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今度こそは……。
毒で倒れたライアス様が、剣を振りかざして、その刃が私を斬った。
どす黒い赤が目の前に舞う血飛沫……。
血を吐き倒れたライアス様の瞼はもう開かない。初夜のために身につけた純白のナイトドレスが真っ赤に染まり、私はベッドの上で彼に横たわるように倒れた。
◇
辺境の地。隣国との境の街は栄えており、にぎわう街の側は森に囲まれていた。その森に、一つの薬屋があった。しかし、森に佇むひっそりとした薬屋に、わざわざ人が来ることはない。
それなのに……。
「また来たのですか? ライアス様」
「何か問題が?」
「来る意味がわかりません」
薬屋の女主人は、私、ローズ・ベラルド。肩ほどの長さの灰色の髪をハーフアップにして、歳よりも小柄な私が、やって来たライアス様に呆れた様子で言う。薬の調合器具を持ったままで、ため息がでる。
訪ねてきたのが当然のように薬屋に入って来たのは、ライアス様と言う黒髪の似合う端整な顔に、背も高く目を引く容姿を持っている騎士様だ。
その彼は、誰も来ないこの森の薬屋に呆れるほど毎日のように通ってきていた。
「薬の出来具合はどうかな、と思って……」
「……時間がかかると言ったではありませんか。毎日来られても、早くできることはありませんよ」
「それだけではないんだがな……」
ボソッと呟くライアス様。彼が私に頼んだ薬は、解毒剤だ。普通の解毒剤とは違う。
出来れば、どんな毒にも効く解毒剤が欲しいらしい。でも、解毒剤は、毒によって微妙に材料が違う。万能薬にもなるえるほどの解毒剤なら、特別な材料が必要なのだけど……その材料が私のもとにあると彼は知っているのだ。
材料は竜の一部。先日、人里に害をなした竜が現れて、騎士たちによる竜退治が行われた。
その時に、回復要員として私も参加した。参加した理由は単純。竜の一部も報酬としてもらうためで……その時の騎士様の中に、このライアス様もいたのだ。
おかげで私が、解毒剤に必要な材料を持っていることが、バレてしまっている。
そのライアス様が、私になんにでも効く解毒剤を作って欲しいと仕事を頼みに来たのだ。
「客もいないから、どこか出かけるか?」
「閑古鳥で悪かったですね。そもそも、客はいつもいませんよ。それに、どこにも行きません」
「何でも買ってやるぞ? 流行りのドレスはどうだ?」
「お断りします」
「では、何が欲しい?」
「何もいりません」
欲しい物などありません。私には、やることがあるのです。
カウンターに肘をつき、足を組んで座っているライアス様が何故か私を口説こうと誘ってくる。毎日、毎日。そして、カウンターの席は通ってくる彼の定位置になりつつある。
「ふむ……物では、誘われてくれないか?」
「独り言なら他所でやってくださいよ」
目の前で調合した薬を容器に詰めている私に、彼は、困ったなぁと言わんばかりの独り言を吐き出している。その彼にこちらが困りため息を軽く吐いた。
「ライアス様……王都には、お帰りにならないのですか?」
普段は仕事で王都にいるはずの騎士のライアス様。彼は、貴族で滅竜騎士の称号も得ている。だから、竜退治にも派遣されたのだけど……。
「結婚が近いからな。しばらくは、ノルディス領にいることにした」
「そうですか……」
「気になるのか?」
「いえ、まったく。貴族なら、政略結婚もよくあることですから……」
そう言うと、先ほどの穏やかな表情と違い、真剣な眼差しでジッと見つめられる。
「結婚か……ローズは、何か欲しいものはないか? 何をしたら、一緒に出掛けてくれる?」
「お願いならあります」
「なんだ? 何でも聞こう」
「では、お帰りください」
私は、忙しいのですよ。
静かな薬屋。お帰り願った私の言葉に無言の空気が流れる。その中で、ライアス様は固まってしまっていた。
そして、髪をかき上げて間が開くと真剣な眼差しで話しかけてくる。
「君は? ローズはどうなんだ?」
「どういう意味ですか?」
「政略結婚をして何とも思わないのか?」
「……デートのお誘いなら、以前もお断りしましたよ。私も結婚が近いのです」
そうです。私も近々結婚をすることが決まっています。嫁ぐ相手は、目の前で私を口説く、このライアス・ノルディス公爵だ。
毒で倒れたライアス様が、剣を振りかざして、その刃が私を斬った。
どす黒い赤が目の前に舞う血飛沫……。
血を吐き倒れたライアス様の瞼はもう開かない。初夜のために身につけた純白のナイトドレスが真っ赤に染まり、私はベッドの上で彼に横たわるように倒れた。
◇
辺境の地。隣国との境の街は栄えており、にぎわう街の側は森に囲まれていた。その森に、一つの薬屋があった。しかし、森に佇むひっそりとした薬屋に、わざわざ人が来ることはない。
それなのに……。
「また来たのですか? ライアス様」
「何か問題が?」
「来る意味がわかりません」
薬屋の女主人は、私、ローズ・ベラルド。肩ほどの長さの灰色の髪をハーフアップにして、歳よりも小柄な私が、やって来たライアス様に呆れた様子で言う。薬の調合器具を持ったままで、ため息がでる。
訪ねてきたのが当然のように薬屋に入って来たのは、ライアス様と言う黒髪の似合う端整な顔に、背も高く目を引く容姿を持っている騎士様だ。
その彼は、誰も来ないこの森の薬屋に呆れるほど毎日のように通ってきていた。
「薬の出来具合はどうかな、と思って……」
「……時間がかかると言ったではありませんか。毎日来られても、早くできることはありませんよ」
「それだけではないんだがな……」
ボソッと呟くライアス様。彼が私に頼んだ薬は、解毒剤だ。普通の解毒剤とは違う。
出来れば、どんな毒にも効く解毒剤が欲しいらしい。でも、解毒剤は、毒によって微妙に材料が違う。万能薬にもなるえるほどの解毒剤なら、特別な材料が必要なのだけど……その材料が私のもとにあると彼は知っているのだ。
材料は竜の一部。先日、人里に害をなした竜が現れて、騎士たちによる竜退治が行われた。
その時に、回復要員として私も参加した。参加した理由は単純。竜の一部も報酬としてもらうためで……その時の騎士様の中に、このライアス様もいたのだ。
おかげで私が、解毒剤に必要な材料を持っていることが、バレてしまっている。
そのライアス様が、私になんにでも効く解毒剤を作って欲しいと仕事を頼みに来たのだ。
「客もいないから、どこか出かけるか?」
「閑古鳥で悪かったですね。そもそも、客はいつもいませんよ。それに、どこにも行きません」
「何でも買ってやるぞ? 流行りのドレスはどうだ?」
「お断りします」
「では、何が欲しい?」
「何もいりません」
欲しい物などありません。私には、やることがあるのです。
カウンターに肘をつき、足を組んで座っているライアス様が何故か私を口説こうと誘ってくる。毎日、毎日。そして、カウンターの席は通ってくる彼の定位置になりつつある。
「ふむ……物では、誘われてくれないか?」
「独り言なら他所でやってくださいよ」
目の前で調合した薬を容器に詰めている私に、彼は、困ったなぁと言わんばかりの独り言を吐き出している。その彼にこちらが困りため息を軽く吐いた。
「ライアス様……王都には、お帰りにならないのですか?」
普段は仕事で王都にいるはずの騎士のライアス様。彼は、貴族で滅竜騎士の称号も得ている。だから、竜退治にも派遣されたのだけど……。
「結婚が近いからな。しばらくは、ノルディス領にいることにした」
「そうですか……」
「気になるのか?」
「いえ、まったく。貴族なら、政略結婚もよくあることですから……」
そう言うと、先ほどの穏やかな表情と違い、真剣な眼差しでジッと見つめられる。
「結婚か……ローズは、何か欲しいものはないか? 何をしたら、一緒に出掛けてくれる?」
「お願いならあります」
「なんだ? 何でも聞こう」
「では、お帰りください」
私は、忙しいのですよ。
静かな薬屋。お帰り願った私の言葉に無言の空気が流れる。その中で、ライアス様は固まってしまっていた。
そして、髪をかき上げて間が開くと真剣な眼差しで話しかけてくる。
「君は? ローズはどうなんだ?」
「どういう意味ですか?」
「政略結婚をして何とも思わないのか?」
「……デートのお誘いなら、以前もお断りしましたよ。私も結婚が近いのです」
そうです。私も近々結婚をすることが決まっています。嫁ぐ相手は、目の前で私を口説く、このライアス・ノルディス公爵だ。
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