上 下
38 / 66

妾話の行方と迫る危険

しおりを挟む
翌朝には、いつも通りノクサス様とテラスで食事をする。

夕べには、寿退社をしたことも伝えた。
ノクサス様は、嬉しながらも、いきさつを聞くと「すまない」と申し訳なさそうだった。
そして、アーベルさんに朝早くから、私の護衛のためだと、出勤してきたロバートさんを呼び出すように言った。
呼び出されてテラスに来たロバートさんに、ノクサス様は険しい顔で伝える。

「ロバート。ダリアの護衛はしてもらうが、ダリアの邪魔はするな。彼女の意見を尊重するんだ。いいな」
「はい。かしこまりました」

騎士らしく一礼するけど、どこまでその言葉の意味が伝わっているのかわからない。
そもそも、なにも知らないロバートさんからすれば、余計なことをしているつもりはないと思う。
ロバートさんは、そのままテラスのある部屋のドアの側に控えている。
ノクサス様は、気にせずに私を見つめて来る。

「ダリア。……窓を閉めて寝ては暑いのではないか?」
「やっぱりまた来ていたんですね……夕べはミストもいなかったから、不審者が来ないように窓はしっかりと閉めました」
「この邸に不審者はいないぞ」
「危険にも,色々種類があるんですよ」

このお邸で、一番危険なのはノクサス様だ。
毎晩毎晩ベッドに忍び込もうとする騎士団長なんてちょっと嫌だ。
それなのに、何故かミストは、夕べは来なかった。
ミストの夕べのご飯は、尾頭付きの高級魚だったし……しかも、美味しそうに焼いてもらっていた。ご機嫌で、夜は私のところに来てくれると思ったのに。
しかも、あんなにノクサス様のことを変態、変態、と言っていたのに、どうして夕べは別のところで寝たのかしら。
不思議だ、と思うけどノクサス様は気にせずに、朝食をいただきながら話しかけてくる。

「ダリア。今日はなにをするんだ?」
「今日は街に行くんです。お昼もそちらでいただきますので……アーベルさん、昼食はいりませんからね」

アーベルさんは、「かしこまりました」といつも通りだが、心配なのは、ドアの前に控えているロバートさんだ。

「ノクサス様。街に行く時は、護衛はいらないと思うんです。人の多いところではなにもありませんから」
「駄目だ。連絡係にも使えるから、ロバートは連れて行くんだ。それとも、見られては不味いことでもあるのか? まだ、隠し事がありそうだしな……」
「……ノクサス様の記憶が戻ったら教えます」

……確信もないし、ノクサス様の記憶が戻らないと答え合わせも出来ないけれど、私を助けてくれたのは、本当はもしかしたらノクサス様ではなかったのかと思っている。
あの時は、恐怖でいっぱいだったけれど、ノクサス様と同じ言葉を言っていた。

でも、ノクサス様の従騎士のフェルさんは、なにも言ってない。
従騎士なら、いつもノクサス様といるはずなのに……。
そう思うと、やはり違うのかしら……と思う。

そして、答えはでないまま、私に見送りされるノクサス様はご機嫌で仕事に行かれた。

私は、昼前には出かける支度をして、ミストとロバートさんと街に出る。
もちろんアーベルさんは、馬車の準備を抜かりなくしている。

そして、私は馬車に乗り込んだ。
ロバートさんは、御者席に座り、馬車の中は私の膝の上にミストを乗せたまま目的地のレストランに着いた。

「ロバートさん。お店の中まではいりませんので、どうか遠慮してください」

レストランに入る前に、お願いした。

「しかし……あの、一人で食事に来たのですか?」
「……友人と約束があるのです。どうか、お願いします」
「……わかりました。なにかあればすぐに突入いたします」
「なにもありませんよ」

今朝のノクサス様の言葉が効いているのか、なんとか素直に待ってもらうことになった。
それでも、入り口付近の席を確保していた。

奥の窓際の席には、約束の相手のマレット伯爵が待っていた。
以前から、月に1,2度は王都でお茶や食事をしていた。そして、今日がその日だった。

いつも通りの挨拶を交わして、妾の話を始めた。

「マレット伯爵。妾の話ですが……お金は必ず返しますので、もう少し待ってもらえませんか? どうかお願いします」

そう言って、治療院の給料から貯めていたお金も出した。
ノクサス様のお邸に来てから、ほとんど使ってないから、いつもよりは持って来られた。
でも、マレット伯爵は、受け取らずに驚いている。

「ダリア。聞いてないのか? ……リヴァディオ騎士団長と結婚すると聞いたのだが……」
「すみません。借金があるのに……」
「そうではない。昨日夕暮れ時に、リヴァディオ騎士団長が我が邸に来たのだ」
「ノクサス様が……?」

借金があるのに、結婚しようとしていることに申し訳なくなっていると、マレット伯爵は、予想もしない話を始めた。
まさか、昨日遅くに帰って来たのは、マレット伯爵に会いに行っているせいとは知らなかった。

「リヴァディオ騎士団長が、従騎士と一緒に大金を持って来た。ダリアの借金の返済だと……これで妾の話をなかったことにしろと言ってきた」
「う、受け取ったのですか?」
「当たり前だ。借金の返済の金なのに、受け取らないわけがないだろう。ダリアと結婚すると言っていたから、受け取った。婚約者が肩代わりすることはあるしな。だから、もう妾には取れん」

ノクサス様は、本当に私と結婚するつもりなのだ。
きっと言わなかったのも、私が申し訳ないと言って断るからだ。
今でさえ、申し訳なさでいっぱいになっている。
でも、どこか安心してしまっている。
マレット伯爵のことなんか、好きでもない。
領地を守ってくれて、借金の理由も聞かずに貸してくれて感謝はしている。
でも、飽きられるのを待つだけの妾になるのかと、複雑な想いだった。

「でも、それならどうして今日の約束をキャンセルしなかったのですか? 文を出してくだされば……お食事までご馳走してくださることはなかったのでは……」
「今朝王都に来た時に、文を出そうと思ったのだが……どうせ約束の日だからちょうどいいと思ってな。伝えることがあるのだ」
「私にですか?」
「そうだ。実は、昨日から見知らぬ男たちが、ダリアの屋敷の周りをうろついていたらしい。今朝も早くから、スーツ姿の男たちが来ていたらしく村の農民が、今朝伝えに来てくれた。もう、あの屋敷には住んでないみたいだが、伝えておいてやろうと思ってな。それに、村で揉め事は困るぞ。怪しい男たちを呼び寄せられては、領民が怯えてしまう」

背筋の血の気が引いた。気がつけば、口元に手を当てていた。それでも、驚きは隠せない。

見つかったんだ。一体いつ? どうやってバレたのだろう。

男たちを見た農民は、昨日だけなら、マレット伯爵に伝えなかったかもしれない。でも、二日続けて、しかも朝早くから私の屋敷の周りをうろつくなんて、不気味でしかない。

「わ、私、行かなきゃ……!」

嫌がらせで私を傷つけた男たちだ。気に食わなかったら村人も傷つけるかもしれない。
それに、今逃げたら、本当にノクサス様と結婚出来ないかもしれない。

「ダリア……知り合いなのか? ……それに顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
「……マレット伯爵は、領民を守ってください」

この人は、変わった方だけど領地である村は守っている。
私たち親子が出来なかったことだ。
だから、そう言った。マレット伯爵は、わけがわからないまま私を見ていた。

私は、青ざめたまま立ち上がり外に飛び出した。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった

白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」 な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし! ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。 ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。 その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。 内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います! *ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。 *モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。 *作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。 *小説家になろう様にも投稿しております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

処理中です...