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序章
チェンジリングされた子供
しおりを挟む城の一室で、ルーセル殿下と向かい合って座っている。
「あの……『妖精の弓』を取り戻してくださいまして、ありがとうございます」
緊張しながら、お礼を言う。
「いいんだ。もっと早く気付くべきだった。オルフェーヴル伯爵家が『妖精の弓』を隠していたせいで、君にたどり着くのが遅くなったことは、リーゼのせいではないから」
ルーセル殿下が、お茶を上品に飲みながら、やっと見つけたと安堵している。
「ルーセル殿下。その……母が王族などとは聞いたことがないのですが……本当でしょうか?」
どう聞いていいのか混乱しながら言葉を選ぶが、どう考えても歯切れ悪くなってしまう。
「本当だよ。知っているのは限られたほんの一部の人間だけなのだけどね」
ゆっくりとカップを置いたルーセル殿下が一息置く。部屋には、私以外には、近衛騎士だけ。その中で、私だけが困惑している。
「……リーゼ。君はチェンジリングを知っているか?」
「妖精のいたずらで、取り換えられた子供のことですよね?」
「そうだ。君の母親がそのチェンジリングされた子供だったんだよ」
「まさか……」
産まれたばかりの子供を、妖精のいたずらで妖精の子供と入れ替えるのがチェンジリングと呼ばれていた。母は、それを知らずにたまたま拾われた男爵家で育って来て、オルフェーヴル伯爵の父と結婚したのだと言う。
妖精には、母の実家の男爵家が、子供を望んでいることをまるで知っていたような気さえした。
身体の弱い母は長く生きられなく、子供も私しかもうけることがなかったけど、母が他界する前に私の前にある日突然妖精が現れたことを思い出した。
それからは、母が他界してからも何かと私の前に現れては魔法を教えてくれて、ある日この『妖精の弓』をくれたのだ。
「でも、陛下の妹はずっといたはずです」
「その妹が、チェンジリングされた妖精だった。人間の生活に興味があって入れ替わったらしい。でも、飽きたからと言って去ってしまったんだ」
呆れて話すルーセル殿下に、部屋に控えている夜会で一緒にいた近衛騎士まで呆れ顔になっていた。この部屋に一人残されているという事は、チェンジリングの話を知っている側近なのだろう。
「あ、飽きたから……」
「王族の誰とも似てないと思っていたら……ある日、飽きたから帰ると言い出したんだよね」
妖精は気まぐれだ。なにが妖精に気に入られるのかわからないけど……気まぐれにもほどがある。
「チェンジリングに決まり事があるのかどうかはわからないけど……妖精が去る前に言ったのは、チェンジリングされたリーゼの母親が亡くなるから、自分もこれで去ると言っていた。最初は、チェンジリングされた妖精が王女で、誰もチェンジリングされたことを知らなかったから、そのまま王女は他界したことにしていたんだが……色々あって、私の妖精が本当の王女には子供がいることを教えてくれたんだ。だから、その子供を探していた」
「でも、母も母の実家の男爵家もそんなことは知らなかったと思います。誰もそんなことは言わなかったのです」
「だから、チェンジリングの話を知っていたのはほんの一部の人間だ。私たちが知ったのも、そのチェンジリングされた妖精が他界することにした時だ。私の妖精がリーゼの存在を教えてくれなかったら、探すこともなかっただろう」
「じゃあ……私は、本当にルーセル殿下の従姉妹……?」
自信なさげに呟くと、ルーセル殿下はニコリとした。
「そうだよ、リーゼ。君だけがこの妖精の住まう国ベルハイムの唯一の王女だ」
自分が王女だなんて信じられなくて、出されているお茶を飲む事すら忘れている。
呆然と座ったまま動かない私と違い、ルーセル殿下は足を組みなおして話を続けていた。
「さて、王女だという話は伝えたから、本題に入ってもいいかな?」
「本題?」
「何故、私がリーゼを探していたのか伝えてないだろう?」
そういえばそうだ。会ったこともない王女を探す理由があるはずだ。
誰も知らないチェンジリングで、王女だったはずの妖精はもういない。それは、この国の王女がすでに他界していることになっているのだから……。私の存在は、色々面倒くさいことなのでは? と思う。
「実はリーゼに頼みがある」
「頼み……ですか?」
呆然としたままの私と違い、ルーセル殿下は腹黒い笑顔になっていた。
思わず引いてしまう。その顔は、なにか怪しい。
「実は、結婚して欲しい」
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