートしないか?」
「何度もお断りしていますけど? それに、人前に出たくないのです」
「なら、邸に招待する。庭園もあるし、小さいが湖もあるぞ」
知ってます。聞いたこともあるし、ループの中でノルディス公爵邸に行ったことがありますからね。
ノルディス公爵家はお城のようなお邸で、王族が滞在することもあるとか……お父様は、その公爵家が欲しいのですよ。
お父様のことを思い出すと、思わず眉根にシワがよる。
「どうした?」
不思議そうな顔で私を見る顔は心配しているようにも見える。
自分のことを悟られないように、何でもないと言ってスープを黙々と食べた。
「……ありがとうございます」
「気にするな。体調が悪ければ、このまま俺の邸に来るか?」
「お断りです」
邸の誰かが私を知っていたらどうするんですか。知らなくても、顔なんて覚えられないのが賢明です。
「でも、何かお礼をしますね。傷薬でも持って帰られますか? それとも……」
「……キスは?」
そう言って、私の頬に手を伸ばしてきた。
「……死にたいのですか?」
「キスで死ぬのか?」
「さぁ……どうでしょう」
冷たい風がひゅうと流れる。月明かりだけなのに、それだけでもライアス様の真剣な表情がわかる。彼は私にそう言われても取り乱したりしない。
「……お礼が思いつきました。この瓶を使ってもいいですか?」
「かまわないが……」
ライアス様の手から離れるように身体を動かした。
そして、薬草園に植えてある白い実の付いたスズランをスープの入っていた瓶へと植え替えた。
「白い実のスズランは珍しいな」
「はい。ライアス様に差し上げます。私が育てました。結婚式に飲むと、良い事があるかもしれませんよ」
「それは……嬉しいな」
私が特別な魔法薬を使って改種した特別なスズラン。そのせいか、思わぬ効果なのか光まで放つスズランができてしまっていた。
少しだけ照れたように顔を押さえたライアス様に胸がチクンとして、俯いてしまう。そんな私をライアス様が柔らかく包み込むように抱きしめる。
「ありがとう……大事にするよ。ローズ」
「……ですから……触らないでください」
彼の熱が切ない。キュッと口を閉めて目を閉じた。この腕の中が、逞しくて温かったのだ。
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