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第2章 グリモワールの塔

湯浴み

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このグリモワールの塔には、湯浴みが出来る部屋もある。
私がいる部屋の隣にそれはあり、普段からクライド様が寝泊まりする時に使っていたらしい。
猫足のバスタブに、魔道具を使ってお湯が出るようにしているから、部屋の外からお湯を持って来る必要がないのだ。

湯浴みには、いつもルノアが洗ってくれるから、今も私の服を脱がしていた。

「……クライド様にあんなことをおっしゃっていいのですか?」
「……いいのよ。気にもしないと思うわよ」

クライド様に嫌いだと言ったことを、ルノアが心配そうに聞いて来る。
でも、彼は嫌われようがどうでもいいと思う。
私のことを好きだと言ったこともないのだから……。

「クライド様とプリムローズ様は相思相愛かと思っていました……すごく心配されていましたから……」

相思相愛……なれるものなら、なってみたい!
でも、なれない。

「私が、ずっと寝ていたから心配していただけよ。原因はクライド様にもあったから、気にしてくれただけじゃないかしら……それに、クライド様も私が子供だから恥ずかしいんだわ……」

クライド様のせいではない。そんなことはわかっている。
悪いのは、ジャンとクレア義姉様だ。

そう思いながら、温かいお湯のはった浴槽に身体を沈めた。

「そんなことはありませんよ。どこから見ても、プリムローズ様は子供に見えません。すごくお綺麗ですから……クライド様とお似合いです。大体、誰がプリムローズ様を子供扱いするんですか? プリムローズ様なら、どんな殿方でもご一緒したいと思います」
「そんなこと言われたことないわ。前の婚約者は、私が恥ずかしいと言って、一緒にいてくれなかったもの……きっとクライド様も同じなんだわ。私が、子供だからお嫌いなのよ……」

そのおかげでクライド様には会えた。
でも、身体中の痕を見ると、それが目的なのか、とも思う。
それなら、少しでも大人と思ってくれているだろうか……。

「……ルノア。湯浴みは大丈夫だから、少しだけ一人にしてくれる?」
「わかりました……」

ルノアは、困ったように浴室を出ていった。
でも、時々私と視線を合わさないで、言葉を飲み込んだような顔になる。

「……ルノアも、クライド様もよくわからないわ」

そう呟き、浴槽で瞼を閉じていた。


しばらくすると、誰かが浴室に入ってくる。
ルノアが、そろそろ迎えに来たのかと思ったが、来たのはクライド様だった。
何故、堂々と私の湯浴み姿を見ているんだろうか……?

「……来ないでくださいと言ったはずですよ! それに今は湯浴み中です!」

浴槽内で、胸をかくしながら、顔を背ける。

「……もしかして、怒っているのか?」
「……クライド様もジャンと同じです。私は……婚約者ではないのですか?」

怒っているのに、段々と声が小さくなる。
自信がないのだ。

「あんな男と一緒にするな。プリムの婚約者は俺だけだ」
「では、どうして私を……隠そうとするのですか? 私が恥ずかしいと思われているんですよね……」
「……そんなことを考えていたのか。隠そうとしているのは本当だが、理由は違う。とにかく、出てこい。長いこと入っているんじゃないか? ルノアが、心配していたぞ」
「クライド様がいたら、出られません。ルノアを呼んでください」
「ルノアは、買い物に行かせた。しばらく帰らないぞ」

そう言って、浴槽から身体を抱き上げられた。

「……クライド様が、濡れますよ?」
「プリムが、風邪をひく方が困るだろう。湯が冷めているぞ」

抱き上げられたまま、顔が近づいてくる。
キスをされるのがわかっているせいか、自然と目を閉じる。

「……このまま、抱きたい」

濡れた身体を抱きしめられて、耳元で男らしい低い声が響くように聞こえた。
それに、動悸がしてしまう。

「……シルヴァン殿下は、お帰りになったのですか?」
「プリムの顔が見たくて……。シルヴァン殿下には、先に帰ってもらった」
「……クライド様も出かけるんですか?」
「用事が出来たからな……夜には帰るが、先に寝ててかまわないぞ」

そう言いながら、私の首筋を狙ってくる。そのまま、唇が這うように胸までたどり着く。

「……っはぁ……っ……」

胸の先を転がされると、硬くなっていくのがわかり、それに、吐息交じりに喘ぎそうだった。
抱き上げられて、クライド様のキスをしやすいところに身体を動かされると、自分が不安定に感じる。思わず、クライド様の後頚に手を回して抱きついてしまった。
それを、愛おしそうに抱き返してくれる。

「……プリム。あの男の名前を出すな。お前のことが好きなのは、俺だけだ」

一瞬、頭が真っ白になる。
この数日、何度も私を抱いたくせに、好きだなんて言われたことは無い。
初めて好きと言ってくれたのだ……。
目尻に涙が浮かぶ。感無量になっているのか、言葉が出てこない。

「……」
「……なるべく早く帰る。なにか土産も買ってこよう。何が欲しい?」
「……なにも……クライド様が……」
「俺が選んだ物でいいのか?」
「……はい……」

クライド様が、察したようにそう言う。
でも私が言いたかったのは、「クライド様が言ってくれた言葉が欲しかったのです」と言いたかった。

そして、「お気を付けて行ってください」というのが精一杯だった。








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