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第一章
後宮には
しおりを挟むエクルース国に行くために、ベルハイム国から広大な湖を超えるために船に乗っている。
船には、ベルハイム国の騎士達が私をエクルース国に引き渡すまでついて来るらしい。
見送りには、あの黒い笑顔を見せたルーセル様まで来ていた。側に控えているグレン様は、ほどほどに頑張ってくださいと、私を憐れんでいるままだった。
渇いた笑いのようなものしかでない愛想笑いをして、満面の笑みのルーセル様は私を送り出した。
この一週間。私は魔法師団を退職させられて、ルーセル様は私に恐ろしいほど沢山のドレスなどを準備していた。
メイドか侍女も付けるつもりだったらしいけど、それは私が断った。
そもそも、私にはメイドも侍女もいない。オルフェーヴル伯爵邸にいた時は私がメイド服で掃除やお茶淹れをしていたからだ。
でも、オルフェーヴル伯爵家にいれば、給金などなかった。それでは、『妖精の弓』を取り戻せないから、私は魔法師団に入ったのだ。そして、田舎の魔法師団出張所に行った。
そんな私に、信頼のおける使用人などいるはずもなく、他国に信頼関係のない使用人を連れて行くという選択肢は私にはなかった。結果、私は一人でエクルース国に行くのだ。
一泊の船旅が終わると、エクルース国の船着き場にはベルハイム国の使者団が待っていた。
ベルハイム国の騎士隊長が、エクルース国の竜騎士の隊長に挨拶をしている。
「こちらが、我が国唯一の王女、妖精姫と呼ばれるリーゼ様です」
誰が妖精姫ですか……。妖精の祝福を受けているから、妖精の愛し子なのは間違いないけど、当たり前のように、いきなりそんな二つ名を付けないで欲しかった。
付けたのは、腹黒ルーセル様だ。
そう呼ばれたこちらが恥ずかしくなる。
しかも、一週間前に、王女になったばかりですけどね!
愛想笑いをして引きつる表情を隠す。そして、淑女のように竜騎士に挨拶をした。
「初めまして。道中よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします。私は、第一竜騎士団の隊長をしているリック・レイモンドです。以後お見知りおきを」
竜騎士団の隊長の一人が、騎士らしく胸に手を当てて挨拶をする。
「では、リーゼ様。我々はここでお別れです」
「はい。道中ありがとうございました。お帰りも気をつけて」
手続きを終わらせると、ベルハイム国の騎士達と別れる。でも、知己などおらず、私からすれば、名残惜しいということもなかった。
そのまま、エクルース国の竜騎士に案内されるまま、竜騎士の乗っている飛竜が引く一台の馬車の箱のようなものに乗せられてそのまま飛竜が飛び立った。
さすが、竜騎士の国。この飛竜が運搬もできるから、どの国よりも早く輸送ができるために、国も発展していったのだろう。
船や、馬車よりもずっと飛竜は早い。休憩も取りながらだけど、経った二日で王都へと到着してしまった。
大城には、周りに竜騎士の飛竜が飛び交っている。
その城の一際大きな芝生の広がる庭へと降ろされた。どうやら、飛竜が下りたつ場所らしい。
「リーゼ様は、このまま後宮へと入っていただきます」
竜騎士の隊長が私を連れて案内したのは、城から離れた一角にある後宮だった。
冷酷非情と言われた王太子リヒト様に気に入らなければ、私は婚約者にもなれない。そんな私が、いきなり陛下に挨拶などできないのだ。
後宮も、裏まで続くと思われる庭は整えておりバラの庭園まである。
綺麗だなぁと思い、周りをそっと見ながら後宮の建物に入ると、そこには女官達が待っていた。
「リーゼ様。こちらが女官長のエセルです」
「女官長を務めているエセルです」
「リーゼ・オルフェーヴルです。よろしくお願いいたします」
私を一瞥するような視線に、歓迎されてないと感じる。ハッキリと言えば、女官長の第一印象は最悪だ。
「では、リーゼ様。我々はここで失礼いたします。女官長、後は頼むぞ。彼女は、ベルハイム国の王女だ」
リックが、女官長に念を押すようにそう告げるが、女官長はご機嫌斜めだ。
「……お名前が、違うようですけど?」
私が、ベルハイムではなく、オルフェーヴルと名乗ったことを指摘してくる。でも、しょうがない。私は、つい先日王女だと判明したのだから。
でも、チェンジリングの話はしないようにとあの腹黒いルーセル様に言われている。
「私は、陛下の姪です。貴族の邸で生まれて育ちましたので」
これは、結婚すればどこにでもある話だ。実際に、私は貴族の邸で育ったのだから。
感じ悪い女官長に頑張って笑顔を見せるが、この笑顔は必要なのかと疑問だ。
「リーゼ様。何かあればどうぞ私までお伝えください」
「はい。頼りにしてます」
何かを察したようなリックがそう言って、後宮を去っていった。
「では、エセル。部屋に案内してください」
長旅で、疲れているうえに、この女官長と会話を楽しもうとは思えなかった。
「部屋は、こちらです」という女官長に付いて廊下を歩いていると、冷ややかな声音でエセルが話しかけてきた。
「ここは、後宮です」
「はい」
それくらい知っている。この後宮に入るために私が来たのだから。
でも、この後宮は、思っていたよりもずっと静かだった。妾である女が一人もいない。
「後宮には、何人ぐらいいるのかしら?」
「この後宮は、お一人しかおられません。その方が、後宮を取り仕切っております」
「一人しかいない……? 妾が、一人ですか?」
「なんてことを……!? あの方を、妾などと!!」
いきなり声を荒げて、怒るエセルに戸惑う。
王太子のリヒト様は、側室どころか婚約者もいなかった。だから、ここにいるのはただの妾だと思ったのだけど……。後宮にいるのは、妾ではないのかしら?
「違うのですか?」
「違います。無礼な真似は控えてもらいます!!」
だったら、その方を紹介して欲しい。私は、この後宮のことを何も知らないのだから。
憤慨したエセルは、それ以上何も言わなかった。そして、案内された部屋は一階の部屋。普通は、上階なのでは? と思うが、ツンケンしたエセルは無言で部屋の扉を開けたまま立っている。
「ここが私の部屋ね?」
「見ての通りです」
「そう……」
部屋に足を一歩踏み入れるとエセルは怒ったまま扉を閉めて出ていった。
感じが悪すぎる。
あんな女官長がいるなんて聞いてない。それに、後宮に一人だけいるなんて、その方がリヒト様の寵姫なのではないのかしら?
それなら、私が来る必要はなかったのでは?
寵姫がいるなら、結婚に困らないと思う。
「後宮の中のことまでは、ルーセル様も知らなかったのよね? きっとそう……」
いくらつかみどころのない腹黒いルーセル様でも、私に嫌がらせをする様子はなかった。むしろ、私をオルフェーヴルから助けてくれた方だ。
それもあって、逆らえずに来たのもあるのだ。迫力のある笑顔が怖かったのもあるけど。
不安を予感させながらも、長旅で疲れた身体を休めるように、静かにベッドに横たわった。
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