上 下
32 / 36
第二章 ユニコーン

奉殿の幻獣 5

しおりを挟む


ひびの入った壁から、軋む音がする。それを見た兄上が、私を罵倒する。

「お前などに、この奉殿が壊せるものか! なんの才能もなかったくせに!!」
「……才能はないかもしれません。でも、ずっと一人で魔法を覚えていました。癒しの魔法も使えたから、擦り傷が出来た時も自分で治していましたけど……」

だから、誰にも手当てなどされずに生きてきた。

「なら、なぜその魔法の力を使わなかった!? 母上が死んだのはお前のせいだぞ!」
「もうおやめください! いくら妹君を恨んでいるからと言って、親子以上に年の離れた陛下の妾に出そうなど、どうかしてます!!」

兄上が、私を責める。でも、何も言えない。病弱だった母上にはユニコーン様が必要だと知らなかったし、ここに連れて来られた意味など知らなかったのだ。

その瞬間に、フェリクス様の氷が飛んできた。それは、私を通り過ぎて兄上へと命中した。そのまま、兄上は気絶してしまう。

「うるさい。お前がリーネを恨んでいようがどうでもいい。リーネはフェンヴィルム国から返す気はないからな」

冷ややかな怒りがフェリクス様から、流れ込んでくる。自分が持ってなかった怒りの感情を始めて知った気分に襲われる。私は、怒って良かったのかもしれない。
でも、私にはそれさえなかった。

「王妃様……もう大丈夫です」

返す気はないと言ってくれるフェリクス様を信じている。私がしたかったことは、兄上たちに復讐することでも何でもない。私は、ここから解放されたかったのだ。それが今は叶っている。

杖を握りしめて、兄上たちに向かって掲げた。

「王妃様……私を蔑まなくてありがとうございます」

王妃様は、私に帰らないように、と言ってくれた。それが、私を思って言ってくれたことだとわかる。

「フィリ―ネ様は、何も悪くありません……私は……私は、自分を恥じました。自分の子が出来て、初めてフィリ―ネ様の境遇に心を痛めたのです……陛下たちのやっていることは間違ってます……だから、私は陛下に……フェリクス陛下から、結婚のお話が来た時に、いいお話だと、陛下に進言したのです……フェンヴィルム国は我が国よりも大国です……きっと守ってくださると信じて、陛下を説得したのです……私は、それまで……何とも思わなくて……」

途切れ途切れの言葉で子供を抱きかかえたままで俯いている王妃様は、まるで私に懺悔しているようだった。

王妃様が、私のことを知らなかったのは当然だ。私は隠された王女だった。きっと兄上と結婚してから、私の現状を知ったのだろう。

私が軟禁同様にされていたことは、数少ない人間しか知らなかった。
それに、誰もおかしいとは思ってなかった。
誰も陛下であった父上に異を唱える者などいないし、それが当たり前になっていた。

王妃様は、私の境遇を知っていても、子供をもうけるまでは、父上たちのしたことに、何の違和感もなかったのだろう。そんなものぐらいにしか思わなかったと思える。だから、気にすることさえなかった。
でも、自分の子が出来て、もし自分の子が同じように軟禁されたら……と初めて気づいたのだ。そして、王妃様が私をフェンヴィルム国へと後押ししてくれたのだとわかった。

母上が生きていたら、私の軟禁を止めてくれただろうか。不思議とそんな気がした。

そして、杖に力を入れると、空中に氷が音を立てて形を成していく。それを、フェンリルに言われたように壁に向かって飛ばすと、奉殿の壁が崩れていった。

すでに、雷だらけの奉殿は今にも崩れそうだったのかもしれないし、二度も当てたせいかもしれない。
フェリクス様は、それを満足そうに横目で見た。
そして、私は壁の穴から脱出できるように邪魔になる氷の塊を炎の魔法で溶かした。

「アリエッタ。子供がいます。王妃様たちを丁重にお連れください」
「はっ! かしこまりました!」

アリエッタは、王妃様に「失礼します」と言いながら寄り添い、ヴァルト様たちがフェリクス様に気絶させられた兄上を抱えて、空いた壁の穴から連れ出した。








しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

【本編完結】ヒロインですが落としたいのは悪役令嬢(アナタ)です!

美兎
恋愛
どちらかと言えば陰キャな大学生、倉井美和はトラックに轢かれそうになった黒猫を助けた事から世界は一変した。 「我の守護する国に転生せぬか?」 黒猫は喋るし、闇の精霊王の加護とか言われてもよく分からないけど、転生したこの世界は私がよく知るゲームの世界では!? 攻略対象が沢山いるその中で私が恋に落ちた相手は…? 無事3/28に本編完結致しました! 今後は小話を書いていく予定なので、それが終わり次第完全完結とさせて頂きます。

婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした

三月叶姫
恋愛
北の辺境伯の娘、レイナは婚約者であるヴィンセント公爵令息と、王宮で開かれる建国記念パーティーへ出席することになっている。 その為に王都までやってきたレイナの前で、ヴィンセントはさっそく派手に転げてみせた。その姿はよく転ぶ幼い子供そのもので。 彼は二年前、不慮の事故により子供返りしてしまったのだ――というのは本人の自作自演。 なぜかヴィンセントの心の声が聞こえるレイナは、彼が子供を演じている事を知ってしまう。 そして彼が重度の女嫌いで、レイナの方から婚約破棄させようと目論んでいる事も。 必死に情けない姿を見せつけてくる彼の心の声は意外と優しく、そんな彼にレイナは少しずつ惹かれていった。 だが、王宮のパーティーは案の定、予想外の展開の連続で……? ※設定緩めです ※他投稿サイトにも掲載しております

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

処理中です...