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魔喰いの魔法石
しおりを挟む何故、こんないつもより早い時間にノクサス様のお邸に帰ろうと歩いているのだろうか。
しかも、隣にはノクサス様のように背の高いがっしりとした騎士と!
理由は簡単だ!
ノクサス様との結婚をこのロバートさんが、一点の曇りもなくばらしてしまったからだ!!
「ロバートさん。ノクサス様から私のことは何と聞いていますか?」
「大事な婚約者だと聞いています。あのノクサス様に愛されるなんて、ダリア様は凄い方ですね」
ロバートさんは、そのままの人だった。
聞いた通りに、院長に私が婚約者だと伝えたのだ。
間違いはない。間違いはないけれど……これからの仕事はどうするんですか。
私は、借金というものを背負っているのですよ。
そんな私のなにが凄いのか……。
日も暮れない明るい時間から無言でトボトボと歩き、お邸に着くと、アーベルさんはビックリしていた。
「ダリア様。今日はお早いですね。なにか用事でもありましたか?」
「今日で治療院を寿退社しました……明日から仕事を探します……」
「はぁ……アフタヌーンティーは、どちらで摂りますか? サロンに準備しましょうか? テラスにもご用意は出来ますよ」
「要りません。少し一人にしてください」
そう言って、部屋に一人で行った。
どうして、寿退社に突っ込んでくれないのか……。
寿退社よりも、アフタヌーンティーを勧めるなんて……。
アフタヌーンティーよりもそっちが気にならないのかしら……。
そして……。
「ロバートさん。このお邸では、付いて来ないでください。私は、部屋に行くだけです」
「かしこまりました。ノクサス様のお邸なら問題ないでしょう」
そう言って、ロバートさんは離れてくれた。
真っ直ぐな人で疲れる。会ってまだ、数時間の人なのに。
部屋に入ると、倒れるようにベッドに身体を預けた。
明日から、どうしましょうか……とにかく仕事を探さないとお金が返せない。
そのまま、なにもせずに眠り目が覚めた時はもう日が暮れていた。
瞼をこすり、ふと気づいた。
ノクサス様がまだ、帰って来てないもではないだろうか。
帰って来ていれば、起こされているはずなのに。
玄関に様子を見に行くと、アーベルさんが歩いていた。
「アーベルさん。ノクサス様はまだ、お帰りではないのですか?」
「本日は遅いようですね。ダリア様、アフタヌーンティーも摂られませんでしたので、お腹がお空きなのではないですか? 先にご用意いたしましょうか?」
「ノクサス様がお帰りになるまで待ちます」
なにかあったのだろうか。
顔の手当てもしないといけないのに、お帰りが遅いと心配になる。
「先にお着替えをなされていてはどうですか? きっと間もなくお帰りになりますよ」
「……そうですね。ドレスに着替えていましょうか。お帰りになったらすぐに教えてください」
もしかして、今日は忙しかったのだろうか。
お昼にお邪魔させてもらって申し訳なかった。
鏡に映るドレス姿を見ると、広がりのない落ち着いた裾のドレス姿の私がいる。
こんな高そうなドレスを惜しげもなく贈ってくださるノクサス様に、申し訳なくなる。
……このままではいけない。
本当にノクサス様と結婚するなら、私に後ろ暗いものがあることは、ノクサス様の為にも、私の為にもならない。
私を襲った人たちをなんとかしないと、結婚する資格なんかない。
でも、どうすれば……探すにしても、男たちが、誰かもわからない。
それに、今の私であの人たちと対峙できるのだろうか。
あんなことがあった後で、二度と戦争に行かないように私は能力を下げたのだ。
負傷して帰って来ても、もし戦場が厳しいものになれば招集されるかもしれない……とお父様は心配していた。
騎士団長が戦死したことで、王都にいた白魔法使いたちが、追加で戦場に赴いたとお父様は知ってしまったのだ。
一度行った私なら、もう一度声がかかるかもしれないと危惧していた。
それに、私を探している男たちが、能力が低い白魔法使いだと私と結び付けないかもしれない、と私たちは考えていた。
ユージェル村は、重傷者たちも受け入れていた村だから、ある程度の能力以上の白魔法使いたちで編成された部隊だったから。
だから、師匠に能力を下げてもらった。
そのために、私の腰に師匠の造った『魔喰いの魔法石』を埋め込んだのだ。
『魔喰いの魔法石』は、魔力などを吸い上げる魔法石だ。
これがあるから、私の魔力はこの魔法石に吸い取られている。
でも、もう従軍しないなら、生活にも問題はなかった。
簡単な回復魔法なら、支障がなかったからだ。
師匠にお金はいっぱい取られたけれど。
でも今は、これがなかったら、もっとノクサス様のために力になれるかもしれない。
師匠がかけた魔法で身体に埋め込んだから、師匠ならすぐに取り出せただろうけれど、その師匠はもういない。気まぐれな師匠が手を貸してくれなかったら、取り出してもらおうと考えていたのに、まさか、すでに他界しているとは、予想もしてなかった。
ミストは、苦痛を伴う、と言っていたけれど、今は前よりも、ノクサス様のためなら構わないとさえ思っている。
「……『魔喰いの魔法石』か……師匠の家に取り出し方の説明書でもあるかしらね……」
『魔喰いの魔法石』のことを考えていると、ノクサス様がお帰りだと、メイドが伝えに来てくれた。
お迎えのために急いで玄関に行くと、また贈り物を携えて帰って来た。
「帰りが遅くなってすまない」
そう言って、花束を出された。
「これは?」
「ダリアに。ゆっくり選ぶ暇がなかったから、花束だけですまない」
「……ありがとうございます」
忙しいのに、選んでくれたことが嬉しくて、照れながらも受け取り、口元が緩みそうだった。
それを我慢するように、お礼を言った。
「ダリア様は、ノクサス様とお食事を摂ろうと待っておられたのですよ」
「本当か? それでドレスを? てっきり先に食べたのかと……」
アーベルさんが、嬉しそうに伝えた。
私がドレス姿で、しかもノクサス様は遅いお帰りだったから、食後だと思われたみたいだが、私が待っていたと知ると、また、誠実な眼差しを向けてくる。そして、あの穏やかな笑顔だ。
でも、顔色が悪い。きっと遅くなったからだ。
「ノクサス様。先に手当をしましょう」
「ダリアは、腹が減ってないのか?」
「私よりも、ノクサス様が先ですよ」
「助かる……」
「ノクサス様。必ず治しますからね……」
そう言って、嬉しそうなノクサス様は、肩に手を回してきた。
それを払うことなく、2人で部屋へと歩いた。
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