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第一章
晩餐の後で
しおりを挟むリヒト様は、寡黙な方だ。おしゃべりな方では無くて安心した。
しかし、顔は怖い。端整な顔なのだから、少しぐらい笑みを見せてくれてもいい気がする。
でも、晩餐は二人のためか朝のような居心地の悪さはなかった。
落ち着いた食事を摂れることに安堵している。その上、料理も美味しい。
香りの良いワインを飲むと、気がつけばリヒト様が私を凝視している。怪しい。目が合うと話しかけてきた。
「……リーゼ。君は、魔法を使うのか?」
「昨夜は、すみませんでした。驚いたもので……魔法も、植物の魔法や風など少しは使えるのです」
不埒ものと思って魔法を放ったけど、怒っているのだろうか……わからない。怒っているようには見えないけど、表情からは読み取れない。
顔を見ると、目の下には切れた痕が残っており、冷や汗がでる。殿下を傷つけたら、罪に問われるんじゃないないだろうか。このまま、牢屋行きは好ましくない。
「リヒト様。すみません。その……目の下の傷を治しましょうか?」
「癒しの魔法も使えるのか?」
「はい。ですから傷を……」
「そうだな……傷は気にしなくていい。驚かせてしまったようだからな」
「す、すみません……!」
驚いたのは間違いないけど、よく考えればリヒト様の後宮なのだから、彼がいつ誰を召そうと問題はない。私が、いきなりリヒト様を傷つけた方が絶対に不味い気がする。それでも、リヒト様は、何も責めたりはしなかった。淡々と食事を進めている。
「後宮は、どうだ?」
「後宮……ですか? そうですね。色々あるようですけど……どこの家にも色々ありますから。それとも、なにか決まり事がありましたか?」
「そういうわけでは無いが……好きに暮らせばいい」
嫌なことがある度に不満を垂れ流してはキリがない。
後宮のこともまだよくわからないし、今はどうしようかなぁと様子を見ている感じなのだ。
怪我をさせてしまったし、もしかしたら、すぐに帰国を言い渡される可能性だってあるのだから。そう思うと、ここに居ていいのかと不安になる。
「あの……私は、後宮にいていいのでしょうか?」
「帰りたいのか?」
「そういうわけでは……」
表情一つ変えなかったリヒト様が、ワイングラスを置いて顎に手を当てて考え込んでいる。
まるで、すぐに帰って欲しくないみたいにすら思えてきた。
「あの……後宮に居てもいいなら、帰りませんけど……」
「そうだな……そうしてくれ」
「はい」
すぐに帰れば、あの腹黒いルーセル様が待っているし……どこで生活しても同じだ。
衣食住はあるのだから、後宮でも問題はない。私には、帰りを待つ人もいないのだから。
静かな夕食が終われば、私を後宮まで送ろうとしていたリックを下がらせている。彼は、後宮まで送ると言い、何故か二人で後宮へと向かう外廊下を歩いていた。
このまま、シエラ様のところに行くのかしら?
何気なくそんなことを考えると、リヒト様の手が腰に回される。手が早すぎると思うと同時に顔が近づいてきた。
「……リーゼ。明日から、一週間ほど仕事で城を離れるが、なにか土産を買ってこよう。欲しいものはないか?」
「ほ、欲しいものですか!?」
この態勢で、欲しいものが浮かばない。離れようと顔を背けて抵抗するが、やはりリヒト様の力は強い。背けたせいで、首筋がリヒト様の唇に捉えられる。
くすぐったい感触と羞恥で「ひゃっ……!?」と出そうな声をグッと我慢した。
「そうだな……ドレスでも、宝石でも何でもいいぞ」
「そ、そういうのは、リヒト様のお渡りが済んでから……!」
「気にしなくてもいい。昨夜、驚かせた詫びとでも思えばいい」
じゃあ、今の態勢はなに?
腰を引き寄せられて、身体が密着するとあの端整なお顔が近づいてくる。彼に迷いはなく、初めて会った時のように、そのまま唇を塞がれる。息が止まりそうなくらい動悸がしていた。ほんの少し吐息が漏れると、慣れた手つきで、背中にある彼の手がドレスにかかる。
それは、さすがに困る。ここは、誰もいないとはいえ外なのだ。庭で視界が悪いかもしれないが……。
まさか……リックに「ついて来なくていい」と断ったのは、こんなことをするため!?
「……っ!? お、お土産!? お土産ですよね!?」
「あぁ、なにが欲しい?」
「考えます! 考えますので、少しおまちください!」
「あぁ、ゆっくり考えろ」
思わず、声音が上がる。必死で話を変えようとするけど、再度彼の顔が近づく。ささやかな抵抗のように、リヒト様の腕に添えた自分の手に力が入っていた。
気がつけば、樹の側に追い込まれており、樹から葉がはらりと落ちる。胸元に柔らかい感触を感じると、チクンとして微かに声が漏れた。彼が胸元に痕を残しているのだ。
「リヒト様……っ、ここでは……、私、は、初めてで……」
初めてが外なんて、嫌すぎる。もし木陰にリックや騎士団の誰かが護衛ですと言って潜んでいたらどうするんですか!? まる見えになりますよ。
抑えられた胸をやっと離してくれると、慌てて胸元の乱れたドレスを直しながら、必死で隠そうとしていた。その間にリヒト様は、なにか考えている。そして、思い出したように先ほどの会話を降ってきた。
「土産は、思いついたか?」
「……そ、そうですね」
思いつく暇もなかった。何かお願いしないと、また迫ってきそうだと思えるほど、背の高いリヒト様が上からジッと見下ろしている。
必死で考え、思いついた物をそのまま口にした。目の前の葉が視界に入ったからかもしれない。
「……お茶を! 茶葉をお願いします!」
「茶葉……? 茶葉なら、いつでも贈るが……」
「お土産で、お願いします!」
力いっぱい嘆願するように言った。それに驚いたように、リヒト様の顎に当てていた手が少しだけ離れた。
「了解した。帰れば、茶葉を持って会いに行こう」
「はい。待っています」
ほんの少し空気が柔らかくなり、それ以上は迫って来る事はなく差し出された手に乗せると、紳士的にエスコートしてくれる。後宮へと着くと、「明日は早いから」と言って、後宮に入ることはなかった。それでも彼は私が後宮にはいるまでずっと見ていた。
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