23 / 36
第一章 フェンリル
後悔
しおりを挟む「……なぜ、逃げる? どこに行こうとしている?」
叫ばれた後の声は、静かなものだった。目を開けると釣りあがった目が心配そうに私を見ていた。
「……放してください。私は……帰りたくないのです」
「理由はなんだ?」
「私を……ディティーリア国へ連れて行くと……私がもういらないから、ディティーリア国に帰すのですよね……でも、私は帰りたくないのです」
(きっと女性といつも逢引きをしているから私が邪魔なのよ。だから、もういらなくなったんだわ……私は、ここに置いて下さるだけでよかったのに。なにもフェリクス様に求めてなどない。ただ帰りたくないだけなのに)
私は、フェリクス様の邪魔なんかしない。
そう思うと、掴まれたフェリクス様の手が緩んだ。彼を見上げるとその場に倒れた。
「フェリクス様!?」
「ぴゅ!?」
フェレスベルグの子供も、フェリクス様の倒れた姿に驚いている。
「フェリクス様! しっかりしてください!!」
彼を揺さぶっても瞼を閉じたまま起きる気配などない。必死で私よりもはるかに大きなフェリクス様の腕を肩に回して支えようとするけど、とても一人では起こせなかった。
『フィリ―ネ』
その時に、フェンリルが私たちの側に歩いてやって来た。
「フェン様! フェリクス様が急に倒れたのです! どうかお助けください!」
『フェリクスは大丈夫だ』
「でも、急に倒れるなんて……こんな寒い中、私を追いかけてきたからでしょうか?」
『フェリクスは、寒さに強い。倒れたのは、魔力の使い過ぎだ』
「魔力の使い過ぎ……? 先ほど一瞬で私の炎を凍らせましたけど……」
あれほどの魔法を一瞬で出せるのに、魔力の使い過ぎなんて不思議だ。フェンリルは、フェリクス様を咥えて背中に乗せている。そして、私を見つめた。
『フィリ―ネ。帰らないのか?』
(帰りたくない。帰りたくないけど……フェリクス様を置いてはいけない)
「帰ります……」
フェンリルが、『乗りなさい』と頭を下げて私を促した。そのもふもふする背中に乗った。
その場に落ちている私のトランクをフェンリルが咥えて城へと歩き出す。
意識のないフェリクス様が少しでも寒くないようにと彼にしがみついていた。
『フィリ―ネ。フェリクスは、毎日魔力を使っている。だから、先ほどもすでに魔力が尽きていた時に無理に使ったから、身体がもたなかったのだろう。少し休ませればフェリクスならすぐに回復するから心配するな』
「どうしてそんな無理を……」
『それくらいフィリ―ネにいなくなって欲しくなかったのだろう。単純なことだ』
「わかりません……」
『すぐにわかる。フィリ―ネもフェリクスから離れないではないか』
フェリクス様にしがみつく私にそう言う。必死で私を追いかけて来たのは、引き留めようとしていたから……。冷たくなったフェリクス様の頬を撫でると、不思議な気持ちになる。その時に、城の方から灯りがたくさんやって来ていた。
「フェリクス様! フィリ―ネ様!」
「ヴァルト様……」
馬で追いかけて来たのは、ヴァルト様や数十人の騎士たち。ヴァルト様は、私とフェリクス様を見るなりホッとした。
「お戻りになってくださって良かった……」
「勝手で出てごめんなさい……」
「無事ならいいんです。して、フェリクス様は?」
「それが、フェン様が言うには、魔力の使い過ぎで倒れたと……」
「では、このまますぐに帰りましょう!」
「はい……フェン様。かまいませんか? できれば、少し急いでくださると……」
『かまわんよ』
そう言って、フェンリルは走り出し、ヴァルト様を筆頭に馬が走り始めた。
城に着くと、フェリクス様は部屋にすぐに運ばれた。魔力が尽きたから休ませるだけで何もすることはない。ヴァルト様は、なにかあった時のために近くの部屋で控えている。
フェリクス様が倒れたのは私のせいだ。何もしないではいられずに、続き部屋からフェリクス様の部屋へとこっそりと行った。ベッドには、フェリクス様が静かに寝ている。
「ごめんなさい……フェリクス様」
目を覚まさないフェリクス様のベッドサイドにもたれかかり、後悔しながらそう言った。
16
お気に入りに追加
860
あなたにおすすめの小説

嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍
バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。
全11話

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

嫌われ聖女は魔獣が跋扈する辺境伯領に押し付けられる
kae
恋愛
魔獣の森と国境の境目の辺境領地の領主、シリウス・レングナーの元に、ある日結婚を断ったはずの聖女サラが、隣の領からやってきた。
これまでの縁談で紹介されたのは、魔獣から国家を守る事でもらえる報奨金だけが目当ての女ばかりだった。
ましてや長年仲が悪いザカリアス伯爵が紹介する女なんて、スパイに決まっている。
しかし豪華な馬車でやってきたのだろうという予想を裏切り、聖女サラは魔物の跋扈する領地を、ただ一人で歩いてきた様子。
「チッ。お前のようなヤツは、嫌いだ。見ていてイライラする」
追い出そうとするシリウスに、サラは必死になって頭を下げる「私をレングナー伯爵様のところで、兵士として雇っていただけないでしょうか!?」
ザカリアス領に戻れないと言うサラを仕方なく雇って一月ほどしたある日、シリウスは休暇のはずのサラが、たった一人で、肩で息をしながら魔獣の浄化をしている姿を見てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる